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泣いたってなにも変わらない
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しおりを挟む夕飯の支度を手伝って、わたしはトレイに置かれた自分の食事を、部屋であるクローゼットへ持っていく。
わたしの夕飯は昨晩と朝の残り物。ご飯も冷たい。
温かいご飯は最近、給食しか食べてないなぁと思いながら、ボソボソになったご飯を口の中に入れる。
「ご飯ももらえて、最後だけどお風呂も入らせてくれるし、寝る場所もあるから幸せなんだろうな」
ただ、わたしは着ている自分の服を見つめた。
唯奈ちゃんのお古をもらってるけれど、わたしのほうが背が高い。なので上下の裾が短い。
しかも、最後にもらったのは半年前。三月初めとはいえ、とにかく足がスース―する。
靴もほしい。ボロボロで裏の滑り止めもなくなってるし。
四月なるとわたしも中学生で、制服になるので「いらないでしょ」とか言われそう。
「出世払いとか……お願いしたらしてくれるかなぁ。断られても仕方ないけれど」
食べ終わって、トレイをキッチンに持っていく。叔母さんたちも食べ終わっていてシンクにお皿が積んであった。
皿洗いもわたしの仕事だ。そのまま皿洗いを始める。
叔母さんは夕方の機嫌の悪さから一転して、上機嫌になっていた。
おじさんと唯奈ちゃん、そして唯奈ちゃんのお兄さんの伊月さんと談笑してる。
今なら、お願いしたらOKもらえるかな? わたしは皿洗いを済ませ、オズオズと叔母さんに声をかける。
「あの……お願いがあるんです」
「なに?」
よかった、口調からして機嫌は悪くない。わたしは頭を下げながらお願いをする。
「あ、新しい服と靴を買いたいんです! お、お金はわたしが働くようになったら、必ずお返しします! お願いします!」
「わたしのお下がりじゃ、気に入らないっていうの?」
真っ先に不満を述べたのは、唯奈ちゃんだった。
「わたしのほうが、背が高いので……どうしても丈が短いし……それに靴もボロボロで……」
「……莉緒、あんたの下着をただで買ってやってるのに、それだけじゃ足りないっていうの? それに中学生の制服だって購入したっていうのに?」
ゾクッと背中が冷たくなった。一気に叔母さんの機嫌が悪くなった。
「だ、駄目なら、いいです……ごめんなさい」
「ただでさえ一人、余計に金がかかるっていうのに、贅沢に服や靴がほしいだなんてよく言えたものだね」
「ごめんなさい」
「母さん、確かに莉緒は居候だけれど、そのくらい買ってやってもいいんじゃない?」
間に入ってきたのは、伊月さんだった。
いつもはおじさんと我関せずな態度なのに。以外で思わず伊月さんに視線を向ける。
「あんたは莉緒の味方なの!」
「そうじゃないよ、近所でも噂になってるんだよ。『娘さんには新しい服を買ってあげているようだけれど、預かっている娘さんは、いつも同じ服ばかり着ているわよね』って。母さんの怒鳴り声も聞こえているみたいだよ。虐待を疑っている人、いるんじゃないの? 児童相談所に通報されるかもよ」
「それはいかんな。服くらい買ってあげなさい。そもそも同い年の唯奈の服をお古に渡すことじたい、無理があるんだから」
おじさんも珍しく意見する。
近所で噂になっている、というのが気にかかるんだろうな。
「……かまわないわよ。わたしは」
叔母さんが声を震わせて言った。
「いつもいつも姉さんに振り回されて! 姉さんは好きな高校へいって留学までして、いい大学に入って、いい就職先見つけて……! お父さんもお母さんも、私のことは二の次だった! 私はいつも姉さんの行動に振り回されて、お金が足りないから行きたかった高校は諦めた、大学だってそう! 専門学校だけは辛うじていかせてくれただけ! 私が好きだった人は、みんな姉さんを好きになった! それでも莉緒は可哀想だと思ったわよ。私と同じように、姉さんに振り回されてるんだから。でも、預けたままお金は送ってこない、しまいには行方をくらませる――もう、いい加減にして! という気持ちが強いの! 莉緒なんて知らない! 私が莉緒を虐待してるなんて噂がたってたってかまわないわ!」
「叔母さん……」
――わたしがいるから叔母さんは辛いんだ。
叔母さんは勢いよく椅子から立ち上がると、財布からお札を取るとわたしに投げつけてきた。
けれど、軽いからわたしに当たる前に宙に浮いて、ハラハラと床に落ちた。
「ほら、拾いなさいよ。これで服でもなんでも買ったらいいわ! これでいいんでしょう? これでわが安藤家は安泰なんでしょう? なによ、みんなして! 男たちはみんな姉さんの味方、家族だって姉さんの味方! ……せめて私の家庭くらいは私の味方でいてよ……」
叔母さんは力なく床に座り込んで、泣きじゃくってしまった。
唯奈ちゃんがわたしを睨み、そして叔母さんの肩を擦る。
「わたしはお母さんの味方だよ。大丈夫だよ」
そう何度も何度も叔母さんに語りかける。
――わたしは、ここにいちゃいけない。
(お母さんから連絡がつかなくなった時点で、わたしはこの家から出ていくべきだったんだ)
「今まで、ごめんなさい。お世話になりました」
わたしは深く頭を下げて、それから玄関に向かう。
「莉緒ちゃん」
伊月さんが追いかけてきた。
「今、母さんは興奮してるから。落ち着くまで待って。莉緒ちゃんはまだ小学生なんだ、出ていくことなんてない」
わたしは首を横に振る。
「春には中学生ですし……。養護施設から学校に通わせてもらいます」
そのほうが、いい。進学するとまた叔母さんの負担になる。
夜、遅くても応対してくれる職員さんがいるはず。
「わたしがいたら、叔母さん辛いままだと思うんです。だから行きます」
わたしは笑顔を作り、伊月さんに頭を下げた。
「今までありがとうございました」
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