乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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ジークさんの戴冠

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そして、戴冠式当日を迎えてしまった。

泣き疲れてそのまま床で眠ってしまった私は、起こしに来てその様子を見た侍女さんの悲鳴で目が覚めた。
両眼は赤く腫れて最悪の顔だが、今日は隅っこでコソコソ覗き見する予定なので、まあ問題は無い。

床で寝てしまって疲れが取れていないせいか、お風呂に突っ込まれてもただ眠いだけでウトウトしていた。
全てに気力が無く、頭が回らない。
鏡台の前に座らされても、侍女さん達のされるがままに大人しくしていた。
化粧と髪のセットが終わると、姿見の前まで引っ張られた。
コルセットを嫌と言う程締め上げられても、もうどうでもいいと投げやりに思うだけだった。
ドレスを着せられ靴を履かされ、背後から全て整ったとの侍女さんの声で飛んでいた意識を戻しふと怪訝に思う。

何でこんなにコテコテの格好なの?

姿見に写る私は、金色を帯びた白い絹地のスカートに薄いレースが重ねられたプリンセスラインのドレスを着ていた。
オフショルダーのデコルテは金とピンクの花の刺繍が散りばめられ、スカートのレースにも続いている。
よく見ると、花を模した刺繍にはパールやダイヤモンドの様な宝石が縫い込まれている。
デコルテから二の腕に連なるレースもふんわりと広がり、所々に同じ花の刺繍が施されていた。
背中は編み上げの紐で綺麗に仕上げられ、ピンクブロンドの編み込んだ髪が結い上げられたお陰でよく映えて見える。

・・・これってマリエ、謂わゆるウェディングドレスみたい、なんですけど?

鏡の中の自分を睨む。
私の様子に侍女さん達が慌てて声をかけて来た。

「とてもお綺麗でいらっしゃいますが、何か気に入らない所がございますでしょうか?」

彼女たちの仕事が悪いと言うのでは無い。
私も慌てて首を振った。

「いえいえ、とても素敵なドレスだなぁと・・・」

まあ、祝賀会に参加する装いとして場違いなものでも無いだろう。
せっかく用意して貰ったのだ。
それに、どうせ途中退席の予定だしね。
寧ろ、ここまでしてもらう必要もないくらいだ。

「今日は殿下とご一緒に晴れの舞台ですから、私たちも渾身のお手伝いをさせて頂きました!」

鼻息荒く手を握る侍女さん達に苦笑いする。
一緒に舞台に上がる予定はありませんけどね。

ソファーに座り馬車の準備を待っていると、膝の上に黒猫姿のクロがフワッと現れた。

『ルナ、とっても綺麗だよ!ご主人さまも喜ぶね!』
「はは、ありがとうクロ」

ジークさんに見せる予定は無いけどね、汗。

『こら、クロ!ドレスが汚れるではないか。降りるのだ!』
『そうよー、爪が引っかかってレースに穴が空いたら困るでしょー』

仔犬の毒ちゃんがソファーの上にヒョコッと現れ、ニクスさんも毒ちゃんの頭の上を漂っている。

『綺麗よー。アンタは黙っていれば可愛いのにー』
「黙っていたら私じゃありません」
『如何にも。だが、今日ぐらいは黙っていて損は無いぞ?』
「もちろん、今日は静かにしてますよ?」

気配を消して、人知れず居なくなるのだから。

「ニクスさん、約束、覚えてますよね?式が終わったら遠くの国に飛ばしてくれるって」
『ホントにいいの?後悔しない?』

私の顔の前で緑の瞳を眇める美人さん。
女に二言はない。
いや、ちょっと未練はあるけれど。
いやいや、ジークさんを諦める!
腹を括ったのだ!

「はい!」

両眼に力を入れて頷く私に、ニクスさんは呆れ顔だ。

『アンタも強情ねー。まあ、約束通り、アンタの行きたい所へ飛ばしてあげるわよ』
「ありがとうございます!私、頑張ります!」

そう、もう泣かない!
歯を食い縛ってジークさんの戴冠式を見届けるのだ!
そして、終わった瞬間にパッと消えるのだ。

『何を頑張るんだか・・・』

ニクスさんが苦笑いをして呟いた。


慶事だと言う事で?白いファーで縁取られた赤いビロードの厚手のマントを羽織ると、迎えの馬車に乗り込んだ。
隅っこでコソコソする予定なのに、このマントじゃ、かえって目立ってしまう。
会場ではマントを取ってもらおう。
馬車に揺られて皇城に隣接する大聖堂に向かう。
既にジークさんは大聖堂に入り、式の準備をしているそうだ。

白亜の大聖堂は、大きく三角状に隆起した形がアコーディオンの様に奥へと重なった独特の外観だった。
大聖堂に続く何段もの階段脇には、礼装の儀仗兵が左右均等に並んでいる。
階段の中央を上がる貴族の皆さんも、白や黒の礼服姿で大聖堂の入り口を目指している。

目立ちたく無い私にとって有難い事に、聖堂の背後に回って馬車は止まり裏口から入る事が出来た。
以前、皇城の夜会に出席した時も裏口入場のVIP待遇だった事を思い出す。
あの時はジークさんがエスコートしてくれた。
今は護衛のアルバートさんが手を取ってくれている。
眼を閉じて、あの時のジークさんを思い浮かべる。
黒の礼服が金眼のジークさんに映えて見惚れてしまった。
今日の装いも素敵だろう。
でも、あまり見ていたくないな。
眼を離せなくなると分かるから。

