乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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風の大精霊ニクスさん

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薄暗い森の中、ひとり馬を駆りながらこれからの事を考える。
何処か野宿をするにも、見晴らしの良い高台とかで陽が昇ってからの方が安心だ。
それにしても、一昼夜眠っていないというのに全く眠気が無い。
しかも、あちこち傷だらけでヘトヘトだった筈なのに、痛みも無ければ身体はすこぶる元気だ。
心身共に疲れすぎて、限界を超えた謂わゆるハイの状態に達したのか?

帝国から出るにしても、北は雪山を越えねばならないから装備も無い今は却下だ。
南は帝都を通ることになり、何かまた面倒事に巻き込まれそうで嫌な予感しかない。
西は故郷のセルバンだが、どうせなら行ったことの無い東の国を目指すのはどうだろう?
乙女ゲーやら異世界転生モノで、東の国と言ったら日本を模倣した国ばかりだ。
この世界の東の国も、やっぱりアジアンテイストなのか?
お米だの蕎麦だの醤油だの和食を求めてのストーリー展開が定番だが、食べる以外作ることに全く興味の無い私には少しも面白味を感じない。
ならば南の国はどうだ?
南国は褐色のイケメンが生息するというのがラノベの定番だ。
よし、やはり東の国経由で南の国を目指そう。
そして、今度こそ優しい旦那さまを見つけてハッピー異世界ライフを堪能するのだ。

『ちょっと、アンタ!聞いてるの?!』
「は?」

何処かで声がした・・・?
馬上から夜明け前の薄暗い森を見回すが、それらしき人は見当たらない。
然も、それなりの速さで駆けているのだ。
人が居たとしても通り過ぎてしまったのかも知れない。
私は再び妄想の世界に入ろうとした。

『本当にアンタって人の話を聞かない子よね。何だかジークが気の毒になってきたわ』

その言葉に、私は一瞬固まった。
今、不穏なワードが聞こえたような・・・?
私は馬の速度を落として辺りを伺った。
夜明け前でまだ鳥の囀りも聞こえない。
後ろを振り返るも人はおろか動物の気配すら無い。

うーん、幻聴?

馬を進めようと顔を前に向けた瞬間、目の前に緑の空気を纏った金髪美人と目が合った。

え??
何だ?
この人、浮いてる?

『やっと気が付いたのね。ホント、鈍い子』

ぽかーんと口を開けて美人さんを見る。
緩くウェーブのかかった長い金髪がたなびき、白い肌は絹で覆われているものの、完璧なプロポーション丸わかりの薄さで目のやり場に困る。
何より印象的なのはその瞳だ。
そう、白目が無く、全てがエメラルドグリーンなのだ。
空間に浮いているだけで人外と分かるが、それ以上に煌めく緑一色の瞳が神か天使かと思うほど神々しい。

『ちょっと、いつまで口開けてんのよ?』

世界は広い。
口が悪い神や天使もいるだろう。
美人さんなら多少の口の悪さはチャームポイントだ。
思わずニンマリしてしまう。

『その薄ら笑い、不気味よ』
「よく言われます」

こんな人気の無い森の中で美人の神さま若しくは天使さまに会えるとは、新たな物語のスタートは実に幸先が良い。

「こちらで何をなさっているのですか?」

私の質問に美人の神さまは半眼になった。

『アンタこそ何処へ行くつもりよ?』
「うーん、東の国から南の国へ抜けようかと」
『南の国?なんでまたそんなとこへ行くのよ?』
「うーん、この国に居ると死にそうだから?」
『・・・まあ、間違ってはいないわね』

え?
やっぱり私って死相が出ているの?!

「神さまからご覧になっても、私、死にそうなんですか?」
『誰が見たって、アンタ死に目に遭ってきたじゃないの』

デスヨネーと心の中で自分に突っ込みを入れてみる。

「なので死なないように帝国から出て行こうと思います。それでは神さまもお元気で」

馬上からペコリと頭を下げて馬の脇腹を軽く蹴った。

『話の途中だっていうのに、全く話を聞く気がないのね』

緑の神さまはふわふわ漂いながら追いてきた。

「神さまも南の国にご用があるのですか?」
『神?私はそんなモノじゃないわよ。ニクスよ。風のニクス。四大精霊の一柱よ』

ほー、大精霊さんでしたか。
どおりで緑の綺麗な大気を纏っていらっしゃる。

「ニクスさんも南の国に興味があるのですか?」
『あるわけでないでしょ』

じゃあ何で追いてくるの?
お家がこっちの方角とか?
ニクスさんはイライラを隠そうともせず、眉間に皺を寄せた。
あー、そういう美人顔のひと居ましたねー。
ジークさんの事を思い出すと色々ツライので、考えない考えない。

『ちょっと、また何ブツブツ呪文唱えてんのよ?』

美人さんだが、口が悪い。
あー、そういう美人さん居ましたねー。
おっと、考えない考えない。

『ジークも手を焼くわけよね。アンタ全然ヒトの話に興味が無いんだもの』


ジークさんのこと知ってるの?

「ニクスさんはジークさんのお知り合いなんですか?」
『知り合いと言うほどのものでも無いけどね』
「お友達なんですか?」

ジークさん、友達いないとか言ってたけど、こんな凄いお友達がいるじゃないの。

『友達?まあ、運命共同体ってヤツかしら?』
「え?!運命共同体?奥さんって事ですか?」
『・・・何でそうなるのよ』

ニクスさんは疲れた様子で私を見た。

『ジークが不憫でならないわ・・・』

ジークさんの心配をしてくれる人ならぬ精霊さんなのか。
こんな凄い存在が運命を共にしてくれるのだ。
もう彼の心配は要らないね、良か良か。

「で、ジークさんの奥さんがどうして此処に?」
『だから妻じゃないって!そもそもアンタが婚約者でしょうよ』
「解消しましたし、そもそも偽装ですよ?」
『とにかく!アタシはアンタを守る為に此処にいるのよ!』

えっ?!
私のお世話の為に?

「私なら大丈夫ですよ?それこそジークさんを守ってあげて下さい」
『アンタもジークもどっちも面倒なんだけど』
「私よりもジークさんの方が面倒事の中心に居ます。今頃、悪い連中に囲まれてるかも知れませんし」
『そういうアンタも、十分面倒事の渦中に居るわよ』

むう、それは否定できない。
だからこそ、ここでストーリーからドロップアウトするのだ。

「お祓いでもすれば面倒事を惹き寄せる体質も改善しますかね?」

お寺とか神社とかよく分からんが、神さまにお祈りすれば頭に刺さった死亡フラグの一本ぐらいはサービスで引っこ抜いてくれるかも知れない。

『それなら、その先の大神殿にでも寄って行って拝んだらどう?』
「ターバルナ大神殿ですか?ご利益あるんですか?」
『祈れば何とかなるんじゃないの?』
「お布施とか祈祷料とか持ってないですよ?」
『そこも含めてお祈りしたら?手持ち無いですけどスミマセンって』
「ニクスさんは神さまとお友達ですか?」
『・・・アンタってホント、セコイ子ねぇ』

この世界の神さまは、お金なんて要求しませんよね?
ひとり悶々と考え込んでいた私は、ニクスさんが運命共同体ジークさんと同じ腹黒い笑みを浮かべていた事に気付かなかった。
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