王子さまは二人いる

鳴澤うた

文字の大きさ
2 / 42
きらびやかなお家とわたしの家族

しおりを挟む
 私たちは今、横浜の海が見える丘に建つレンガ造りの洋館の前に立ってる。

「中古だけれど、いい家が見つかってよかったよ」
 オジサマが嬉しそうにわたしの手を引きながら入る家は、豪邸ごうていと言ってもおかしくない大きな屋敷。
 庭はイングリッシュガーデン風で春先の花々がれて、良い香りを運んでくる。

「パパ、ずるいわ。わたしだって莉緒と手をつなぎたい」
 といってお父さん――名前はマリウス・ヴォルグさんの手から奪って、わたしの手を握ってきた金髪のお姉さまの名前は、アリナ。

「ぼくも!」
「あたしも!」
 ふくふくとした手で、もう片方のわたしの手を握ってきたのは四歳児の二卵性双生児。
 男の子はエミル、女の子はレナ。
 
 その様子を温かい眼差しで見つめ、後ろからついてきているのは、シオンとレフ。
 シオンは烏の濡れ羽色というような黒髪。
 レフはお父さまゆずりのグレーの髪色。
 
 お父さんは玄関の扉の鍵を開けて両手で大きく開くと、わたしたちを誘導する。
 その姿はとてもスマートだ。外国の人って様になる!
 入ると広い玄関ホールで、眩しいほどの真っ白な壁にアールの階段。天井にはシャンデリアが!

「ここって……靴、どこで脱ぐんですか?」
「このまま入っていいんだよ」
 と、お父さん。海外式のお家なんだ。

「莉緒、あなたの部屋に案内するわ。莉緒のイメージで整えたのよ、気に入ってくれると嬉しい」
 と、アール階段を上がって二階へ。
 
 ここもまた両手で開く扉で、お姉さんは大胆に全開する。
「うわぁ……!」
 わたしは歓声をあげた。だってすごすぎる。
 
 十畳ほどの部屋は、サーモンピンクと白で整えた部屋は可愛さと清潔さに溢れてる。
 出窓にはデスク。壁際にはクローゼットと化粧台。
 一畳くらいのバルコニーまである。
 そして片方の壁はベッド。
 壁の一部をくぼませてできた空間に、カーテン付きのベッド。

「ふふ、アルコーブ空間ベッドっていうの。可愛いでしょ!」
「ありがとうございます! すごく素敵です!」
 わたしは、アリナ姉さんに思いっきり頭を下げる。けれど、アリナ姉さんはなんだか不満そう。

「う~ん。日本的なお礼の仕方なんだろうけれど……。わたしはもっと、親密なお礼がいいな」
「で、でも……」
「わたしたち、今日から一緒に住むんだよ? ずっと離れ離れだったから難しいとは思うけれど、可愛い妹のお礼がほしいな」
 と、また手を握られ、わたしをウルルとした目で見つめる。
 
 背の高いわたしと同じ身長なので、青色の目がユラユラキラキラとしてて、胸にズキュウンときちゃう。
 同性の、しかも妹のわたしをときめかせてどうするの? お姉さん!

「ええと、その……アリナ姉さんが住んでた国のお礼のしかたを教えてください!」
「そんなのハグに決まってるわ。抱き合って頬を合わせるのよ」
 
 む、難しい! いきなり難関だ。
 日本で、日本の習慣の中で育ったわたしには難しい。
 それに、人と触れ合うのって――まだ、怖い。

『触らないで!』
『不倫の子! 汚い!』
『お風呂入ってるの? なんか臭うのよね』
 
 からかいと蔑みの言葉がよみがえってくる。
 嫌われたくない、でも触れることで嫌われたら――という矛盾。
 体温が急速に下がっていく気がする。

「アリナ、無理言うなよ」
 と、シオンくんがわたしたちの間に入ってきた。続いてレフくんも。
「俺たちが初めて莉緒と会ったの、二週間前だぜ? 家族として一緒に暮らすのは今日からなんだ。いきなり馴れ合えないよ」
 と、シオンくん。レフくんも、
「日本人は奥ゆかしいというよ。莉緒はハーフだけれど、日本で育ったんだ。まだハグなんて恥ずかしいよね?」
 わたしを見て軽くウインク。
 
 レフくん、日本ではウインクもそうそうされないよ~。

「ごめんなさい。で、でも! ほんっっとうに! 嬉しいです! 夢に描いていた可愛い部屋そのもので! それですごい! って思ってます! まだ会って二週間なのに、こんなにわたしの理想の部屋を整えてくれたアリナ姉さんって、エスパー? なんて思っちゃいました!」
 
