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七章 院長の頼み
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(どういうことだろう?)
内心そう思うも、なんとなくわかる。
第六感とか、超常現象とか、心霊現象とか、その類だ。
「もしかしたら訪問診療先に『出る』とか……?」
大きな病院にはそういう話はある。
実際に菜緒も、勤務中にそういう背中がゾクッとする経験もしたことがある。
しかし怖いと思うも、そんなことをいっていられないのが医療現場。
仕事の邪魔をしなければスルーで通していた。
今度は病院内ではなく、訪問先ということか。
院長は菜緒の問いに「ぶはっ」とワインを噴き出しそうになりながら答えた。
「いやいや、そんな怖いものじゃないのよ。……うーん、そうね。きっと今の文明にはそぐわないものかも。でも、廃れずに日本に変わらずあるものなのよね。対面しても、信じられないかもしれないわね」
「そうですか……その、もしかしたら……」
菜緒は更に声を落とす。
「人でない方……ですか?」
院長は菜緒の言葉に至極真剣な顔になり、頷く。
「本当、ですか? からかっているんじゃなくて……?」
「からかってるなら、こうして二人きりで相談しないわよ。……まあ、そう思っても仕方ないわよね。なかなか信じられないと思うし」
――人でない。
(妖怪、あやかし、かしら?)
なんて思って、菜緒は本気にしてしまう自分自身を自嘲する。
『人でないもの』は揶揄で、そう見える真っ当な人間かもしれない。
でも院長が、差別しているような言葉を吐くとは思えない。
(じゃあ事実、あやかし?)
――あやかしじゃない。
と菜緒の頭のどこかで言っている。
じゃあ、なんなの?
と自問自答しては顔に霞がかった子供達が出てきては消える。
先方は自分のことを知っているらしい。
おそらく、顔の思い出せない子供達に関係することだと思う。
そう訴えているのだ、菜緒の頭のどこかで。
院長は黙り込んでしまった菜緒に、気を遣うように話す。
「どうかしら? 最初は驚くかもしれないけれど、絶対姉崎さんに危害は加えたりしないし、子供達も可愛い子ばかりよ」
「いえ、先生の付き添いですから、ありがたくお受けします。それにここまで聞いたら気になるし」
菜緒の返答に院長は強ばっていたようで肩が揺れた。
よほど安心したのだろう。
「よかった、断られたらどうしようかなって思ってたの。話を聞いてなんか変でしょう?」
「ええ、まぁ……そうですね。でも、先生だってずっと訪問してきていらっしゃっているんですよね?」
「ええ、そうよ。私の母の代からなの。……うちはこの地域では古い家だし、母の方が霊感とか強かったから、選ばれちゃったのよね。私はそれを引き継いだというわけ」
「院内でも忙しいのに、訪問医療も引き受けて凄く大変じゃなかったんでしょうか? 前院長先生は」
「仕方ないわよ、だって『縁を繋いでしまった』んだし。中途半端な縁の切れ方をすれば私か親戚に降りかかるかもしれないしね」
「それ、怖くないですか?」
あっけらかんと言われたが、もし無理矢理訪問医療を止めて縁を切ったら祟るということじゃないか。
「縁を切るならちゃんと用意をして、儀式をしないと駄目ってことよ。そうしないと、向こうだって縁をおしまいにしたいってわからないじゃない? 形式を整えないとむこう側に通じにくいのよ」
「ええと……院長は縁を切りたい……?」
「まさか」と院長は豪快に笑う。
「私の目が黒いうちはそういう手続きを取るつもりないわぁ。母から始まった縁だけど、私にとって大事な縁になったし。それにこうして病院が繁盛しているのはそのお陰だと思ってるの。私には子供もいないし、院を引き継いでいいという親戚もいないから、私の代で終わるのが寂しいところかな」
「そうなんですね……」
どうやら院長は、相手に怯えているわけではないようだ。
引き継いだ縁を大切にしたい、だから相手の要望を受け入れたいからこその態度だったみたいだ。
豪快に笑い飛ばしたが、今の医院を引き継ぐ跡目がいないというのは寂しいんじゃないのか?
けれど、実際問題でそれは仕方のないことと割り切っている――院長のそういう『気』を感じたようで菜緒はどう答えて良いかわからず、気の利いた言葉が出なかった。
チビチビと酒を飲む。
「そう、あと眼福ものもあるわよ~」
「眼福、とは?」
ふふ、と院長は眼鏡をかけ直す。
「眼福なんて恐れ多い言い方だけど、実際にそうなんだから仕方ない! きっとそれだけでも姉崎さんも満足するかもしれないわね」
「子供達がそんなに可愛い子ばかりなんですか?」
それは期待する。
可愛いのも菜緒的に分別されていて、無条件に「いい!」というのは「顔だけじゃなく、お行儀の良い子」だ。
院内で猿のように奇声を発しながら走り回る子供などは論外である。
あんまりだと「静かに座ってようね」と優しく注意するが、そういう子供に限って親は放置してスマホを弄っているし、逆ギレして怒ってくる親もいる。
そんな親に遭遇すると子供より先に、親の首根っこ掴んで外へ放り出して説教したい気分に陥っていた。
しかし院長の言う『眼福』の相手は違った。
「違う違う。子供達の保護者よ。それが美青年でねぇ……」
「それはますます期待します」
ワイングラス片手にウットリとしている院長を見るに、顔偏差値は相当のものだろう。
「早速なんだけど来週の木曜日が定期診察日なの、よろしくね」
「はい! 承知しました!」
ちょうど話が終了した時点で、大津医院のメンバーが揃ってやってきて改めて菜緒の歓迎会を開いてくれた。
内心そう思うも、なんとなくわかる。
第六感とか、超常現象とか、心霊現象とか、その類だ。
「もしかしたら訪問診療先に『出る』とか……?」
大きな病院にはそういう話はある。
実際に菜緒も、勤務中にそういう背中がゾクッとする経験もしたことがある。
しかし怖いと思うも、そんなことをいっていられないのが医療現場。
仕事の邪魔をしなければスルーで通していた。
今度は病院内ではなく、訪問先ということか。
院長は菜緒の問いに「ぶはっ」とワインを噴き出しそうになりながら答えた。
「いやいや、そんな怖いものじゃないのよ。……うーん、そうね。きっと今の文明にはそぐわないものかも。でも、廃れずに日本に変わらずあるものなのよね。対面しても、信じられないかもしれないわね」
「そうですか……その、もしかしたら……」
菜緒は更に声を落とす。
「人でない方……ですか?」
院長は菜緒の言葉に至極真剣な顔になり、頷く。
「本当、ですか? からかっているんじゃなくて……?」
「からかってるなら、こうして二人きりで相談しないわよ。……まあ、そう思っても仕方ないわよね。なかなか信じられないと思うし」
――人でない。
(妖怪、あやかし、かしら?)
