【完結】照葉輝く~静物語

みなわなみ

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第四部

第二十五章 楪(ゆずりは)、照り輝く 其の一

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 葉月と共に久しぶりの晴れ間が続いた。日が傾き、光の強さも少し和らいだ頃、秀忠が庭で木刀の素振りをしている。 
 普段は優しげに見えるからだであるが、片袖を脱いであらわになった胸と腕は、固い筋肉で盛り上がっていた。 
 鍛えられた躯が軽々と素振りを繰り返す。しかし、振り下ろされるたびに切り裂かれる空気の音が、木刀の重さを周りに教えていた。 

「ちちうえ~。」 
 あでやかな濃紅こきくれないの打ち掛けを着た江が、国松に手を引かれ縁側へと姿を表した。 
 秀忠が手を止め、二人を見て微笑む。 
「父上!」 
 国松は江の手を離すと、庭に駆け降り、秀忠にドシンと頭から体当たりをする。秀忠は一歩引きながら、片腕で国松を抱き止めた。 
「おぉ、強うなったの。よい当たりじゃ。」 
 感心したように誉める秀忠を見上げ、国松は得意そうに、にへっと笑う。 
 国松は父が持ったままの木刀をギュッとつかんだ。 
「そなたにはまだ早いぞ。」 
 持ちたそうにしている国松の頭を大きな手でグリグリと撫で、秀忠が笑う。それでもなにか言いたそうに父を見、国松は木刀を握ったままである。 
「持ってみるか。」 
 秀忠が笑って国松に木刀を差し出した。 
「はいっ!」 
 元気よく返事をした国松だったが、自分が考えていたより剣はずっと重く、ふらふらと落としそうになりながら、なんとか両腕でかかえた。 
「ほぅ、力持ちじゃな。したが、もう少し短いのをそなたには作ってやろう。」 
「はいっ。楽しみにいたしまする。」 
「よし。」 
 木刀を受け取った秀忠は笑って、元気に返事をする国松の頭を撫でた。 
「国松、父上のお邪魔になりまするぞ。こちらへ来なされ。」 
「はい。母上。」 

 秀忠が汗を拭き、再び木刀を構えたところに、竹千代が福に連れられてきた。その後ろから、一段と体が大きくなった三十郎が影のように従っている。 
「来たか。竹千代。木刀の具合はどうじゃ?」 
「…あっ……」 
 秀忠は優しく尋ねたが、片袖を脱いだ父のたくましい躯に、竹千代は気後れしていた。 
 なめらかで固い父の躯は、陽の光さえ弾きそうである。 
「素振りぐらいはしておるのであろう?」 
 優しい問いであったが、竹千代は父をまっすぐ見ることができない。 
「…はっ…い…」 
「いたしております。上様から木刀をいただきました日から欠かさず。」 
 竹千代が目を伏せながらもなんとか答えようとしたところを、福が後ろから口を挟んだ。 
 秀忠の顔がいくぶん強張こわばる。 
「さようか。では、腕前をみせてもらおう。福、そなたは下がっておれ。」 
 福が一瞬躊躇ちゅうちょした。 
「下がれ。」 
 ぼそりとした低い将軍の命に、竹千代を心配そうに見つめて乳母は下がった。 
 父の声がどこか冷ややかになっているのを竹千代は感じていた。 

 秀忠は片手で木刀を持ち、竹千代の前に切っ先を突きつけるように構える。 
 うつむいたままの竹千代は、上目遣いに秀忠の様子を盗み見た。 
 (父上は怒っておられる。私が剣術が弱いと知れば、もっとおいかりになるやもしれぬ。) 
「いかがした? 構えぬか。」 
「竹千代…」 
竹千代わかさま。」 
 父の抑揚よくようのない声に続いて、母の心配する声が竹千代の耳に届いた。 
 竹千代は顔を上げ、恐る恐る構える。木刀を両腕で持ち、体の前で構えているのに、どこかふわふわとした竹千代の構えであった。 

「かかってこい。竹千代。」 
 秀忠が声をかけるが、竹千代は動かない。いや、父の大きさに動けずにいる。 
 秀忠は剣を持ったときの癖で、無表情に息子と向き合っていた。父の表情を読み取れないことが竹千代の不安を膨らませている。 
 (父上は、きっと怒っておられる。) 
 切っ先が震えるように、ただ揺れていた。 

