【完結】照葉輝く~静物語

みなわなみ

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第二部

第十一章  椿、凛として咲く  其の一

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 慌ただしかった睦月むつきも過ぎ、如月きさらぎを迎える頃には、秀忠自慢の椿が競うように花を咲かせていた。 
 時おり雪がちらつくこともあるが、それでも、春はもうすぐそこに来ているように、日差しは柔らかさを増している。 
 ただ秀忠は、そのように穏やかな様子を楽しむ暇はなく、家康が少しずつ増やしてくる政務に忙しかった。以前の事細かな指示が、今は「こういう形になるように」という、おおまかな指示に変わってきている。もちろん、何かあったときには、再び事細かな指示に戻す家康ではある。だからこそ今は、秀忠も利勝もくどいほど大御所への確認を怠らなかった。 

 さらに、忠栄ただひでが関白に就任した昨年暮れ以来、秀忠は京との関係を作るのに忙しい。 
 無論、それは家康の意向でもある。家康とて豊臣滅亡を願っているわけではない。平和に徳川の天下になれば、その方がよい。豊臣が分をわきまえ、天下がすんなりと徳川を受け入れてくれるのなら、不必要な戦いは避けたいのである。 
 秀忠はその手足となって励んでいる。ただ、息子が父と違っていたのは、豊臣を残すのをこだわっていることであろう。 

 如月になる少し前、睦月のつごもりに秀忠の元へ入ってきていたのは、「秀頼様に姫君ご誕生」のしらせであった。 
 昨年の国松君、そして今回の奈阿なあ姫。それぞれ別々の側室に生ませている。それが豊臣が生き残りをかけて必死になっていると、秀忠に思い知らせた。 
 そのような表の駆け引きだけでなく、また江が子の誕生を祝いながらも心を痛めるのは火を見るより明らかであり、さらに千の気持ちを思うとやるせない思いも感じる。ただ、江も千も淀の方様も、それぞれに女として男の自分にわからない思いも持っているのかもしれぬと秀忠は思った。 
 いくら家康ちちが憎いといえ、秀頼殿から千を遠ざけるような淀の方様ではなかろうに……。 
 (なにかお考えがあってのことだろうか……) 

 秀忠はこの報せが徳川と豊臣に吉報とならないか、ずっと考えていた。今もまつりごとの書面を見ながら、その事が頭から離れないでいる。 

「竹千代か国松に奈阿姫をとりたいと思うが……」 
 考えが行き詰まり、秀忠は思い付いたように利勝に声をかけてみた。 
「豊臣の奈阿姫様を?」 
 火鉢の炭を整えていた利勝は、興味深そうな顔であるじの顔を見る。 
「うむ。千の養女にして、なるべく早くの。」 
 秀忠しょうぐんは重々しく言う。利勝ろうじゅうがそれに比例するように早口で返した。 
「ご婚礼にかこつけて、淀の方様に江戸に来ていただこうというわけですか。さらには豊臣を将軍家外戚という位置に持ってこようという。」 
「そうじゃ。」 
 さすがは利勝である。秀忠の考えを手に取るように読み取っていた。 

「よい考えかもしれませんが、」 
 火鋏ひばさみを灰に刺して、利勝が少し考えるようにゆっくりと言う。 
「だろう?」 
 秀忠が、どうだと言わんばかりの笑みをして、切れ者の側近を見た。 
「しかし、どちらに娶わせるのですか?」 
 上様の笑みには反応せず、利勝は秀忠をまっすぐ見て、生真面目な顔で尋ねた。 
 利勝がこのような顔をするときは決まって頭の中をフル回転させ、小さな隙間をついてくる。秀忠は身構えて、考え込みながら答えた。 
「ふむ……竹千代だろうな。」 
「ではそれがうまくいって、豊臣が生き残り、秀頼様と千姫大姫様に姫が生まれたときには、いかがなされまする?」 
「国松に娶あわせればよい。」 
「で、将軍家は誰が継ぐのですか? 側室おへやの娘を御正室にした竹千代わか様ですか? 千姫おおひめ様の娘を娶とった国松にのわか様ですか?」 
 秀忠の眉間に皺が寄る。 
「う~む。どちらも千の娘じゃ。」 
 苦し紛れの秀忠の答えに、利勝は(やれやれ)というような笑みをもらし、火鋏で灰をかいた。 

「まぁ、豊臣が公家として生き残るのであれば、お千様が生んだ姫は、まずは入内じゅだいさせましょう。完姫さだひめ様が九条へ嫁がれるときも大層ご立派な嫁入り支度を調ととのえられたとか。九条家が後ろ楯ですか。今の中宮様は太閤殿下の御養女ですから、秀頼様の姉君にもなりますなぁ。そうなると再び豊臣は力を持ちましょうなぁ。」 
 利勝は、独り言のように楽しそうに話し始める。主を小バカにしたような物言いは、秀忠の負けん気を起こさせ、きちんと考えてもらうための利勝の思いやりでもあった。 
「徳川には側室腹おへやばらの姫ですか……。豊臣嫌いのお福殿が辛うあたりそうですな。まぁ、奈阿姫様の御養育係は天下に女丈夫おんなじょうぶと知れた甲斐姫殿が就いたとのこと。これは見ものでござりましょうなぁ。」 
 利勝がまだ見ぬ女の戦いに膝を叩き、体を揺らして、ワハハと豪快に笑う。 

 利勝が楽しそうになるほど、秀忠は不機嫌そうな様子になり、口を真一文字に結び、腕組みをして話を聞いていた。 
「では、国松に奈阿姫を……」 
 秀忠が、ぽそりとなんとか話をさえぎる。利勝が意地悪そうにニヤリとした。 
「今、国松にのわか様に豊臣の姫を娶わせるということが家中に流れたら、どうなりましょうなぁ? 二の若様が跡継ぎになると思う浅はかなやからが続出するでしょうな。竹千代わか様は、ますます自信をなくされ、お福殿が御台様に当たるでしょうなぁ……」 
 利勝が含み笑いをする。悔しいが、利勝の言うとおりだと秀忠は思う。自分ではよい考えだと思っていただけに、落胆は大きい。秀忠は目をつぶり、悔しそうに小さく溜め息をついた。 
 それを見て、利勝は満足そうに微笑んだ。秀忠が頭の中を整理できたと解ったからである。利勝は火鋏を灰に差し込み、居ずまいを正して上様に進言した。 

「しかし、淀の方様を江戸に出すには、それぐらいの策が要りましょう。悪いお考えではございませぬ。ただ、もう少し詰めませんと、徳川の方が内より崩れまするぞ。まずは、竹千代様、国松様のどちらを世子せいしになさるか、きちんとお決めになることですな。そして、世子とする方には、奈阿姫様より格の高い姫を許嫁いいなづけにすることです。」 
「それで淀の方様が納得されようか……」 
 秀忠は、上目遣いに利勝を見た。利勝の賛同を嬉しいと思いながら、それは、世継ぎでないものに奈阿姫を娶合わせることを意味する。淀の方様の誇り高さを思うと、それはそれでうまくいかないような気がしてしまう。 
「納得させるのです。それしか方法がございませぬでしょう。豊臣と戦をせず、豊臣を残したいのであれば。」 
 利勝は、すっぱりと言ってのけた。考えすぎて身動きがとれなくなるのは秀忠の悪い癖であると言わんばかりに。 
「そうじゃな。」 
 秀忠の目に力が宿った。なんとしてでも豊臣を残すのだ。その思いが溢れていた。 


*****
【如月】二月 慶長十四年如月朔日は1609年3月6日
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