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154. 礼夏、再び (1)
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異変の気配に気づいた京司朗が守り刀を持ち部屋を飛び出すと、廊下の常夜灯が全て消えていた。本照明もつかない。
銃声がかすかに聞こえた。恐らく裏門かその周辺だ。
京司朗は暗い廊下を貴之の部屋へと急いだ。
暗闇に眼が慣れた頃、貴之の部屋を目の前にして、再度複数の銃声が鳴った。
ガラス窓をすり抜け侵入した黒い獣を京司朗は見た。
獣は貴之の部屋の障子さえもすり抜けていった。
現実とは思えぬ現象だが、どんな形だろうと獣が貴之の部屋に侵入したのは確かだ。
京司朗は障子を開けようとしたが、開かなかった。障子に鍵はついていない。開かないはずがない。通常ならば。
京司朗は守り刀を鞘から抜いて障子を切り裂さいた。
「親父!」
障子を切り裂き破壊した京司朗の目に映ったのは、片膝をつき胸を抑え、獣と睨み合いになっていた貴之だ。貴之は獣に左腕のブレスレットを突きつけている。
京司朗は獣に切っ先を向けたまま貴之に徐々に近づいていった。獣が京司朗を睨んだ。
「京司朗、気ぃ抜くなよ。少しでも抜いたほうに襲いかかってくるぞ」
京司朗は獣の殺気を受けながら貴之を守るように前に出た。
貴之はブレスレットを突きつけたまま、獣から視線を外さずに床の間まで下がり、守り刀を手にした。
獣は唸る声をいっそう高くする。
「惣領の守り刀が気に入らねえか」
獣に突き出した左手で、貴之は刀を抜いた。薄闇に刀身の刀紋が煌めいた。
獣が後ずさった。
後ずさりながら貴之と京司朗を睨み続けた。
《・・キ、サ、マ、ラ・・・キ、サ、マ、ラ、ナ、ド、ニ・・・》
獣の唸り声がもはや完全に人の声に変化した。
「やはり人間か。いや、人間だったのか」
聞き違いではなかったと、貴之の顔つきが変わっていった。
邪気のない生真面目な表情に変わってゆく貴之は、弥生と子供のために経を唱えるその時に似ていると、京司朗は思った。
「人間の時代に欲望が過ぎて畜生道に堕ちたのか。それなら俺が━━━叩き斬って最後の引導を渡してやるぜ」
貴之が刀を持ち替えかまえた。
同様に京司朗も立ち位置をずらし、構え直した。
「会長!京司朗さん!!」
黒岩正吾の声がした。
「黒岩!!庭に松明を焚け!火をおこせ!獣を葬るぞ!!」
貴之の指示に黒岩正吾が「はい!!」と答え、数人の男達が黒岩のあとを追った。
「京司朗、松明の準備ができるまで獣をここに留め置くぞ。魔物ならこいつは破魔矢の壁にも天井にも近づけねえ。かと言って仏間にも入れねえ。だから天井や仏間の壁をすり抜けて逃げるなんざ出来ねえ」
「わかりました」
獣が後ずさった和室の壁には破魔矢と護符があった。屋敷の床下にも天井裏にも護符が隠されている。
仏間にも入れないなら残る経路は侵入してきた障子側の庭に出るしかない。
京司朗は獣の逃げ道になりそうな庭への隙を塞ごうと貴之から徐々に離れていった。松明の準備が整うまでなんとしても逃がしてはならない。いま逃がせばこいつはもっと大きな災いとなって後々現れるだろう。
庭では松明の準備が大急ぎで行われている。
獣の跳躍力を見ていた男達は逃さぬようにと距離をとり、松明を持ち半円形の陣形をつくっていた。陣形の中央、獣が通った経路に大松明が準備された。
松明に火がつけられた。
煌々とした炎に暗闇が焼かれていく。
獣は怯みながらも攻撃の姿勢を崩さず、京司朗が塞ぎきれないわずかな隙を狙って動こうとした。
京司朗は獣の小さな動きに合わせるように刀の切っ先を動かす。
自分の側が狙われているのを自覚していた。
獣が頭を低くした。
━━━来る!
京司朗が刀を持つ手に力を込めた。
ガチャッと音がして獣がピタリと動きを止めた。
二階から降りてきた矢口がライフルで獣を狙っていた。
獣が動きを止めたところを見るとただのライフルではなさそうだ。
「矢口、なんだそいつはよ?」
貴之が獣を睨んだまま矢口に問うた。
「香木と水晶でつくった破魔の弾丸が入ってるッス。ひいじーちゃんの形見ッス」
「ほう?なかなかいいもん遺してくれたじゃねえか」
「ういッス」
庭では大松明が勢いよく燃え火柱をあげた。
獣は苦しみ悶える。
リーン・・リーン・・・
緊迫した場に鈴の音が響き渡った。
リーン・・リーン・・リーン・・・
鈴の音が近づいてくる。
リーンリーンリーン・・・
鈴の音がいよいよ高まった時だ。
屋敷を取り囲む木々のなかに、女の姿が浮かびあがった。
十二単をまとった女。
山に惑わされ、京司朗が大ケガを負った日に現れた十二単の女だ。
貴之は息をのんだ。
「・・礼夏・・・?」
みふゆの母親━━━
そして、
貴之の愛した、
水無瀬礼夏だ。
10
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