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第二部
第十章 月、粛々(しゅくしゅく)と巡る 其の一
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梅の花ほころぶ頃、慶長十四年も穏やかに明けた。
秀忠の言葉通り、昨年の暮れも押しつまって九条忠栄が関白に就任し、江と秀勝の一人娘である完は北政所となった。
ただ本来、忠栄の関白就任は、師走になったらすぐのはずであった。それが忙しい年の瀬まで延びたのは、秀忠と忠栄が同時に秀頼をなんとか左大臣に立てようと、画策していたからである。
家康の邪魔が入るだろうと思っていたが、意外や大御所は秀忠のこの動きを黙認していた。
ところが、親豊臣と思っていた主上が「どうしたものでおじゃろうのう。」と、のらりくらりとした態度を示したのである。
当然のことながら、摂家は忠栄の九条家以外はよい顔をしていない。豊臣が摂家として残れば、自分達の力が減ると考えている。摂家とて、豊臣にはそれなりの恩義もあるから表だって反対はしないが、主上がすんなり承諾しないのは、裏で誰かがなにか進言しているはずである。
それでも秀忠は、秀頼の左大臣就任にこだわったが、先に見切りをつけたのは、意外にも豊臣血筋の姫を嫁に持つ忠栄であった。
「主上と摂家の力を取り戻してくれはったのは、太閤さんやおじゃりませんか。また力のない貧乏公家に戻りたいのであらしゃいますか。」
忠栄は他の摂家にそう説いて回ったが、
「太閤さん、亡うならはったし、公方さんちゃいますしなぁ。」
と、はぐらかされる。今は豊臣に力はなく、徳川の方が力を持っている。そっちについた方が得策ではないのかと暗に言っているのだ。
「その公方さんの、たっての望みであらしゃいます。」
といっても、
「ホホ、酔狂なことでおじゃりまするなぁ。」
と笑って話を終わらされる。
そして主上からも、
「忠栄、公方さんにも言うたけど、豊家の跡取りさんは、確かまだ年若であらしゃったなぁ…。」
と世間話のついでに言われた。
(こら、あかんわ。)
公家と言うのは、前例を生きる人々である。忠栄は、その言葉で、秀頼の左大臣就任は無理だと察した。
公家には公家の物言いがある。
主上が言うのは(年若で関白にしてやるそもじより、豊家の跡取りさんはさらに年若であらしゃるやろ。新興の豊家と元々の五摂家と、どっちが格上か、よう考え。)というところであろうか。
秀頼を「徳川に指図されて」左大臣にするのも、主上は癪にさわるのかもしれない。
ガックリと肩は落としたが、ともかくも忠栄は、ひとまずすっぱりと秀頼の左大臣就任は諦めた。
そしてすぐ、秀忠に早馬を出した。
ーー公方さん、ここはお引きあらしゃいませ。
主上は『豊家の跡取りさんは、まだ若いのとちがうか』とおわしゃりましたやろ?
これは、お断りの言葉でおじゃります。ここを無理したら骨なし奴じゃとて、内裏にいらん敵ができますえ。
そんなん作らんでよろし。
麿が関白になったら、秀頼様のこともあんじょう考えます。なんというても、完さんのお嫁入りを整えてくれた淀の方様への恩義もおじゃりますゆえ。
けど、ここは、目ぇ瞑っておじゃりませ。これ以上ごねると、まろの関白就任が如月まで延び延び、いや、へたすると、流れるやも知れまへん。ーー
忠栄は、そのような内容で秀忠に急ぎ、二度も文を書き、秀忠がしぶしぶ折れた。
それから今一度、高台院から中宮前子にお願いがあり、前子が主上に口利きし、忠栄が関白に昇るのが、やっと、ぎりぎり年内に間に合ったのである。
睦月はなにかと宮中行事が多い月なので、年が明けてしまえば、忠栄の関白就任さえ、曖昧にされてしまう可能性もあった。豊臣を公家として残す術を探る秀忠にとって、それは一番避けたいことであった。
昨年の木枯らしが吹く頃から、ぐったりして寝所にくる秀忠の躯を揉むのが江の日課となり、都とやりとりしつつ、自室でうたた寝をする秀忠には、風邪を引かないようにと静の心配りが続いていた。
目まぐるしい冬が過ぎ、秀忠も不満はあれど安堵して新春を迎えられた。
豊臣との緊張が続いているとはいえ、将軍家としての新年の行事もつつがなく進んでいった。
昨年はまだ、松姫の産後から本復していなかった江だが、今年は御台所として、先頭に立って差配をしている。
大姥局からの冊子に目を通しながら、秀忠の準備、城の誂えの指示などを、御台所は見事にこなしていった。
分からないことがあれば、すぐに民部卿を大姥局の元へやり指示をあおぐ。
民部卿に冊子を渡されたとき、江は、大姥局の優しさが心の芯まで染みた。そして、(わからないことは、訊いた方が早い)。 そう思った。
まっすぐで素直な江らしいといえば、江らしい。
大姥局の思いに江の補注が加筆され、奥向きを統べる本ができつつあった。
(このような日がやってくるとはのう。)
冊子を撫でながら、江は大姥局に厳しく導かれた頃を思い出し、おかしいような、嬉しいような笑みを浮かべた。
江が御台所としての仕事が忙しかったように、静も同じ間、改まる年に向けて多くの雑用をこなしていった。
七竈が真っ赤に色づいた葉を落とし、枝に残った紅の実に雪が降り積もる。その間、当然のことながら秀忠は静をかまうような余裕はなかった。
