32 / 43
29 「違和感」
しおりを挟む「……」
鴻が戻ってきたと聞くと同時に総一郎も愁弥と共に1階へ降りていった。
広い部屋にはさくらだけ。
巽は昨日思い出した犯人の家を細かく思い出せないか記憶をたどっていた。
けれどやはり分からない。
玄関を開ける犯人が何か俺に言ってきたはずなのだがそれもよく思い出せなかった。
「わからない…」
うんうんと唸る巽にさくらが小さく「にゃ」と言う。
煩かったのか分からないがとりあえず撫でて癒される。
「さくらもすっかり成猫サイズになったね」
触り心地は制作したぬいぐるみとさほど変わらない。
良いものを作ったなと自負する。
「気持ちいぃ…ね……」
撫で心地の事を言ったのだが、ふとあの男の言葉が蘇ってしまって手が止まる。
ひと呼吸おいて何を神経質になっているのかと自身を叱咤する。
「俺、疲れてんのかな」
撫でながらの独り言はさくらにスルーされた。
小一時間ほどたった頃、総一郎と愁弥が部屋に戻ってきた。
鴻はどうしたのかと問えば立ち寄っただけだからとすぐ戻ったらしい。
あまり顔を合わすことがないのだから寄ればよかったのに、と巽は別室にいた鴻の心情など悟れない。
「鴻さんはまた海外行くって言ってたからな、忙しいんだろ」
「今度は何をしに行くんだろうね」
「お前がこの前ちらっと言ってた猫の写真集作りに行ったぞ」
「え?あれはただの雑談だったのに」
「孫にはなんでもしてあげたくなるんだって。それに楽しそうだったからいいんじゃない?」
すっかり猫好きになってしまった巽のためとあらば!と鴻は勤しんでいた。
「世界の猫って何を考えてるのかな?さくらのことは何となく分かるけど」
「それぞれ育った国の言葉理解してるんだよな…?すごくないか」
「心の機微を犬同様感じ取ることが出来るらしいから言語と言うより雰囲気を分かるんじゃないかな」
「それでもすごいよね」
元日をベッドの上で過ごした巽は2日にはすっかり元気になって初詣に行こうと発案するも2人から却下された。
「病み上がりだしまた体調不良にでもなったら大変だろ」
「それにまだ犯人も何をしでかすか分からないんだから人の多いところはダメだよ」
「…ならさくらと遊んでる」
部屋の中は暖かいしそれならいいのだろう。
広い屋敷で鬼ごっこをするのがさくらのブームで走り出したさくらを追いかける。
鬼ごっこ、だるまさんがころんだ、かくれんぼ
それをローテーションしながら3人と一匹で楽しむ。
成猫サイズになったと言えどまだ子供で遊び盛りなさくらは疲れ果てるまで走り回って廊下でパタリと寝転がったと思えば一瞬で寝てしまった。
「元気だな、さくらは」
「筋肉がムキムキな猫なんて見たくないよ、俺は」
毛皮の下にうっすらと見える筋肉を撫でた総一郎がそのままさくらを抱き上げて部屋へ連れていった。
「ムキムキな猫……あははっ!あは、ムキムキな猫?」
総一郎の発言で想像してしまったさくらの体がムキムキになる違和感のある未来に笑いが込み上げてくる。
「…適度に太らせないとな」
「はは、うん、ムキムキに、させないようにしなきゃ…ふふ」
ツボに入った様で巽は総一郎が戻ってくるまで笑いが止まらなかった。
「もう流石に大丈夫だよ?熱もないし」
体温計を差し出し、問題ないでしょう?と巽は言うが過保護な恋人たちは伊崎医師に診察して貰うまで出社するなと引き止める。
「まだ数日前のことだし…それに正直そいつの顔が分からないから巽に仕事させたくないんだよ」
巽から預かったスマホデータを解析し犯人の声を抽出することには成功したそうだ。
けれど警察の持つ逮捕歴者のサンプルにはその声紋と合致する者はいなかった。
今後犯人からの要求などでの調査に使われることはあるだろうがやはり巽の事件に関しての情報としては使えなかった。
「でも仕事しないとでしょ?
