王子さまは二人いる

鳴澤うた

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泣いたってなにも変わらない

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 マンションのエレベーターを使わずに、階段で下りる。
 わたしのことが噂になってるなら、住民がたくさん利用するエレベーターは使わないほうがいい。
 
 カレンダーでは春でも、まだ朝晩は冷える。わたしは寒さを紛らわすために走る。
 隣の駅に養護施設があった。そこに行ってみよう。
 
 冷たい空気を切るように走っていくと、少しずつ体が温まってくる。
 持久走が得意なわたしは隣の駅まで走るなんて余裕、と思っていたけれど息が上がってしまい、その場で止まってしまった。
 
 変なんだけれど、時々力が入らなくなるときがある。
 栄養不足とかじゃない。冷めているけれど、ご飯はちゃんと朝晩もらっているし、給食費も払ってくれているから、学校でも食べている。

「……ちょっと休憩」
 小さな公園のブランコに座る。久しぶりにいだけれど、小さくてびっくり。
 
 ブランコに乗ったの、小学三年生以来だ。
 最後に乗ったのは、お母さんと一緒に買い物して帰りに公園に寄って。
 
 後ろから押してくれるお母さんの手が温かくて、それがなんだか嬉しくて「もっと」ってねだった。
 あのときは夕方で、まだ明るくて。寒くなかった。
 一番星が輝いて、わたしはそれに届くように高くブランコを漕いだ。
 
 でも今日はもう空は真っ暗で、星だけがチラチラと瞬いているだけ。
 お月様は見えない。今夜は新月なのかもしれない。
 少しでもお月様が見えていたら、元気になれるのに。
 お月様はいつもわたしに元気をくれる。哀しみなんて吹っ飛んでしまって「頑張ろう」って思えるのに。

「……お母さん」
 
 久しぶりに「お母さん」と、声にする。
 叔母さんに聞かれると、いつも機嫌が悪くなるから。
 だから、クローゼットの中でも言葉にしなかった。

「お母さん、どこにいるの?」
 
 声に出してしまうと、目の前の景色が揺らいでしまうのも嫌だった。
 わたしは一人ぼっちなんだって、自覚してしまうから。

「……お、かあさ……ん! どうして帰ってこないの? ……どうしてわたしを置いていったの……?」

『あんた、捨てられたんだよ。もともと捨てるつもりで私に預けたんだ』
 
 叔母さんのあざける声が、何度も頭の中でこだまする。

(仕方ないんだ。わたしはいらない子だから)
 
 自分が惨めになって、ポロポロと涙がこぼれてくる。

「仕方ない、仕方ないの……だから、泣いたって変わらないもん。泣くな、わたし」
 手で何度も目を擦る。
 
 泣くな。泣くな。
 泣いたって、なにも変わらないんだから。
 
 呪文のように繰り返す。本当に魔法の呪文になったらいいのに、って思いながら。

「泣くな」
 
 すぐ傍で、男の子の声が聞こえた。

「えっ……?」
 
 ビックリしたわたしは、声のした方角に顔をあげて、さらにビックリする。
 わたしのすぐ横に、しかもブランコのチェーンを握りしめて、わたしを見下ろしていたからだ。





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