なんて思って、菜緒は本気にしてしまう自分自身を自嘲する。
『人でないもの』は揶揄で、そう見える真っ当な人間かもしれない。
でも院長が、差別しているような言葉を吐くとは思えない。
(じゃあ事実、あやかし?)
――あやかしじゃない。
と菜緒の頭のどこかで言っている。
じゃあ、なんなの?
と自問自答しては顔に霞がかった子供達が出てきては消える。
先方は自分のことを知っているらしい。
おそらく、顔の思い出せない子供達に関係することだと思う。
そう訴えているのだ、菜緒の頭のどこかで。
院長は黙り込んでしまった菜緒に、気を遣うように話す。
「どうかしら? 最初は驚くかもしれないけれど、絶対姉崎さんに危害は加えたりしないし、子供達も可愛い子ばかりよ」
「いえ、先生の付き添いですから、ありがたくお受けします。それにここまで聞いたら気になるし」
菜緒の返答に院長は強ばっていたようで肩が揺れた。
よほど安心したのだろう。
「よかった、断られたらどうしようかなって思ってたの。話を聞いてなんか変でしょう?」
「ええ、まぁ……そうですね。でも、先生だってずっと訪問してきていらっしゃっているんですよね?」
「ええ、そうよ。私の母の代からなの。……うちはこの地域では古い家だし、母の方が霊感とか強かったから、選ばれちゃったのよね。私はそれを引き継いだというわけ」
「院内でも忙しいのに、訪問医療も引き受けて凄く大変じゃなかったんでしょうか? 前院長先生は」
「仕方ないわよ、だって『縁を繋いでしまった』んだし。中途半端な縁の切れ方をすれば私か親戚に降りかかるかもしれないしね」
「それ、怖くないですか?」
あっけらかんと言われたが、もし無理矢理訪問医療を止めて縁を切ったら祟るということじゃないか。
「縁を切るならちゃんと用意をして、儀式をしないと駄目ってことよ。そうしないと、向こうだって縁をおしまいにしたいってわからないじゃない? 形式を整えないとむこう側に通じにくいのよ」
「ええと……院長は縁を切りたい……?」
「まさか」と院長は豪快に笑う。
「私の目が黒いうちはそういう手続きを取るつもりないわぁ。母から始まった縁だけど、私にとって大事な縁になったし。それにこうして病院が繁盛しているのはそのお陰だと思ってるの。私には子供もいないし、院を引き継いでいいという親戚もいないから、私の代で終わるのが寂しいところかな」
「そうなんですね……」
どうやら院長は、相手に怯えているわけではないようだ。
引き継いだ縁を大切にしたい、だから相手の要望を受け入れたいからこその態度だったみたいだ。
豪快に笑い飛ばしたが、今の医院を引き継ぐ跡目がいないというのは寂しいんじゃないのか?
けれど、実際問題でそれは仕方のないことと割り切っている――院長のそういう『気』を感じたようで菜緒はどう答えて良いかわからず、気の利いた言葉が出なかった。
チビチビと酒を飲む。
「そう、あと眼福ものもあるわよ~」
「眼福、とは?」
ふふ、と院長は眼鏡をかけ直す。
「眼福なんて恐れ多い言い方だけど、実際にそうなんだから仕方ない! きっとそれだけでも姉崎さんも満足するかもしれないわね」
「子供達がそんなに可愛い子ばかりなんですか?」
それは期待する。
可愛いのも菜緒的に分別されていて、無条件に「いい!」というのは「顔だけじゃなく、お行儀の良い子」だ。
院内で猿のように奇声を発しながら走り回る子供などは論外である。
あんまりだと「静かに座ってようね」と優しく注意するが、そういう子供に限って親は放置してスマホを弄っているし、逆ギレして怒ってくる親もいる。
そんな親に遭遇すると子供より先に、親の首根っこ掴んで外へ放り出して説教したい気分に陥っていた。
しかし院長の言う『眼福』の相手は違った。
「違う違う。子供達の保護者よ。それが美青年でねぇ……」
「それはますます期待します」
ワイングラス片手にウットリとしている院長を見るに、顔偏差値は相当のものだろう。
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