それでも、静は寂しくなかった。城内の年を迎える設えが、初めてで物珍しかっただけでなく、夢中になれるものがあったからである。
******
【慶長十四年一月一日】1609年2月5日
【主上】帝。天皇。ここでは後陽成天皇をさす。
【骨なし】無骨、無粋。
【あんじょう】上手に。いいように。
【ごねる】ごり押しする。わがまま言う。
【中宮前子】後陽成天皇女御。五摂家の近衛家の姫だが、秀吉と養子縁組みしている。よって、高台院(おね)は義母。
秀忠の言葉通り、昨年の暮れも押しつまって九条忠栄が関白に就任し、江と秀勝の一人娘である完は北政所となった。
ただ本来、忠栄の関白就任は、師走になったらすぐのはずであった。それが忙しい年の瀬まで延びたのは、秀忠と忠栄が同時に秀頼をなんとか左大臣に立てようと、画策していたからである。
家康の邪魔が入るだろうと思っていたが、意外や大御所は秀忠のこの動きを黙認していた。
ところが、親豊臣と思っていた主上が「どうしたものでおじゃろうのう。」と、のらりくらりとした態度を示したのである。
当然のことながら、摂家は忠栄の九条家以外はよい顔をしていない。豊臣が摂家として残れば、自分達の力が減ると考えている。摂家とて、豊臣にはそれなりの恩義もあるから表だって反対はしないが、主上がすんなり承諾しないのは、裏で誰かがなにか進言しているはずである。
それでも秀忠は、秀頼の左大臣就任にこだわったが、先に見切りをつけたのは、意外にも豊臣血筋の姫を嫁に持つ忠栄であった。
「主上と摂家の力を取り戻してくれはったのは、太閤さんやおじゃりませんか。また力のない貧乏公家に戻りたいのであらしゃいますか。」
忠栄は他の摂家にそう説いて回ったが、
「太閤さん、亡うならはったし、公方さんちゃいますしなぁ。」
と、はぐらかされる。今は豊臣に力はなく、徳川の方が力を持っている。そっちについた方が得策ではないのかと暗に言っているのだ。
「その公方さんの、たっての望みであらしゃいます。」
といっても、
「ホホ、酔狂なことでおじゃりまするなぁ。」
と笑って話を終わらされる。
そして主上からも、
「忠栄、公方さんにも言うたけど、豊家の跡取りさんは、確かまだ年若であらしゃったなぁ…。」
と世間話のついでに言われた。
(こら、あかんわ。)
公家と言うのは、前例を生きる人々である。忠栄は、その言葉で、秀頼の左大臣就任は無理だと察した。
公家には公家の物言いがある。
主上が言うのは(年若で関白にしてやるそもじより、豊家の跡取りさんはさらに年若であらしゃるやろ。新興の豊家と元々の五摂家と、どっちが格上か、よう考え。)というところであろうか。
秀頼を「徳川に指図されて」左大臣にするのも、主上は癪にさわるのかもしれない。
ガックリと肩は落としたが、ともかくも忠栄は、ひとまずすっぱりと秀頼の左大臣就任は諦めた。
そしてすぐ、秀忠に早馬を出した。
ーー公方さん、ここはお引きあらしゃいませ。
主上は『豊家の跡取りさんは、まだ若いのとちがうか』とおわしゃりましたやろ?
これは、お断りの言葉でおじゃります。ここを無理したら骨なし奴じゃとて、内裏にいらん敵ができますえ。
そんなん作らんでよろし。
麿が関白になったら、秀頼様のこともあんじょう考えます。なんというても、完さんのお嫁入りを整えてくれた淀の方様への恩義もおじゃりますゆえ。
けど、ここは、目ぇ瞑っておじゃりませ。これ以上ごねると、まろの関白就任が如月まで延び延び、いや、へたすると、流れるやも知れまへん。ーー
忠栄は、そのような内容で秀忠に急ぎ、二度も文を書き、秀忠がしぶしぶ折れた。
それから今一度、高台院から中宮前子にお願いがあり、前子が主上に口利きし、忠栄が関白に昇るのが、やっと、ぎりぎり年内に間に合ったのである。
睦月はなにかと宮中行事が多い月なので、年が明けてしまえば、忠栄の関白就任さえ、曖昧にされてしまう可能性もあった。豊臣を公家として残す術を探る秀忠にとって、それは一番避けたいことであった。
昨年の木枯らしが吹く頃から、ぐったりして寝所にくる秀忠の躯を揉むのが江の日課となり、都とやりとりしつつ、自室でうたた寝をする秀忠には、風邪を引かないようにと静の心配りが続いていた。
目まぐるしい冬が過ぎ、秀忠も不満はあれど安堵して新春を迎えられた。
豊臣との緊張が続いているとはいえ、将軍家としての新年の行事もつつがなく進んでいった。
昨年はまだ、松姫の産後から本復していなかった江だが、今年は御台所として、先頭に立って差配をしている。
大姥局からの冊子に目を通しながら、秀忠の準備、城の誂えの指示などを、御台所は見事にこなしていった。
分からないことがあれば、すぐに民部卿を大姥局の元へやり指示をあおぐ。
民部卿に冊子を渡されたとき、江は、大姥局の優しさが心の芯まで染みた。そして、(わからないことは、訊いた方が早い)。 そう思った。
まっすぐで素直な江らしいといえば、江らしい。
大姥局の思いに江の補注が加筆され、奥向きを統べる本ができつつあった。
(このような日がやってくるとはのう。)
冊子を撫でながら、江は大姥局に厳しく導かれた頃を思い出し、おかしいような、嬉しいような笑みを浮かべた。
江が御台所としての仕事が忙しかったように、静も同じ間、改まる年に向けて多くの雑用をこなしていった。
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