誰にも触れられたくないトコロ 【完結】

うなきのこ

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30 「公園で出会ったのは」

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───     ───



体が動かなくて頭も殴られた様に痛い。
ズキズキとする頭を起こすことも叶わず、代わりに目だけを動かして自室とは違う匂いにここはどこなのかと周りを探る。

今は夜なのか暗くて、でも暖かい室内に居る。
感覚を研ぎ澄ませると次第に何処にいるのか気づいてしまった。
見覚えのある天井と階下から聞こえる生活音にゾワゾワと肌が粟立っていった。
「…ぇ……」
何故に居るのか分からず、けれど今すぐ逃げなくてはと何とか身体を動かそうとする。
逃げる為に必死になるが変わらず身体に力が入らなくて恐怖心だけが募っていった。



───     ───



何も予定の無い日にしては珍しく巽の寝起きがよくて現在は朝の6時。いつもなら7時半頃に起こしてやっと覚醒するのが1時間後なのだが今日はもう身支度を終えて1階のリビングでのんびりしているところだった。
「愁弥が先に降りたかと思ったけど、起きたら居ないのは巽だったからびっくりしたよ」
「ふふ、半田さんが暖炉に火をつけてくれてたから凍えなくて良かった
愁くんは起きてないの?」
「寒いって布団引き上げてまた寝たよ」
「一応暖房つけてるのに、ほんと寒がりだよね」
新年が明けて始業後2周目の休日。
デートの予定も無いのでまだ起きるつもりは無いらしい愁弥と一緒にさくらも寝こけているそうだ。

「おふたりとも暖かいコーヒー淹れたのでどうぞ」
キッチンで入れてくれたドリップコーヒー三人分を持ってリビングに半田がやってきた。
半田はまたキッチンに戻ると軽食も机に並べてまったり過ごす。
「今日はなんの予定も立てていないんですか?」
「うん、最近バタついてたし寛ぐだけにするよ。半田さんは奥さんのところに帰ってもいいんだよ?」
「いえ、彼女は今週友達と旅行に行ってるんですよ。ご迷惑でなければ一緒に過ごさせてください」
「もちろん!
どこに行ってるの?」
「四国へ。沢山お土産買ってくると言っていたのできっと皆さんの分もありますよ」
「いつもありがとうございます」
「楽しみにしてるね」




まだ早朝と言える時間帯。外へ出れば冷たい空気が頬を撫で、呼吸をすれば吐く息は白くなる。

ゆっくりまったりしようと決めたものの全く動かないと言うのは詰まらない。
せっかく朝早く起きれたのだからと巽は散歩へ行くことにした。
もちろん、過保護な恋人2人のうち1人を連れて。
「さむいっ」
防寒対策にコートとマフラー、手袋をがっちりとつけているにもかかわらず乾いた冷たい風が顔面に当たると全身でぶるっとしてしまう。
「手繋ぐ?」
総一郎は片手の手袋を外し巽の前へと手を差し出した。
「…繋ぐ」
世間には自分たちが恋人同士なのは知れているのだからいいかと自らも手袋を外し差し出された手へ重ねる。
「指冷たくないな…?」
「半田さんがさっき生姜湯作ってくれたから多分それのおかげだよ」
それでも外気に触れれば表面は冷たくなってくる。

総一郎は冷え性の巽の手を擦りながら歩き出した。
巽には伝えていないが少し後ろから2人ほどで警護して貰っている。
巽は気づいていないからか大胆にも抱きついてきた。
普段外でなんて特にこういった行動をしてこないから吃驚した。
「巽、危ないよ」
「久しぶりに自由に行動してる気がして、つい」
「…そうだね」

自分の発言を気に病んでしまったのか目を逸らした総一郎に巽は申し訳なく思った。
自身が悪い訳では無いとはいえ関係の無いことではないのだから発言には気をつけなくては。
でも今日はすごく清々しい。
寒いが天気は良くて風もなく、年始から付いていた警護らしき人達の姿も見えなかったからだ。
「(警護の必要が無くなったとかじゃないとじいちゃんなら契約止めないだろうし…もしかしたら犯人わかったのかな)」
「そうだといいな…」
「何が?」
声に出してたようで横を歩いていた総一郎が覗き込んできた。
近所にある公園へ向かう途中の道は通勤者が時々通るくらいで散歩の人はいないようだった。
「ううん、なんでもない!
ところでさ、公園でちょっと運動しない?」
「運動?」
「そ」
楽しそうに「内容はまだ内緒ね」と笑う巽を見つめ公園での運動とは具体的になんだろうかと思考を巡らせた。



