乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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大喧嘩の続き

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疲れ顔の腹黒イケメンを黙って睨み続ける。
こうなったら絶対に折れてなどやるものか!
喧嘩上等。
さあ、続きをしようじゃないの!
すると、ジークさんは私に向かって歩き出した。

「来ないで!」

また力尽くか?
私の叫び声にジークさんはピタリと足を止めた。
その金眼は辛そうに揺れている。
私は無言のまま視線で訴えた。

『言う事があるでしょう?!』

心の叫びを聞けってば!

互いの視線を逸らすことなく、静かに時間が流れた。
すると、ジークさんはその場で片膝をついて私を見た。

「済まなかった」

短く一言、それだけ言うとジークさんは再び口を結んでしまった。

何に対して済まなかったの?
ちゃんと言えってば!

どこの世界も男って同じだな。
取り敢えず謝っておけばいいと思ってるんだろう。
何に対して謝っているのか具体性は煙に巻いて、まあ仕方ないわねって思ってしまう馬鹿な女を騙すんだ。
こちとら中身は齢い50を越えたオバサンだ。
そんな手には乗るもんか。

「何に対して謝っているのか分かりません」

私も一言だけ言うと、それ以上は喋ってやるものかとダンマリを決めた。
ジークさん相手に微妙な時間が流れているが、知った事ではない。
絶対に先に口を開くもんか。

「お前に酷い事を言った。俺を案じて来てくれたのに、お前の気持ちも汲んでやらずに怒鳴って悪かった」

ジークさんが口を開いた。
いつもならジークさんから絶対に聞けないセリフだが、もちろん許すつもりなんて無い。

「オ・マ・エ・だぁ~?」

私は不愉快も露わに、片眉を上げて腹黒美人に凄んでみせた。
溜息を吐く代わりに覚えた、眼を伏せる動作をしてジークさんが答える。

「ルナ、本当に済まなかった。許して欲しい」

誰が許すか。
謝るだけで終わる訳無かろうに。

「それから?」
「・・・それから?」

良く分からない、と顔に書いてある腹黒美人にイラつく。

「また同じ事を繰り返すつもりですか?」

私の言いたい事が分かったらしい。
ジークさんがゴクリと喉を鳴らした。

「もう二度と、同じ事は繰り返さない」
「同じ事って何ですか?」
「・・・ルナを傷つける事はしない」
「誓えもしない事は言わない方が身の為ですよ」
「必ず守る」

揺れていた瞳は、今、私を見据えその黄金色を濃くしている。

「期待を裏切られる側の気持ちが分かりますか?」

言ってから思った。
これは私の傲慢だ。
ジークさんは期待させたつもりは無いだろうし、それは私が勝手にした事だから。
でも、ちょっと分かって欲しかったんだ。
私も貴方のことを勝手ながら心配しているんだよって。
私の言葉に、ジークさんは突き放す事は言わなかった。

「これからは考える」

俯いて少し拗ねたようなジークさんに思わず笑みが溢れる。
美人さんに絆された気もしなくは無いが、ここが落とし所だ。
いつまでもジークさんを虐めている訳にはいかない。

「今度やったら絶対に協力しません。帝国を出ます。分かりましたか?」

私はニッコリ笑ってジークさんの元まで歩いて行った。
手を伸ばせば触れる距離まで来ると、ジークさんは初めて安堵の表情を見せた。
ほお、こんな可愛い顔も出来るんだ。

「ああ、分かった」

私はジークさんに向かって右手を差し出し立たせようとして、その手が血だらけだった事を思い出した。
引っ込めようとした私の手を、ジークさんは相変わらずの素早さで、けれども掌の傷を触らないように優しく彼の手で包んでくれた。

「痛むか?」

跪いたまま、気遣うように見上げてくる。

「もう痛くありません」
「・・・済まなかった」

そう言って眼を伏せるジークさんの方が痛々しい。
少し重くなった空気を変えたくて、私は明るくジークさんに言った。

「お腹が空きました。もう帰りましょう、ジークさん」

私の調子にフッと口元を緩めてジークさんは立ち上がった。

「何が食べたいんだ?」
「お肉が食べたいです。食後のケーキも頂きます」

そう言えば、お屋敷を出てから何も食べていない。
食べ物の事を考えたら、本当にお腹が減ってきた。
お風呂にも入りたい。
埃と血がこびり付いてあちこち痒い。
私が眉間に皺を寄せて考えていると、頭にジークさんの大きな掌が載せられた。
見上げるとジークさんの穏やかな瞳と視線が重なる。

「好きなだけ食わせてやる」
「楽しみです!」
「ジーク」

おっと、この場にもうひとり居らしたことを忘れてました。
振り返ると、バラーさまは聖剣を握ったまま反対の手で腕の火傷を押さえていた。
暫しジークさんと視線を合わせたバラーさまは、静かに口を開いた。

