乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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美少女公爵令嬢さん襲来? 2

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室内の温度が一気に氷点下になったような寒さだ。
後ろに控える執事のフレンツさんや護衛のアルバートさんをはじめ、侍女さんたちも顔には出さない分、怒気を孕んだオーラを出しているような気がする。

そりゃそうだ、敵対勢力がノコノコやって来たと思ったら、お宅の皇子サマはか弱いのでウチが守ってあげますよーなんて親切の押し売り宜しく上から目線で来られたら腹も立つ。
ここに居る人間以上に身内のクロが、膝上で激しく威嚇し始めている。

『なんだこの女!馬鹿じゃないのか!!』
『クロ、落ち着いて、お願い』

美少女さんの頭に噛り付かれたらたまらない。
念話でクロを宥めながら、それでも美少女さんから眼を逸らさなかった。
青い瞳は深く澄んでいてとても綺麗だ。
でも、口元は引き結ばれて少し歪んで見える。

「ひとつお伺いしても?」

笑顔を崩さず公爵令嬢さんに問いかけた。
彼女が小さく頷いたのを確認して口を開いた。

「そのお話は、既に第三皇子殿下にお伝えしていらっしゃるのですか?」
「いえ・・・」
「何故、殿下ではなく私にお話しになったのですか?」

美少女さんも私から視線を逸らさなかった。
美人さんの目力は凄いな。
そんな強い目で見据えられたら、オバサンはドキドキしてしまいます。

「他国の、然も男爵家では殿下のお力にはなれません。帝位に就く方をお支え出来るのは、帝国内の大貴族である我が家に他なりません。ですが、貴女さまは男爵令嬢とは言え、第三皇子殿下の婚約者。既に誓約なさっている方に瑕疵をつくっては、今後、貴女さまの婚姻も難しくなりましょう。我が家が手を尽くして、良いように計らいます」

うーん、そう来たか。
仰る内容は至極最もです、はい。
ジークさんよりも先に話して、根回しをしようという意図か。

でも、何だろう?
ツンケンした公爵令嬢なら、身分の低い私など無視してジークさんに直談判しそうだけどな。
ひょっとして、私の事を気にかけてくれたからこそ、先に話してくれたとか・・・?
自身のメンツも顧みず、コソコソ隠れて私如きに会いに来るなんて、こちらとしては相手にしてもらえているようで嬉しくなる。
まあ、大っぴらに第一皇子から第三皇子に乗り換えるなんてしたら他の貴族からも反感買うだろうから、こうして隠れて来ただけかも知れないけれど。

「私へのお話は他にございますか?」
「ございません」

公爵令嬢さんは、話し終えた後も両の瞳に入った力が緩められない様子だった。
私の出方に緊張しているのかな?

「それでは、私から・・・」

私は笑顔から一転、公爵令嬢さんを思いっ切り睨みつけた。

「ひとつ、貴女さまが次期公爵家当主だとするならば、礼を重んじ第三皇子殿下にまず書簡をお送りするべきです。貴女さまが次期公爵家当主であるという証が見えません。そのような方と、軽く口約束など出来ますか?家門を出してのお話は、確たる印章をもってなさるべきです」

私を見る美少女さんが、青い瞳を揺らした。

「ふたつ、貴女さまが政略的姻戚関係をお考えであれば、ますます私のような地位無き者にこの様な大事を最初に話すべきではありません。高く遇するべき第三皇子殿下に配慮を欠く行動は、殿下を侮っていると周りに捉われかねません」

更に、青くなる公爵令嬢さんに畳み掛けた。

「みっつ、第三皇子殿下の後ろ盾と仰いましたが、勢力を削がれつつあるグロードン家だけで何が出来るのですか?帝国内には数千を超える貴族位の家門がございます。グロードン家が第三皇子殿下を擁立するとして、一体幾つの家門を取り込む事が出来るのですか?逆に、第一皇子殿下から鞍替えする姿勢を悪し様にとられ、第三皇子殿下の評判を落としかねません。寧ろ、堕ちゆく公爵家が第三皇子殿下に縋り付いているように見えます。これが後ろ盾と言えるのですか?」