黒川邸から歩いて10分ほどの距離にある少し大きめの公園にはブランコや鉄棒、ロープジャングルや滑り台それと広場がある。
東京とはいえ黒川邸は少し都心から外れているので人通りは少なく散歩しているのも老人くらいしかいなかった。
今日は風もないし何組か公園にいるのでは無いかと思ったのだが誰もいなかった。
「何するって?」
「あれ、何も思いつかなかった?」
「考えはしていたけど検討つかなかったよ」
「正解はねラジオ体操だよ」
最近何かと体調を崩しがちになっていた巽はやはり気にしていた。
色々検索すると1番効率がいいのはラジオ体操だと出てきたのだ。
「ジムとか行くより毎日続けやすいラジオ体操がいいんだってネットに書いてあった」
「もしかして調べたのは昨日?」
「え、なんでわかったの?」
「夜遅くに寝ると巽は早起きになりがちだから何となくそうかなって」
「あ、そんな癖があったんだね、俺に」
誰もいない公園にある広場の端にはベンチがいくつか置いてあり、ラジオ体操の音源を流すためにスマホをそこへ置いた。
「♪♪♪~」
流れるラジオ体操の音楽にそういえば中学生以来やっていないなと思い出した。
「懐かしいね、この音楽」
「だね!ちゃんとやれるのかな」
「やれば思い出すよ、きっと」
総一郎が言った通り、子供の頃に準備運動としてやっていたラジオ体操は体に染み付き、どんな動きなのか言ってくれるアナウンスを聞かずとも動けた。

第一、第二だけやり終えた頃に愁弥から総一郎のスマホへ電話が来た。
「"起こせよ"」
「悪いな、2人でデートしたかったから起こさなかったんだ。もう帰る」
「ごめんね!寒いの苦手なの知ってるし起こすと良くないかなって思って…」
スマホ越しにブーブーと抗議していた愁弥は巽の一言で一変
「"まぁ寒いしどの道行かなかったと思うからいいけど"」
「今公園だしすぐ帰るよ」
「"あぁ、待ってるな"」
スピーカーにしていたのを元に戻した総一郎は愁弥と何か話していたのだがヒソヒソと話していたので聞こえない。
巽はラジオ体操を流していたスマホをベンチへ取りに行ってそのまま座り総一郎が戻ってくるのを待った。

すぐそこで話しているので戻ってくるというより話終わるのを待っている間に、後ろから聞こえる足音に体が一瞬固まった。
目線だけはこちらを向いている総一郎が何も言わなかったので警戒の対象ではないことが知れゆっくりと振り返ると犬の散歩に出てきたらしいおじいさんが居た。
「おはようございます。さっきラジオ体操が聞こえてねぇ、やってるのかと思って出てきたんだけど、お兄さん達だったんだねぇ」
「良かったらおじいさんもやりますか?」
提案するもおじいさんは歳のせいで体が動かず、犬の散歩程度しか出来ないからと断った。
「ありがとう、ばぁさんの方がよく動けるから今度一緒にどうかな」
「えぇ、いいですよ」
ゆっくり話すおじいさんは話し相手になってくれるかい?と言うので隣に座ってもらう。
何やら愁弥と話し込んでいたのであと数分は来ないだろう。

おじいさんは話しながら犬を撫でていた手を離すと、徐ろに巽の手を掴み何かを握らせた。
おじいさんは「まだ散歩の途中だからこれで失礼するよ。また今度ラジオ体操しよう」そう言い残して公園の出入口へ向かって歩いていった。
おじいさんとは3分ほど話していたのだがまだ総一郎と愁弥の話は終わらないらしい。
目が合えば微笑んでくれるが少し視線を外してまた話し込む。
時々怒鳴り声や語尾が強いような声が聞こえるが内容は聞き取れない。
帰れば話したいだけ話せるだろうにそんなに急な話なのか。
なんの話しをしているのか分からないので後で聞くことにして、先程おじいさんに渡された折りたたまれた小さなメモ用紙を開いてみた。
そこには
"ばぁさんの電話番号:090-///////"
と書かれていた。
話してる時に「いつになるか分からないからまた連絡するために」と言っていたのでそれでだろう。
お年寄りと話すのは苦ではなく、むしろ自身には無い価値観などのヒントを貰えるので面白い。
スマホを開いてこの電話番号を登録しようとしていた所にその番号から電話がかかってきた。
その着信音に総一郎が「誰から?」と自身のスマホを離さないまま覗き込む。
「さっきのおじいさんの奥さんからだよ、これ」
メモ用紙と着信画面を見せると納得したように頷きまた電話口の愁弥と話し始めた。

俺は早く出ないと切れるかもしれないとその後すぐさまスマホを耳に当てて電話に出た。
「もしもし」
「"もしもし"」















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