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177. 記憶の扉 -2-
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堀内花壇駅前商店街支店の前に車は駐まった。
鼻先がつくほどみふゆは窓ガラスに顔を近づけた。
男の人が立っているのが見えた。
車から京司朗と三上が降り、三上は道路側後部席のドアを開け、貴之が降りた。
京司朗は歩道側後部席のスライドドアを開けた。
車から降りた貴之が近づいて、
「さあ、みふゆ、降りるぞ。今度は乗った時と逆だ。京司朗がリモコンで動かすからじっとしてるんだぞ?な?」
優しく話しかけた。みふゆは「うん」と返事をした。
このアルファードは、トヨタの福祉車両ウェルキャブシリーズの一台だ。脱着タイプのサイドリフトアップシート車で、今日のために用意された車だ。
京司朗がリモコンを手にした。「いいかい?動くよ」と声をかけるとみふゆは緊張した面持ちで何度も頷いた。
シートがリモコンで回転した。
回転したシートはシート下に車輪を出しながら車外にスライドダウンした。車輪が地面につくと、シートは車から外れて車椅子になった。
「アニメみたーい!」
乗るときも喜んだみふゆが再び面白がって喜んだ。
貴之が車椅子を押してくる。
堀内は目の前まで来た青木みふゆに感慨深い気持ちを抱いた。もう会えないと思っていた。
みふゆの瞳が堀内を凝視している。
堀内は事前情報として、現在のみふゆは『青木みふゆ』としての記憶はほぼ無いと聞かされていた。
「久しぶりだな」
堀内はみふゆに声をかけた。
みふゆは堀内をなおも凝視し、
「おじさん、だあれ?」
と言った。
「お!?おじさん?!」
堀内健次の目が点になり、貴之はブフッと吹き出した。
「おとうさん、このおじさんどこのおじさん?おとうさんのおともだち?」
「ん?ああ、あー・・、このおじさんはな、お花屋さんのおじさんだ」
「おはなやさん?おはなやさんなの?!このおじさんが!?おはなやさんってきれいなおはなをうるおしごとなのに!?このおじさんが!?」
「みふゆ、おちつけ。おちつけ、な?こんなおじさんでもお花屋さんを経営する権利ってのはあるんだ。日本は資本主義の民主主義国家だからな」
貴之はなんとか笑いをかみ殺して説明をした。
「ええーーーっ!?ほんとうにほんもののおはなやさんなの!?」
みふゆの驚愕ぶりは、この世の終わりだとでも言いたげな口調だ。抗議の意味も含んでいるかもしれない。
貴之の後ろで京司朗が口元を片手でおさえて笑いを堪えている。三上はうつむいて声を出さずに笑っている。
「本物の花屋だよ!悪いか!おい!そこの二人!何笑ってやがる!!」
「おとうさん、おじさんがほえてるよ。こわいよ?きっとてっぽーとかもってるよ」
みふゆは貴之の着物をぎゅっと握った。
「なんだと!?鉄砲持ってんのはおまえのオヤ━━ジィ・・ギッ・・グ」
「堀内ぃ、てめぇよお、いたいけな子供を怒鳴って怖がらせるたぁどういう了見だ?あ?大人のやる事じゃあねえぞ?わかってんのか?」
貴之がドスの効いた声で堀内のアゴを片手で掴み、静かに恫喝した。砕く勢いの力に堀内の顔が歪む。
「・・い、痛ーよ!!アゴ砕けんだろーが!!」
堀内は渾身の力で貴之の手を引き剥がした。
「何がいたいけな子供だ!こんだけ憎まれ口利きやがって!わざとじゃねーのか!ほんとは覚えてるんじゃないのか?!」
と言い返した。
「おにいさん、おじさんがおとうさんをいじめてる」