「覚悟が出来たようだな?」

威厳はあるが、それでいて子供を気遣うような声音だった。
バラーさまの言葉にジークさんは無言で頷いた。
口は引き結ばれているが、瞳はバラーさまを射抜くほどに強い。
ジークさんの決意を感じる一方で、私はバラーさまの一言に、正直なところうんざりしていた。

また『覚悟』か。
それが無ければ生きていく資格が無いみたいな言い方だ。
その『覚悟』とやらが無かったと、今までのジークさんをダメ出ししているようで物凄く気に入らない。

「ルナ、ジークを頼んだぞ」

私は不遜にも片眉を上げてバラーさまを睨んだ。
覚悟覚悟ってうるさいんだよ。

「何言ってるんですか?バラーさまともあろうお方が、こんな小娘に色々面倒事を押し付ける気ですか?」

聞きたくもない説教を聞かされたみたいに腹が立った私は、バラーさまに突っかかる言い方をした。
バラーさまは眼を見開いて私を見ている。

「今度こそ、後悔しても納得できる事をして下さい」

私が真っ直ぐバラーさまを見据えてそう言い切ると、彼は今日一番の大声で笑い出した。
何が可笑しいのさ?
私、ちっとも愉快じゃ無いんですけど?

「行くぞ」

頭のてっぺんにあったジークさんの手が、私の髪を優しく撫でた。
むうー。
ふたりに子供扱いされているようで、何だか気分が悪い。
私がムッツリしている顔を見て、バラーさまはまだ面白そうにしている。

「そうか、其方だったのか・・・」


何の事だ?

バラーさまは目を閉じて安堵した様な表情だ。

「其方は『覚悟という言葉が嫌い』なのだったな」

何で分かるの??
この人、心を読む超能力があるのか?

バラーさまは和やかなお顔でそう言って、自身の首にかかっていたお守りのようなものを外し私の目の前に翳した。
白い象牙のような形をしたペンダントヘッドが黒い紐で吊り下げられている。

「これを持っていきなさい」

バラーさまはそう言うと、私の掌にペンダントを落とした。

「何ですか、これ?」

クロやニクスさんみたいに、味方になってくれる誰かを召喚できる便利グッズか何かか?

「これから先、其方に必要となるものだ。いや、其方を必要とする者の為に、其方だけが使う事が叶うものだ」

バラーさまの表情は穏やかだ。
言ってる事が謎かけみたいでよく分からん。

「竜の牙だ。竜族が創り出したとされる護りの力が内包されている。その昔、友人が儂に託したものだ」
「そんな大切なものを頂く訳には参りません」

自分で自分の事は何とかするさ、そう思ってペンダントを返そうとしたがバラーさまは受け取ろうとはしなかった。

「大切な友人の未来を変えてくれた。道を切り開いていく其方が持つに相応しい」

小ぶりのペンダントは陽が当たると虹色の光を放った。
何だか不思議な感触だ。
新しいような、懐かしいような・・・?

「分かりました、お預かりします。ですがそんな凄い力が秘められたものであると分かれば、報告がてらお返しに伺います」

バラーさまは眉尻を下げ眼を細めた。

「どこまでも真っ直ぐな娘だ。其方は一筋縄ではいかぬようだな」

私はそうだとばかりに無言でニッコリ笑ってみせた。

「ジークが尻に敷かれる様は愉快だった」

バラーさまは楽しそうだ。
そりゃ良かった。
でも、当の本人は眉間に大量の皺を寄せて不快だと顔に大きく書いているだろう。
そう思い、隣に立つジークさんを見上げる。
そして、その表情を見て私は凍りついた。
何と!
ジークさん、眼を細めて笑っているではないですか!
しかも嬉しそうに!

うへ。
このひと誰?

私は思わず後退ってしまった。
それを見たジークさんは、一瞬のうちにスンっと音をさせて無表情になった。

「何だ?」

あっ、いつものジークさんだ。

見慣れたジークさんに、逆にホッとしてしまう。

「いえ、ジークさんの着ぐるみを着た他人かと心配しましたが、本物だったようで安心しました」

私の言葉にジークさんの眉間の皺が増える。
そして口角を上げて、いつもの意地悪顔になった。

「婚約者殿が安心出来て何よりだ」

むっ?

「婚約は解消しました」
「同意していない」
「私に続ける気が無いのなら解消していいと言いましたよね?」
「そうは言っていない。忘れたのか?呪いが解けたあとの話だ」

あれ?
そうだっけ?
むう。

「ならば契約更改です!次に私を怒らせたら、その場で婚約解消です。いいですね?」
「いいだろう。望むところだ」

ジークさんはそう言うと、何かを企んでいる様子でニヤリと腹黒そうな笑顔みせた。

うっ、この顔が怖いんだよ、汗。

つい、近くに居たバラーさまに助けを求める視線を送る。
が、バラーさまは我関せずで、ただ眼を細めて私たちのやり取りを眺めているだけだ。
うーん、取り敢えず、これ以上私を蔑ろにしないとの言質は取った。
けれども、ジークさんのその黒い笑顔に、私は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
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