 瞬間、アリナ姉さんの顔がこわばった。けれどすぐに元のうっとりする笑顔に戻る。

「ふふ、姉妹ゆえのテレパシーかな? ――そうそう、莉緒の服揃えたんだけど、足りないよね?」
 と、わたしの手を引いてクローゼットの前に。
 なんだか話を逸らされた感じがしたけれど、揃えてくれた服を見てそんなこと吹き飛んでしまった。

「シンプルな物を選んだんだけど、どう?」
「どれも素敵です!」
 きっと今のわたし、目がキラキラしてると思う。

「でも足りないと思うし。明日、買い物に行こうね」
 アリナ姉さんの提案にお父さんも、
「そうだな。生活に必要な物を買いたいし。家族全員で行くか」
 そう提案すると、シオンくんとレフくんも、
「僕、靴買いたい」
「俺はリュック」
 と挙手。
 エミルとレナも「いくいく!」とぴょんぴょん跳ねている。

 ――ん? エミルとレナのジャンプが、どんどん高くなっていってる……。
 
 四歳ってこんなに高くジャンプできるっけ? わたしの目線になるほど高くジャンプできるかな? っていう高いジャンプ。

「エミル、レナ。ジャンプは駄目」
 とお父さんが注意する。
 エミルとレナは素直に「はい」と返事してジャンプを止めた。

「さて、少し休んだらちょっと早いけれど、夕食を食べに行こう。今日は莉緒の卒業式と一緒に住める記念日だからね」
 お父さんの提案にみんな「I'm up for it!」と声を揃える。
 わたしもつられて言って、はっと気づいて肩を縮こませた。

「ご、ごめんなさい」
 思わず謝るわたしにシオンくんが、ちょっと起こり気味に、
「なんで? 謝ることないだろう? 莉緒は遠慮しすぎだよ」
 と言ってくれる。

「シオン、こんなことで怒るなって。――少しずつオレたち家族に馴染んでいけばいいんだし」
「そうよ、莉緒。私たちの前では遠慮しないで」
「えんりょだめ」
「だめよー」

「シオンくん、レフくん、アリナ姉さん。エミルちゃん、レナちゃん……」

 ぽんと、大きな手がわたしの肩に乗る。お父さんだ。
「今まで、辛い環境にいたようだからちょっと、心が萎んじゃったようだね。もう、大丈夫。私たちがいるから」
「お父さん……」
 
 わたし、嬉しい。嬉しいのに、頷くことしかできない。
 嬉しいということをどう表現したらしいのか、どう伝えたらいいのか忘れちゃってる。

(きっと、慣れてないせいだよね)
 
 だって――突然、「お父さんだよ」って現れて、血が半分だけれど姉弟もできたのは二週間前のことだもの――






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

ぽんちゃん、しっぽ!

こいちろう
児童書・童話
 タケルは一人、じいちゃんとばあちゃんの島に引っ越してきた。島の小学校は三年生のタケルと六年生の女子が二人だけ。昼休みなんか広い校庭にひとりぼっちだ。ひとりぼっちはやっぱりつまらない。サッカーをしたって、いつだってゴールだもん。こんなにゴールした小学生ってタケルだけだ。と思っていたら、みかん畑から飛び出してきた。たぬきだ!タケルのけったボールに向かっていちもくさん、あっという間にゴールだ!やった、相手ができたんだ。よし、これで面白くなるぞ・・・

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

こわモテ男子と激あま婚!? 〜2人を繋ぐ1on1〜

おうぎまちこ(あきたこまち)
児童書・童話
 お母さんを失くし、ひとりぼっちになってしまったワケアリ女子高生の百合(ゆり)。  とある事情で百合が一緒に住むことになったのは、学校で一番人気、百合の推しに似ているんだけど偉そうで怖いイケメン・瀬戸先輩だった。  最初は怖くて仕方がなかったけれど、「好きなものは好きでいて良い」って言って励ましてくれたり、困った時には優しいし、「俺から離れるなよ」って、いつも一緒にいてくれる先輩から段々目が離せなくなっていって……。    先輩、毎日バスケをするくせに「バスケが嫌い」だっていうのは、どうして――?    推しによく似た こわモテ不良イケメン御曹司×真面目なワケアリ貧乏女子高生との、大豪邸で繰り広げられる溺愛同居生活開幕! ※じれじれ? ※ヒーローは第2話から登場。 ※5万字前後で完結予定。 ※1日1話更新。 ※noichigoさんに転載。 ※ブザービートからはじまる恋

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

処理中です...