乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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クロとジークさんと私

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あの後、どうやって馬車でお屋敷に戻って来たのか覚えていない。
馬車の中ではずっと目を閉じてジークさんの膝の上で丸くなっていた。
ジークさんは文句も言わず、私を膝の上に乗せていてくれていた。

以前、ナントカ神殿で体験したような左眼の痛みは無かったが、今回は無理矢理左眼をこじ開けられて中身を引き摺り出されるような不快感を感じた。
左眼に浮かんだ魔法陣。
何かの魔術か?
そう言えば、ジークさんが現れる時はいつも左眼がチクチクする。
神殿で殴られたような痛みがあったのも左眼だ。
そして今回もやっぱり左眼。
私の左眼に何かあるのか?
生まれてこのかた、視力は良い方だったけど?

「降りるぞ」

ジークさんの声で我に帰る。
外から護衛のアルバートさんが馬車の扉を開けてくれた。
私がジークさんの膝から降りようとすると、ジークさんはそのまま私を抱き上げて馬車から降ろしてくれた。

こういう時、ヒロインは『私は大丈夫、歩けるから降ろして』とか言って顔を赤くしてウルウルするんだろうなー。
今夜はぐったりなのでジークさんに甘えさせてもらおう。
乙女ゲーヒロインのお決まりのくだりは、『恥ずかしいから早く降ろしてー』とかでしょう?
はっはー、残念だったね。
私、ヒロインじゃ無いからそんな風に思わんよ。
恥ずかしいと思う辺りがよく分からん。
歩かなくて済むんだからラッキーじゃあないか。
自分の足で床を踏む元気も無かったのでとても助かるよ。

腹黒だけどイケメンにお姫様抱っこされてお馴染みの収監部屋に戻ると、クロが駆け寄って来てくれた。

『ルナ、大丈夫?!』
「大丈夫よクロ」

クロの声に癒されて、私はクロに向かって手を伸ばした。

あれ?
声?
クロの声?

私はきっと目が点になっていたのだろう。
クロがジークさんの足元でちょこんと座って小首を傾げている。

『ルナ、どうしたの?変顔してるよ?』
「・・・あの、ひょっとして、クロちゃんは喋れちゃうのですか?」
『もちろん!』
「今まではお話しできませんでしたが・・・?」

何で急にお話し出来るようになったんだ?
私が固まっていると、ジークさんの溜息が頭の上から聞こえてきた。

「クロ、もういいだろう」

そう言うと、ジークさんは私をベッドまで運んでくれた。
私をベッドの縁に座らせると、ジークさんは私の頭に手を置いて金眼を細めた。

「少し休め」 

心無しか声が疲れているな。
ジークさんは踵を返し扉へ向かおうとした。

「あの、ジークさん、」

私は焦って少し大きな声を出してしまった。
ジークさんには、今夜あった事を伝えておかないといけない。

「すぐ戻る。少し寛ぐといい」

ジークさんは私の言いたい事を分かってくれたようだ。
さすがはヒーローだ。
頭の回転が良くて助かる。

ジークさんが扉から出ていくのと入れ替わりで侍女さん達が部屋に入ってきた。
皆さん心配そうな顔で、私の化粧やら髪のセットやらドレスやらの女優グッズをせっせと取り外してくれた。
膝の上にはクロがいて、気持ち良さそうにゴロゴロ喉を鳴らしている。
私の寝支度が済むと、侍女さん達は頭を下げて部屋を出て行った。

「ところでクロ、いつからお話出来るようになったの?」

膝の上のクロを撫でながら話しかけると、クロは眠そうに顔を上げた。

『最初から出来るよ。ルナに聞こえてなかっただけだよ』
「え?そうなの?クロは普通の猫なの?それとも私が普通じゃないの?」
『お互い普通じゃないんじゃない?』

むうー、確かに私は普通じゃない。
ヒロインだし、チートだし。
クロは普通じゃないなら何だろう?
妖怪ネコとか?

「クロはお話しする以外、他に何が出来るの?」
『色々~』
「空飛んだりとか、何かに変身したりとか?」
『面白そうだね。頑張ってみるよー』

クロは一旦私の膝で伸びをした後、また丸くなって目を閉じてしまった。
何だかクロに相手にされていない気がする、泣。

うっ、まただ、左眼がチリチリする。
案の定、ジークさんが扉を使わず、灯りで出来た本棚の影からフワッと現れた。
この部屋に隠し扉でもあるのか?
実は忍者屋敷か?
軍服から普段着に着替えた彼は、夜会の時と同じ撫で付けた髪型のままだった。
そのせいで、いつもは前髪で隠れている金眼が今はやたらと光って見える。

「気分はどうか?」
「ドロドロのモヤモヤです」

私の的確な心象表現にジークさんは眉根を寄せた。

「何があった?」

ジークさんはベッドの向かいにあるソファーに腰を下ろすと、身体を私の方に向けた。

「突然、左眼が疼いて魔法陣が浮かんだんです。眼を閉じたくても閉じれなくて、気が付いたらフードを被った男と目が合いました。・・・合った気がする?かな?焦点が合わなかったので、相手の顔は分からなかったし。ただ、瞳は黒かったと思います」

ジークさんはジッと私の顔を見ていたが、立ち上がって私の元まで歩いてきた。
ベッドに足を下ろして座る私の顔を見上げるように、彼は片膝をついた。
何するんだ?
黙ってジークさんの動きを追っていると、彼は右手で私の左こめかみに触れてきた。

「金眼だ」
「は?」
「お前の左眼が金眼になっている」

何ですと?!
私の自慢?の桃色の瞳が金色だと?!

「恐らく、妖術師に見破られたな」
「妖術師?見破られた?」
「お前が竜眼持ちヴァルテンである事を」

えっと、それって、つまり、

「お前が闇魔法使いである事が見破られたのだろう」

ぎゃーーーっ!!
死亡フラグーーーっ!!

私が涙目で固まっていると、ジークさんは盛大に溜息を吐いた。

「妖術師は竜眼持ちヴァルテンの天敵だ。古来より竜族と争ってきたルシュカン皇族は、強大な力を持つ竜族よりも彼らの守護者ガーディアンである竜眼持ちヴァルテンを真っ先に潰してきた。こうも早くお前に目を付けてくるとは・・・」

私、死んじゃうんですか?!

「そ、そんなのこ、困るんです、ケド・・・」

ジークさんは私のこめかみにあった指を頬まで下げて、触れる程度に摩り出した。

「大丈夫だ。お前を危険な目には遭わせない」

いや、もう遭ってますけど?
ここはヒロインとヒーローが盛り上がる場面なんだろう。
しかし!
ジークさんの金眼は真剣だが、所謂ヒーローのチープでありがちな台詞に全く安心出来ない。

『大丈夫だよ、僕もついてるからね!』

いつの間にかクロが、私の膝から床に降りていた。
片膝をつくジークさんの足元で、尻尾をピンっと立ててお座りをするクロの言葉に益々不安になった私は、段々と気が遠のいていくのだった。
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