いもシリーズ

スギナ

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いもシリーズその2 むんむん登場

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いもやの畑(ぽへぽへと言います)で最初に掘り起こされたお芋たちは、どれもとても細く小さなものでしたが、そののびのびとしたたたずまいや生き生きとした目つきは、この頃のいものなかでは、類を見ないものでした。もちろん、比べるものではありませんが。その後もいもは植えられ続け、としつきを経るごとにぽへぽへは、どんどんいもやらしい畑になってゆきました。いもやらしい。こう聞くだけで、いもやのことを知っている人には、おおかた想像がつくのではないでしょうか。それは、例えばシグレのいたような畑の人にはビックリされるような、「畑」ともつかぬようなものかもしれないけれど、なかにはそのあまりの自由さ、自然な姿に、心惹きつけられる人もいたのでした。このお話では、そのなかの1人である、むんむんさんという人を追いかけてみることにします。実はぽへのおいもたちにとっても、彼女はいつもいろんな意味で関心事のひとつになっていて、すでにもう放っておけない大切な存在になっているのです。私たちにはそんなこと、知る由もありませんが。

始まりは、彼女がいもやのあやちゃんに連れられて、ぽへぽへの畑に遊びに来たことでした。初めて畑に足を踏み入れたときの彼女の目の輝きは、いもたちは今も忘れることができません。
むんむん「この、アザミみたいな花はなあに?」
あやちゃん「ゴボウの花だよ。掘るのを忘れて放っておいたら自然と咲いてきたんだー」
そこから種ができて、風に乗って飛んでゆき、地面に落ちて芽を出して…。そういうことを思い巡らすだけでもう、むんむんの胸はいっぱいで思わず涙が出てくるようでした。
しばらく行くと、いも畑のなかに混じって小豆の生えているのを見つけました。
むんむん「どうしてこんなところに小豆を植えてるの?」
あやちゃん「植えてるんじゃなくて、こぼれ種から勝手に生えてきてるんだよー」
勝手に生えてくるなんて…!ここでもまた言葉にできない感動がむんむんさんを包み込み、しばらく呆然と立ち尽くすばかりでした。こういうことがその後も何度も何度も起こるほど、いもやの畑はむんむんさんにとって、その随所に胸を打たれる風景が織りこまれている場所なのてした。その後もあやちゃんはむんむんさんの質問攻めにあい、その度に目まぐるしく表情を変えるむんむんさんを、眩しそうな目で見つめるいもたちをよくよく見ると、なんとあの4人組―スギナ、シグレ、イスズ、アザミ―もこともなげに混じっています。最初の年に、他のいもたちと一緒に掘り起こされたんじゃなかったのでしょうか。実は彼・彼女らはぽへの畑との別れを惜しむあまりに、いもの掘り起こされる季節になるとこっそり隅に隠れて、落ち着いた頃にまた戻ってくるということを毎年繰り返していたのでした。そして今では自称「いもや見守り隊」になっています。でももしこのことが他のいもに知れると、「そんなんありかよ!」ってなってしまうことは想像に難くないので、もちろん内緒にしていますが。

むんむんさんとあやちゃんは、木村さんの農学校の同期でした。あの、「奇跡のリンゴ」の木村さんです。「むんむん」という愛称は、そのときの仲間に付けてもらいました。自己紹介で当時の彼女は、自分が以前に弁護士だったということを言いたくなかったのだそうです。でもいもたちにとっては、彼女が弁護士だったかどうかについては、全く重要なことではありませんでした。過去がどうであったにしても、それも含めて今のそのままの彼女のことを、いもたちはとても好きだと感じているのです。

むんむんは次々とぽへの畑に人を連れてくるようになりました。そういうとき、むんむんはいつもとても嬉しそうで、いもたちはそんな彼女の様子をこっそり眺めるのが嬉しくて仕方がないというふうでした。気の済むまでいもやの畑に人を連れこんだのち、今度は自分でも畑を始めました。そこは、例えばインゲンマメが草に這って伸びていたり、トマトが野良生えしてきたり。いつしかそこを訪ねたあやちゃんが「むんさんかっこいい!」と思わず叫びたくなるような、そんな畑でした。でも、肝心の本人は、自分の畑に自信がありませんでした。畑にだけではありません、いつだって彼女は自分に自信をもてずにいたのでした。

