乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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皇帝アルスランドという男 1

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皇城に着くと直ぐに皇帝の私室に案内された。
普段の呼び出しでは謁見の間に通されていた。
初めて訪れた皇帝の私室は、昼間だと言うのに厚いカーテンが引かれ室内は薄暗かった。
所々に置かれた燭台の灯りで調度品の影が伸びる広い部屋の奥、ウィングバックのソファーに脚を組んで座る皇帝が居た。
俺の姿を見ると、目尻に皺を寄せていつも見せる笑顔を向けて来た。

「待っていたぞ、ジークバルト」

臣下の礼を取り案内されるままに、丸テーブルを挟んだ向かいのソファーに腰を下ろす。
テーブルにはデカンタの中に入った赤ワインが置かれ、皇帝は手に持つグラスを呷り中身のワインを飲み干した。
侍従が俺の前に置かれたグラスにワインを注いでいく。

「今日という日は誠に喜ばしい。其方も飲むが良い」

デカンタを持った侍従が、空になった皇帝のグラスにもワインを注ぎ足した。
グラスをこちらに向けて掲げる皇帝を俺は黙って見つめた。

「其方といい、あの娘といい、酒席を愉しむ事を知らんのか、残念な事だ」

皇帝は嘆息しまた一口呷る。

「俺を呼び出した要件は?」

最早この男に敬語を使う必要は無い。
俺は単刀直入に聞いた。

「そう急くな。其方とは親子水入らず、もう少し昔話を楽しみたいのだ」

ルナを想えば時間が惜しい。
だが、感情を揺さぶられたら相手に付け入る隙を与える事になる。
俺は努めて冷静になろうとした。

「其方には申し訳ない事をした。力も才能も無い皇子とは名ばかりのあの愚か者第一皇子が、随分と迷惑をかけた様だな。あれには罰を与えた故、もう二度と其方の邪魔をする事は無かろうよ」

自分の息子を手にかけても、何ら良心の呵責は見えない。
まるで、床に居た虫を踏み潰した様な清々しい言い方だ。
皇帝はまた一口飲んで口を開いた。

「其方と出会う前、あれ以外に余には期待した息子が二人居たのだ。だが、あの愚か者第一皇子はその浅ましさから次男を殺した。余は次男の亡骸に誓ったのだ。を大切にするとな」

皇帝の緑の瞳が濃く深く変わっていく。
奴は俺の反応など気にしてる風でも無く、ただ自分の話したい事だけを口にしている。

「次に産まれた待望の息子は死竜紋を持っていた。その為、愚かな第三皇妃によって迫害され、自ら命を絶ってしまった。あれ程悔やまれた事は無かったぞ」

第四皇子のリアン。
狂人化の宣告である死竜紋がその身に出現し、母親に疎まれ神殿に送られた。
彼と会った時、腹違いとは言え互いに兄弟だとは思いもしなかった。
あの時、俺の身体に竜の血が流れていると知っていれば、彼に何か掛けてやれる言葉があったのだろうか?

彼奴リアンには大きな役目を期待していたが、気が弱く荷が重いと危惧もしていたのだ。だが、そこに居合わせた其方の覚醒を促したくれた。彼奴リアンの死が無ければ、余は其方と巡り会えなかったやも知れぬ」

第二皇子が殺され、第四皇子は自害し、そこへ竜の血を受け継ぐ俺が現れた。
皇帝は、それ程に竜の血を、更には濃い血を求め次代に繋げたいのか?

