【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木

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210. ロンド~踊る命~ -27- 青木家の終焉②

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惣領家では貴之がいないものの、みふゆの退院祝いが行われていた。

貴之が大変な時にとみふゆは遠慮したが、「大騒ぎするわけじゃありませんし、夕食を少し豪華に用意しましたから、召しあがってくださいね」と使用人頭の本橋が言った。
大喜びしたのは黒岩三兄弟の永斗と山斗だった。本橋の『少し豪華に』は、最高級の牛肉や海産物が用意されてることを意味しているからだ。
退院したばかりのみふゆには、同じ食材で消化が良いようにと工夫がされていた。

楓と黒岩三兄弟のおしゃべりを中心に、食卓は賑やかだ。
みふゆは海斗から「文化祭が来月あるからおいでよ。会長には俺から話しとくから」と招待をされた。
「行っていいの?」
「うん。ウチのクラスはたこ焼き屋だからおごるよ」
「本当?ありがとう」
みふゆは素直に海斗の好意を受け取った。
永斗が昨年の海斗のクラスのお好み焼き騒動を面白おかしく口にした。
大笑いして、みふゆはたくさんの人の優しさをもらって幸せを感じた。

癒えなかった悲しみも苦しみも、こうして薄れてゆくものなのかもしれない。

夕飯を終えた午後七時、みふゆは山斗と組んで、永斗と対戦型のゲームをしていた。
最初は山斗がみふゆに教えながらやっていたのだが、自称ゲームの天才・永斗が乱入し、みふゆ・山斗組に圧勝寸前のところ、海斗が助太刀に入って大激戦となった。
頭脳戦は山斗が、勘の良いみふゆが危険を察知、海斗が武闘戦を担当し、永斗を追いつめていた。
みふゆが意外にもキャーキャー騒ぎながらゲームに夢中になっている。

ちょっと離れた場所でかえでが「やっぱり女の子がいるっていいわぁ」と感動している。
「楓、感動してないで大浴場に連れてきてちょうだい。私は先に明理あかりと一緒にリフトがちゃんと動くか試してるわ」
胡蝶は本橋明理とともに大浴場に向かった。

「みふゆちゃーん、お風呂よ、お風呂!うちの大浴場は初めてよね?!お姉さんも明理も一緒だから温泉旅行女子会気分で入りましょ!」
女子会好きの楓が陽気に風呂に誘いに来た。

みふゆはゲームを離脱し、山斗が「俺絶対勝つからね!」と勝利予告をした。みふゆは「がんばってね」と山斗に手を振った。

入浴を終えリビングに戻ると、予告通り山斗がゲームを制していた。みふゆは大喜びの山斗から勝利報告を受けた。
「なんだよ!海斗と組んでんだから勝って当たり前じゃないか!」
負けた永斗が拗ねていた。
「負けて拗ねるくらいなら山斗に突っかからなきゃよかったろ。最初にケンカを売ったのはお前だぞ、永斗!」
海斗が言うと、永斗が言い返した。
「アニキぶるなよ!」
「は?俺はアニキだろーが?!頭おかしくなったのかお前」
「なんだと!」
海斗と永斗、売り言葉に買い言葉でケンカが始まりそうな勢いだ。
止めなくてはいけないとみふゆが声をかけようとしたが、

「うるさいぞ!!」

と、京司朗の鶴のひと声で海斗と永斗は静かになった。

京司朗は電話の最中だったのだ。

みふゆは電話の相手が気になった。

「あの、お父さんですか?」
「同行した黒岩からだよ」
「・・やっぱり遅くなるんですか?」
「ああ、帰ってくるのは夜中になりそうだ」
貴之に同行した黒岩から帰宅が夜中になるとの報告だった。
土門良介がついさっき亡くなったのだ。
「だいぶ悪いんですか?」
「・・そうだな」
京司朗は、土門良介が家族と貴之に看取られ亡くなったことをみふゆには教えなかった。
「お父さん・・、そばにいてあげたほうがいいんじゃ・・・」
「このまま会長がそばにいたら、土門社長のご家族はかえって気を遣うし動きづらい。別れがすんだら会長は帰ってきたほうがいいんだよ」
京司朗はみふゆの頭をふいに撫でた。
さわられるとみふゆの指先がピクリと動いた。
不思議な高揚感と同時に、貴之とよく似たしぐさだと、みふゆは安らぎも覚えた。

「さあ、お前らは家に戻れ。学校の課題は終わったのか」
「あ、やべえ!数学!」
永斗がダッシュで去った。
「俺は終わってるよ」
海斗が涼しい顔で言った。
「俺も終わってるから風呂はいってから家に戻る!」
「俺も今夜は久々に大浴場に入るかなー」
山斗と海斗が大浴場に向かった。

三兄弟が去るとリビングは一気に寂しくなった。

いつもいるはずの貴之がいないのが余計寂しい。

みふゆは貴之を思った。
ひどく悲しんでいるのではないか。
たとえ悲しくても辛くても、貴之はそんな様子はおくびにも出さない。惣領貴之はそういうひとだ。

だからこそ、帰ってきたらたくさんの優しさで包んであげたい。押しつけはよくないけれど、貴之が喜んでくれることをしたい。

『お前はもっと甘えていいんだ』
みふゆは貴之が口癖のように言う言葉を思い出した。

「さあ、みふゆちゃんは寝る時間よ。当分は病院と同じ、夜は九時就寝を守りましょうね」
浴衣に着替えた胡蝶が車椅子の後ろにまわった。
「ママ・・」
「なあに?」
「お父さんに・・あ、あの、あ、あ、あ、甘えたら・・喜んでくれるでしょうか・・」
「大喜びするわね」
「・・・」
自分で言ったセリフなのに恥ずかしい。みふゆは両手で顔を覆った。