私のお説教にも似た言葉に、蒼白になった美少女さんは青い瞳を潤ませて固まっている。

「そして、これは、同じ女性である私からの確認です」

淑女らしからぬ喉を鳴らして耳を澄ませる美少女さんに、つい笑みが溢れる。

「これは貴女が幸せになれる道なのですか、アンリエッタさま?」

美少女令嬢さんは眼を見開いて、呼吸も忘れたように動かなくなった。
部屋にいる誰もが美少女さんの言葉を静かに待っている。
すると、動かなくなった彼女の青い眼から真珠のように綺麗な涙がポロポロ落ちてきた。

ひょー、何と美しい光景だろう!
つい、抱きしめたくなる衝動に駆られる。
が、女の私がそんな事をしたら、美少女さんに嫌われてしまう、涙。

「・・・私には力がありません」

彼女は俯き、小さな声で話し始めた。
先程までの凛とした姿は無く、今は頼りなさそうなひとりの少女に見える。

「女の私では爵位を継げません。私に出来る事と言えば、一族を強固にするための政略結婚を結ぶ事だけです。私の意志など不要なのです」

ああ、やっぱりこの美少女さんは素敵な子だった。
自分で道を切り拓きたいと思っているんだ。
私の審美眼?は確かだ、ふふふ。

「アンリエッタさまは、私に力が無いとお思いですか?」

俯いていた顔を上げた美少女さんは、これ以上泣きたくないと抗っているように両眼に力を入れている。

「私も女です。更には田舎の男爵家の者ですわ。それでも、今の私には力があります」

私は立ち上がり、公爵令嬢さんの座るソファーまで行って彼女の足元に膝をついた。

「私にはやりたい事が、叶えたい望みがあるのです。それが私を突き動かす力の源です」

美少女さんの両手を握り、涙で濡れた綺麗なお顔を覗き込む。

「アンリエッタさまのやりたい事、叶えたい望みは何ですか?」
「わたく、し、の、望み・・・?」
「誰かの為に何かをなさるのは素敵な事です。けれども、そこに貴女自身の幸せが無ければ、その誰かも喜びはしません」

美少女さんは瞬きもせず、青い瞳を揺らしながら私を見ている。

「誰が貴女の人生を代わりに生きてくれるというのですか?貴女の代わりなど、この世界の何処にも存在しないのに」

公爵令嬢さんは驚いたように大きく眼を見開いた。

「誰のものでもない、貴女だけの人生です。貴女が幸せになることを一番にお考えください」
「・・・親の、一族の声に反する事でも?」
「親であろうと、一族の者であろうと、貴女のこれから全てに責任をもってくれる方はおりません。それが夫となる方でもです。貴女自身が、ご自分に責任をお持ちください」

私の言葉に、彼女は眉尻を下げて辛そうなお顔をした。

「・・・私はもう、誰かの言いなりになりたくは無いのです」

アンリエッタさまは消え入りそうな声で囁いた。
公爵家の意向で第一皇子の婚約者になったのだろう。
あんな馬鹿皇子の婚約者を何年も耐え忍んで努めてきたのも、お家の為だったのだろう。
自身の意志を押し隠して。

「お力になる事は出来ます。まずは、アンリエッタさまの叶えたい望みを描いてみてください」

私はポケットのハンカチを取り出して、美少女さんの涙で濡れたお顔に当てた。
アンリエッタさまは一度眼を閉じて深呼吸すると、今度は眼を開いて花が綻ぶように笑った。

「貴女の方が歳下なのに、私のお婆さまの様な事を仰るのね」

失礼な事を笑いながら言うアンリエッタさまは、何処か憑き物が落ちたような晴れやかなお顔になった。
間近で見る美人さんの笑顔の破壊力は絶大だ。
女で、中身オバサンの私でも赤面してしまう。
いや、美少女さんにはバーサン認定されたけれど、笑。

