【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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155. 礼夏、再び (2) 正体

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頬をなでる穏やかな風の流れに似ている。

礼夏れいかはところどころの空間を移動し、まっすぐに貴之の部屋に向かっている。
消えては現れ、消えては現れる礼夏。


鈴の音が響く。

中央の大松明おおたいまつが煌々と燃えている。


人間ひとを超えた異質なものは、果たして『神』と呼ぶべきか、『魔物』と呼ぶべきか。

畏怖と恐怖が入り混じる。

礼夏に進む道を空けるべく、松明たいまつを持った男達はいっせいに左右に分かれた。

礼夏はつくられた一本の道を進む。

道は大松明おおたいまつへと開かれ、貴之のいる場所へと続いている。

礼夏は燃えさかる大松明おおたいまつへ吸い込まれていった。

炎のなかで礼夏は左手をあげ鈴を鳴らした。

鈴の音が、大松明おおたいまつの業火に共鳴した。



「礼夏・・!」
貴之はほんの一瞬礼夏に気をとられた。

獣は大松明おおたいまつの炎と鈴の音に苦しめられ、のたうちまわっていたが、貴之の一瞬の隙を逃さなかった。

京司朗も眼の端に礼夏をとらえたものの、獣から注意は外さなかった。京司朗には現れた十二単の女より貴之が大事だ。貴之にもっと近づかなければならない。獣を逃がすまいと貴之から少し離れすぎてしまった。
京司朗が貴之との距離を縮めるためすり足で動くと、獣は隙のできた貴之に容赦なく飛びかかった。

刹那━━━貴之は守り刀で獣を迎え撃つ体勢に戻った。
自らがつくった思いがけぬ隙でさえ、貴之は相手に対する罠とした。

京司朗は距離を縮められなかったゆえに、獣の飛びかかる後ろ姿に斬りかかった。

しかし貴之と京司朗は弾かれるようにとっさに獣から離れた。扇が炎となって飛んできたのだ。

礼夏の扇だ。

業火のなかに立つ礼夏。

扇は獣を直撃し、獣は炎に包まれた。

燃える獣は苦しみの声をあげ悶えた。
悶えながら炎の中で徐々に姿を変えていった。
前足後足が『人間』の手足に。
黒光りの毛並みは『人間』のからだの皮膚に。
なのに耳も髪もない楕円の形の顔だけが不気味に黒く、人間となってなおも四つん這いのまま、鈍く光る両眼で貴之を睨んでいた。


 ───やめなさい


声がした。女の声だ。礼夏の声だ。


礼夏は大松明おおたいまつの炎をまとい、屋敷へと進んだ。窓のガラスに手をかざし、礼夏はガラスをつき抜けた。抜けきると礼夏がまとっていた炎は消え、ガラスにはぽっかりと人型の穴があいていた。
礼夏は獣だった人間の傍らに立った。


 ───やめなさい、順


礼夏は男を『順』と呼んだ。貴之が眉をひそめ、動揺の表情をあらわにした。
礼夏は獣だった四つん這いの男に寄り添い抱きしめた。礼夏に抱きしめられたまま、男は貴之を睨み唸り続けている。
礼夏は男を優しく諫め、貴之に向かって両手をついた。


 ───御無礼をお許しください


礼夏は深々と頭を下げた。

「礼夏・・、そいつは・・・そいつは・・風見なのか・・・?」
貴之は動揺を見せたままためらいがちに語りかけた。

礼夏は頭を上げることも答えることもなく、姿は透けてゆき、二人は小さな丸い光になった。

貴之は光をつかまえようと手を伸ばした。

「待ってくれ!礼夏!風見!」

貴之の声に呼応することなく、二つの光はふわふわと空中を漂い、ガラス窓にできた空間から外に出ていった。
二つの光が通り抜けると、ガラスには細かなひびが入り、崩れ落ちた。そうすると、連鎖的に庭に面した並びの窓のガラスすべてが崩れ落ちた。

周囲は騒然となった。防弾ガラスが崩れ落ちたのだ。

貴之はガラスなどどうでもよかった。ただ、二つの光を追いかけた。散らばっている破片を気にもせず素足で踏もうとした。
「親父!やめろ!」
京司朗が貴之の体を抑えて止めた。
止める声は届かないのか、貴之は光に手を伸ばし、ひたすら、

「礼夏!礼夏!!」

と、礼夏の名を叫んだ。

追いすがろうとする貴之を置きざりに、二つの寄り添いあった光は大松明おおたいまつの炎のなかに消えた。

燃える大松明のパチパチと弾ける音だけが真夜中の静寂に響いている。

夢、幻。

いいや、どちらでもない。

貴之の部屋には、二人が消えたあとの焦げた畳が黒ずんで残っていた。




━━物質社会の常識的な解釈も判断も要らないのだ。目に見える物質だけで成り立つ世界など存在していないのだから━━




京司朗が指示をしている。

3、4人の男達が粉々のガラスの破片の片付けを始めた。

京司朗は三上に、ガラス窓と貴之の部屋の障子を交換するよう命じた。
「ガラスは倉庫にあります。障子は二階の和室と同じなので二階から持ってきます」
「そうしてくれ。あと畳もすべて外してくれ。会長の和室二部屋両方だ」
「わかりました」
三上はちらりと貴之の部屋を見た。貴之が部屋の真ん中にあぐらをかいて座っていた。
「では先に新しいガラスを持ってきます」
貴之が座っている以上、畳の撤去ははばかられる。三上は高城ら数人をつれてガラスを取りに倉庫に行った。
通りすがりに頭を抱えて落ち込んでいる矢口がいた。
「矢口、邪魔だぞ」
高城が矢口を足で軽く蹴った。
「肝心なときに役に立たなかったッス、修業が足りないッス、おれ・・」
矢口は撃てなかったのだ。貴之と獣が重なってしまったからだ。獣がもし肉体を持ってないなら、撃った弾は貴之に当たると躊躇したのだ。
「すんだことで落ち込むぐれーならさっさと手伝えこのボケッ!」
高城は今度は矢口が転がる勢いで蹴飛ばした。



黒岩正吾は屋敷の通用口を破壊したため、一時しのぎに戸板で塞ぐと京司朗に報告している。海斗が手伝っている。
「海斗、明日は学校じゃないのか?休んでいいぞ」
京司朗が海斗に声をかけた。
「明日は創立記念日で休みなんだ。手伝うよ。眠れそうにもないし」
すべてを見ていた海斗は京司朗に答えて、戸板をとりに走っていった。

京司朗は貴之を振り向いた。
貴之は二人が消えたあとその場に座り込んだままだ。
さっきまで礼夏と風見順がいた痕跡をじっと見つめている。

京司朗は貴之に、
「会長、寝てください。白梅しらうめの間に布団を敷かせましたから。あとは俺が片付けます」
と言った。白梅の間は貴之が好んで使う和室のひとつだ。縁側のそばに梅の木が立ちならび、初春しょしゅんに白い梅の花をつけるのだ。大勢で花見を楽しむ部屋でもあった。

貴之は返事をせず、焦げた畳を見つめたままだ。無言を貫くかと思った京司朗は間をおいてさがろうとした。
「京司朗」
貴之がぽつりと呟くように京司朗を呼んだ。
京司朗は、「はい」と答えた。

「京司朗、十二単の女は礼夏だ。みふゆの母親だ。獣の・・男のほうは風見・・風見順だ」
「男のほうも知り合いですか?」
「ああ。・・いや、実際に話したことは無かった。何度か顔を見かけただけだ。奴は常に礼夏と一緒にいた。礼夏の側近で、礼夏に忠誠を誓った男だ。礼夏が一番信頼していた。なぜ奴が獣なんかに・・・」
貴之は厳しい顔つきで納得のいかない表情をしていた。










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