【完結】照葉輝く~静物語

みなわなみ

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第三部

第十八章 芋供え月、丸む  其の四

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「おばうえ~。つきました。」 
 栄太郎は玄関先の静を見つけて、一直線に走ってきて抱きつく。才兵衛さいべえ松吉まつきちの姿を見つけ、早足で入ってきた。 
「松さん、できたのかい?」 
「おぅ、できたよ。」 
「あっ、ただいま戻りました。義姉上あねうえ。」 
 才兵衛が、慌てて静にペコリと頭を下げる。 
「あねうえかぁ~。かっこいいなぁ。俺もそう呼んでいい?」 
 にまっとした顔をして松吉は静を見る。 
「調子に乗るんじゃないの。ここの皆様にご迷惑をおかけしてはなりませぬ。」 
「…はい…」 
 静の武家言葉に、松吉は首をすくめて返事をした。松吉は、姉が姉でないような寂しさを覚える。 
「もうすぐお城に戻るから…」 
「もう戻んの?」 
「おとっつぁんとおっかさんをよろしくね。」 
 松吉が寂しそうな顔に笑顔をつくってうなづく。 
 才兵衛が風呂敷づつみを開けようとすると、その横に栄太郎がちょこんと座った。 
「栄太郎、食いものではないぞ。」 
 がっくりと唇を突き出した栄太郎だったが、同じ大きさに切られた長方形の木の板を見て、ニヒャッと笑い、積み上げ始めた。 
「余分は?」 
 才兵衛が木の小板を触って、松吉に訊く。 
「十枚くらいかな。足りなくなったら、また言ってくれよ。」 
「わかりました。助かります。」 
「何をするの? これ、むくでしょ?」 
 きれいに切られた木とともに、椋が枝ごと入っていた。 
「カルタを作るんだよ。」 
「カルタ?」 
 積み上げた木がバラバラと崩れた。 
 大袈裟にビックリした顔を見せ、栄太郎の笑顔を引き出した静が、大きさが整った木の山からひとつ手に取った。 
「百人一首の札を作るのです。子供たちに字を覚えてもらうために。」 
「切っただけで書くと墨がにじむだろ? だから、俺たちが木っ端を切って、女子衆おなごしが磨いて、神尾かんおの旦那さんたちが字を書いてくれるんだ。」 
 才兵衛と松吉が順番に静へと説明をした。静の顔が興味深そうに輝く。栄太郎はまた木を積み始めた。静は栄太郎にも目をやりながら、弟たちの話を聞いている。 
「まぁ、面白そう。もっと早く教えてくれれば手伝えたのに。」 
「そう言うのが解ってたからさ。親父が『ゆっくりさせてやってくれ』って。でも、まだ今一つ磨けてないのがあるから、ねぇちゃん見てやってよ。うまいからね、ねぇちゃんは。」 
 松吉は、静の輝く笑顔を見て姉に甘える。 
「わかったわ。見とく。」 
 にっこりした静が、胸をポンと叩いた。 
「いや、義姉上にお世話をかけることでは…」 
 宿下がりをしてからの静は、栄太郎の相手をはじめ、美津の家事手伝いに精を出している。それをの当たりにしている才兵衛は、『これ以上は』と恐縮したのであった。 
「いいえ、才兵衛殿、百人一首で手習いもして参りましたゆえ、お許しがあれば、書くこともお手伝いできまする。なにより、ほんの少しでも子供たちの役に立てるのなら、私は嬉しゅうございます。」 
「そうですか。それは父上や兄上が喜びましょう」 
 柔らかな微笑みを見せる静の言葉に、才兵衛も微笑んで喜んだ。 
「じゃぁ、あとはよろしく。栄太郎、今度積木を作ってきてやろうな。」 
 一心に木札を積んでいる栄太郎の頭を、松吉は節立った手でガシガシと撫でた。 
「うん!」 
 栄太郎が大きく首を振って頷く。 
「達者でね、松吉。みんなを頼むね。」 
「おう。ねぇちゃんも達者でな。」 
 一人前の男となった弟のがっしりした後ろ姿を静はじっと見つめて見送った。 

◇◆

 夕方の西の空の燃え上がるような夕焼けは気味が悪いほどであった。虫の大合唱と共に、どこかしら蒸し暑い夜がやって来た。 
 その日の美津は「そのようにせずともよい」という夫の声を聞かず、かいがいしく怪我をした嘉衛門よしえもんの世話を焼き、静は子供たちの相手をしていた。 
 夜空には、またたく星の中、丸みを帯びた十日の月が浮かんでいる。静は、今夜も栄太郎にせがまれて歌を歌った。 

  うーさぎうさぎ 
  なに見て跳ねる 
  十五夜お月さん 
  見てはーねーる 

 眠そうに少しグズる糸を抱いて縁側に腰かけた静は、体を揺らしながら、ゆっくり伸びやかな歌声を聞かせる。隣に腰かけた栄太郎のかわいい歌声が重なった。 
「うさぎさん、はねる?」 
「跳ねてるかなぁ?」 
「あのね、おつきさんがまぁるくなったら、はねるの。」 
 栄太郎は、栄嘉さかよしに昨夜教えてもらったことを得意気に話す。 
「そうね。もうちょっとかな?」 
「うん。もうちょっと。」 
 栄太郎は、また「う~さぎうさぎ…」と歌い始めた。静が一緒に歌ってやる。 
 十五夜にはお城に戻っている。栄太郎とお月見ができないことを、静はとても寂しく感じた。 
 (栄太ちゃんが昼寝をしているときに戻ろう。)
 そんなことまで静は考えている。 
 かわいい兄の歌声に、糸はほどなくスヤスヤと眠った。静はそっと立ち上がり、部屋の中へと入る。栄太郎が小さなあくびをしながら続いた。 

