竜の紅石*缶詰

鳴澤うた

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子竜、慕情

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「アルディルク、ごめんなさいね。まだお前を宮廷に連れていけないのよ」
そう言ってお祖母さまは、僕のホッペにキスをした。
 「お祖母ちゃまと一緒に暮らしてまだ二十日だし、慣れていないでしょうから心配だけど……。イェルディスとシルヴィアに初めての子が孵るというから」
 僕は大丈夫、と言って笑ってみせた。
 僕も仲間で、甥になるんだという竜が卵から孵るところを見たいなって思うけど、お城に入るには「お作法」を習わなくちゃいけないみたい。
  それに、お祖母さまが邸を留守にする時が絶好の機会なの。
  お祖母さまは、いつも僕の側から離れないから。だからあれから言いつけを守ってたの。
  だから気付かれないように、いい子の返事をした。
 「卵から孵った時のお話、聞かせてね?」
  そう言ってお祖母さまに抱きついてキスを返した。ちょっぴりの罪悪感をのせて。
 「お祖母さまが帰って来るまで、良い子にしてるね」
  お祖母さまが心配そうに眉を下げて、何度も振り返りながら宮廷に向かった。

  僕はごめんなさい、って何度も心の中で謝った。
  でも、お祖母さまに悪いな、って思ったのは少しだけだった。

  ──やっと緋桜に会える、って頭が一杯だったの。

  お祖母様が『あの娘はお金が欲しくてお前を育てた』って言った。
  僕は信じない。
  だから、緋桜に会って聞いてくることにしたんだ。
  とっても会いたいってこともあるんだけど。
  この帝都の外れの、お祖母様と住むお邸から住んでいた山の中の小屋まで、僕の飛ぶ力じゃ半日はかかっちゃう。
  僕がもっと大きかったら、もっと早く小屋に着けるのにな。

  僕は、お祖母さまが出掛けた後、しばらく先生にお勉強を習って「頭が痛い」って嘘をついて、部屋に入った。
  お世話をしてくれる竜がお医者様を呼びましょうか? と言ってきたけど「眠いから寝かして」と嘘をついて一人にしてもらった。
  少し待って寝台から起きた僕は着替えて、事前に用意して隠しておいた鞄を出した。
  中には飲み物とお菓子が入ってる。
  それを肩にかけると、音が出ないように気を付けて窓を開けて外に出た。

  方角だって分かってる。
  ポン、と地を蹴ると宙で竜の姿に戻って、僕と緋桜が一緒に住んでいた小屋のある山に向かった。
  ──緋桜に会える。
  嘘だよね。
  緋桜もきっと嘘を本気にしちゃったんだ。
  会えば分かるもん
 今頃、寂しくて泣いてる。
  山の獣が怖くて怯えてるかもしれない。
  緋桜と一緒に山を下りるんだ。
  お祖母さまだって分かってくれるよ。
  種族が違くても仲良くできるって。
  それに、僕が大好きな緋桜だもん。お祖母さまだってきっと大好きになるよ。


 *****
  小屋がある山に近付くにつれて、僕はドキドキした。
  空から屋根が見えた時、嬉しくて急降下で降りたんだ。
  人の姿をとって小屋の扉を開けたの。
 「緋桜!」
  だけども開けた途端扉は壊れて、部屋の中の壁は半分も無かった。
  部屋の中はぐちゃぐちゃで、小さな虫や獣のお家に変わってた。

 「緋桜!」
  僕はいつも魚をとっていた川に向かったの。
  川は最近の大雨で増水して濁ってた。
 「緋桜! 僕だよ! 樹來だよ! どこにいるの?」
  緋桜の名前を呼びながら探した。心当たりのある場所を全部見て回った。
  いつも買い出しに行く里へも行った。
  思い切って、緋桜に馴れ馴れしくしていた男の人にも聞いたんだ。
 「山を下りてどこか違う場所で生活するって聞いたけど……? ボウズ、お前身内に引き取られたんじゃなかったのか?」

  ──緋桜
  嘘だよね?
  お金が欲しかったから?
  だから僕を育てたの?

  信じたくなくて僕は、壊れた小屋の前でずっと緋桜を待ってた。
  曇り空でもっていた天気は夕方が近付くに連れて暗い雲が覆って、ポツリポツリと大きな雨粒が落ちてきて──強い雨になった。

 「ひお……う」
  僕の目からも涙が出て止まらなかった。
  お金目当てだったんだ。
  お祖母さまの言ったことは本当だったんだ。

 「ひ……お……う、ひおう……!」
  僕のこと好きって言ったじゃないか。
  いつも一緒だって言ったじゃないか。

 「ひおーーー! お金目当てでも良いから一緒にいてよ!」

  緋桜がいないと寂しくて死んじゃうよ。
  緋桜 緋桜
  どうして嘘をついたの。
  嘘なんてついて欲しくなかった。
 「ひおう……! ひおう……!」
  僕は声をあげてないた。
  雨の音に負けないくらいに声を出して泣いた。



 *****
 「アルディルク! まあ、ずぶ濡れで何て姿に! 抜け出して一体どこにいっていたの!」
  夜中に邸に帰った僕を見て、お祖母さまに泣きながら抱き締められた。お祖母さまは綺麗なお出掛け服が濡れるのも気にしないで。
 「……もう、生まれたの?」
 「貴方がいなくなったと聞いて急いで帰ってきたのよ! ──心配で心配でお祖母ちゃまは……!」
  お祖母さまは泣いて震える声でそう言った。

  ──僕は気付いたの
 僕がお祖母さまにしたことは、僕が緋桜にされたことと同じなんだということに。

 「……ごめんなさい。もう黙って遊びにいかない」
 「約束ですよ?」
 「うん」
  お祖母さまは泣き笑いをしながら僕を見つめて、自分のショールで僕を包んでくれた。
 「風邪を引いてしまうわ。お風呂に入りましょうね」
  お祖母さまの差し出された手を握った。

  ──おばあ様は僕を愛してくれてる。
  愛し返さなきゃ──悲しくならないように。




  それから幾月日が過ぎただろう。
  俺ももう、小さな子供ではない。
  あの別れには、大人の事情が絡んでいたことに今は理解できる。
  だが、あの時の衝撃と悲しみは、今でも引きずって振り返らずにいられない。
  何故? 嘘をついた?
  俺は彼女にとってなんだったんだ?
  考える度に心が荒み、堪えようと代償を求めてまた荒れる。
  いつか、潤う日が来るのか。
  いつまで耐えれば彼女への想いは消えるのか。

  そんな日々の繰り返しのある日──見付けた、彼女を。

  会いたかった 会いたくなかった
 抱き締めたい 突き放したい
 大事にしたい 閉じ込めたい
 壊したい 縛りたい

 俺からいなくなった間に振りまいていたその笑顔を、消してしまいたい。
  滅茶苦茶にして、俺にしたことを後悔しながら瞳を閉ざせばいい。

  荒んだ俺の心は闇に堕ちる──。


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