248 / 278
番外編 ひとりがたり~人生を振り返る~
しおりを挟む
.
人生を振り返ってみると、総じてわたしは幸せだった。
辛かった苦しかった時期は、この人生のなかの、十代という年数だけだった。
確かに当時の辛さは自分にとって壮絶だった。
打ちひしがれ、死をも考えた。
九歳で特殊な能力、予知能力がきっかけで友達との関係が壊れ、いじめにあい、クラスメートがバス事故で亡くなり、わたしは責められた。
でも事故が起きるなんてわたしにはわからなかった。
クラスメートの行動がいじめに変わって、母はすぐにわたしの通学をやめさせたからだ。
わたしは学校には行ってなかった。バス遠足にも参加していなかった。
だから本当にわからなかったのだ。
遠い土地に引っ越すことで環境を変えたが、わたしは誰かを信じることをやめてしまっていた。
利用されるだけの特殊な能力は隠すことに必死になった。
両親だけがわたしの味方であり、わたしの世界だった。
やがて父が精神を病み入院し、そんななかでわたしには突然妹ができた。父の妹さんが亡くなりうちで引き取ったと母は言った。
かわいいかわいい赤ちゃんだ。わたしは家族が増えて、珍しくはしゃいだ。
入院中の父が夢を見たと言った。
とても美しい桃源郷の夢だと。
わたしは父の夢を絵に描いた。父に指導してもらい描き上げたとき、「いろんな人に見せたいなぁ」と言ったので、わたしは美術館主催の絵画展に絵を送った。
絵のタイトルに『藤源郷(とうげんきょう)』とつけた。
天から下がる咲き乱れる藤と一頭の白い馬。
十三歳で大賞を受賞してしまった。最年少の受賞だと。
父はとても喜んでくれた。
「さすがはお父さんの子だ!」
わたしはそれだけで嬉しかった。
父が『絵を持っていきたい』と言った。
自力で動くことはもうできず、痩せ細り寝たきりになってしまった父。
わたしは大賞を辞退して、絵を父のそばにおいた。
父はしばらくして亡くなった。
息をひきとる間際、『この絵は今度は神様に自慢するよ』と言った。
絵は父と一緒に荼毘に付した。
父が亡くなってから、保険金や財産を目当てにした父の親戚が押し寄せた。
わたしが一人の時を狙って押しかける人や、学校帰りを狙って待ち伏せる人も現れ、危険を感じた母は、わたしと妹を連れて海外に逃げた。
日本に帰ってきてからしばらくは穏やかな生活だったが、十五歳の時に母が倒れ、わたしは高校を辞めて意識の戻らぬ母を介護した。
妹を失った。
とてもかわいい妹を。
わたしから妹を奪っていった人は、妹の本当の祖母にあたる人だった。
「母親の介護をしながらこの子を育てられるのか」
そう言われ、わたしは返事ができなかった。
妹の祖母という人の話に、『父の妹の子供』だと聞いていた話は覆された。
父とよその女性にできた子供━━━
だが、どうでもよかった。そんなこと。
生まれて間もない頃からわたしの妹になった子。
母と二人で大切に育ててきた子。
母が何を思ったのかはわたしにはわからないけれど、母も自分が産んだ子供のように大切にかわいがっていたのだから、わたしにはそれだけが真実だった。
妹を騙してタクシーに乗せた。
小さな手を振ってくれている。
さよなら、かわいいわたしの妹。
たくさんかわいがってもらってね。
どうか、幸せに、幸せになってね。
さよなら、さよなら、さよなら・・・。
胸がはり裂けそうな痛みに襲われた。
死んでしまいたい。
けれどわたしがいなくなったら母はどうなる?
『どんなことがあっても自ら命を絶ってはいけない』
母の教えがあった。
母の教えは守らなくては━━━━
高い霊能力を持った、尊敬する偉大な母の。
母の意識だって戻るかもしれない。
それだけを心の糧にして・・。
三年後、母が亡くなった。意識は戻らぬままで。
妹もいない。
わたしは孤独になった。
十八歳だった。
世界中にただ独り。
わたしは泣いた。大声で泣いた。
わたしのそばには誰もいない。
いつになったら死ねるだろう?
いつになったら神様はわたしの命を奪ってくれるだろう?
