【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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153. 人ならざるもの

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貴之の真上に黒い獣がのしかかっていた。

黒光りする短い毛並みがふつふつと逆立ち、ギラつく両眼に怒りと憎しみを宿す。

貴之は動けなかった。

両腕両足を獣に押さえられ、どうにも動かせない。

貴之は獣の前足後ろ足の位置から、体長は1メートルほどかと計算した。
貴之の力から考えたら退かせることも容易たやすいはずだった。

黒い獣は唸り声をあげ、貴之を見下ろし、白く鋭い牙をさらしている。

━━━なんでこんなに重てぇんだ・・!

押さえられているのは四肢なのに体全体が圧迫されている。





貴之は金属音で眠りから覚めた。
床の間の守り刀だ。
異変が起きると察知し、貴之は体を起こそうとしたが、動かせなかった。金縛りだ。経験したことのない金縛りにあい、解けぬうちに複数の銃声が聞こえた。『何か』の気配がした。あらん限りの気力で金縛りをほどき、布団をはいで『何か』を避けようとしたが、間に合わなかった。

掛け布団は獣を覆い隠して空中に放られたが、獣は布団をすり抜け貴之を真上から押さえ込んでしまった。
ただの獣であれば布団に巻き込まれ、多少なりとも気勢を削がれたはずだった。






━━━くそっ!動かせねえか・・!!

「ぐ・・っ!」

獣はさらに体重をかけ、貴之の胸を、体を圧迫した。
貴之は身動みじろぎひとつできない。ただの獣じゃないのは扉も布団もすり抜けたのを見ればわかる。実際の体は無いのかもしれない。だが四肢に食いこむ爪の痛さを感じる。痛さどころか、鉛の大型ブロックを乗せてるように重い。押し潰されそうだ。

獣は大きな牙を剥き出しにし、貴之の首筋を狙っている。

━━━られてたまるか!

貴之はわずかに動いた左手で獣を掴もうとした。
左の肘下が動く。
獣の重さに抗って手首を上げると寝巻きの袖がするりと落ち、水晶のブレスレットが現れた。

一瞬、獣の力が緩んだ。

貴之はすかさず獣を払いけた。
払いけたというより、獣が自ら退いたのだ。
「こいつがこえぇのか」
貴之は体勢を立て直し、左手のブレスレットを獣に突き出した。みふゆが『お守り』にと貴之に預けてくれた、水晶のブレスレットだ。

獣はブレスレットを突き出され、少しずつ後ずさった。貴之を憎々しげに睨む獣は、牙をあらわにして唸り声を変化させてゆく。

《・・キ・・サ・・マ・・ナ・・ド・・ニ・・・》

人間の言葉だ。

貴之は自分の耳を疑った。




「親父!!」

貴之を呼ぶ声が、部屋の障子を斬りさいた。
貴之の視界が開けた。室内の暗闇がほのかな灯りで染まる。
庭からのうっすらとした灯りを背に、京司朗が守り刀を手に立っていた。

京司朗は足元に残った障子を蹴破り、刀の切っ先を獣に向けながら部屋に入ってきた。

獣が貴之から視線を外し、京司朗に殺意を向けて唸った。








「い、・・今のは・・・」
男達は茫然としていた。
目の前で起きたことが信じられない。
獣を追ってきた三頭のグレイハウンドも標的を失いうろうろとしている。

屋敷の常駐組と黒岩親子が聞いた銃声は、裏門の警備の門番の発砲音だ。
裏門の門番達は、真夜中にバイクをふかして走らせているのを不審に思い銃を持って確認に出た。獣が門を飛び越えたのを見て銃で数発撃った。当たらなかったのか、獣は脇目もふらずに屋敷に駆けていった。

屋敷の常駐組が、赤色灯の点滅と銃声に、異常事態に気づいた。庭を警備する見回り組も銃声を聞き、屋敷に駆けつけた。

二階からは矢口がライフルを構え、庭の見回り組とバイクで追いかけてきた二人の男達も銃で狙いを定めた。
獣は信じられない脚力とスピードで飛び、貴之の部屋に突進した。

防弾ガラスを獣一頭が打ち破れるはずなどない。突っ込んでいってもぶつかって弾かれるだけだ。

だがその前に撃ち落とす。

狙いを定めた全員が一斉に撃った。

外すわけがない。それぞれに自負がある。

突進した獣を撃ち落としたと思った。


獣は地面に墜ちることなく防弾ガラスの窓をすり抜けた。そしてそのまま障子戸をもすり抜けて貴之の部屋に消えた。





男達は立ち竦んだ。




「何をしている!!」

茫然自失としている男達に黒岩正吾の怒号が飛んだ。
男達が正気を取り戻し貴之の部屋に向かった。


「父さん!扉が開かない!!」

いち早く屋敷の通用口の鍵の解除をしていた海斗が、解錠できずに手こずっていた。いくつかある通用口で、貴之の部屋に一番近い通用口だ。
黒岩正吾は通用口扉の鍵を銃で数発撃ち、壊した。









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