あるとき種の交換会で、むんむんさんは言いました。
「間引きってあまり好きじゃなくて、私はできるだけ、種はひと粒ずつ蒔くようにしてるんだー」
一緒にいた彼女の友だちは、後日また別の友だち(ひろとさんと言います)に、
「あれ聞いてますますむんむんさんのこと好きになったよ」
ととても嬉しそうに話していました。でもほんの少し、悲しそうでもありました。

その、悲しそうなわけが、いもたちには痛いほどにわかるような気がしました。むんむんのことを思う人ほど、悲しくなってしまうことがあるのです。でもそれは、決して後ろ向きな、やり場のない悲しさではありません。そればかりか、この世界のなかではちっぽけに見える人と人(あるいはいもといもでも)との個人的な関わり合いが、広くやさしく何かを語りかけるような、大きなちからをもってくることも大いにあります。それだけたくさんその人のこと、そしてその人を取り巻く世界のことを考えるからです。
イスズもむんむんのことはたくさん考えます。
「いもの世がいもの世なら、人の世も人の世ね。やさしい人ほど生きづらいなんて、そんなことあっていいものなのか…」
アザミが目を細めて続けました。
「まるで、しろさんみたいだね」
シグレが重ねて言いました。
「むんむんを見ていると、『どうして』って思うことがいっぱいあるよ。どうしてそんなに…」
そこにスギナが畳みかけるように言いました。
「でもむんむんは、ぼくらが感じる疑問なんて、全部とっくに感じていて、いろんなことを知ってるはずだよ。シグレはきっと、元いた畑の仲間のいもたちのことを思うと余計に『どうして』を感じてしまうのかもしれないけど、まずはむんむんのことを信じなくちゃ」
その後もいもの寄り合いでは、むんむんのことが頻繁に話題にのぼりました。そうして、少しばかりおせっかいな4人組は、むんむんに何かできることはないだろうかと考え始めるようになりました。同時にシグレは、スギナのひとことから、かつての仲間のいもたちのことが頭から離れないようになり、もう一度あの畑に戻って話をしよう作戦を密かにひとり立て始めていたのでした。

いもの寄り合いが繰り返されている間にも、いもの畑にはいろんな人がやってきました。例えばダブル伊藤さん。彼らといもさんの3人で、ワークシェアというのをやっています。それは、月に一回ずつ、それぞれの畑仕事をみんなでやるというもの。なんて素敵な仕組みなのでしょう。ところでダブル伊藤さんは、同じ「伊藤」ではあるものの、兄弟でも親戚でもありません。けれど実はかつて双子だったこともあり、そのことは今いるいものなかでは唯一イスズだけが知っていますが、何しろ今はむんむんさん関連のいもの寄り合いのことで頭がいっぱいで、2人のことまで気を回している余裕はありませんでした。だからこの話はまた今度。

ひろとさんもちょくちょく顔を出していました。彼の行動は、むんむんさんにとって「こんなのあり!?」って思うような驚きの連続で、そこから受け取ることがとても多いようでした。

ひろとさんの友だちの遊歩さんも、車いすに乗ってやってきました。土の下ではいもたちのむんむん会議が繰り広げられているなかで、ここでもまたむんむん話で盛り上がっていました。むんむんさんって人気者なんですね。

そろそろ、いもたちの寄り合いに終わりが見えてきました。どうやら四人で、葉っぱつきの芋づるに、むんむん宛に寄せ書きをしようということで、話が落ち着いたみたいです。四人の書いたメッセージを順に載せてみます。

