乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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皇帝陛下の来訪

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ジークさんが屋敷を発った翌日、意外なお方から手紙が届いた。
美しい飾り封筒に美しい文字で書かれた差出人の名は、アンリエッタ・グロードン。
あの毒茶会騒ぎでご一緒した美少女さんだった。

封を切って何々読んでみる。
ふむふむ、私の体調を気にしてくれている様子なのと、茶会での非礼を詫びたいのだそうな。

こんな状況でなければ喜んでお会いしたいのだが、生憎、お屋敷の当主であるジークさんが不在の中、またしても事を起こすわけにはいかない。
何せアンリエッタさまはジークさんの敵対する第一皇子の婚約者だ。
あの茶会での一幕で、彼女があの馬鹿皇子を信用していない事は大いに理解出来たが、彼女の家である公爵家はヤツの後ろ盾の一角だ。
謂わば政敵の一員とされてもおかしくない方を、美人さんと言えどもお屋敷に入れてはならないだろう、泣。
涙を飲んで、また今度ーっとお断りのお返事を書く。

それにしても、何故このタイミングなのか?
毒茶会からはひと月以上経っている。
お詫びの便りなら、事の直後に出した方が相手の心象も良くなるものじゃないのかね?
然も、またしてもジークさん不在の今ときたもんだ。
良からぬ事を企む輩がいると、私のチートな警報器がピコピコ鳴っていますよ。
あの美少女さんが悪事に関わっているとは思いたくないけれど。

ジークさんが戻って来るまで、私はこの引きこもり部屋から出るまいと心に誓い、クロとニクスさんとのんびり過ごそうと決めた。

「ジークさんは何を確認しにバラーさまの元に行ったのかな?」
『ルナの竜の眼で見たものを確認に行ったんじゃないの?』
「見たもの?」
『牙みたいなものだったんでしょ?』
「このペンダントの比じゃないくらい大きくて、柄があって剣みたいだったよ?」

床で腕立て伏せをしながらクロと話していると、ふよふよとニクスさんが漂って来た。

『むかーし、竜牙剣を見た事があるわねー』
「りゅうがけん?」
『アンタが見た剣じゃないのー?』
「そうなのかな?ニクスさんは何処で見たのですか?」
『あらー、何処でだったかしらー?忘れちゃったわ。歳は取りたくないものねー』
「ニクスさんはお幾つなんです?」
『淑女に年齢聞くのは失礼よー』
「忘れてしまう程、遥か昔からこの地にお住まいなのですね」
『ホント、アンタって可愛くないわねー』
「ジークさんと初めて会った時も同じ事を言われました」
『ふたりとも、話が逸れてきているよ』

クロに言われておやっと考える。
何の話をしていたのだっけ?

『竜牙剣!』
「ああ、ソレソレ」
『ニクスは何処で見たのさ?』

クロがニクスさんに問いかける。

『うーん、竜になった皇帝に突き刺したら戻ったような・・・?』
「竜になった皇帝がいたの?」

ニクスさんの言葉に興奮して聞き返した。

『いたけどその剣で刺されて人型に戻った後、死んじゃったわよ』
『それって怨嗟竜だったって事?』

クロが私の聞きたい事を聞いてくれた。

『そうだったかしらー?お隣の国を侵略しようとして止められたのだったかしらー?』

そう言えば、以前、皇室図書館で司書のマーシャルさんが教えてくれたような?
過去に一人だけ、竜になった皇帝が居たと。
でも、確か英雄扱いだった様な気がするのだけれど?

怨嗟竜となったら聖剣では戻せない・・・。
バラーさまはそう言っていた。
その昔、竜になったジークさんを聖剣で戻したとも言っていたけれど、あれは多分、怨嗟竜にはなっていなかったのだと思う。
そこまで竜に意識が奪われてしまったら、聖剣は役に立たないのかな?
で、代わりにその竜牙剣とやらが怨嗟竜を封じる事が出来るとか?

・・・で、あるならば、誰が何の目的でそれを持ち出したのか?
怨嗟竜を葬る竜の牙の剣。
ジークさんを怨嗟竜にして消し去るとか?

『どの道あの剣は聖剣と一緒で、普通の人族が持っていても、ただの先が尖った牙なだけよー』


そうなの?

『でも、その竜を止める事が出来たんでしょ?誰が使ったのさ?』

クロの質問は的確だ。
ニクスさんと話していると脱線しがちな私と違い、知りたかった事を余計な言葉を挟まず聞いてくれる。
クロがニクスさんに聞き返すと、ニクスさんは考え込んだ。

『皇帝の兄弟だったような気がするけど、忘れちゃったわー』
「つまり、持ち去った輩はその剣の使い道を知って、ジークさんに文字通り牙を剥こうとしているって事かな?」

皇帝の兄弟?
皇族なら竜牙剣を使えるという事?
第一皇子が使えるなら、奴の手に渡るのはマズイ。
あのホクロ男は、第一皇子の手先なのか?
ジークさんに色々聞くのを忘れてしまっていた。
情報が少ない。
戻ってきたら教えてもらわないと。

そんな事を考えていたら、執事さんが慌てた様子で引きこもり部屋にやって来た。

「どうなさいました?」

普段、慌てる所を見た事の無い執事のフレンツさん。
落ち着きのあるロマンスグレーの60歳、執事歴も40年近いという。
そんなベテランの彼が慌てる程の事件が起きたのか?

「取り乱してしまい、申し訳ございません。実は、皇帝陛下がお嬢さまにお会いしたいと我が屋敷にお越しなのです」

は?
何ですと??

「ご来訪について先触れはあったのですか?」
「ございませんでした。ご当主のジークバルト殿下がご不在とお伝えしたのですが、お嬢さまに御用がおありとの事で、お断りする訳にもいかず・・・」

皇帝よ、何しに来た?
本当はジークさんに用があったけれど不在なので、折角来ちゃったから毛並みの変わった生き物でも見ていくかー的なノリか?
第一皇妃に第一皇子、そして皇帝。
皇族皆が私を珍獣扱いしている気がする、涙。

待たせる事も出来ず、仕方なくドレスだけでも上等なモノに着替える。
部屋を出ると扉脇に立つジークさんの側近のデンゼルさんことゼルさんが頭を下げてきた。
いつもならジークさんに付いて行くところを、ジークさんが私を案じて警護の為に残してくれたのだ。

「如何なさいました?」

ゼルさんはジークさんとほぼ身長が同じくらいで高く、いつも見上げる程だが、今は腰を折ってくれているので普段より目線が低い。
ジークさんと同じ黒髪だが癖が無く、長いサラサラ髪を後ろで一つに束ねている美形さんだ。
しかし、アイスブルーの瞳は笑う事がほぼ無く、綺麗なお人形さんのようで少し近寄りがたい。

「皇帝陛下がおいでのようです。ご挨拶に参ります」

ゼルさんは一瞬眉を寄せたが、直ぐに無表情のお人形顔になった。

「お供致します」

そう言って私の前を歩き出した。
階下の貴賓室まで来ると、皇帝のお供の護衛さんが二人、扉の前に立っていた。
この屋敷はジークさんの邸宅の筈だが、皇帝が居ると言うだけで彼に占拠されている気がする。
自分はただ連行されて来ただけの居候なのだと分かっちゃいるのだが、我が家を乗っ取られた様な気分になって面白くない。

執事さんが私を連れて来たと伝えると、扉の向こうから入室の許可の声が聞こえて来た。
扉が開かれた貴賓室は、私の引き篭もり部屋の3倍はあろうかと思われる広さと天井の高さだった。
部屋の真ん中には白い猫脚に真っ赤なビロードクッションの豪華なソファーが置かれ、優雅に脚を組んで茶を飲む皇帝の姿があった。
私は扉から部屋に一歩入ると、その場で頭を下げ淑女の礼をとった。

「皇帝陛下の御来訪、心より御礼申し上げます」
「良い、今日は公の訪問では無い。こちらに座るがいい」

執事さんに案内され、皇帝の対面にあるソファーに腰を下ろす。
姿勢を正して皇帝に顔を向けると、彼は視線を私の背後に向けてフッと口元を緩めた。
私はチラッと後ろを振り返りその視線の先を確認すると、背後に控えて立つゼルさんが頭を下げていた。


わざわざゼルさんを見た?
知り合いなのか?

「先立っての魔族討伐の労いに立ち寄ったのだが、生憎ジークは不在と聞いた」

皇帝は夜会で会った時と同じ、緑の深い瞳で穏やかな表情だった。

「御足労頂きましたのに、大変申し訳ございません」

彼の言葉尻にも特にジークさんの不在を責める様な印象は受けない。

「私用で外出した先、ふと思い立ったのだ。先触れも寄越さず押し掛けたとあっては、後でジークに怒られるのは余の方だ」

そう言って目尻に皺を寄せて笑う顔は、優しいお父さんのそれに見える。
それにしても、私に何の用があるんだ?
息子の嫁(偽?)になるやも知れぬ小娘と、気まぐれにちょっとコミュニケーションをとってみようとでも思ったのか?
腹芸才能ゼロの私は愛想笑いすら出来ず、不敬と知りつつもマジマジと皇帝を見つめた。

「其方の瞳は美しいな。ジークは幸運だ、其方と巡り会えるとは」

あの夜会の時と同じだ。
私の瞳に竜眼持ちヴァルテンである何かが、皇帝には見えているのか?
脚を組み替えながら皇帝はまた口元を緩めたが、何故だろう?
緑の瞳が少し濃さを増した様な?

「勿体ないお言葉でございます」
「聞くところによると、此度の遠征にも同行し力添えをしたそうだな」


力添え?
何の事だ?

答えられず目をパチクリしていると、皇帝は愉快そうに笑った。

「愛らしい姿に合わず、山のように積み上がった岩を軽々と吹き飛ばしたのであろう?」

ぎょっ!
何処からそんな話が・・・汗。

「機嫌を損ねれば皇子と言えども容赦しない、無敵の婚約者と評判だぞ」

ぎょぎょっ!!
マジですか?!
腫れたお顔のジークさんを見た部下の皆さんが、そんな噂をしているのか?
・・・まあ、ほぼ事実ですが、汗。

「陛下におかれましては、お耳汚しを大変申し訳ございません。我が身の立場を弁えぬ行動、心よりお詫び申し上げます」

ジークさんをぶん殴ってしまいましたからね、ははは。
でも、あれはジークさんが悪いと思うのだけどね、無理矢理、その、するから・・・ううー。

テントで喧嘩した時の記憶が甦り、また全身の血が顔に集まってくるような錯覚を覚える。

いかん、いかん。
平常心、平常心。

私がひとり百面相をしている様子を見て、目を細めて皇帝は愉快そうに笑った。

「彼奴には不遇な思いを強いて来た。これからは其方とふたり、穏やかに過ごして貰いたい」

ジークさんがどう育って来たのかはよく知らない。
あんな連中が血の繋がった家族だったのだ。
文字通り不遇な幼少期だったのだろう。
皇帝はそれを後悔しているのかな?
ジークさんを気遣う言葉にほっこりする。

「殿下は陛下と同じ竜の血を継ぐ尊いお方。殿下の安寧の為、微力ながらお支えして参ります」

ジークさんを大切に思ってくれている様子が嬉しくて、私は皇帝にニッコリ微笑みながら定型文を口にした。
が、次の瞬間、彼の表情を見て私は固まってしまった。
温かく深みのあった緑の瞳が、真っ黒に見えたのだ。
その視線は、私に向けられているような、何処か遠く別の空間に向けられているような深淵さを覚える。
座っているのに、立ちくらみの様な眩暈を感じ冷や汗が滲んだ。

一度瞼を閉じて深呼吸し、もう一度皇帝の顔を見た。
その瞳には闇のような黒さは無く、最初に見た時と同じ穏やかな緑色をしていた。

今のは一体何だったの?
あれは幻だったのか?

『ルナ?大丈夫?』

引きこもり部屋に居るクロが、念話で心配そうに語りかけて来た。

『大丈夫よ、ありがとうクロ』

皇帝も竜族の血を引いている。
何か魔法を使えて当たり前だ。
気を引き締めなければ。

「竜の血か」

皇帝は視線を外してそう言うと、また私を見て可笑しそうに口の端を上げた。
まるで嘲笑っているかの様に歪んで見える。

「もし、ジークバルトに害成すものが現れたら、其方はどうする?」

馬鹿にした顔で見たかと思えば、今度は真剣な顔で聞いてきた。
一体、何が言いたいんだ?

皇帝は直ぐに答えようとしない私を、急かす事なくじっと見つめた。
彼の意図が分からない。
どれが彼の正解なのかも分からない。
だからこそ、自分の考える正解を言うしかない。

「力の限り排除します」

私の答えに、皇帝は目に見えて満足そうな表情になった。
これが正解なのか?

ジークさんの父親を安心させる事が出来たと、勝手に嫁気分になっていた私は、一瞬感じた皇帝への違和感に蓋をしてしまった。
それが大きな間違いだったと気付かずに。
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