誰にも触れられたくないトコロ 【完結】

うなきのこ

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29 「違和感」

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「……」
鴻が戻ってきたと聞くと同時に総一郎も愁弥と共に1階へ降りていった。
広い部屋にはさくらだけ。

巽は昨日思い出した犯人の家を細かく思い出せないか記憶をたどっていた。
けれどやはり分からない。
玄関を開ける犯人が何か俺に言ってきたはずなのだがそれもよく思い出せなかった。

「わからない…」
うんうんと唸る巽にさくらが小さく「にゃ」と言う。
煩かったのか分からないがとりあえず撫でて癒される。
「さくらもすっかり成猫サイズになったね」
触り心地は制作したぬいぐるみとさほど変わらない。
良いものを作ったなと自負する。
「気持ちいぃ…ね……」
撫で心地の事を言ったのだが、ふとあの男の言葉が蘇ってしまって手が止まる。
ひと呼吸おいて何を神経質になっているのかと自身を叱咤する。
「俺、疲れてんのかな」
撫でながらの独り言はさくらにスルーされた。




小一時間ほどたった頃、総一郎と愁弥が部屋に戻ってきた。
鴻はどうしたのかと問えば立ち寄っただけだからとすぐ戻ったらしい。
あまり顔を合わすことがないのだから寄ればよかったのに、と巽は別室にいた鴻の心情など悟れない。
「鴻さんはまた海外行くって言ってたからな、忙しいんだろ」
「今度は何をしに行くんだろうね」
「お前がこの前ちらっと言ってた猫の写真集作りに行ったぞ」
「え?あれはただの雑談だったのに」
「孫にはなんでもしてあげたくなるんだって。それに楽しそうだったからいいんじゃない?」
すっかり猫好きになってしまった巽のためとあらば!と鴻は勤しんでいた。
「世界の猫って何を考えてるのかな?さくらのことは何となく分かるけど」
「それぞれ育った国の言葉理解してるんだよな…?すごくないか」
「心の機微を犬同様感じ取ることが出来るらしいから言語と言うより雰囲気を分かるんじゃないかな」
「それでもすごいよね」




元日をベッドの上で過ごした巽は2日にはすっかり元気になって初詣に行こうと発案するも2人から却下された。
「病み上がりだしまた体調不良にでもなったら大変だろ」
「それにまだ犯人も何をしでかすか分からないんだから人の多いところはダメだよ」
「…ならさくらと遊んでる」
部屋の中は暖かいしそれならいいのだろう。
広い屋敷で鬼ごっこをするのがさくらのブームで走り出したさくらを追いかける。

鬼ごっこ、だるまさんがころんだ、かくれんぼ
それをローテーションしながら3人と一匹で楽しむ。
成猫サイズになったと言えどまだ子供で遊び盛りなさくらは疲れ果てるまで走り回って廊下でパタリと寝転がったと思えば一瞬で寝てしまった。
「元気だな、さくらは」
「筋肉がムキムキな猫なんて見たくないよ、俺は」
毛皮の下にうっすらと見える筋肉を撫でた総一郎がそのままさくらを抱き上げて部屋へ連れていった。
「ムキムキな猫……あははっ!あは、ムキムキな猫?」
総一郎の発言で想像してしまったさくらの体がムキムキになる違和感のある未来に笑いが込み上げてくる。
「…適度に太らせないとな」
「はは、うん、ムキムキに、させないようにしなきゃ…ふふ」
ツボに入った様で巽は総一郎が戻ってくるまで笑いが止まらなかった。





「もう流石に大丈夫だよ?熱もないし」
体温計を差し出し、問題ないでしょう?と巽は言うが過保護な恋人たちは伊崎医師に診察して貰うまで出社するなと引き止める。
「まだ数日前のことだし…それに正直の顔が分からないから巽に仕事させたくないんだよ」

巽から預かったスマホデータを解析し犯人の声を抽出することには成功したそうだ。
けれど警察の持つ逮捕歴者のサンプルにはその声紋と合致する者はいなかった。
今後犯人からの要求などでの調査に使われることはあるだろうがやはり巽の事件に関しての情報としては使えなかった。

