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第一章:監禁されるは生徒会

第五話:もぐもぐお嬢様

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「おかしいですわー!」
 昼休みへの突入を告げるチャイムが校内に鳴り響くと同時、帝野は天に向かって叫んだ。
 4時間目の授業を教えていた教員は帝野を注意しようと口を開けるが、すぐに口を閉じ、ため息をついた。そして気怠そうに授業の終了を告げると、のろのろと教室から退室した。
 振り返ると、帝野が机に突っ伏していた。
「どしたん?」
 俺が訊ねると、帝野は机に突っ伏したまま話し始めた。
「誰もワタクシたちに話しかけてくれませんわ……」
「いや、お前……当然だろ。クラスメイトを可燃ゴミ扱いしといて、話しかけてくれるわけないだろ。何? 脳内お花畑なの? お花を摘みに行く時って、いつも脳内に積みに行っているの?」
「何でしょう……サザンカさんの当たりが強いですわ……」
「いや、よく考えたら初っ端から殴り合いの喧嘩してるのに、今更気を使う必要はなかったわ。たとえお嬢様でも、ね?」
「むぅ……」
 帝野を顔を上げて俺の方を睨むとぷうと頬を膨らませた。
 そんな俺たちの様子を見て笑っていたラムダは、おもむろに立ち上がった。
「さあて、ランチタイムと洒落込もうじゃないか」
 ラムダはニヨニヨとした笑顔を浮かべながら、俺の顔を覗き込んできた。
「誰も話しかけてくれなかったねえ~?」
「お前……流石に言うけど、性格悪いな!?」
「器量も度胸も良いからね。せめて性格くらいは悪くないと」
 そう言ってラムダはケタケタと笑った。
 ラムダの様子を見てため息をつくと、俺はおもむろに立ち上がり、机をラムダの方へと向けてピッタリと付ける。帝野も俺が机を動かしたのを確認すると、俺とラムダの机の横側に机を付けてくる。所謂お誕生日席というやつだ。
 そして帝野はのそのそと弁当箱を机に横にかけてある鞄から取り出す。俺とラムダも釣られるように弁当を取り出す。
 弁当を机の上に置き、帝野の弁当箱を見つめる。1秒、2秒、3秒。
 ふと思う。おかしいと。
 視線を自分の弁当箱、そしてラムダの弁当に移し、目を擦る。そして再度帝野の弁当箱へと目を向ける。
「……デカい」
 無意識にうちに言葉が漏れ出ていた。
 帝野の弁当箱はお嬢様である本人とは非常にミスマッチ。岩のようにゴツゴツとした形状とラムダの二倍はある大きさが特徴的な二段弁当だった。
 一見するとお嬢様の弁当とは思えないのだが、きゅるきゅると黒光りしており、よく見ると高価な弁当箱であるということがわかる。
「デカいね……」
 ラムダも驚いたように呟いた。
 しかし帝野は俺たちの言葉を気にする様子はなく、ふんふんと鼻歌を歌いながら弁当箱を開けた。
「お……おお! お? おお!?」
「こ……これが帝野桔梗ちゃん……いや! 大天使ミカエル!」
 帝野の弁当を見た俺は言葉にならない声が洩れ続け、ラムダは驚きからか意味のわからないことを言い始めた。
 帝野の弁当は、おおよそ俺が妄想する女子の可愛らしいお弁当とは正反対だった。
 一段目はギッチギチに詰め込まれた白米、二段目にはローストビーフにハンバーグ、ウインナー、唐揚げ……とにかく肉料理が詰め込まれていた。とにかく茶色い。
「茶色っ!? 弁当、茶色っ!? お前、名古屋人もびっくりの茶色さだぞ!?」
「何故名古屋人ですの?」
「ほら、名古屋メシって大体茶色いからさ」
「だねえ。味噌煮込みうどん、手羽先、ひつまぶし、えとせとらえとせとら……ミカエルのお弁当は名古屋に匹敵するんじゃないか?」
「つーかミカエルって誰だよ」
「帝野だからミカエルだよ。弁当が肉肉しすぎて尊敬しちゃったからさ、良いあだ名で呼んであげようと思って」
 そんな俺たちの会話を帝野は「ふーん」と興味なさげに聞き流すと、はむはむとご飯を食べ始めた。食事中の猫に匹敵する集中だ。
 その様子を見て俺とラムダは目を見合わせて微笑んだ。
 そして俺も弁当箱を開ける。中にはコンビニかスーパーで買ったであろうおにぎりが三個詰め込まれている。実に思春期男子らしい個数だ。
 ちらとラムダの方に目をやる。ラムダの弁当は帝野ほどではないにしろ、かなり茶色だった。
「いや茶色……」
 あまりの呆れから我慢出来ず、本音が漏れ出る。
 ラムダは俺の言葉を聞くと、ぷりぷりと怒った。
「伝統の味をバカにするなー! ぶーぶー!」
 ラムダのお弁当。小さめのおにぎりが二つに刻み生姜にごま塩、にんじん、さくらんぼ、椎茸、ゴボウ、穴が空いたレンコン、筋が通ったフキ。
 なるほど、伝統の味だ。とは言え、今時の女子高生が食べるにはあまりにも渋すぎる。
 渋い顔してながら食べてるんだろうなと思い、ラムダの方に目をやると「うみゃー」と言いながら美味しそうに食べていた。
 舌が大人で良いなと思いつつ、俺は朝から疑問に思っていたことを口に出した。
「それでラムダ。朝言ってた委員会のことって?」
「それはね」
 俺が訊ねると、ラムダは食事の手を止めた。
 すると、ビリリと右半身に刺されるような痛みが走る。
 右を向くと、リスみたいに口いっぱいに唐揚げを頬張る帝野が俺を鋭い目つきで睨みつけていた。刺し殺さんとばかりに俺を睨みつけてくる帝野を見て、俺は手を合わせた。
「いただきます!」
 帝野と過ごすようになって一日目。早くも俺は教訓を身につけた。
 帝野桔梗の食事、邪魔するべからず。だって邪魔したら睨まれるからね。
 まんじゅう怖い、まんじゅう怖い。
 
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