【R18】逆さの砂時計(完結)

梅見月ふたよ

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おまけ

合縁奇縁のコンサート 56

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vol.63 【sandwich×Absurdly】

「熱いスープとお茶もございますので、テーブルまで失礼しますね」
「…………あ、ああ……、って!」

 両手に銀色のトレーを乗せたベゼドラが、私の横をすり抜ける。

 やられた!
 一瞬ぼけっとしてたせいで、まんまと部屋に入らせてしまった!
 コイツが、私を前にしてるのに、あまりにもシレッとしてるから!
 
「ベゼ」
「見たところお連れ様がお休みのご様子。お声を荒げぬようお願いします」
「は⁉︎」

 背中を見せちゃヤバい! と、振り返りながら壁に背中を貼り付ければ。
 二枚のトレーを、サイドテーブルの上、かつらと帽子を間に挟んで置いたベゼドラも私に向き直り、ピッと立てた人差し指を自身の唇に当てた。
 騒がしい子供に「しーっ、静かに」ってやる、あれだ。

 いや、そりゃ、寝てるやつの横で大声出すのはどうかと思うけど!
 それは確かにそうなんだけど!
 お前にだけは言われたくないんだが⁉︎

「それではどうぞ、ごゆっくり」
「へ」

 またしても腰を直角に折り曲げた男が、私の横を通り、部屋を出た。
 何をするでも、しようとするでもなく。
 当たり前のように平然と、無関心にも思える速さで。
 開いたままの扉を通過して振り返り、また、頭を下げた。

「御用の際は、お手数ですが一階のカウンターまでお声掛けください」
「ちょっ、ちょっと待った!」

 にっこりっていうか、にっこーっ! って感じで明るく笑うベゼドラ。
 本当にそのまま離れていきそうな気がして、咄嗟に手を伸ばした。
 右腕を掴まれたベゼドラが足を止めて、私の左腕を見下ろす。
 鋭かった筈の紅い目が、今はやや丸くなって、ぱちぱちと瞬いてる。

「お前……この周辺で、なんかやらかしてないだろうな、ベゼドラ」
「なにか、とは?」
「人間の男を餌にしてたり、女を喰い漁ってたり」
「…………」
「まさかとは思うけど、この店の関係者も『支配』で操ってるんじゃ」
「お客様。申し訳ありませんが、お部屋にお邪魔しても良いでしょうか」
「なんで」
「人目につく場所で話すことではなさそうなので」
「……『5』の部屋で良いなら」
「漏洩防止の為、扉は閉め切らさせていただきますが、よろしいですか」
「…………分かった。ただし、私から五歩の範囲内には入るな」

 私の警告に「失礼します」と返して、ベゼドラが室内に戻る。
 私も、すぐに部屋を出られるよう、閉めた扉に背中を貼り付けた。
 サイドテーブルまで進んだベゼドラは、椅子の向きを反転。

「あ──もう、面倒くせえな! せっかく俺が客対応してやってんのに!」

 態度を豹変させ、私と向き合う形で椅子にドカッと座った。

「お前も! 従業員の悪評は、店の瑕疵かしにも繋がるんだぞ⁉︎ 事実だろうがなんだろうが、無関係な人間を巻き込むようなコト言うなよ、ロザリア!」
「って、やっぱり私だって気付いてたのか!」
「当たり前だろ! 髪色を変えた程度で惚れた女を見間違えるかっての!」
「なっ」
「クロスツェルとも契約は残してるしな。気付かないわけねえだろうが!」
「……は? 契約を、残してる⁉︎」

 クロスツェルは、私と旅を始めた時点で契約は完遂したと言ってた筈。
 ベゼドラとはもう切れてるんじゃなかったのか? と。
 予想外な言葉を聴いて強張る私の顔を見て、ベゼドラが舌打ちする。
 余計なことを言ってしまったって感じで、私から一瞬視線を外した。

「ンなコトより! さっきのアレは認識を改めろ!」
「さっきのアレ?」
「俺は、サンドイッチに関することでは一切『支配』を使ってねえんだよ」
「……使ってない? お前が? 力を?」
「ズルして手に入れた評判なんぞにゃ、クソほどの価値も無ぇだろうが!」

 う……ウソ……、だろ?
 ベゼドラが。
 、ベゼドラが。
 物凄く真っ当なことを言っている⁉︎

「俺は、マリオン師匠の意思で育て上げた、俺の真の実力で、本当に美味いたまごサンドを作りたいんだよ。支配した人間共の薄っぺらい感想なんぞ、ただの一つも要らねえ。俺が欲しいのは、本心からの正直な感想だけだ!」

 え。
 コイツ、誰?
 ベゼドラだよな?
 本当に本物の、張本人の、ベゼドラだよな?