「かかってこぬか!」 
 秀忠が一喝する。 
 竹千代はビクリとして、木刀をめくらめっぽうに振り回しながら突進した。 
「あぁーっ。」 
 秀忠が、片腕で持った剣先で軽くいなす。 
「その程度か、竹千代。毎日鍛練しているのではないのか。」 
 挑発するように秀忠が言った。 
 竹千代がクッと唇を噛み、木刀を振り回す。 
「えぇい。」 
「相手をよく見ぬかっ。」 
「えぇい。」 
「どこに打っておるっ。」 
「えぇい。」 
「もっと力を込めよっ。」 
「えぇい。」 
「気合いが足らぬっ。」 
 秀忠は、ほんの刃先で次々と竹千代をいなし続ける。しかし、竹千代の打ち込む太刀は、いつまでも柔らかく、気合いの入ったものではなかった。 

「えぇい。」 
 カン。 
 同じように振り下ろす竹千代の太刀を、憮然とした秀忠が受け、躯を動かすこともなく、腕だけで横に大きく一振りした。 
 秀忠の木刀がブンという音を立てた瞬間に、竹千代の重心が大きく崩れる。そしてそのまま木刀に引きずられるように、もんどりうって倒れた。 
  ズザザッ…… 
 乾いた土が、竹千代に引きずられて音を立てる。 

「竹千代。」 
竹千代わかさま……」 
 江が思わず手を伸ばして腰を浮かし、福が一歩踏み出した。 
 ギロリと秀忠がにらんで福の歩みを止め、再び竹千代にその目を戻す。 
「あなたさま、もう…」 
 縁側の江が秀忠を止めようと口を出す。 
「女は黙っておれっ!」 
 秀忠は竹千代を見下ろしたまま、低い声で命じた。竹千代は、土の上でおののいたように這いつくばって動かないでいる。 

 ピリピリとした空気が庭を包んでいた。局の入口で異変を感じた静が、離れた回廊から見つめる。 
 (若様……) 
 静は、なかなか父に認めてもらえず、しょげていた弟を思い出していた。 
 (若様…しっかり…) 
 そう思って、グッと手を握りしめる。 
 同じように出てきた大姥局も、静の後ろから目をやる。 
 乳母は二人の若様をジッと見やった。 

「竹千代っ!父になにごとかあれば、母上を守るのはそなたぞっ。そのようなことで、母上を守れると思うてかっ!」 
 秀忠は声を荒げ、本気で息子を叱った。 
 竹千代は這いつくばったまま、顔を真っ赤にして、ぎりっとした目で秀忠を見上げる。落としている木刀をぐっと握りしめ、立ち上がって構えた。 
 秀忠がかすかに微笑んだが、竹千代にも女たちにもわからなかった。 

「えぇいっ。」 
「まだまだっ。」 
 竹千代は再び秀忠の木刀に切り込んでいく。しかし、カチンとぶつかった木刀は秀忠ちちにパンと跳ね返された。 
「えぇぇいっ。」 
「腰を入れよっ。」 
「えぇぇいっ。」 
「まだじゃっ。」 
「えぇぇいっ。」 
「踏み込みが足らぬっ。」 
「ぃえぇぇいっ。」 
 竹千代の息が次第に荒くなっている。ただ真っ直ぐに何度も切り込んでくる竹千代の太刀を、秀忠は跳ね返す。 
 (ダメじゃ。何度やっても…。私なぞ、父上にかなわぬ。母上を守れぬ) 
 息一つ乱れない秀忠ちちに、竹千代の太刀の力がまた弱くなった。 
 秀忠にパシンと太刀を払われ、竹千代はヨロヨロと後ろに下がる。 

「その程度か、竹千代っ! そなたは、母上の後ろで泣くのかっ、前で守るのかっ、どちらじゃっ!!」 
 秀忠が肩で息する息子を大声でただした。その声に周りの空気がビリッと震え、国松が泣き出す。 
 ギリッと歯を食い縛った竹千代の目に、おびえて母にすがり泣く国松おとうととそれをあやす江の姿が映った。 
 (私は母上の後ろでなど…母上の後ろでなど泣かぬっ!) 
 木刀を持つ手にぐっと力が入った。 

「わぁぁぁっ!」 
 真っ赤な顔をした竹千代が思いきって突っ込み、秀忠の元へ木刀を振り降ろす。 
 殺気を感じた秀忠の腕は、即座に血道ちみちを浮かび上がらせ、堅い筋肉をしならせた。 
  バシッ。 
 その力は瞬時に木刀を鋭く跳ね上げて、竹千代の太刀を弾く。 
  ガラン。 
 宙に舞った竹千代の木刀が地に落ちた。 
 あまりの衝撃に、竹千代は目を見開いたまま尻餅をつき、ビリビリとしびれた手を重ねている。 

「竹千…」 
竹千代わかさまっ」 
 江が国松を離して腰をあげるより先に、福が飛び出した。 


****** 
【二人の若様】秀忠と竹千代 
【血道】血管



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