乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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皇帝との会食

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差し出された手を取らずに黙ってデンゼルさんを見つめる。
整った顔はイケメンの部類に入るだろうが、能面顔で最初から苦手だった。
その彼が、この魔障壁の建物内に居る理由は二つのうちどちらかだ。
ジークさんに指示されて助けに来てくれたか、ジークさんを裏切り敵の手先としてここに居るか。
ヒロインでチートである私の勘は当たるのだ。
本能的に苦手意識があったイコール、こいつは胡散臭い輩だと。
彼がここに居る理由は十中八九、後者だろう。

折っていた腰を真っ直ぐにして、デンゼルさんは無表情で私を見下ろした。
身長差はあるけれど、私は負けるものかと睨み上げた。
理由も分からず連れ出されてなるものか。

「主さまがお待ちです」
「貴方の主さまは第三皇子殿下では無かったのですか?」
「お会いになれば分かります」
「私にその気はございません」
「手荒なことはしたくありません」

互いの主張は平行線だ。
この人と戦っても、状況が掴めていない私には分が悪い。
大仰に溜息を吐いて渋々同意してやる。

デンゼルさんは私に背を向けて、追て来いとばかりに歩き出した。
不愉快も露わに静々と、暗闇の中をゆっくり時間を稼ぎながら歩いてやる。

『毒ちゃん、ここが何処だか分かる?』

念話でドレスの胸元に匿っている毒ちゃんに聞いてみる。

『真っ暗で分からん』
『匂いとか、野生の勘とかで分からない?』
『元々我はカエルではない!』
『なら、大いなる竜の魔力で分かる事はないの?』
『ルナが我から力を取り上げただろうに!』
『ここで怒っていては、二人して脱出できなくなっちゃうわ』
『むむ・・・』

毒ちゃんは、私と同じで気が短い。
類は友を呼んだのか?

『ただ、土の中のように湿った感覚はある』
『やっぱりカエルさんの勘はあるのね』
『そんな訳があるか!我ら竜族は卵に宿りし時、地の下で大地の力を糧に育つ。その大地の香りがするのだ』

と言う事は、ここは地下なのか?
毒ちゃんの言葉に考え込んでいると、前方を歩いていたデンゼルさんが急に立ち止まり私を振り返った。
毒ちゃんとの会話が聞かれたのかと思い、立ち止まって身構える。

「あの時、何故、あの名を口にしたのです?」

は?
あの名?
何の事だ?

「仰っている意味が分かりません」

意味不明な行動に意味不明な言葉。
理由や状況の説明も無しに連れ出しておきながら、自分の知りたい事だけを要求する。
その姿勢にムカついた私は、片眉を吊り上げて抗議した。
私に聞いても無駄だと分かったのか、それ以上問いかけて来る事もなく、彼は前に向き直り再び歩き始めた。

暗がりの中をどのくらい歩いただろうか?
闇は時間感覚も麻痺させてしまう。
前方のデンゼルさんが足を止め、侍女さんがした時と同じように暗闇の中に手を翳した。
そこに一際大きな背の高い扉が現れ、デンゼルさんは扉に向かい声を上げた。

「ご令嬢をお連れしました」
『入れ』

聞いた事のある威厳に満ちた声が暗闇に響いた。
許可の後、扉が左右に軋みながら開かれ、その向こうは灯りで眩しい世界だった。
暗闇にいた私の眼は痛み、思わず眼を細める。
眼が明るさに慣れてくると、そこは豪奢な内装や調度品が置かれた広い晩餐室だと分かった。

高い天井には大きなシャンデリアが等間隔で下げられ、壁に幾つも取り付けられている飾り照明と共に虹色の光を部屋に投げかけていた。
これだけ明るくしているのは、壁に一つも窓が見当たらないからのか?

広い室内に置かれた長テーブルの上座には、声の主である男が和やかな表情で椅子に腰掛けていた。
彼の椅子の傍には熊のように大きな銀色の狼が座っている。
よく見ると背中にも立派な翼がある。
瞳は真っ赤で魔獣のようだが、こんな生き物は見た事がない。
銀狼は飛びかからんばかりに姿勢を低くすると、牙を剥いて低く唸りながら私を威嚇してきた。

「よく来た」

来たくて来たんじゃあないよ、怒。
この仕打ちに笑顔など不要だろう。
私は返事もせずに、目の前にいる皇帝に淑女の礼をとった。

「積もる話もある。こちらに来て共に食事を摂りながら語ろうではないか」

銀狼の頭を撫でながら皇帝は不敵に微笑んでいる。
積もる話だと?
余裕の男に益々腹が立つ。
置かれた状況に腹芸が出来ない自分にも苛立つ。

促され室内に入ると、デンゼルさんは扉の脇に立ち頭を下げた。
室内に居た侍従に椅子を引かれ、皇帝の対面に座った。
テーブルにはディナーのセッティングがされている。
皇帝は私の眼を見ながら緑の瞳を細め、愉快そうに笑った。

「其方を拐かしたとあっては、さぞやジークも激怒する事だろうな」

分かっていてやっているのだろうに。
どんな態度をこの男に取ろうが、私の運命は変わらない。
媚びたり敬ったりする必要など既に無い。
私は無表情で黙ったまま皇帝を見ていた。
侍従が皇帝のグラスに赤いワインを注いでいく。

「其方の瞳は誠に美しい。近年、これ程麗しい力を持つ闇魔法使いは存在しなかっただろう」

やはり、私が闇魔法使いヴァルテンだと気付いていたのか。
ルシュカン族の長として、私を抹殺したいのか?