「だから、マリオン師匠の人格を貶めるようなことを口にするのはやめろ。仮に相手がお前だろうと、ベルヘンスやアーケード街やクレオブレッティの評判を落としかねない真似をしたら、容赦なくぶっ飛ばすぞ!」

 ……………………。

「お前……本気でパン職人を目指してるのか?」
「少し違う。俺の最終目標は『サンドイッチ職人』だ」
「誰にも迷惑を掛けずに?」
「迷惑かどうかは知らん。それを決めるのはマリオン師匠と周りの人間だ」
「じゃあもう、人間は誰一人喰ってないんだな?」
「お前以外に興味はない」
「私からも速やかに興味を失くしてくれ」
「断る!」
「大迷惑なんだが?」
「知らん!」
「ちょっと感心しかけて、盛大に損した」
「諦めろ。お前を手放すつもりはない!」
「お前の囲われ者みたいに言うなッ! 心底気色悪いわ、このド変態ッ!」
「だが、クレオブレッティの内外周辺でお前を犯すつもりもない。ほらよ」
「どこででもヤメロ! ……って、なんだよ、それ」
「だから、ベルヘンス特製たまごサンド食べ比べセット。食ってみろ」

 立ち上がったベゼドラが、トレーの皿を一枚持ち上げて私に突き出した。
 白い紙を敷いた皿の上にサンドイッチが六個、逆三角形に並べられてる。
 外見的にはどれも同じ、厚焼きたまごと野菜を挟んだ物に見えるけど。

「……近寄った途端に、なんかする気じゃ」
「うるせえよ。パンが乾燥して味が落ちる前に、しっかり噛んで味わえ」
「お前に指図される謂れはないんだけどな⁉︎ ったく……」

 自分からベゼドラに近寄るとか、首筋がゾワゾワして気持ち悪い。
 けど、皿を持って近付かれるほうがよっぽど吐き気がするし。
 鳥肌と警戒心を最大まで引き上げて、足裏を擦るように歩み寄った。
 手前の一つを掴んで素早く離れた私を、ベゼドラは黙って見てる。
 食い物に罪は無いからと、手に持ったそれをじっと眺め回して、一口。

「…………あ、美味い」

 耳を取った食パンはふわふわで歯切れがよく、噛んでも玉にならない。
 パンと食材の間にトマト調味料を塗ってるのか、爽やかさが口に広がる。
 歯触りから新鮮さが伝わるレタスとキュウリの青い香りもいい感じだ。
 厚焼きたまごの濃厚な甘みや香辛料独特の鼻を突く香りと混ざり合って、くどさと飽きを感じさせない絶妙なバランスを保ってる。
 結構な厚みがあったのに、食い付きにくさが全然なかったのはすごい。
 具材が多いと、大抵は横から溢れ落ちるもんなんだけどな。
 そういうところも計算して作ってるんだろうか。
 これは、文句無しでめちゃくちゃ美味い。

「だろ? 今食ったのはこれだから……次は、こっちを食ってみろ」

 あっさり食べ終わった私に、ベゼドラが別のサンドイッチを指し示す。
 四角い食パンで作った物を二つに切り分けて、三種類並べてるらしい。
 最初の一つから一つ飛ばして斜め奥にあるサンドイッチを取り、離れる。

「……ん? これは……ああ。厚焼きたまごに何か入れてるのか」

 パンも野菜も調味料も、一つ目と同じ味、同じ食感だけど。
 厚焼きたまごの舌触りと味が違う。こっちはツルッとして深みがある。
 塩味とも甘みとも感じる、これはなんだ? 出汁とかいうやつ?