・イスズより

寄せ書きをしようという話になったとき、少し迷いました。私はあなたの過去のことを何も知らない。知らないのにいい加減なことを書いて、あなたを傷つけるかもしれないことが怖かった。でも、私はむんむんのことが好きだから、その気持ちさえあれば手紙ぐらいは書いていいんじゃないかという気になりました。
 こんなに私がひとりの人のことを考えるのは、ゆかち以来ね。懐かしい感覚を思い出させてくれてありがとう。
 むんむんはきっと今まで、ただひたすら人のためにと思って生きてきたのでしょう。そのために置き忘れてきたあなたの心が、後ろにたくさん見える気がします。本当にがんばって生きてきたよね。私にはできないこと。すごいと思う。そんなあなたがこれからは、今まで置いてこなければならなかったものをいっぱい感じて生きていけますように。ぽへ畑で初めてあなたの姿を見たときから、むんむんはそれができる人だって私は信じています。それからあなたのその際限のないやさしさを、自分のほうにも向けてあげてね。そうしていいに決まってるから。

・アザミより

むんむんのことを見ていると、しろさんのことが思い出されます。彼も珍しい人だと思っていたけど、人の世には面白い人が思いのほかいるものなのね。私はそういう人がけっこう好きです。そんな自分が以前は変なんじゃないかと思っていたけど、あまりにあっけらかんと「それでいい。そのほうが楽しい」ってイスズが言うもんだから、それもそうかと思うようになったんだよね。そしてむんむんのような人が、自分のことを、社会のなかのひとりじゃなくて、社会そのものなんだって思えるようになれば、もっと面白いことになるんじゃないかという気がするよ。むんむんはどう思う?

・シグレより

ぼくはむんむんさんのおかげで、大切なことに気づけました。本当のことを言うとね、かつての仲間のいもたちともっと仲良くしたいと思いながらも、半ば諦めている自分もいました。何を言っても無駄だろうって。でも本当は、心から好きであんなふうにいるわけじゃないって今は思う。真っ直ぐに向き合えていなかったのはむしろ自分のほうだった。これもスギナに言われるまでは気づけなかったよ。これからは、どうしたらあの仲間たちがもっと生き生きといられるのかを考えたい。こんなふうに思えたのも、むんむんさんのおかげだね。ありがとう。

・スギナより

こんにちは。人に何かを書くなんて、これが初めてかもしれません。
 シグレには偉そうなこと言ったけど、いっぱい「どうして」を感じていたのは、むしろ自分のほうなんだ。それはむんむんと自分とを重ね合わせていたからだと思う。ぼくはからだが小さい分、周りのいもと比べて落ち込んじゃうことも実はたくさんあったんだよね。そればかりか、周りのいもはただ人間の思ういもらしさを追求するような生き方しかできないことを、軽蔑さえしてた。でもそんなふうに周りのことをどうこう思っている間にも、日は昇るし風は歌うし、虫は囁いていた。
 ところで今は、ポンコタンっていう畑でもおいもを育ててるんだよね。実はぼくもそこにいるんだ。だからときどき、話しかけてくれると嬉しいな。ときどきでいいから。じゃあまたね。

と、4人のメッセージはこんな感じでした。 
「ところで書いたはいいけどこの寄せ書き、どうやって届けるの?」
シグレが言うと、スギナは自信満々で答えました。
「そのことなら安心して。ぼくが風にお願いして、むんむんのもとまで届けてもらうよ」
するとそれまで黙って考え込んでるふうだったイスズが、恐る恐るという感じで切り出しました。
「今さっき気づいたのだけど…。これっていも言葉で書いてるから、むんむんに届いても何書いてるか通じないと思うんだ…」
一瞬、いも一同は呆然となりましたが、切り替えのはやいアザミは、
「それなら仕方ないね。その辺に埋めとこう」
と言うが早いかさっさと寄せ書き付きの芋づるを、土深くに埋め始めました。こうして、むんむんには届くことの叶わなかった芋づるが、また別の人によって掘り起こされるのは、もう少し後になってからのお話。

つづく


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