「また変なお顔をなさってるわ」
「よく言われます」

毒茶会で初めてお会いした時の会話を思い出して、ふたりでクスクス笑い出してしまった。

「今日のお話はここまでですわ。アンリエッタさまのやりたい事が纏まりましたら、いつでもご連絡下さいませ」

美少女令嬢さんはハンカチを目元に当てながら頷いた。

「もちろん、ジークバルトさまと一緒になりたいと仰るのでしたら、私も全力で迎え撃ちます。お覚悟なさいませ」

笑いながらそう告げると、アンリエッタさまは口を開けて笑い出した。

「それは難しそうですね。始めから私には勝ち目が無さそうです」
「まあ、やってみなければ何事も分かりませんよ」

ジークさんとアンリエッタさまが並んだら、美男美女でさぞ映えるだろう。
だが、しかし、今は竜毒さんとの和解が先決だ。
その為には、私がジークさんから離れる訳にはいかない。
美少女さん、それまでは許しておくれ。

「失礼な事ばかり申し上げました、どうかお許しください。・・・それでも、ヴェルツ令嬢さまにお会いできて良かった。またお話してくださいますか?」
「ルナとお呼びください。勿論です!楽しい人生の為に、お互い頑張りましょう」
「ありがとうございます、ルナさま」

アンリエッタさまの笑顔で、部屋の張り詰めていた空気も穏やかなものに変わった。
ひと先ずは、大事にならなくて済んだかな?
執事さんにアンリエッタさまの帰りの馬車の手配をお願いする。
馬車を待つ間、目の前の手つかずのお茶は冷めてしまったので、ジェニファーさんに淹れ直してもらうようお願いした。
と、そこへお屋敷の侍女さんが赤いバラの花束を持って入って来た。

「お嬢さまへのお見舞いだそうです。・・・ただ、差出人の名前がございません」

見事なバラの花束だが、黒みがかった赤色で何だか毒々しい。
送り主の名も分からないなんて、ちょっと嫌な予感がしないか?

私はソファーに座ったまま、侍女さんからメッセージカードを受け取った。
白地に金の飾り枠が押された高そうな封筒だ。
侍女さんに封を切ってもらい封筒の中身を取り出す。
少し厚手の白地のカードは二つに折られていた。
何の疑問も持たずカードを開くと、何も書かれていない、ただの真っ白な紙だった。


何だこれ?

私が黙って首を傾げていると、後ろに控えているアルバートさんも覗き込んできた。

「どうなさったのですか?」

正面に座るアンリエッタさまも心配そうだ。

「それが、何も書かれていないただの紙なのです」

顔を上げて美少女さんにそう伝えてから、また手元のカードに眼を落した。
と、その瞬間、左眼の奥に焼けるような痛みを感じ、咄嗟にカードから顔を離した。

?!
一体何が・・・?

カードの中心からは青白い光と共に幾何学模様が浮かび上がってきた。
これは、いつか左眼に浮かんだ魔法陣・・・?

『ルナ!見たらダメだ!!』

焦った様子のクロが膝上に駆け上り、私の手にあったカードを叩き落した。
けれども、青白く光る魔法陣はカードから離れて浮き上がり、円を大きくしながら私の身体に覆い被さってきた。

?!
うそ?
こんな魔法聞いた事が無い・・・!

私を守るように緑の竜巻が魔法陣に向かって行くが、魔法陣は大きさを増して竜巻を捩じ伏せてしまった。

『くっ!』

ニクスさんの歯軋りする声がする。
魔法陣の光が強くなり辺りの景色が見えなくなると同時に、自分の身体がぐにゃりと溶けて形が崩れてしまうような感覚を覚えた。

『ルナ!!』

クロの叫び声が聞こえたのを最後に、何かに吸われるように私の意識は暗闇の中に吸い込まれていった。
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