「それの次は、こっちな」

 二つ目も平らげて、また一つ飛ばしの隣を食べる。

「…………────っ⁉︎ え、なんだこれ? プチプチしてる⁉︎」

 独特な塩味の、小さな粒みたいな物が、噛むたびに口の中で弾けてる。
 よく味わうと、パンと食材の間にあるのはトマト調味料じゃない。
 クリームっぽくて酸味もある……卵を使った半固形状ドレッシング?

「面白い食感だな……レタスやキュウリとは違うシャクシャク感もある」
「それは、味付けしたトビウオの卵を、酢漬けした野菜や茹で卵と一緒に、半固形状ドレッシングで和えたソースを使ってるんだ」
「トビウオ?」
「そういう名前の海水魚」
「げっ。海水魚って、内陸の北方領じゃ手に入れにくいんじゃないのか?」
「東方領から来た商人でも、たまにしか販売できない程度には、稀少だな」
「そんな値段が高そうな代物、よく使う気になれたな⁉︎」
「欲しけりゃ適当な入手方法をでっちあげて自分で獲りゃ良いだけだし」
「でっちあげって、お前……」
「で、どうよ? この中で気に入ったサンドイッチはあるか?」
「気に入ったっていうか、まあ……どれも美味いとは思う。ただ、三つ目は好き嫌いが分かれそうだ。生臭みに敏感なやつだと、この塩味は苦手そう」
「そうか……。やっぱり、マリオン師匠の感想は間違ってなかったな」
「これ、三種類ともお前が作ったのか?」
「俺が作ったのは三つ目だけ。二つ目の出汁巻きたまごはマリオン師匠で、一つ目は一階の売り場にも並べてる、店主殿のオリジナルたまごサンドだ」
「お前とクロスツェルが泊まった時に出してもらったってやつ?」
「ああ。俺はいまだに、店主殿のたまごサンドを超えられないんだよな」
「私も、シンプルに美味い、たくさん食べたいと思ったのは、一つ目かな。味も食感もちょうどよくて、自然と手が伸びる感じ」
「そう、それ! 自然と手が伸びるって、つまりは本能が求める領域!」

 俺のサンドイッチは、どうしてもそこに入れないんだ!

 とか言って悔しげに拳を握る姿には、腐れ男の名残りが見当たらない。
 ここに居るのは、目標に向かって真剣に試行錯誤してる職人見習いだ。
 本当に、本心から、サンドイッチ職人を目指してるんだな、こいつ。
 言葉の端々には、嫌悪感を拭い切れない駄犬の臭いが漂ってるけど。
 少なくとも、サンドイッチに対する姿勢だけは、嘘じゃないらしい。

「……これ、三種類ともソース以外は全部同じ材料を使ってるのか?」
「いや。厚焼きたまごも、三人がそれぞれで焼いてる」
「やっぱりな。それじゃパンは? 三人別々で焼いたやつ?」
「俺はまだ客に出せるパンが作れないからな。店主殿が作った食パンだ」
「ならお前はまず、お前が食べさせたい、お前の卵焼きを完成させれば?」
「俺が食べさせたい、俺の卵焼き?」
「お前が作りたいのは、お前が思う究極至高の卵焼きのサンドイッチだろ。だったら主役は、お前が美味い、食べさせたいと思う卵焼きじゃないのか。とにかく卵焼きを活かさないと、パンも活きようがないんじゃないの?」

