【R18】逆さの砂時計(完結)

梅見月ふたよ

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本編

自暴自棄になった男

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 俺がロザリアを愛してる?
 アリアであるロザリアを?

 そんなバカな話があるものか。
 あの女は悪魔の敵。俺の敵だ。
 
 ……だが、アリアはあんな風に笑わない。
 アリアはあんな風に怒らない。
 アリアはあんな風に泣かない。
 アリアは俺を一個の意思として見ない。

 ロザリアは俺を見ていた。
 クロスツェルの体を動かしていた俺を、ベゼドラだと認めていた。
 認めて、嫌って、怒って、助けようとした。
 クロスツェルの体の中に居る、俺の形を見ていた。

『私はロザリアだ』
『この名前が、私の記憶と存在を証明する!』

 存在の証明。

 ずっとクロスツェルを見てた。クロスツェルが見てるロザリアを見てた。
 ロザリアはクロスツェルを見てた。クロスツェルに笑ってた。

 そこに、俺は居なかった。
 クロスツェルにも、ロザリアにも、見られてなかった。

 俺は……ロザリアに認められたかった。
 認められていたかったんだ。
 それがどんな形でも。



「ダメですね。これほど大きな街でも、アリアの目撃情報は耳に入らない。アリアは人前に出ていないのかも知れません」

 人通りが少ない路地に入るなり、クロスツェルがため息を吐いた。
 わずかだが、顔に疲れが見え隠れしてる。

 これまで自分が預かってた教会から大きく移動した経験もないクセに。
 世界のどこに居るかも判らない女一人を捜して旅を始めるとか。
 ロザリアでなくても、やはりバカだと思う。
 考えなしにもほどがある。

『ですが、私と一緒に居るほうが、ロザリアに会える可能性は高いですよ。ロザリア自身が、私に直接謝罪しろと言ったのですから』

 教会で目を覚ました後、単独で行動しようとしてた俺に。
 クロスツェルが嫌みな笑みを浮かべながら放った言葉。

 だが。
 それなら、礼拝堂から消えた時点で、あれがアリアに戻ったのは明白だ。
 ロザリアなら、クロスツェルがクロスツェルに戻った直後。
 無理矢理叩き起こしてでも、その場で強引に謝らせようとしただろう。

 なにより、俺を見たあの瞳。
 俺を封印した時と同じ、どうでもいいものを見た目だ。
 生きていようが死んでいようが、自分には一切関係ないという目。

 アリアは俺を、庭園の隅に生える雑草ほどにも思ってない。
 人間共を助ける為に必要があったから、とりあえず排除しておいただけ。
 封印したのも、消滅させるほどの脅威ではないと判断したからだろう。
 実際、あの教会で、クロスツェルが信仰心を上回る恋慕の情をロザリアに抱かなければ、俺はまだ地の底で眠ってたんだ。
 そう考えると、ますます腹立たしい。

 ロザリアはもう消えた。
 あれはアリアだ。
 クロスツェルの生命力や魂の輝きも、契約前より格段に質が落ちている。
 結果的に俺の封印が完全に解かれた今、もはや神父の器は用済み。
 エサとしての価値も無い。
 連れ歩くなんて面倒はお断りだ。
 と、思ってた。

 礼拝堂でクロスツェルと話してる間に、レゾネクトがベラベラと喋ってたアリアに関する情報と、アリアに戻った瞬間のあれの姿を反芻したことで、一つの可能性に思い至るまでは。

「やっぱ、小さい村とか集落のほうが見つけやすいのかもな。年寄りが多い集まりほど、奴らにとっては非現実的な現象を、尊いものとして受け入れる傾向が強いし」

 俺が適当な場所で薄汚れた白い壁にもたれかかって腕を組むと。
 クロスツェルも俺の隣に立って、同じ建物に背中を預けた。

「……人間の生活と心理に長けているのは、やはり、人の心に付け入る悪魔だからこそ、ですか?」
「ただの観察結果だ。何百年何千年、個体が死んで世代とやらを重ねても、人間の根本にある性質ってのは全然変わってねぇんだよ。利己的で排他的。自分に都合が良ければ、神の恩恵やら奇跡だと喜び、悪ければ悪魔の仕業で世界の終わりだと悲嘆する。邪魔になった者は連携してせっせと追い出し、不快にならない使える奴だけを歓迎する集団心理の中に居るクセに、自分がそうされるのは死ぬほど嫌なんだぞ? 滑稽こっけいすぎて笑いが止まらないな」

 手間隙かけて育てた子供も、いずれ大きくなって親を疎む。
 意思を交わせる間は、それなりの愛情を向け合うらしいが。
 老人になって会話すら難しくなると、大抵の親は本格的に捨てられる。
 世話で疲れた自分自身を守る為に、赤の他人へ親を預ける子供もいれば。
 一人でどうにかしてくれと放置する子供もいる。
 たまには、親を殺して自分も死ぬ子供もいる。
 本心で「頑張ったね」と労い、笑いかけながら看取る子供はごくごく稀。

 自らの時間と愛情を注いだ子供達に捨てられ。
 村や集落で身を寄せ合い。
 虚ろになった老人達が最終的に求めるものは、だ。
 これまでの自分は何だったのかという迷いと絶望感に、都合が良い答えを与えてくれる特別な存在を求める。