そんなに気にしなくても、送り迎えはいつも通り車だし会社内にはあいつは居ない。
しばらくはどこの企業ともリモートの予定。
ほら、なんの心配も要らないでしょ?ね」
言い聞かせるように2人へ大丈夫だと言うのだが。
「仕事させたくない」
と宣う。
こんなやり取りが2日前から横行していて流石に苛ついてくる。
「確かにこの1年くらい体調崩しがちだったけど、だいぶ勤務時間減らしたし、元々俺はそんなにヤワじゃない。それにむしろ普段通り仕事しないと周りに何かあったのかだなんて気取られるかも。根掘り葉掘り調べ尽くされて俺にこれ以上嫌な思いさせる気?」
そう言えば2人はびっくりした顔をしつつも渋々「会社へ行くか」とやっと改めてくれた。
出社すれば新年の挨拶が飛び交ってくる。
一人一人に返すのは疲れるからいつも通りエリア毎に挨拶を返していく。
社長室に着いて直ぐに秘書2人から年末年始間の自社のトラブルや要望がないか確認する。
「これって…?」
「それは一応確認して欲しいって事で返品が来た品物ですね」
手元にあるのは資料と写真だけだが破損が酷い。
「うーん、梱包資材見るとそんな簡単に壊れるものじゃなさそうだよね」
「はい、なので保証金目当てかと。」
CROWへ喧嘩を売るような輩が稀にしか存在しないのでクレームに特化した部署は存在せず、代わりに秘書と社長が対応するようにしていた。
「俺が対処しとく。それとこれも見といてくれ」
「あ、これ改良品?もう出来たんだ」
年末に改善点2箇所書き込んだ簡単なレポートを出したばかりだと言うのに目の前に差し出されたこのさくらはほぼ本人だ。
「ちゃんと改善されてる……うん、これならもう世に出しても良さそうだね」
「では許可出しておきますね」
「早く帰って鳴き声録音したい…」
「まだ来たばかりだろ」
「頑張って仕事して早く帰ろうか」
宣言通りささっとやるべき仕事を終わらせてさくらをもって急ぎ足で自宅へ帰る。
「ただいま!さくらぁー!」
首輪についた小さな鈴の音と共にさくらの鳴き声が近づいてくる。
巽の持つさくらに本人も警戒したが直ぐに慣れて巽へ甘える。
すかさずゴロゴロと鳴る喉元へ録音機能付きのぬいぐるみを近づけて録音した。
作ったぬいぐるみには5回、それぞれ2秒ずつ録音できるようにしてある。
尾の付け根が外れるようになっておりそこにマイクとスイッチ、そしてスピーカーはもちろん口から発せられ見た目はほぼ猫だ。
残念なのは体温がないところだがしなやかさはあるのであまり気にならないだろう。
自発的には動きはしないがペットロスやアレルギー持ちなど幅広いところにニーズはある。
年始の発表には間に合わなかったもののオーダーメイドなのでいつ発表したところでほぼ売上には関係しない。
年末にGOサイン出すつもりだったのだがバタバタしていて連絡ができなかったのだけが本当に申し訳ない。
「さくらはよく喋るから5つじゃ足りなかったね」
「容量はこれ以上増やせないってことだったし仕方ないだろ」
「まぁでもこれで社長室で泣かれることも無くなるし良かったよ」
「泣いてないよ!寂しかっただけ」
「同じ意味だよ」
「あれ?」
頬を膨らませて「泣いてない」と言い張る巽がぬいぐるみを見つめ何やら2匹を見比べていた。
「縫製ミスでもあったか?」
「いや、気のせいだった」
目元がなにか違うように感じたのだが見比べれば可愛らしいクリクリの目はそっくりで明日から膝上へ置くことが楽しみで仕方がなかった。
5つとも録音を終えたぬいぐるみをソファーに置いてさくらと遊んでやると時間はあっという間に夕飯時になっていて半田が呼びに来た。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる