乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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竜眼で見たもの

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ジークさんのお屋敷に戻って目が覚めた次の日、約束通り私はたらふくご飯を食べさせて貰った。
食後のチョコレートケーキまでおかわりして気を良くしていると、私のふくらはぎに齧り付く生き物がいた。

「にゃー!!」
「クロ!」

会いたかったとばかりに床に屈んで両手を広げるも、当のクロはツーンと顔を逸らしてご機嫌ななめだ。
もしや、あの時置いていった事を怒っているのかな?
逃げ出すクロを追いかけ回し、やっとの思いで捕まえ抱き締める。

「ごめんね、クロ。もう、あんな風に置いていったりしないからね!」
「にゃにゃっ!にゃっにゃっにゃー!!」

抱き上げられて不機嫌さも増したのか、私の腕の中でジタバタしながらクロが何やら文句を言っている。
が、残念ながら何を言っているのか分からない、涙。

「ここ数日、コイツの愚痴ばかり聞いていた。ちゃんと慰めてやれ」

頭の上からジークさんの声が降ってきた。
床に跪く私に手を差し出してきたので、考えもせず右手を預けた。
ジークさんはその手を掴んでエスコートすると、私をソファーに座らせた。
彼は私のすぐ横に座ったが、右手は掴んだままだ。
クロを膝に乗せて首を傾げていると、ジークさんは胸ポケットから魔鉱石で出来たあの指輪を取り出した。

「ルナにつけていて欲しい。でないと、コイツの愚痴を毎晩聞かされる事になる」

ジークさんは私の右の薬指に指輪を嵌めた。
その途端、クロの声が耳に入ってきた。

『ルナのバカバカバカー!何で置いていくんだよっ!心配したじゃないか!僕との仲はそんな軽いものだったの?!』

あー。
ジークさん、ごめんなさい。
夜通しこれでは不眠になる・・・涙。
お疲れ顔のジークさんにちょっと同情する。

「ごめんね、クロ。もうしないから許して欲しいのだけど・・・」

目をウルウルさせてクロの顔を覗き込みながら、クロの頭を優しく撫でた。

『絶対だよ!今度やったら、ルナの頭に噛みついちゃうからねっ!』

きゃー、黒豹姿でそれは痛いからイヤ、汗。

「うん、もうしない。大好きよ、クロ」
『しょうがないなぁー。許してあげるよ』
「ありがとう、クロ」

助かったー。
黒豹クロちゃんの非常食になるところだった、はは、汗。
クロを宥めていたら、ジークさんに今度は左手を掴まれた。

「左にはちゃんと婚約指輪を贈る」

そう言うと、ジークさんは私の左手を持ち上げて薬指に口付けた。
自分の頬がくすぐったい。
そんな事、してくれなくて良いのだけれど、はは。

「嫌なのか?」

私が黙っていると、彼は眉間に皺を寄せて聞いてきた。
最近、何かと私に嫌かどうかを聞いてくるようになったジークさん。
そうか、私の意思を無視してきた事を気にしているのか。

「いえ、お気遣いはとても嬉しいです。ですが、私、左利きなので、いざと言う時は左パンチしちゃいますから折角の指輪を傷付けてしまいそうです。なので指輪は必要ないですよ」

それに、やっぱり呪いを解いた後はジークさんに自由になって貰いたい。
それまでの間、魔力交換の為とは言え、夫婦になるなんて頑張って私に合わせようとして欲しくない。
・・・そんな風に思ったら、何だかとても悲しくなってきた。
その理由も深く考えてはいけないと思った。

「俺がルナに贈りたいだけだ。傷付こうが構わない。勿論、傷の付き難いものにするが」

ジークさんは私の左薬指を指で摩りながら、表情の乏しいお顔をしている。
以前は、無表情のジークさんイコール不愉快の現れだと思っていたが、最近になってそうでは無いだろう事に気付いた。
そう、彼は不安に思っているんだ。
何度か見たこのお顔をしているジークさんは、私の返事を待っているんだ。
心配そうに。

今、彼を心配がらせても仕方がない。
私は本心とは違うことを口にした。

「分かりました。ゆっくりで良いですよ。また面白い仕掛けがあるのか、楽しみにしていますね」

そう言ってニッコリすると、ジークさんは無表情からフッと目元を緩めた柔らかいお顔になった。

「今日は前髪を上げているのだな」

ジークさんは私のおでこを指の背で優しく撫でた。
そんな甘い触れ合いをされたら、胸の奥が締め付けられてしまう。

「・・・ジークさんのせいで、頭のてっぺんの髪が焦げちゃったのでこうやって隠してるんです」

彼に心を読まれないように、私はわざと膨れっ面を作ってみせた。
ジークさんは甘い視線のまま、前髪を捻って頭のてっぺんで留めている髪留めに触れた。

「俺の瞳の色だ」

うん?
自分では見えないけれど、何となく視線を上にしてみる。

「黄金色の石はルナの髪によく映えるな」

そう言って、ジークさんは髪留めの石に口付けた。
急に頭のてっぺんが熱を持ってきた。

「もっと黄金色の装身具を贈ろう」
「そんな事してくれても、許してあげませんよ?」

赤くなる顔を誤魔化すように上目遣いで睨むと、ジークさんは目尻を下げてフッと笑った。
それを見て、私はますます悲しくなってきてしまった。
自分で自分が分からない。
・・・いや、嘘だ。
本当は分かっている。

ジークさんが私と居る事に拘っているのは、私が闇魔法使いで、竜眼持ちヴァルテンで、竜毒さんを宥められるからで。
ルナという人間を必要としている訳ではないのだと。
それが分かるから、悲しいんだ。

何だ、私って面倒臭い女なんだなあ。
自分で自分にがっかりする。

「どうした?」

ジークさんの声に、知らず知らず自分の眉間に皺を寄せていた事に気付いた。
面倒な思いを悟られたくなくて、私は話題を変えた。

「ゼインさんにお願いしましたが、曲者は見つかりましたか?」

ジークさんは一瞬険しい顔をしたが、直ぐに表情を和らげた。

「ああ、ルナのお陰で捕らえることが出来た」
「口元に黒子のある男はいましたか?」

私の言葉にジークさんは少し驚いたようだったが、思い当たったのか納得した様子で口を開いた。

「ああ、竜眼で見たのか?」

私が頷くと、ジークさんは大きな手を私の頭に乗せて撫でてくれた。 

「奴の名はエリオット・ライマー、伯爵家の三男だ。少々、面倒なモノを持っていた」
「面倒なモノ?」
「竜封じの玉だ。玉と言っても見かけは容器の形をしている、発動された魔法を吸収する器の事だ」

あの時、自分が見た予知夢のような光景の中で、その男はランタンのような物を翳していた。
では、ジークさんの魔法は彼らに効かなかったの?

「今までの俺であれば、魔法攻撃を封じられていただろう」

私が心配そうにジークさんの顔を見上げると、彼は私の頭を撫でていた手を頬まで下げてきた。

「だが、今の俺にはルナがいる。あの程度の玉で、俺の力が封じられる事はない」

どういう意味だろう?
はてなマークを頭に浮かべた私を見て、ジークさんは少し愉快そうな顔をした。

「ルナの力で与えられる生命力は、俺の身体を強靭なものにする。身体が竜に近付けば、その魔力も竜族のそれに近付き強大となってくる」

今まで向けられた事が無い程、ジークさんの金眼は優しかった。
その瞳に、ますます悲しくなってきた。
向けられているこの優しい瞳は、私を見ているのではない。
この身体の奥にある、特殊な力に向けられているのだと分かるから。

「竜封じの玉など、本来の竜の魔力からすれば子供騙しに過ぎない。俺の力は、未だかつて無く強まっている」
「それならば、その玉はジークさんにとって面倒なモノでは無いのですよね?」
「問題なのは、その玉の出所だ。国宝級の魔道具を一介の貴族が手に出来る筈も無い」
「では・・・」

ジークさんは私と視線を合わせながら頷いた。

「恐らく皇室が関与している。第一皇子派が最も怪しいが、それ以外の筋の可能性もある」
「でも、それ以外の皇族と言ったら皇帝しかいませんよね?」
「この国の貴族全てに気を許すことは出来ない」

ジークさんに味方は居ないのかな?
日々、命を狙われながら生きるのは、身体だけでなく心も蝕んでいく。

「大丈夫だ、心配するな」

私の心を読んだかのように、ジークさんは眉尻を下げて私の頬を撫でた。

「その何とか伯爵の三男坊さんは、今何処に居るんですか?」
「城の地下牢だ。治安部隊の管轄下にある」

以前見た予知夢のような光景。
あれは、いつの事なのだろう?

「どうかしたのか?」

考え込む私に、ジークさんが怪訝な顔で聞いてきた。

「その男の人を、以前別の光景の中で見たので・・・。私の見る光景が、過去の事なのか未来の事なのか、それがよく分からないんです」
「何を見た?」

真剣な眼差しの綺麗な金眼に、こんな時にも関わらず見惚れてしまう。

「何処かの神殿で黒いローブ姿のご老人をその男が襲って、何か大切に保管されていた物を奪い去っていくのが見えました。そう、・・・」

ふと自分の首から下がっている、バラーさまから頂いたペンダントに目が止まる。
竜の牙と言われたペンダントヘッド。

「・・・これに似た形をしていた気がします」

掌に乗せたペンダントヘッドから視線を上げると、ジークさんは眉間に皺を寄せて恐ろしい顔でこちらを睨んでいた。

うひっ!
こ、怖いーっ、泣。
私、不味いこと言っちゃったのかな、汗。

久しぶりに見たジークさんの至近距離からの怒り顔に、つい身体を引いてしまう。
彼はハッとして、仰反った私の背に手を添えてきた。

「済まない。ルナに怒っている訳ではない」

ジークさんは思案顔でソファーから立ち上がった。

「バラーに確認しなければならない事が出来た。数日留守にするが、屋敷から出るな。心配は要らない、ギルアドとニクスを残していく」

ジークさんと会えないと聞いた途端、何故か物凄い不安が押し寄せて来た。
焦って立ち上がると、部屋の扉に向かおうとしていたジークさんが私のもとまで戻って来た。

「何だ?俺が居ないと寂しいのか?」

ジークさんは、私の肩にかかった髪の毛を指で弄びながら口角を上げて意地悪顔を作った。
いつもならそんな訳あるかーと叫び出す私だが、今日は何だか胸の中がドロドロしていて自分がおかしい。
黙ったまま自分の感情を持て余していると、ジークさんは優しく私を抱き寄せて額に口付けた。

「直ぐに戻る。前みたいな無茶な行動はするな。やったら仕置きだ」

そう言って意味深な目を向けながら、ジークさんは指で私の唇を擦った。
何を意味しているのか分かった私は、思いっ切り顔から火を噴いてしまった。
悪戯が成功した様な顔のジークさんは、やたらご機嫌だ。

「ジークさんはやっぱり意地悪です!」

悔しくてそう言ってはみたものの、負け惜しみにしか聞こえない。
扉を閉める直前、ジークさんは振り返った。

「だが、悪くない意地悪だろう?」

彼は艶っぽい流し目で意地悪顔を作りながらそう言うと、私が何か言う前に扉を閉めてしまった。

うー。
腹黒美人の色気の破壊力が半端無い。
お屋敷に戻ってからというもの、ジークさんにはやられっ放しだ。
どうにかして仕返ししたい。
でも、その前に。

「ジークさん、無事に帰ってきて下さいね」

もう聞こえてはいないだろうけれど、それでも声に出さずにはいられなかった。
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