 お望み通り、思ったことをそのまま伝えてみたら。
 目をまん丸にしたベゼドラが、浅黒い肌から血の気を引いてよろめいた。

「な……、なんて、ことだっ……! 主役は、たまご、だったのかッッ⁉︎」
「え? そこから?」
「ああああ……そういえば、たまごの元の味はもちろん千差万別だったし、焼き加減でも風味と食感が全然違ってた……っ! そうか、パンに合わせた卵焼きじゃなくて、卵焼きに合わせたパンを作れば良かったのか……‼︎」
「お、おい? 私、そんなに衝撃を受けるようなこと言ったか?」
「ああそうだよ。サンドイッチは挟んだ具材によって味が変わる食べ物だ。野菜も切り方一つで味が変わるっていうのに、焼き加減すら定めちゃいない卵焼きの味が毎回同じだなんて、そんなバカな話、ありえるもんか!」
「いや、定めてなかったのかよ、焼き加減。そっちにびっくりだわ」
「大体同じくらいの見た目になるまで、勘で焼いてた!」
「見習いの勘って、それ、ただの当てずっぽうっていうんじゃ」
「ロザリア‼︎」
「へっ⁉︎ はいっ⁉︎」
「これまですまない。俺が……俺が悪かった‼︎」
「……………………………………………は?」

 サンドイッチが三つ残ってる皿をトレーに戻したベゼドラが。
 椅子の隣で絨毯に両膝を突き、尻を踵に乗せてから、体を前に倒した。
 頭を勢いよく振り下ろしたせいで、額が絨毯にめり込む。
 開いた手のひらは、二枚とも頭の横で絨毯に沈んでる。

「え……ええ~……? なにこれ、どういう反応?」
「俺は女としてのお前が欲しい。その衝動は、今もこれからも変わらない」
「そこは変えてくれ。頼むから、今すぐに変えてくれ。」
「だが! 俺はお前を見誤っていたと! 認識しなくてはならないッ!」
「どういう認識でも良いから、とりあえず変態系の行為はやめろってば」
「お前は俺にとって唯一の女だ! 本当は今この瞬間にも抱き潰したい!」
「だあーかあーらあーッ! そういうことを言うなとっ」
「しかし! それ以前に! お前は、俺の導師だったんだ‼︎」
「…………どうし?」
「導師」

 ガバッと起き上がったベゼドラの目が、異様に大きく、キラキラしてる。
 何故か、真昼の光が射し込む窓付近より、ベゼドラの顔が明るく見える。
 これ、なんだろ。
 好意的なものには違いないけど、寄せられてるのは……尊敬? 期待?
 ベゼドラが私を、対等以上の存在として、仰ぎ見てる?

「マリオン師匠に学びを得ながら本来見失うべきではない道を外れてしまう俺を正し、目標に適う未来へと誘う導師。それが、お前だったんだ……!」
「感想一つでそこまで飛躍できるお前の頭はどうなってるんだ」
「俺はまだまだ未熟! 鳥に喩えれば、殻を破る前のヒナだ!」
「ちょうどいいから、お前がサンドイッチの具材になれば?」
「自力じゃ翔べない不様なヒナを天空へと導いてくれ! 導師ロザリア!」
「知るか! これ以上、私に変な肩書きを増やすな!」
「お前の感想と助言は天啓だ! お前ならサンドイッチの女神になれる!」
「悪魔のクセに何を言ってんだお前は! ンなもん、なりたくねえよ!」
「俺にはお前が必要だ!」
「私にはお前が一番邪魔だッ!」
「く……っ、アリアと戦う前に、たまごサンドと出会えてさえいれば……」
「こんなしょうもないことで絶望感を味わってもらっても困るんだが」

 悲壮感を漂わせながら絨毯にくずおれて、頬に涙を伝わせる変態男。
 ちょっとの間、目から光が消えたなーと思ったら。
 スクッと立ち上がり、左腕で涙を拭って、私に向き直った。

「俺は諦めないからな。必ずやお前の助言も得て世界最高のたまごサンドを作り上げてみせる。今夜の食事も楽しみにしていろ、導師ロザリア!」

 決意も新たに右手の人差し指を私に突き付け。
 私の横を颯爽とすり抜けたベゼドラが、振り返りもせず部屋を出ていく。
 白い服を着た黒焦げ男の動きを顔で追っていた私は。
 ぱたん……と、物悲しげな音を立てて閉まった扉を見ながら。
 体を小刻みに震わせて笑いを堪えてるクロスツェルに、ボソッと呟いた。

「……騒がしくして、すまん……」
「っ……いえ……、だいじょぶ……、です……っ……」

 ていうか……起きてたんなら、あいつを止めて欲しかったなー……。
 なんだよ、導師って。サンドイッチの女神って。
 この状況を、私にどうしろと……。

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