「栄太郎もおやすみしましょう。」 
「いやっ。まだまだ。」 
 糸を預かった美津の声に、栄太郎はかぶりを振って抵抗する。 
「栄太郎。」 
 美津が小さく低い声で怒ろうとしてみるが、可愛らしい声では中途半端で、栄太郎は知らぬ顔である。 
 静が、にこっと笑って助け船を出した。 
「栄太郎どの、叔母上を手伝っていただけますか?」 
「手伝う!」 
「お静ちゃん。」 
 糸を抱いたまま美しい顔を曇らせ、美津が困ったような申し訳ないような顔をする。 
「先にお糸ちゃんを寝かせてきて。」 
 微笑みながら、静は(いいからいいから)という視線を美津に送った。 

 居間では、栄嘉さかよし嘉衛門よしえもん才兵衛さいべえがそろって木札を丹念に調べている。 
義父上ちちうえさま、私たちにも手伝わせてくださいませ。」 
「ゆっくりしてよいのだぞ?」 
 木札をこする指を止めて、栄嘉は静に言う。 
 腕を伸ばすのが少し辛そうな嘉衛門の横に栄太郎を座らせ、静はその隣に座った。 
「いいえ、お手伝いしたいのです。栄太郎どの、叔母上と父上に一つづつ渡してくれますか?」 
「はい。」 
 真面目くさった返事をすると、栄太郎はうやうやしく、静にひとつ木の札を渡す。静も微笑んで、恭しく受け取った。 
「ととさま。」 
 調べていた木の札を置いた嘉衛門に、栄太郎はすかさず、恭しく次の木の札を渡す。 
「ありがとう。」 
 嘉衛門は小さな息子の手から、木の札をとった。 
 大人たちは木札を調べ、少し手直しをするものはその場で椋の葉で磨き、あらが目立つものは、はねていった。栄太郎は木の札を積んでは、そこから静と嘉衛門に渡していく。 
 そのうち、栄太郎が頻繁に目を擦るようになってきた。 

「栄太郎どの、叔母上はかわやへ行きたいのですが、怖いから一緒に行ってくれますか?」 
「…うん…」 
 静は嘉衛門たちにうなづくと、軽い礼をして立ち、栄太郎を厠へ連れていった。 
「よき女子じゃのぅ。」 
 作法どおりにスッと閉められたふすまを見て、栄嘉は惚れ惚れとした様子を見せる。 
 二人の息子も手を止め、父の言葉に心から同意の頷きを返した。 
「私は義姉上あねうえのような方と一緒になりとうございます。」 
 才兵衛がしみじみと呟き、再び木札を調べにかかる。 
 まだ手を止めている嘉衛門が、驚いたような眼差しをチラリと弟に向けた。が、一心に木を触っている才兵衛を見ると、安堵したように新しい木片を取る。 

「では、お静を嫁取りするか?」 
 ゆっくりと同じように新しい木札を取った栄嘉が、何気なく言った。 
「「えっ!?」 」
 兄弟が同時に顔を上げ、同時に声を上げる。 
 しかし、兄はどこか腹立たしい響きを、弟はどこか嬉しそうな響きを持っていた。 
「ウッ、フォッフォッフォ。戯れ言ざれごとじゃ。戯れ言。」 
 二人の息子を代わる代わる見た父は、腹を抱えんばかりに笑った。 
「「父上っ!」 」
 また、息子たちの声が重なる。 
「フォッフォッフォッ。しかし、才兵衛は甘ったれゆえ、お静のような姉さん女房がよいやもしれぬの。」 
 栄嘉は相好を崩しながら手を動かしている。 
「父上、お静は才兵衛より六つも年上です。」 
 キリリとした眉を寄せ、総領息子よしえもんは父に苦言をていする。 
「それが、いかがした。」 
 木片を椋の葉で少し擦り、木埃きぼこりをフッと吹くと、栄嘉は微笑んで嘉衛門を見た。 
「あ、いえ……」 
 嘉衛門は歯切れの悪い返事をすると、再び作業へと戻る。 
「まぁのう……。子に恵まれぬやもしれぬな。才兵衛がもう少し早うお静のよさに気づいておればのう。」 
 手を止めた栄嘉が、嘉衛門の懸念けねんを見事に言い当てる。 
義姉上あねうえのような方がよいなぁ。」 
 才兵衛は木片を撫で、またしみじみと呟いた。 
 姉や兄と違い、生まれたときから父が浪人であった才兵衛には、「武家だから」という思いもほとんどない。 
「そなたのようなところに来ては、お静がかわいそうじゃ。」 
 兄がなぜか憮然ぶぜんとした表情かおで言う。 
「なにゆえですか。」 
 弟もすぐさま切り返した。 
「お静の甘えるところができぬ。」 
「私とて、女子を甘えさせるくらいできます。」 
「お静は姉上と同じで、なにかと辛抱する女子じゃ。そなたではお静もわがままなど言えぬ。」 
「そのようなこと分からぬではありませぬか。」 
「ムッ、フォッフォッフォ。二人とも何をムキになっておる。まことお静を嫁取りするのか?それでもよいぞ?」 
 手を止めて、真剣に言い合う息子たちを面白そうな目で見ていた父が、たまらず体を揺すって笑い出した。 
「はい、あ、いえ。」 
 再び、息子二人がバツの悪そうな顔で、同じように答える。 
 その息のあった様子に、栄嘉はクッファッファッファと幸せそうに大笑いした。 
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