かつて父の入院していた精神病院で、お世話になった看護師長さんが母の死を知りお線香をあげにきてくれた。わたしは看護師長さんの計らいで、看護師助手として精神科開放病棟で働くことになった。
学歴は問わないと言われた。
病棟では母の介護をしていたことが役にたった。
父の見舞いに訪れた子供だったわたしのことを覚えていてくれた患者さんもいて、仲良くなれた。
わたしは人間関係にも少し自信が持てるようになった。
いろんな患者さんと接するようになり、彼らは特定の分野で非常に頭がよいのだと知った。そして、何よりも優しい。
仕事に不慣れなわたしを気遣ってもくれた。
彼らは退院できる状態にも関わらず、帰る場所がない人達だった。
わたしは自分を省みた。
わたしには帰る場所があった。
自分の家があった。母が残してくれた財産があった。
わたしは自分の幸運を気づかされた。
目が覚めた気がした。
仕事中の夕方。
ひとりの患者さんが叫んだ。
「虹だ!」
ホールの窓、東の空に大きな虹。
患者も看護師も介護士も医師も、みんなみんな集まって大きな虹を見た。
━━━━なんて美しい
そうだ。
世界は美しい。
山も、海も、虹がかかるこの空も。
美しさに心が満たされた瞬間に━━━━━
ああ、わたしはこれから亡くなった両親とわたしをかわいがってくれた順さんを弔って生きていこう。
ただひたすら弔って生きていこう。祈りを捧げていこう。
生きていく目標ができた。
病院を退職し、いくつかのアルバイトを経験し、二十一歳のわたしは花屋に勤めることになった。
この花屋を選んだのは、学歴不問で就職後の保証人も不要というのが最大の理由だった。
なんだかヤクザみたいな雰囲気を醸しだしている花屋の社長は、面接でわたしを見て「明日から来れるか」と訊いた。
すんなりと就職ができた。
なんとなく目がイヤらしいが、年配の女性がニコニコと「明日からかい?人が足りてないから助かるよ」と、言った。
この人はいい人そう。
わたしは「よろしくお願いします」とお辞儀をした。
勤務は支店勤務と週二回の本店勤務。
そうして仕事に慣れてきた頃、
わたしは『惣領貴之』という男性と出会うことになる。
互いに実の父娘と知らぬまま━━━━━
時間が、軽やかに小さなステップを踏んでわたしに近づいてくる。
わたしの幸せな時間が踊り始めるのだ。
人生を振り返ってみると、総じてわたしは幸せだった。
辛かった苦しかった時期は、この人生のなかの、十代という年数だけだった。
確かに当時の辛さは自分にとって壮絶だった。
打ちひしがれ、死をも考えた。
九歳で特殊な能力、予知能力がきっかけで友達との関係が壊れ、いじめにあい、クラスメートがバス事故で亡くなり、わたしは責められた。
でも事故が起きるなんてわたしにはわからなかった。
クラスメートの行動がいじめに変わって、母はすぐにわたしの通学をやめさせたからだ。
わたしは学校には行ってなかった。バス遠足にも参加していなかった。
だから本当にわからなかったのだ。
遠い土地に引っ越すことで環境を変えたが、わたしは誰かを信じることをやめてしまっていた。
利用されるだけの特殊な能力は隠すことに必死になった。
両親だけがわたしの味方であり、わたしの世界だった。
やがて父が精神を病み入院し、そんななかでわたしには突然妹ができた。父の妹さんが亡くなりうちで引き取ったと母は言った。
かわいいかわいい赤ちゃんだ。わたしは家族が増えて、珍しくはしゃいだ。
入院中の父が夢を見たと言った。
とても美しい桃源郷の夢だと。
わたしは父の夢を絵に描いた。父に指導してもらい描き上げたとき、「いろんな人に見せたいなぁ」と言ったので、わたしは美術館主催の絵画展に絵を送った。
絵のタイトルに『藤源郷(とうげんきょう)』とつけた。
天から下がる咲き乱れる藤と一頭の白い馬。
十三歳で大賞を受賞してしまった。最年少の受賞だと。
父はとても喜んでくれた。
「さすがはお父さんの子だ!」
わたしはそれだけで嬉しかった。
父が『絵を持っていきたい』と言った。
自力で動くことはもうできず、痩せ細り寝たきりになってしまった父。
わたしは大賞を辞退して、絵を父のそばにおいた。
父はしばらくして亡くなった。
息をひきとる間際、『この絵は今度は神様に自慢するよ』と言った。
絵は父と一緒に荼毘に付した。
父が亡くなってから、保険金や財産を目当てにした父の親戚が押し寄せた。
わたしが一人の時を狙って押しかける人や、学校帰りを狙って待ち伏せる人も現れ、危険を感じた母は、わたしと妹を連れて海外に逃げた。
日本に帰ってきてからしばらくは穏やかな生活だったが、十五歳の時に母が倒れ、わたしは高校を辞めて意識の戻らぬ母を介護した。
妹を失った。
とてもかわいい妹を。
わたしから妹を奪っていった人は、妹の本当の祖母にあたる人だった。
「母親の介護をしながらこの子を育てられるのか」
そう言われ、わたしは返事ができなかった。
妹の祖母という人の話に、『父の妹の子供』だと聞いていた話は覆された。
父とよその女性にできた子供━━━
だが、どうでもよかった。そんなこと。
生まれて間もない頃からわたしの妹になった子。
母と二人で大切に育ててきた子。
母が何を思ったのかはわたしにはわからないけれど、母も自分が産んだ子供のように大切にかわいがっていたのだから、わたしにはそれだけが真実だった。
妹を騙してタクシーに乗せた。
小さな手を振ってくれている。
さよなら、かわいいわたしの妹。
たくさんかわいがってもらってね。
どうか、幸せに、幸せになってね。
さよなら、さよなら、さよなら・・・。
胸がはり裂けそうな痛みに襲われた。
死んでしまいたい。
けれどわたしがいなくなったら母はどうなる?
『どんなことがあっても自ら命を絶ってはいけない』
母の教えがあった。
母の教えは守らなくては━━━━
高い霊能力を持った、尊敬する偉大な母の。
母の意識だって戻るかもしれない。
それだけを心の糧にして・・。
三年後、母が亡くなった。意識は戻らぬままで。
妹もいない。
わたしは孤独になった。
十八歳だった。
世界中にただ独り。
わたしは泣いた。大声で泣いた。
わたしのそばには誰もいない。
いつになったら死ねるだろう?
いつになったら神様はわたしの命を奪ってくれるだろう?
かつて父の入院していた精神病院で、お世話になった看護師長さんが母の死を知りお線香をあげにきてくれた。わたしは看護師長さんの計らいで、看護師助手として精神科開放病棟で働くことになった。
学歴は問わないと言われた。
病棟では母の介護をしていたことが役にたった。
父の見舞いに訪れた子供だったわたしのことを覚えていてくれた患者さんもいて、仲良くなれた。
わたしは人間関係にも少し自信が持てるようになった。
いろんな患者さんと接するようになり、彼らは特定の分野で非常に頭がよいのだと知った。そして、何よりも優しい。
仕事に不慣れなわたしを気遣ってもくれた。
彼らは退院できる状態にも関わらず、帰る場所がない人達だった。
わたしは自分を省みた。
わたしには帰る場所があった。
自分の家があった。母が残してくれた財産があった。
わたしは自分の幸運を気づかされた。
目が覚めた気がした。
仕事中の夕方。
ひとりの患者さんが叫んだ。
「虹だ!」
ホールの窓、東の空に大きな虹。
患者も看護師も介護士も医師も、みんなみんな集まって大きな虹を見た。
━━━━なんて美しい
そうだ。
世界は美しい。
山も、海も、虹がかかるこの空も。
美しさに心が満たされた瞬間に━━━━━
ああ、わたしはこれから亡くなった両親とわたしをかわいがってくれた順さんを弔って生きていこう。
ただひたすら弔って生きていこう。祈りを捧げていこう。
生きていく目標ができた。
病院を退職し、いくつかのアルバイトを経験し、二十一歳のわたしは花屋に勤めることになった。
この花屋を選んだのは、学歴不問で就職後の保証人も不要というのが最大の理由だった。
なんだかヤクザみたいな雰囲気を醸しだしている花屋の社長は、面接でわたしを見て「明日から来れるか」と訊いた。
すんなりと就職ができた。
なんとなく目がイヤらしいが、年配の女性がニコニコと「明日からかい?人が足りてないから助かるよ」と、言った。
この人はいい人そう。
わたしは「よろしくお願いします」とお辞儀をした。
勤務は支店勤務と週二回の本店勤務。
そうして仕事に慣れてきた頃、
わたしは『惣領貴之』という男性と出会うことになる。
互いに実の父娘と知らぬまま━━━━━
時間が、軽やかに小さなステップを踏んでわたしに近づいてくる。
わたしの幸せな時間が踊り始めるのだ。
2
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる


