【R18・完結】鳳凰鳴けり～関白秀吉と茶々

第三夜

参 秀吉の約束

「そなたの、生まれたままの姿が見たい。」 
　茶々はうつむき、いくらか激しく頭かぶりを振った。 
「茶々…」 
　悲しげに呟いた秀吉を、一度見上げた茶々であるが、やはり首を振る。 
「そのような…はしたない真似はできませぬ。」 
　春をひさぐ女たちでさえ、帷子かたびら（襦袢じゅばん）を身に付けて男と目合まぐわうのである。 
　裸になると言うのは畜生と同じで、恥知らずなことであった。 
「茶々、誰も見ておらぬ…儂だけじゃ。」 
　秀吉が小さな耳をペロリと舐めあげる。長い舌は耳の中をペチャペチャと舐めた。 
「あぁ……」 
　首を振る茶々の腰に甘やかな痺れが走る。 
「…でんか…」 
　とろけるような声で茶々は秀吉を呼んだ。 
　しかし、秀吉が帯に手をかけると、茶々の体がいくぶん固くなった。 
「茶々、無体な願いとはわかっておる。」 
　秀吉が頬を擦り寄せる。髭がサワサワと茶々の頬を擦った。 
「しかし、このような願いをするのはそなたがはじめてじゃ。」 
「…私が…？」 
「そうじゃ。他の誰にも望んだことはない。」 
「…誰にも…？」 
「そうじゃ。」 
　茶々は秀吉の腕の中でじっとしていた。 
「そなたの美しさを目に焼き付けたかったのじゃ…。しかし、無体な願いであったの…。忘れよ。」 
　秀吉はそう命じると、桜色に染まった首筋に口づけをおとした。 

　茶々は先程から何かを考えていた。 
「…なにゆえ…」 
　茶々が小さく呟いた。 
「ん？」 
「なにゆえ、目に焼き付けておきたいのでございますか？」 
　茶々の一抹の不安を秀吉は感じ取った。 
「まだ、世はおさまっておらぬからのぅ……。じゃが、案ぜずともよいぞ。そなたは儂が守るゆえな。」 
　薄い夜着の上から茶々を撫で、秀吉はゆっくりと微笑んだ。 
　茶々の脳裏に、二度の落城が甦る。 
「嫌にございます。戦になど行かないでくださいませ。」 
　茶々は、やっとつかんだ居場所を離すまいとするように、秀吉に抱きついた。 
「そうもゆかぬ…」 
　秀吉は優しく茶々の震える肩を抱いた。 
　かぶりを振る茶々を秀吉は撫で続ける。 
「茶々、案ずるな……」 
「…わたくしも……」 
　涙声で茶々が呟いた。 
「…その時は、わたくしもお連れくださいませ。」 
「…茶々？」 
「…殿下と離れとうございませぬ。」 
「茶々。」 
　秀吉は喜びと共に困惑をしていた。 

　戦場に女を連れていくことはある。しかしそれは決して高貴な女ではなく、身分の低い女であった。もしくは、「女だてらに」と言われるような、男勝りの女。そして足りぬときは、現地の女を召し抱える。兵糧や移動を考えると、それが都合がよかった。 
　それを茶々がやるとなれば、「婢はしためのようじゃ」と陰口を叩かれるのは目に見えている。そのようなそしりを受けるから、おねだとて連れて行かなかった。それを…茶々が………

「誹そしりを受けるやもしれぬぞ。」 
「構いませぬ。」 
　茶々はきっぱりと言い切った。 
「仇かたきと言い続けた殿下のお情けをいただいたのです。もう誹られておりましょう。」 
「茶々…」 
　申し訳なさそうに、秀吉が茶々の名を呼ぶ。 
「よいのです。茶々は悔いてはおりませぬ。殿下のお傍にいたいのです。人からどう思われようと、誰よりも長く殿下といたいのです。」 
　茶々の黒い瞳が、秀吉をハタととらえた。 
「茶々の居場所は、殿下の御元にございますれば…」 
　茶々が秀吉に強く抱きついた。 
「茶々…」 
　秀吉は愛しそうに茶々を抱き締め、ほおずりをする。 
「願いを叶えてくださると仰せでした。」 
「そうであったな。」 
「茶々の願い、叶えてくださいませ。」 
「わかった。叶えよう。」 
　秀吉は優しく答えた。（今までの例がなければ、作ればよい。）
「そのときには戦場を整えて、そなたを呼び寄せよう。この秀吉の想い人として。」 
「…殿下…」 
「そなたを誰にも誹そしらせはせぬ。」 
「嬉しゅうございまする。」 
　安堵したように微笑むと、茶々は秀吉の手を自分の帯へと誘いざなった。