「其方と出会い、ジークは大きな希望を得たに違いない」

皇帝は、私のグラスに侍従が注いでいく赤ワインを見ながら、その緑の瞳を濃くしていった。

「その希望を失った時、彼奴の絶望は如何程であろうな」

私に視線を向けると、祝杯とばかりに彼は自分のグラスを掲げワインをひと口飲んだ。

「其方も飲むが良い」
「祝杯をあげる理由がございません」

最後の晩餐を楽しめとでも言うのか?
冗談じゃ無い。
生きて戻って、ジークさんのお屋敷でたらふく飲み食いするのだ。
こんな所で不味い飯など食べてられるか!

ツンとした私の態度に、皇帝は口元を歪めて笑った。

「真っ直ぐな娘だ。あれが執着するのも頷ける。そうそう、礼を言わねばな。其方のおかげで邪魔な物を排除する事が出来た」

何の事なのか、よく分からない。
もうこの国の男たちの言葉足らずには脱帽だ。
聞き直すのも面倒で、益々私は無表情になった。

「約束通り、其方は全力で邪魔な物を排除してくれた。あの剣はジークにとって不要の物だ。其方の働きで彼奴の力を解放する事が出来る」

あれ?
闇魔法使いである私を殺したいんじゃ無かったの?
話が見えてこない。

「憎き獣の牙などこの世界に不要だ。全てを静粛する為に、解放された彼奴の力を封じる物などあってはならんのだ」

全てを静粛?
何だか物騒な言葉だ。
満足そうに笑う皇帝に、私は眉を顰めた。

「ひとつ、昔話をしよう」

ワインを飲む皇帝の前に前菜が運ばれて来た。
私の目の前にも同じように白身魚の盛られた冷菜が置かれたが、全く美味しそうに見えない。
運ばれて来た料理に手を付けてもいないのに、侍従は次々と料理をテーブルに並べていく。
まるで見せ物のように置いていくだけだ。

「この国には呪われた風習がある。忌わしい竜の血を色濃く受け継ぐ者に刻印する、降竜の儀だ。だが、過去に刻印を免れた者もいた。彼等は長じて呪われたその力に苦しめられる事になった」

ジークさんもその一人だ。
皇帝の緑の瞳が、以前見た時のように少しずつ黒くなっていく。

「皇帝の未来を約束されていた筈の彼は、忌まわしい力が発現した事からその座を追われた。後に据えられたのは力を持たない弟だった」

ジークさんのことでは無い。
一体誰の事を言っているのか?

「弟は歳の離れた兄を敬い慕っていた。兄の美しい婚約者と3人で幼い時分を楽しんでおった。そんな最中の出来事だ、弟は戸惑いはあれど好機だと思ったのだ」

うん?
なんか心当たりがあるような・・・?

「愛しい者を得られる好機だと」

皇帝に真っ黒に染まった瞳を向けられゾッとした。
その瞳で見据えられると、頭の奥で何かが蠢く気がする。

「弟は愛しい者を手に入れようと考えていたが、彼の者は狂いゆく兄を救う事を望んだ。それに我慢ならなかった弟は、手助けする一方で兄の死期を早めようとした」

あの時、過去で彼女ルーネリアの中にいた時、彼女の髪に触れた少年の瞳と重なる。

「だが、彼の者は最後まで兄から離れようとはしなかった。あの忌まわしい竜の血で狂い落ちてゆく男から」

ワインをまたひと口味わった皇帝は席を立つと、私の方へと歩き出した。
頭の中で音が響くようにガンガンと頭痛が強くなっていく。

『ルナ、魔眼だ!視線を外せ!奴の眼を見るな!』

毒ちゃんの焦った声が頭の中でするが、視線が固定されてしまい自分の意志で動かせない。

「あの呪われた血が美しいとまで言ったのだ。呪詛の何物でも無い、竜の血をな」

優雅に歩く皇帝は、魔物のように口を歪ませて不気味に微笑んでいる。
座っている私の横に立つと、椅子の背に手を置いて身体を屈めて顔を近付けてきた。

「美しい女だった。美しく、そして愚かな女だった、竜の血を崇拝するなどな。望めば全てを手に入れてやったものを」

皇帝は顎を掴むと、無理矢理私の顔を上げさせた。
真っ黒な瞳が覗き込んでくる。
頭痛と吐き気で全身から冷や汗が吹き出してきた。
抗おうとするのに、身体が金縛りにあっているようで指の先すら動かせない。

あの時会った少年は、今、目の前にいる。
彼女ルーネリアの中で感じた違和感、それは少年アルの歪んだ恋慕だったのだ。

「余は決めたのだ。醜悪な竜の血など、この世に一滴も残さぬ。全て無に返すとな」

私の顎から乱暴に手を離し、皇帝はまた自身の席へと戻っていく。

「その為にはこの世を造り変える彼奴ジークバルトの力が必要なのだ。その贄に、其方が必要だという事もな」

そう言ってテーブルに置かれた分厚い肉の塊をナイフで突き刺し、傍に控える銀狼に放り投げた。
銀狼は咆哮を上げて肉の落ちた床に駆けていくと、鋭い牙で肉を引き裂きながら貪った。
それを見た皇帝は眼を細め愉快そうに笑っている。
まるで、お前も同じ運命だと言いたげに。

椅子に深く腰掛けた皇帝は、またグラスを持ち私に向かって高く掲げた。
身体の中心が冷たくなり、気が遠くなっていく。

『ルナ!しっかりしろ!』
「怨嗟竜となったジークはさぞ美しいであろう。その姿を見る事が叶わぬ其方は、誠に残念であろうな」

毒ちゃんの叫び声と皇帝の陶酔した声が重なる中、私の視界は真っ白になった。
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