 そんな連中にとって、人知が及ばない神秘な事象はさぞ心地好いだろう。
 一ヶ所に点いた種火は、我にも我にもと際限なく呼び求める声を伝って、瞬く間に燃え拡がるものだ。
 俺が初対面でいきなり封印してきやがったアリアの名を知っていたのも、そうした噂に助けを求める女を喰ったからだった。

「そういう人間ばかりではないと思いたいですね」

 苦笑するクロスツェルに、知ったことじゃねーなと、両肩を持ち上げる。

「ですが『村』のほうがと思うのでしたら、何故『街』に来たのですか?」
「俺が封印される前、人間はここまで大きな文化を持ってなかったんだよ。王国とかも一応点在してはいたが、大体は村とか集落だったな。生活水準が変わってるなら情報の波及の仕方も変化してんじゃないかと思ったんだが、この様子じゃ無駄骨だ」

 人間は面白いくらい変わらない。
 だからこそ、喰い甲斐があるんだが。

「なるほど。言われてみれば、貴方はアリアの救世紀に居たのですよね? 神代かみよに生きていた方とこうして会話しているとは、不思議なものです」
「むしろ俺は、人間があれだけ大好きだった英雄を完全忘却してる薄情さに拍手を贈りたい気分だぞ。誰だったか、英雄の偉業は末代まで語り継がれるでしょう、とかうたってたんだが。ものの見事に消えてるな」
「英雄?」
「アリアが現れる前、魔王とか呼ばれてたレゾネクトを、言葉通り命懸けで異空間に吹っ飛ばした、神々の守護を受ける勇者とその仲間がいたんだよ。奴らはレゾネクト諸共この世界から消え、人間共に英雄として崇められたが、それから二十年も経たないうちにアリアが現れて、この世界に残ってた悪魔を狩り始めた。結果、本当に世界や人間共を救った英雄の栄光を退けて『創造と救世の女神アリア様』が現在に伝わってるわけだ」

 アリアが天上に属する女神なのは疑いようがない事実だが。
 教会で見た創造神の教典は、虚飾と後付けのバカバカしい娯楽本だった。
 中には言葉の解釈一つで意味がひっくり返る項目もあって。
 暇潰しとしては丁度良い程度に面白かったが。
 創造神とは、ずいぶん派手に祀り上げられたものだと感心する。

「アリアは本物の創造神ではない、と?」
「ああ。俺は創造神を知らないからなんとも言えないが、少なくとも天上の神々は勇者一行がレゾネクトを吹っ飛ばした辺りでこの世界を手放してる。奴らの被害も相当だったからな。今でも人間共を見守ってんのはアリアだけだろうぜ」

 クロスツェルの顔が強ばった。

 少し前まで立派な神父してたんだし、衝撃っちゃ衝撃か。
 善行を積んでも褒められないし、悪行に走っても咎められないってのは。
 常に何かにしがみついてないと自意識も保てない虚弱生物には、まあまあ苦痛かもな。

「オマケに、実在しない神とやらが大繁殖してるってのがまた笑える。大方アリアの影響を好ましく思わない、自己中心的な人間の権力者共が広めた、人心掌握の為の偽像なんだろうが……神々が気付いたら怒り狂うぞ、あんなご都合主義」

 神々による世界の終焉、か。
 それはそれで見てみたい気はする。

 いや。
 巻き込まれるのは面倒だし、やっぱ要らねぇ。

「……アリアは、この世界に現存する、唯一の女神なのですね」

 うつむいたクロスツェルが、自身の顎に指を当てて眉を寄せる。

「アリアに遠慮するか? いや、アリアを信仰する者に、か」

 アリアは、人間共の心を支えられる唯一本物の道標たる者。
 ロザリアをロザリアとして望むなら、女神アリアは否定するしかない。
 女神アリアを自分の欲求だけで世界から失わせて良いものだろうか……。

 とか、考えてんだろうな。
 クソ真面目に。

「いえ。私は彼女を選びました。女神としての彼女ではなく、彼女自身を。自らの職務を投げ出してきたことに、後悔はありません」

 手を下ろして前を向くクロスツェルに、迷いは見えない。

「行きましょう、ベゼドラ」

 今更、女神アリアを信仰し直す気はない、か。
 信仰心で寿命を縮めた奴とは思えない転身ぶりだ。
 潔いんだかなんだか。

「ああ」

 もっとも。
 途中でコイツの気が変わって、アリア信仰に戻りたいとか言い出しても、可能性がある以上は、首に縄を縛り付けてでも連れて行くがな。
 最悪、道中で死体になったとしても。




 人間との旅なんぞ、面倒なだけだ。
 クロスツェルは弱ってるし、人間の習慣にも付き合わなきゃならん。
 鬱陶しい。煩わしい。面倒くさい。

 だが、置いては行かないと決めた。
 連れて行くと決めた。
 取り戻すと決めた。
 
 ああ、胸クソ悪いが認めてやるよ。
 言葉になんかしないけどな。
 もう一度お前に会ったら絶対、問答無用で犯してやる。ちくしょう。

 覚悟しておけ、バカ娘が!

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