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臨時放送、明日の犠牲者

第五話:深夜の学校にて時空は語られる

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 深夜1時を回り、世界は完全な闇に包まれた。
 まだ4月が始まったばかりということもあり、冬の残滓である肌寒さを感じる。
 ぴゅうぴゅうと風が何かを切り裂く音を背に、俺は小走りで学校へと向かっている。
 こんな深夜に学校へと行くなんてことは不気味極まれりとでも言いたいのだが、それよりもそもそも校舎に入っていいのかという心配が勝ってしまう。
 月華先輩曰く「私は理事長の愛娘だぞ? 私が母に頼めば大丈夫さ。前向きに学校を私物化する立場なんだ」らしいのだが、やはり犯罪を犯しているかのような後ろめたさを感じている。
 それはきっと、夜の学校のような不気味なところに行くのが恐ろしいという気持ちを隠し、学校に行かないという選択肢を正当化するために構築されたものなのだろう。
 しかし俺だって思春期男子だ。好きな人からデートのお誘いとあっては断れるわけがない。
 こんなのデートじゃないとか言うのは禁句だ。女子に年齢と体重を聞くのと同じくらい禁句だ。そういえば、女子の体重って意外と軽いのかな? それとも重いのかな? クラスの女子はりんご何個分とかでしか教えてくれないからわからんわ。
 そんなこんなを考えている間に、校舎が見えてきた。校門のあたりにはいつも通り、学校指定のジャージに白衣を羽織った月華先輩が座っている。
 月華先輩は俺を見つけると手の甲を俺の方に向けて、手を振ってきた。
 俺は先輩の下へと走り寄り、息を整えた。
「何ですか、それ?」
 俺が訊ねると、先輩ははにかんだ。
「裏バイバイ! 面白いでしょ?」
「いや、普通に手を振ればいいじゃないですか」
「私は何か面白い出来事が起こることを期待しているからね。裏バイバイでもすれば死者を呼び寄せることができるんじゃないかと思ってな。まあ、裏拍手をオマージュしたものだな」
 裏拍手。それは手のひらではなく手の甲を打ち合わせる拍手だ。
 子どもがふざけたり、退屈で無気力なときに行いそうな拍手だが、実はオカルトチックな意味が含まれていたりしたはずだ。確か死者の拍手だったような覚えがある。
「怖いのとか苦手なんで、何も起こってほしくないです」
「えー、つまらないなー! ぶーぶー」
 月華先輩は口を尖らせ、ブーイングしている。
 もうブーイングしすぎて豚さんかと思っちゃったよ。美味しく食べられるかなとか思っちゃったよ。まあ、俺は牛肉派なんですけどね。
 そんなことを考えていると、月華先輩はこほんと咳払いをした。
「しかし、今日は他に気になっていたこともあるからね。それも調査したいんだ。むしろそっちが本命かな?」
「気になっていることですか?」
 月華先輩はこくんと頷いた。
「これは母から聞いた話なんだが、警備員と生徒指導部の教師が不思議な体験をしたらしいんだ。警備員は深夜の巡回中、生徒指導部の教師は最終下校に校内を見回っていたときだ。何か違和感を感じたらしいんだ」
「違和感ですか?」
「ああ、いつの間にか周りに気配を感じなくなっていたんだ。気配というのは人間の気配ではない。生物の気配だ。警備員は巡回に行く前まではカラスか何かの鳴き声がうるさかったと思っていたらしいが、気がついたら声が聞こえなくなっていた。生徒指導部の教師に至っては職員室を見に行ったものの、誰もいなかったみたいだ。しばらくすると、後ろから声をかけられたみたいだ。そして振り返るとそこには中年男性が立っていたと……まあ、そんな話だ!」
 月華先輩は話し終えると、からからと笑い出した。時々俺の目を見ては、また笑い出す。まるで「面白い話だろう? 君も笑おうじゃないか」とでも言いたげだ。
 しかし、俺は聞いていないことがある。
「それで、その後はどうなったんですか?」
 俺の質問に月華先輩は笑いを噛み殺しながら答えた。
「二人ともその中年男性に怒鳴られたらしいよ。何故ここにいるんだ! ってね。そして気がついたら生徒指導の教師はいつも通り、他の教師がいる職員室に戻っていた。警備員は窓の外からカラスか何かの鳴き声が聞こえたと」
「何ですかそれ。気がついたら変な世界にいて、気がついたら元の世界に戻っているって。二人とも夢でも見ていたんじゃないですか? それともモルヒネだかアヘンだかの類ですか。というか、その中年男性って忘れ物を取りにきた用務員とかじゃないですか?」
 月華先輩は苦笑すると、ふうと息を吐いた。
「それだったら良かったんだが、二人とも用務員ではないと言っているんだ」
「新しく入った人かもしれないじゃないですか。似顔絵でも描かせましょうよ」
「それがねえ、二人とも顔を覚えていないと言うんだ。顔の特徴も全く覚えていない。覚えているのはただ、だったと。まあ、夢かどうかは今から調べようじゃないか」
 月華先輩はわざとらしく笑うと、校舎の方を指さした。そして月華先輩は軽い足取りで歩き出し、俺は先輩に続いて校舎へと向かった。
 
 
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