砂に描いた夢

Bella

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慣れないこと

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 ベッドの上に寝転んだまま、腕を伸ばしてカーテンをめくった。外はどうやら晴れているようで、明るい日差しが目に突き刺さる。カーテンを引っ張るように力を込めて、怠い身体を起き上がらせた。
 今度はベッドに座り込んで、カーテンを全開にする。眩しい光に目を細めながら、窓を開けて空気を入れ替える。そしてのそのそと立ちあがって、長い二度寝からようやく目を覚ました。

 冷たい水で顔を洗って歯磨きを済ませ、トーストを一枚焼いて朝食とした。インスタントの薄いコーヒーを飲みながら、意味も無くつけていたテレビへと意識を向けた。昼前のワイドショーでは、連日世間を騒がせている放火魔の話題で盛り上がっていた。

「いやぁ、それにしても許せないですね。何の罪もない人達を狙って無差別に火をつけるなんて」

 怒りを露わにするのは、元国会議員のタレントだ。目を大きく開いて、手を大きく動かしながら熱弁を振るっている。

「本当ですね。都内や横浜近郊で、既に十件を超えていますからね。しかしこれらの放火は、本当に同一犯の仕業なのでしょうか?」

 元議員のタレントに同調し、肩を落とすようにして話す司会の男性アナウンサーがゲストであろう白髪の男性へ目を向けた。話を振られた男性の前には、黒く立派な書体で書かれた名札が置かれていた。管区警察局長と書かれた名札の下に大きく書かれたその名前には、確かに聞き覚えがあるような気がした。
 記憶にあるよりも年齢を重ねたその瞳は、当時のまま真っ直ぐ鋭く、凛として揺るぎが無いように見えた。恐ろしくも感じたその瞳を細めて、彼は低い声で話し出した。

「えぇ、同一犯であることはほぼ間違いないでしょう」
「と、いうのはどうしてです?」

 司会者が素早く切り込めば、彼は頷いて、カメラの向こう側から鋭い視線をぶつけてくる。

「現場に残された痕跡や手口から、同一犯であるに違いないということは事件の初期段階で割れています」

 求められたことだけを淡々と、そして威風堂々と告げる彼に司会者はやや苛ついているようにも見える。早口で噛み付く様に質問を続けている。

「なるほど。この犯人には、どういった意図があるのでしょうか」

 それまで眉ひとつ動かさなかった彼は、その質問にピクリと反応を見せた。眉を寄せて眉間に深い皺を作り、鋭い視線を更に鋭く尖らせた。最後にあったあの時と変わらない表情に、胃が締め付けられるように痛んだ。

「意図?」

 唸るように聞き返した彼に、司会者は大きく頷く。他の出演者達も、黙って彼の言葉を待っていた。

「そんな大層なものなど、あのような下劣な生き物にあるとは思えない。放火だけで既に十人以上の人が命を落としている。奴は血に狂った人殺しだ」

 明らかにテレビ向けではない彼の発言に、一気にスタジオの空気が凍り付いたのがわかった。恐らく生放送であろうその番組の司会者は、顔を引き攣らせて別のタレントへと話を振った。そのタレントが何を言うかも聞かずに、私はテレビの電源を落とした。

 手早く支度を済ませて、玄関にある鏡で身なりを確認した。髪は下に降ろしたまま、いつもより僅かに赤い口紅を塗り、いつものスニーカーではなく先の細いパンプスへと足を滑らせた。この靴を履くのは初めてだ。数年前に祖母と買い物に行った際、若いのだからお洒落を楽しめと半ば強制的に買ってくれた、鮮やかな青が綺麗なヒールの低いものだ。それに合わせて白いロングスカートを身に纏い、慣れない姿に違和感を覚えずにはいられなかった。