「でも仕事しないとでしょ?
そんなに気にしなくても、送り迎えはいつも通り車だし会社内にはあいつは居ない。
しばらくはどこの企業ともリモートの予定。
ほら、なんの心配も要らないでしょ?ね」
言い聞かせるように2人へ大丈夫だと言うのだが。
「仕事させたくない」
と宣う。

こんなやり取りが2日前から横行していて流石に苛ついてくる。
「確かにこの1年くらい体調崩しがちだったけど、だいぶ勤務時間減らしたし、元々俺はそんなにヤワじゃない。それにむしろ普段通り仕事しないと周りに何かあったのかだなんて気取られるかも。根掘り葉掘り調べ尽くされて俺にこれ以上嫌な思いさせる気?」
そう言えば2人はびっくりした顔をしつつも渋々「会社へ行くか」とやっと改めてくれた。


出社すれば新年の挨拶が飛び交ってくる。
一人一人に返すのは疲れるからいつも通りエリア毎に挨拶を返していく。


社長室に着いて直ぐに秘書2人から年末年始間の自社のトラブルや要望がないか確認する。
「これって…?」
「それは一応確認して欲しいって事で返品が来た品物ですね」
手元にあるのは資料と写真だけだが破損が酷い。
「うーん、梱包資材見るとそんな簡単に壊れるものじゃなさそうだよね」
「はい、なので保証金目当てかと。」
CROWへ喧嘩を売るような輩が稀にしか存在しないのでクレームに特化した部署は存在せず、代わりに秘書と社長が対応するようにしていた。
「俺が対処しとく。それとこれも見といてくれ」
「あ、これ改良品?もう出来たんだ」
年末に改善点2箇所書き込んだ簡単なレポートを出したばかりだと言うのに目の前に差し出されたこのはほぼだ。
「ちゃんと改善されてる……うん、これならもう世に出しても良さそうだね」
「では許可出しておきますね」
「早く帰って鳴き声録音したい…」
「まだ来たばかりだろ」
「頑張って仕事して早く帰ろうか」


宣言通りささっとやるべき仕事を終わらせて急ぎ足で自宅へ帰る。
「ただいま!さくらぁー!」
首輪についた小さな鈴の音と共にさくらの鳴き声が近づいてくる。
巽の持つに本人も警戒したが直ぐに慣れて巽へ甘える。
すかさずゴロゴロと鳴る喉元へ録音機能付きのぬいぐるみを近づけて録音した。

作ったぬいぐるみには5回、それぞれ2秒ずつ録音できるようにしてある。
尾の付け根が外れるようになっておりそこにマイクとスイッチ、そしてスピーカーはもちろん口から発せられ見た目はほぼ猫だ。
残念なのは体温がないところだがはあるのであまり気にならないだろう。
自発的には動きはしないがペットロスやアレルギー持ちなど幅広いところにニーズはある。
年始の発表には間に合わなかったもののオーダーメイドなのでいつ発表したところでほぼ売上には関係しない。
年末にGOサイン出すつもりだったのだがバタバタしていて連絡ができなかったのだけが本当に申し訳ない。

「さくらはよく喋るから5つじゃ足りなかったね」
「容量はこれ以上増やせないってことだったし仕方ないだろ」
「まぁでもこれで社長室で泣かれることも無くなるし良かったよ」
「泣いてないよ!寂しかっただけ」
「同じ意味だよ」
「あれ?」
頬を膨らませて「泣いてない」と言い張る巽がぬいぐるみを見つめ何やら2を見比べていた。
「縫製ミスでもあったか?」
「いや、気のせいだった」
目元がなにか違うように感じたのだが見比べれば可愛らしいクリクリの目はそっくりで明日から膝上へ置くことが楽しみで仕方がなかった。
5つとも録音を終えたぬいぐるみをソファーに置いてさくらと遊んでやると時間はあっという間に夕飯時になっていて半田が呼びに来た。







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