勇気が要るけれどがんばってみようか。
甘えることで貴之が喜んでくれるなら、甘えてみよう。

みふゆは過去を振り返った。
自分を消したくなるほど悲しかった時、紗重を失い悲しくて辛かったあの時、自分は何が欲しかったのか。

━━━━やっぱり普通にしていよう。帰ってきたら普通にいつもと同じに『お帰りなさい』と言おう。

欲しかったのは日常に存在する何気ない優しさだった。
朝起きて『おはよう』と言ったら、『おはよう』と返ってくる、そんな平凡な優しさが欲しかった。

━━━━紗重ちゃんを連れて行ったあの人も・・、ほんの少しでよかったんだ。せめて別れ際にアルバムを受け取ってくれてたら・・。それだけで・・。

別れの日、『紗重はうちの子だ。そんなものは要らない』と言われ突き返されたアルバム。
紗重と一緒に作ったアルバムは、どんなに辛くても悲しくてもみふゆの大切な宝物だ。

━━━━紗重ちゃんと作ったアルバムも、確か大きなバッグに入れて持ってきたはず・・

「あ!」
「どうしたの?」
「アルバム・・」
みふゆは荷物を詰め直すために、重い図鑑や本類などをバッグから出したのを思い出した。

みふゆのバッグは藤の間に置かれていた。手つかずのままだ。
みふゆはバッグを開けた。
本類が無い。紗重のアルバムもない。
植物図鑑や本類を詰めたら重くなったため、詰め直そうとして出したのだ。
「ベッドの上に置いてきたんだ・・」






青木家に侵入した男は台所を通り、声のした奥の部屋に行った。壁掛け時計の針が午後九時五分をさしていた。
男は作業ズボンのポケットのロープを手にした。

女がいた。

髪の長い女が小さな仏壇の前に座っている。腰まである髪の長さだ。
写真や昨日昼に見たポニーテールの長さじゃない。ただ、昨日と同じワンピースを着ている。
「・・・荷物、置きますよ・・」
男は空の段ボールを畳の上に置き、「サインかハンコ、お願いします」と女の後ろに忍び寄った。
女は振り向きもせず、黙ったままだ。
男は女の後ろから手を回し、羽交い締めにすると、耳元で「楽しませてもらうぜ」と囁いた。
フフフ・・、と小さな笑い声が聞こえた。
「なんだ、あんたもけっこう好きそうじゃねえか・・」

女が振り向いた。



「ひっ!!」

ぐるりと男の顔の真ん前にきた女の顔が嗤った。
男は腰を抜かし畳に尻をついたまま後ろに下がった。

女が立ち上がった。

背中の上に顔がある。

目を大きく見開き、首を傾げて口を歪ませ嗤っている。

「バ、バケモノ!!」
男は叫んで這いつくばりながら台所に逃げようとした。

───わたしをバケモノと言うのか。なんの罪も無い娘を己の欲で汚らわしく犯そうとしたお前の性根こそがバケモノであろう。許さぬぞ

女はいつの間にか十二単を纏い男の退路を塞いで立っていた。
十二単の出で立ちは美しいが、顔は夜叉のごとく怒気をはらんで男を睨んでいる。

玄関への退路を塞がれた男は今度は仏壇側にずり下がった。
小さな悲鳴をあげながら四つん這いで逃げる男の目に、大きなロウソクが二本、煌々と燃えているのが見えた。

男はロウソクを手にした。

なんでもいい、目の前の女を追い払うためなら。
「来るな・・!来るな!来るなああーー!!」
男は叫びながらロウソクを女に向かって投げた。







貴之は遺された土門の家族と組員達と挨拶を交わして土門家をあとにした。
夜霧が辺りを包んでいる。

車に乗り込んでから無言の貴之に、黒岩が「みふゆさんには土門社長が亡くなったことは教えますか?」と訊いた。
「土門の通夜と葬儀は家族と組員だけで行う。俺は落ち着いたら弔問させてもらから、その時に亡くなったことに・・」
貴之は言いかけてやめた。
「・・すぐに見破られそうだな」
特殊な能力を持ったみふゆには。
「明日の朝にでも話すさ。ところで黒岩、」
「はい」
「土門の事業はうちが引き継ぐ」
「わかりました」
「なんか、みふゆの声が聞きてえなぁ。黒岩、何時だ?」
「九時を少しまわったところです」
「寝ちまったかなぁ・・」
「京司朗さんに確認してみます」
「そうしてくれ。おやすみくらいは言いてえ」
貴之は無性にみふゆの声が聞きたかった。帰る頃は眠っている。だから今、みふゆの声が聞きたい。
黒岩が京司朗の携帯電話に何度かかけているが、繋がる様子がない。
「会長、電波の状態が悪いみたいです。繋がりません」
「・・そうか」

「会長、黒岩さん、違うッス・・」

助手席の矢口がライフルを手にした。

車内の緊張が高まった。

「━━━来るッス」

夜の霧は一層濃くなっていた。前後を走っていた護衛車がいない。

いるのは黒い犬だ。

白い闇に光る真っ赤な目は貴之に狙いを定めている。

風見順が現れたのだ。










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