 玄関口で目を閉じて、大きく三回深呼吸をしてから家を出た。休日に外出をするのは、随分と久しぶりだ。


 電車に乗り、二駅先で降りる。平日の昼過ぎだからか電車はそう混んでおらず、乗っていても息苦しくなるような辛さはなかった。駅から数分歩いた所で、目的の場所へと辿り着いた。

「いらっしゃいませ」

 大きな扉を押して中へ入ると、近くに立っていた店員が静かに歓迎してくれた。一人であることを告げると、好きな席へ座っていいと言ってくれた。私は一通り店内を見渡してから、入り口に程近い小さなテーブル席へと腰を降ろした。辺りに漂うコーヒーの香りと、ゆるゆると流れるジャズが確かに心地よい。これは読書も進むことだろうな、とそう思った。
 昨夜も来たこのカフェへと一日と開けずに再び訪れたのは、もちろんこの店がとても気に入ったからだ。そう自分に言い聞かせてはいるが、そうでないことは明白であった。

 慣れないお洒落をしてここまでやってきたのは、もちろん史弥さんがいるかもしれないと期待をしたからだった。平日の昼間からこんな所にいるはずがないとわかっているのに、この店によく来るという昨夜の言葉が忘れられなかった。
 本の僅かな時間だったが昨日も逢ったし、明日も店に来てくれると言った。それなのに……。

「お待たせしました」

 目の前に置かれたコーヒーにため息をぶつけて、買ったばかりの本を開いた。



 期待していた程面白くもない本にまるで集中できず、空のコーヒーカップへ伸ばした指を寸前で止めた。顔を上げて時計を確認すれば、店に来てから一時間が経とうとしていた。

 もうやめよう。

 心の中でそう呟いた。こんな馬鹿げたこと、自分らしくない。それに、実際史弥さんが現れたからといってどうするつもりだと言うのか。ストーカーまがいの自分の行動に呆れて、やはり大きなため息が漏れる。

「凄いため息」

 小さな笑い声と共にふいに聞こえた声に、身体が凍り付いたように動かなくなる。鞄に仕舞おうとしていた本を右手に持ったまま、ゆっくりと顔をあげると、そこには眩しいほどの笑顔が私を待っていた。

「偶然ですね」

 そうですね、とわざとらしい返答が声を上ずらせた。恥ずかしくて下を向けば、彼が向かいの席へ座ったのがわかった。

「もうお帰りですか? もっと早く来ればよかったな」

 いつもよりフランクな口調で笑う彼は、足を組んで座っている。そこへ店員が水を持って現れ、史弥さんの前へ置いた。

 ありがとう、と丁寧に礼を告げたあとブレンドコーヒーを注文した彼は、長めの前髪を指でかきあげると、もしかたらわざとなのではと思う程美しく微笑んで私の頬を赤くさせた。

「今日はお休みと言っていましたね。これから予定が?」

 外からの日差しを右側から浴びる彼は、実は天使や神様でした、と告白されても誰も疑わないだろう、と思う程に神々しかった。返事を待っている彼に首を振り、意味も無く温くなった水を口に含んだ。

「いえ、何も……」

  にっこりと微笑んだ彼は、少しだけ身を乗り出した。あまり近くに来れば私の鼓動が聞こえてしまいそうで、不安になって少しだけ身を引いた。

「それじゃあ、少しだけお付き合いしてもらえますか?」
「え?」

 咄嗟に聞き返した私の前でクスクス笑うと、もう一度口を開いた。

「もしも迷惑でなければ、話し相手になってもらえますか」

 願ってもいない申し出に、もちろんです、と答えた私に、彼は優しく頷く。

「よかった。飲み物は?」

 空いたカップを指差されたその時、店員が史弥さんのブレンドを持ってきた。伝票を差した店員を史弥さんが呼び止めて、私へとメニューを差し出した。

「何か頼む?」

 咄嗟にコーヒーを、と答えた私に店員が頷き、史弥さんは私の手からメニューを抜き取り元あった場所へと戻した。
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