みふゆは今度は京司朗のジャケットをつかんだ。
「おじさんじゃねえ!!」
「おじいさん?」
「なんでそうなる!」
みふゆの漫才のような素早い反応に京司朗が、
「ふっ・・!だ、・・大丈夫だよ。お父さんは強いからね・・」
笑いを堪えながら答えた。
「俺はおじさんでもじいさんでもねえ!だいたい虐められてるのはこっちの方だ!・・って、・・待て。なんでそいつがお兄さんで俺はおじさんなんだ!何が違うんだ!」
「かお」
みふゆは直ぐさま答えた。
みふゆの即答に、貴之も京司朗も三上も今度は声を出して笑った。
「はははははははっ!さすがは俺の娘だろ?はははははは・・!」
「うるせえ!ガキのしつけくらいちゃんとしやがれっ」
堀内は決して見た目の悪い男ではない。
惣領家と松田家という美形の生まれる家系の血をひき、その期待を裏切らなかった男だ。女に不自由したことも一度もない。
それを人生で初めて『顔』で差をつけられた。
「はははは、まあ顔は人生の履歴書って言うからな。気を落とすな落とすな」
貴之に肩をバシッと叩かれ、追い打ちだったのか慰めだったのか言葉をかけられたが、堀内は「余計なお世話だ!」と返した。
笑っている。
和気あいあいの場に見える。堀内の怒鳴り声以外は。
糸川梨理佳はみふゆに見つからないようにのぞいていた。
━━━みーちゃん先輩、元気そうでよかった
梨理佳はホッと一安心した。
きっと職場復帰も近い。体調さえ回復すれば、車椅子だって仕事はできるはずだ。
━━━お花が大好きなみーちゃん先輩だもん。きっと・・・!
本店の店内通路は元々幅広だ。車椅子だって余裕で通れる。アレンジメントは座ってても作れる。花の手入れだって・・。必要なサポートは自分と山形友江がすればいい。トイレは社長に改装させよう。イヤだと言ったら奥さんを巻き込んで脅せばいい。
梨理佳はそう思った。
「あ!りんちゃんだ!」
影からこっそりのぞいている糸川梨理佳にみふゆが気づいた。
堀内花壇駅前商店街支店の前に車は駐まった。
鼻先がつくほどみふゆは窓ガラスに顔を近づけた。
男の人が立っているのが見えた。
車から京司朗と三上が降り、三上は道路側後部席のドアを開け、貴之が降りた。
京司朗は歩道側後部席のスライドドアを開けた。
車から降りた貴之が近づいて、
「さあ、みふゆ、降りるぞ。今度は乗った時と逆だ。京司朗がリモコンで動かすからじっとしてるんだぞ?な?」
優しく話しかけた。みふゆは「うん」と返事をした。
このアルファードは、トヨタの福祉車両ウェルキャブシリーズの一台だ。脱着タイプのサイドリフトアップシート車で、今日のために用意された車だ。
京司朗がリモコンを手にした。「いいかい?動くよ」と声をかけるとみふゆは緊張した面持ちで何度も頷いた。
シートがリモコンで回転した。
回転したシートはシート下に車輪を出しながら車外にスライドダウンした。車輪が地面につくと、シートは車から外れて車椅子になった。
「アニメみたーい!」
乗るときも喜んだみふゆが再び面白がって喜んだ。
貴之が車椅子を押してくる。
堀内は目の前まで来た青木みふゆに感慨深い気持ちを抱いた。もう会えないと思っていた。
みふゆの瞳が堀内を凝視している。
堀内は事前情報として、現在のみふゆは『青木みふゆ』としての記憶はほぼ無いと聞かされていた。
「久しぶりだな」
堀内はみふゆに声をかけた。
みふゆは堀内をなおも凝視し、
「おじさん、だあれ?」
と言った。
「お!?おじさん?!」
堀内健次の目が点になり、貴之はブフッと吹き出した。
「おとうさん、このおじさんどこのおじさん?おとうさんのおともだち?」
「ん?ああ、あー・・、このおじさんはな、お花屋さんのおじさんだ」
「おはなやさん?おはなやさんなの?!このおじさんが!?おはなやさんってきれいなおはなをうるおしごとなのに!?このおじさんが!?」
「みふゆ、おちつけ。おちつけ、な?こんなおじさんでもお花屋さんを経営する権利ってのはあるんだ。日本は資本主義の民主主義国家だからな」
貴之はなんとか笑いをかみ殺して説明をした。
「ええーーーっ!?ほんとうにほんもののおはなやさんなの!?」
みふゆの驚愕ぶりは、この世の終わりだとでも言いたげな口調だ。抗議の意味も含んでいるかもしれない。
貴之の後ろで京司朗が口元を片手でおさえて笑いを堪えている。三上はうつむいて声を出さずに笑っている。
「本物の花屋だよ!悪いか!おい!そこの二人!何笑ってやがる!!」
「おとうさん、おじさんがほえてるよ。こわいよ?きっとてっぽーとかもってるよ」
みふゆは貴之の着物をぎゅっと握った。
「なんだと!?鉄砲持ってんのはおまえのオヤ━━ジィ・・ギッ・・グ」
「堀内ぃ、てめぇよお、いたいけな子供を怒鳴って怖がらせるたぁどういう了見だ?あ?大人のやる事じゃあねえぞ?わかってんのか?」
貴之がドスの効いた声で堀内のアゴを片手で掴み、静かに恫喝した。砕く勢いの力に堀内の顔が歪む。
「・・い、痛ーよ!!アゴ砕けんだろーが!!」
堀内は渾身の力で貴之の手を引き剥がした。
「何がいたいけな子供だ!こんだけ憎まれ口利きやがって!わざとじゃねーのか!ほんとは覚えてるんじゃないのか?!」
と言い返した。
「おにいさん、おじさんがおとうさんをいじめてる」
みふゆは今度は京司朗のジャケットをつかんだ。
「おじさんじゃねえ!!」
「おじいさん?」
「なんでそうなる!」
みふゆの漫才のような素早い反応に京司朗が、
「ふっ・・!だ、・・大丈夫だよ。お父さんは強いからね・・」
笑いを堪えながら答えた。
「俺はおじさんでもじいさんでもねえ!だいたい虐められてるのはこっちの方だ!・・って、・・待て。なんでそいつがお兄さんで俺はおじさんなんだ!何が違うんだ!」
「かお」
みふゆは直ぐさま答えた。
みふゆの即答に、貴之も京司朗も三上も今度は声を出して笑った。
「はははははははっ!さすがは俺の娘だろ?はははははは・・!」
「うるせえ!ガキのしつけくらいちゃんとしやがれっ」
堀内は決して見た目の悪い男ではない。
惣領家と松田家という美形の生まれる家系の血をひき、その期待を裏切らなかった男だ。女に不自由したことも一度もない。
それを人生で初めて『顔』で差をつけられた。
「はははは、まあ顔は人生の履歴書って言うからな。気を落とすな落とすな」
貴之に肩をバシッと叩かれ、追い打ちだったのか慰めだったのか言葉をかけられたが、堀内は「余計なお世話だ!」と返した。
笑っている。
和気あいあいの場に見える。堀内の怒鳴り声以外は。
糸川梨理佳はみふゆに見つからないようにのぞいていた。
━━━みーちゃん先輩、元気そうでよかった
梨理佳はホッと一安心した。
きっと職場復帰も近い。体調さえ回復すれば、車椅子だって仕事はできるはずだ。
━━━お花が大好きなみーちゃん先輩だもん。きっと・・・!
本店の店内通路は元々幅広だ。車椅子だって余裕で通れる。アレンジメントは座ってても作れる。花の手入れだって・・。必要なサポートは自分と山形友江がすればいい。トイレは社長に改装させよう。イヤだと言ったら奥さんを巻き込んで脅せばいい。
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