「其方の存在を、力を知った時、余は震えが走ったのを良く覚えている。今度こそ望みが叶うとな」

深淵の闇な様な黒い瞳には輝きが見えない。

「其方と会った日を昨日の事のように覚えておる。利発な金の瞳の愛らしい子供だった。よもや、あの巫女が理想の息子を産むとは思いもしなかった。其方の母親もこの国では珍しい黒髪だったな」

今まで俺に向けて来た穏やかな顔だ。
そして、そこに違和感を感じる事も変わらない。

「あの巫女に酬いてやろうと思ったが、あろう事か大切な其方を傷付けた。第三皇妃といい、この国の女は頭が悪い。今頃は、何処か人目に付かぬ所で朽ち果てているであろう。余は自分の物に手を出されるのは我慢がならぬのでな」

和かな笑顔で、自分以外の存在は虫ケラ同然だと話す。
この男の闇がそこにある。

「それからは、其方の力を如何に育て解放するべきか多いに悩んだものだ。優しくすれば余を信用するであろうか?そう思い手を差し伸べても、其方は何も望みはしなかった」

皇帝はそう言ってワインを飲み、空になったグラスを置くとソファーから立ち上がった。

「何を与えても其方は余に心を閉ざしたままだ。余は焦った。これでは期待した未来が叶わないとな。そこで考えついたのだ」

壁際に置かれたガラス扉の付いた書架に歩み寄ると、彼は手を翳した。

「其方であれば、更なる高みを目指すであろうと」

赤く小さな光が奴の掌に湧き起こり、カチリとガラス扉の鍵が開く音がした。
皇帝は棚に手を伸ばし、分厚い書籍の間に置かれた赤黒い液体の入った小瓶を取り出した。

「その為に余も力を貸そうとな」

何を言わんとしているのか?
俺が皇帝に就く事を後押しする意図としては、何か含みを感じる。

皇帝はソファーに座る俺に向き直り小瓶を軽く揺らしてみせた。

「赤く、黒く、禍々しい程に魅せられる。美しい色だと思わぬか?」

俺の目の前まで来ると、小瓶を俺の目の高さに翳した。

「これが何か分かるか?」

俺は眉を顰めた。
これは血か?

「第二皇子の無念の叫びが聞こえるか?」

皇帝は陶酔したような表情だ。
この瓶の中身は、第二皇子の血だと言うのか?

「余は第二皇子に誓った通り、こうして大切にしているぞ」

うっとりと小瓶の中の血を眺める皇帝に背筋が寒くなる。
こんな形で息子の一部を残そうとするなど、正気では無い。
やはり、この男は狂っている。

「エルーダ神の元、生命創造の根源を探る小神殿ナバルは、残り二つの神殿の力を凌駕している。竜の血の解明に向け、日々研究を惜しまない。だが、得られる竜の血は限られる。何せ竜の血は我ら皇族にしか無いのだからな」

奴は小瓶を持つ手とは逆の手を、俺の座るソファーの肘置きに突いた。

「たったこれだけの血をこうして保存する為に、気の遠くなる程の時間を費やした。どうだ?芳醇なワインのような美しさだと思わぬか?」
「それがあれば、俺になど用は無かろう?それとも、俺の血が欲しいのか?」

竜の血を生み出す事が出来れば、更に濃く強い力を持つ者を創造することも可能になるというのか?

だが、皇帝は可笑しそうに言った。

「其方の血は想像を遥かに超える、究極の美であろうな。惹かれる提案ではあるが、余が欲しいのは其方の血では無い」

皇帝は身を屈めて俺の目を覗き込んで来た。
その瞳には白眼が無く一面黒檀の闇だった。

?!
しまっ・・・!

皇帝の瞳と視線が重なった瞬間、奴の背後から黒い靄が濁流のように押し寄せ全身に巻き付き俺を締め上げた。

この男、魔眼を操るのか?!

ギルアドが身体の奥で咆哮を上げ藻掻いているのが分かるが、魔眼で絞り上げられた身体は従魔の動きすら封じてしまう。
魔眼で痺れている間は魔力を呼び起こす事も出来ず、俺の中のギルアドとの念話も叶わない。

「余が心から欲しているのは姿なのだ、ジークバルトよ」

まるで口が裂けた魔物の様に口角を上げて奴は囁いた。
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