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156. 礼夏、再び (3) 絡みあう糸
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風見順は、色気のある男だった。優男で目鼻立ちの通ったきれいな顔をしていた。
暗い陰りを持ちあわせた冷たい目つきに男の色香をただよわせて、いかにも女が惚れそうな男だった。あいつにみつめられて口説かれたら、たいていの女は落ちる。おまけに細っこい体のわりに腕っぷしはやたらと強いのだと、礼夏は自慢していた。
『わたしと順は表裏一体よ』
抱き合ったあと、礼夏は俺の前で平気でそんなセリフをはいた。
礼夏が風見ではなく青木重弘を選んだなら、風見は水無瀬崩壊で命を落としたのか。
そして、獣に姿を変えるほど、俺を憎んでいたのか。
今も、今までもずっと・・。
「会長、とにかく寝てください。病院に行くのであれば」
京司朗は和室に一歩足を踏み入れると、膝を折って座し、黒く焦げた畳をみつめている貴之に話しかけた。
含みのある言葉だった。
━━みふゆに悟らせる気か━━
真っ直ぐに貴之をみる京司朗に、貴之は疲れたふうにため息をついた。
「・・そうか。・・そうだな・・・。まったくざまぁねえぜ。お前に偉そうなことは言えねえな」
あんなにも追い求めた礼夏にやっと逢えた。
よりによって死んだあとに、こんな形で。
「畳はこのままにしといてくれ。手をつけた連中に障りがでるとまずいからな。兄貴と姉貴に来てもらうまで誰も入れるな。二人には俺が連絡する」
「わかりました」
京司朗が返事をし頭を軽く下げた。
貴之は立ち上がり、座っている京司朗の横を通りすぎた。通り過ぎてすぐ「京司朗・・」と何かを言いかけた。京司朗が「はい」と座ったまま貴之に向き直して見あげると、貴之は背を向けたまま黙り込み、「・・何でもねえ」と部屋を出た。
貴之は部屋を出るときに振り返った。黒く焼け焦げた畳の上。そこには、礼夏も、風見と呼ばれた男もいなかったけれど。
貴之にとって礼夏は気まぐれに愛を交わしただけの女ではなかった。礼夏は貴之の世界に彩りを戻してくれた女だ。生命の芯に再び光をともしてくれた女だ。
礼夏が姿を消したあと、貴之は礼夏を探した。あらゆる手を使い探したが、見つからなかった。
『わたしを見つけることは誰にも出来ない』
礼夏自身が言っていた通りだった。
それでも貴之は礼夏を探し続けた。
一年、二年がたち、やがて三年、さらに時間が過ぎ五年を迎えた頃・・、貴之はあきらめた。
礼夏がどこかで幸せに生きていてくれればそれでいい。
貴之は礼夏の幸せだけを願い、礼夏を記憶の奥底にしまい込んだ。思い出にしてしまった。
皮肉なことにそのせいで、礼夏にたどり着く道筋が現れたにも関わらず逃してしまっていた。
十四年前、高校生だった京司朗が刺されて生死をさまよった日、同じ日に、貴之の弟として育てられた男が死んだ。
同時に起きた二つの事象のその先に。
せめて誰かを弟のもとに行かせていれば。
行かせていれば礼夏にたどり着けたはずだった。
何よりも、みふゆを慈しんで育ててくれた、父親・青木重弘を弟の死に巻き込まず、追いつめずにすんだはずだった。
長い廊下を歩いている貴之の耳に後片付けをしている男達の声が聞こえた。
「雨だぞ!急げ!」
貴之は窓を見た。
ガラスにポツポツと雨粒がぶつかっている。
一粒一粒の雨は重なり合い、すぐに窓のガラス全体を濡らした。
「窓の交換が済んだら終われ!」
京司朗の声だ。男達が返事をした。
雨足がどんどん強くなる。
貴之は叩きつける雨の音を感じながら、白梅の間に入っていった。
白梅の間に入った貴之を見届け、京司朗は、ますます強く降る雨に、これ以上ひどくならなければいいと思った。
水害に襲われた町の、みふゆの記憶がこの雨で引き出されてもまずい。
━━━雨・・?
楓はアパレル部門の新規出店の計画報告書を読むのをやめて、窓のカーテンを少し開け外を見た。
窓ガラスに雨がぶつかり濡れ落ちている。
━━━ひどい降りになってるわね。
楓がいるのは付き添い用の部屋だ。
特別室のなかにあり、専用のキッチン、冷蔵庫、テーブルやベッドなど、一通りの設備がついている。
また、病室内の様子を見渡せる監視モニターがついているため、みふゆのそばにいなくとも、様子をうかがえた。
窓のカーテンの向こうが光った。雷だ。
━━━雷まで・・。
楓は寝ているみふゆの様子をモニターで確認した。
みふゆは眠りが浅いらしく、いつもなら、二、三時間ごとにモゾモゾと動いているのわかるのだ。
今夜は九時に消灯後、一度寝返りを打ってから動いていない。ぐっすりと眠っている。ついさっきも間近で確認したが、貴之の数珠をしっかり握ってスヤスヤと寝ていた。
せっかく眠っているのだから雷なんかで起きてしまったらかわいそうだ。
楓はモニターをじっと見ていた。みふゆが起きる様子はない。安心すると、モニターがちらちらと乱れた。
━━━雷のせいかしら?
モニターに白い影が浮かびあがった。
みふゆのすぐそばだ。
━━━何・・?
楓はモニターを凝視した。
リーン・・リーン・・
耳が鈴の音をとらえた。
楓は急いでみふゆの元に行った。
あと十分で午前三時。丸い壁掛け時計の秒針が一秒ごとに動いている。
みふゆのそばには平安朝の装束をまとった女がいた。
━━━唐衣裳姿・・
楓は夢を見ているのかとかぶりを振った。
女はみふゆの体の上で鈴を鳴らしている。
リーン、リーン、リーン・・
リーン、リーン、リーン・・
夢ではない。
「誰・・?!」
楓は女に声をかけた。
女は楓のほうを向いた。
「あなたは誰?みふゆちゃんに何の用なの?」
女は楓をみると何も言わずにゆっくりとお辞儀をし、そのまま消えていった。
自室に戻った京司朗は新しい寝間着に着替えた。戻ったというより戻されてしまった。京司朗が貴之に寝るように促したと同様に、三上が『引き継ぐから休んでくれ』と譲らなかったのだ。
『十二単の女は礼夏だ。みふゆの母親だ。男のほうは風見順だ』
貴之の説明に驚きはなかった。やはりみふゆの母親だったのだと改めて思っただけだった。ただ、想定外の能力を見せつけてくれた。今夜の出来事でよりはっきりとした。
山に惑わされ、異空間に閉じ込められた京司朗達を助けてくれた十二単の女。
三上達の前に現れたのは、13、4歳の少女だったと報告されている。
『十二単の、顔がお嬢さんによく似た少女だった』
京司朗達三人が会った女は、すでに大人の顔つきだった。
考えられるのは早くに亡くなったみふゆの母親だ。
では顔の見えなかった男が風見順か。
『礼夏の側近』
『礼夏に忠誠を誓った男』
貴之の言い様から、みふゆの母親・青木礼夏が生前もただの霊能力者ではなく、どこかの組織の頂点にいたのは明白だ。
いったい、どこの?
高い霊能力を持っていたなら、たとえ組織が解散したとしても噂話くらいは残るものだが、京司朗の耳には入ってきたことはない。
そもそも京司朗の世代に、水無瀬一族の名は伝わっていないのだ。誰もが口を閉ざしたのだから。
貴之はもちろん、政治経済界、表社会にしろ裏社会にしろ、水無瀬一族の名が出たことはなかった。水無瀬を知るのはギリギリ胡蝶の世代のごく一部の人間だ。
京司朗が知らないのは当然だった。
さらに貴之に『弟』がいたこともだ。
京司朗が惣領貴之に引き取られる十年以上も前に、貴之の『弟』は惣領家から出され、いなくなっていたのだ。
*唐衣裳・・十二単
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