王子さまは二人いる

鳴澤うた

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泣いたってなにも変わらない

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「莉緒! さっさと洗濯物をたた畳んで! 終わったらお風呂掃除をしなさいよ!」
「はい」
 
 叔母さんの機嫌が悪い。わたしは大きな声で返事をしてクローゼットから出る。
 一畳半のクローゼットルームが、わたしに与えられた部屋だ。
 
 ベランダに干してある洗濯物を籠に中に入れて、リビングで畳む。
 叔母さんの家は分譲マンションの五階。最上階だ。
 周囲には高い建物がなくて見晴らしがいい。天気がいいと富士山が見える。
 駅からちょっと遠いけれど、小中学校が近くにあるので人気のエリアだと聞いたことがある。
 だから病院やスーパーもあって住みやすい。
 叔母さんは「駅に近い場所に住みたかった」って、よくぼやいているけれど。

「ちょっと、莉緒! わたしの下着、もっと綺麗に畳んでよ!」
 寝そべって漫画を読んでいた従姉妹の唯奈ゆいなちゃんが怒って、畳んだ洗濯物を蹴飛ばしてしまった。
「ごめん」と、わたしは謝って畳みなおす。言い訳なんて言ったら何倍にもなって返ってくるから、余計なことは言わないのに限る。

「何年やっても下手くそなんだから」
 唯奈ちゃんが、「はん」と鼻で笑う。

「唯奈、ご飯までに宿題やっちゃいなさい。莉緒はお風呂掃除が終わったら夕飯の支度を手伝ってちょうだい」
 叔母さんは唯奈ちゃんの態度を見ても気にすることなく、淡々と言う。
 いつものことだ。わたしの心も、揺れることがなくなった。
 
 同い年の唯奈ちゃんには、家事を手伝わせない。それは居候のわたしの仕事だと決められているから。
 黙々と畳み、洗濯物をタンスに入れていく。次はお風呂掃除だ。

「綺麗に掃除しなさいよ~、居候ちゃん。ただで家に置いてやってるんだから」
 唯奈ちゃんはニヤニヤした顔で言うと、自分の部屋に戻っていった。
 
 二年間は叔母さんに仕送りが届いていた。それまではわたしは唯奈ちゃんと一緒の部屋で過ごしていた。
 そのときは叔母さん家族とは良好で、家事も唯奈ちゃんも一緒に手伝っていた。
 
 関係が悪くなったのは、仕送りがこなくなってから。
 最初は「なにかあったのかしら?」と心配していた叔母さんが、ある日怖い顔してわたしの荷物を、全部クローゼットに投げ込んでいった。

「だから、不倫でつくった子の面倒をみるのは嫌だったのよ!」
 
 叔母さんが、怒鳴るようにわたしに告げる内容は、わたしもなんとなくわかっていたことだった。
 
 わたしは海外本社勤務の重役との間にできた子らしい。
 結婚の約束をしたけれど、それは守られなかった。お母さんは捨てられた、ということ。
 結婚しなかった理由は、それなんだ。

 お母さんはその後、他の会社へ転職。
 実際にお母さんは実力があって、メキメキ頭角を現して、新しい事業所勤務に抜擢されて単身、海外へ行ったということだった。
 
 けれど――突然、お母さんは会社を辞めてしまったという。
 現在行方が知れず――という状態。
 
 叔母さんは「金の切れ目は縁の切れ目」とばかりに、わたしを追い出したかったみたい。
 小学五年生のわたしを施設に送るのは忍びないと、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが反対して渋々、わたしを家においている。
 
 置いておく代わり、家事をたくさんすることが条件だった。
 
 状況を知った唯奈ちゃんは、叔母さんと同じでわたしへの態度が以前と変わって、おじさんも、わたしなんかいないように扱っている。

「仕方ない」
 
 わたしは、何度もそう呟く。
 どうして「仕方ない」のか、わたしはもう、考えるのは止めていた。




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