階段を上りアルバートさんに案内されたのは、大聖堂の中の礼拝堂を見下ろす2階のテラス席だった。
手摺の両脇に赤いビロードのカーテンが太いタッセルで纏められ、きっと下からはここに居る私が見えづらいだろう。
少し乗り出して下を眺めると、礼拝堂の最奥にある祭壇の向かって左手にテラス席が位置していた。
出席する貴族の皆さんは中央に敷かれた赤い絨毯で左右に分かれ、互いに向き合う形で整列し主役の入場を待っている。
私はアルバートさんに促され、手摺越しに下を眺められるよう椅子に座った。
礼拝堂内には他にテラス席は無く、座っているのは私だけだ。

皇帝を見下ろす席って、不敬にならないのか?
まあ、ヒールで立ち続けるのは辛いから遠慮無く座らせて貰うけど。

暫くすると貴族の皆さんの騒めきが止んだ。
入り口の高い扉が左右に開かれ、白く長いローブを着た大神官長バラーさまが補佐の神官さん達を従えて入場してきた。
神官さん達は臙脂色のクッションに置かれた宝冠と錫杖をそれぞれ腰を屈め頭の上に掲げながら祭壇を目指し、礼拝堂の中央を歩くバラーさまの後をゆっくり進んで来る。
バラーさまは左右に分かれた祭壇に続く階段の手前で一旦立ち止まり、左手の階段を登るべくこちらを向いた。
歩きながら顔を上げ、テラス席に座る私に視線を寄越した。
フッと眼を細めて笑むと、直ぐに正面に向き直り、階段を登って壇上に立ったバラーさまは貴族の皆さんを見渡した。

うう。
バラーさまには私がここに居る事がバレている、泣。
椅子が少し前に出過ぎているのか?

椅子を後ろにずらしたいが、マントが邪魔だし思いの外椅子が重い、泣。
少し身動ぎしていると、膝の上に黒猫のクロと仔犬の毒ちゃんが音も立てずに現れた。

『何してるのさ?もう直ぐご主人さまが来るよ?』
『大人しく座っておれ』

重石のように膝の上に陣取った2匹のせいで立つに立てない、泣。
諦めてそのまま座り続ける。

『ニクスさんは?』
『アタシはここよ』

一陣の清々しい風が頬を撫でた。
姿は見えないけれど近くにいてくれる。
式が終わったらニクスさんにお願いして直ぐに退散せねば。



礼拝堂の向かって右手奥にあるパイプオルガンの調べが響き渡った。
一度閉じた扉がまた左右に大きく開かれる。
眩い陽の光を背に、黒髪を撫で付け深い黄金の瞳の美丈夫が雄壮な姿で現れた。

今まで見た事のない白地の軍服は、黒髪のジークさんをいっそう凛々しく見せていた。
胸元には勲章が複数下げられ、肩から腰にかけて黄色地に赤のサッシュがサファイアの様な青い宝石で留められている。
赤いビロードのマントに白地のファーが施された私と同じマントを羽織り、その隙間から見える右胸から肩に連なる黄色の飾緒が揺れている。
射抜くような金眼は真っ直ぐ正面に向けられ、赤い絨毯の上を支配者然と歩いてくる。

目の覚める様な神々しい皇帝の姿に、皆が言葉を失い魅入っている。

初めて会った時、麗しい男性だと思った。
その後は、物扱いされたり、睨まれたり、怒鳴られたりで、まともな会話すらしてもらえず反発し苛立ちを覚えた。
一緒に過ごす中、皇帝や怨嗟竜と共に戦い、気付けば最愛の人になっていた。
そして今、その人の晴れの日に、私は去らなければならない。
まさにヒロインを降りるのだ。

最後の瞬間まで、この愛しい人の勇姿を眼に焼き付けよう。
私は瞬きもせずジークさんを見つめた。

祭壇手前まで来たジークさんは、身体はそのままに首だけこちらに向けて私を見た。
ジークさんの姿に見惚れていた私は、急に目線を合わせられて動けなくなってしまった。
澄んだ真剣な金眼が何かを言いたげに私を捕らえる。
息をするのも忘れて眼を見開く私に、ジークさんの眼が急に緩められ口角があがった。
思わず顔が沸騰する。 

馬鹿みたいに見惚れていた私を揶揄う様な意地悪顔に、してやられたと思わず涙目になる。
ジッとこちらを見ているジークさんの注意を引くべく、バラーさまが咳払いをした。

バラーさまが片眉を上げて訴えると、ジークさんは詰まらなさそうな仏頂面を返した。
その様子に思わず笑みが溢れる。

ああ、何処までも私を惹きつけて止まない、本当に色男さんだなと思う。

バラーさまの祝辞の後、ジークさんは跪き眼を伏せた。
神官さんの掲げ持っていた黄金の宝冠を、バラーさまはゆっくり持ち上げジークさんの頭に飾り置いた。
拍手喝采が一斉に湧き起こり、厳かな礼拝堂が熱気に包まれる。
これで、新皇帝ジークバルトの誕生だ。

ジークさんは立ち上がると、マントを翻し背を向けていた礼拝堂の中央に向き直った。
頭上の宝冠が天井から差す陽の光で眩しく煌めいている。
新たに誕生した皇帝は、礼拝堂に参集する貴族の割れるような拍手の中、笑うこと無く会場を見渡した後、眼を瞑った。

さあ、私がジークさんを見つめるのはここまでだ。
私は席を立ってニクスさんを呼ぼうとした。
その時。

『ルナ』

はっきりと聞こえた、私を呼ぶジークさんの声。

『ここに来てくれ』

眼を見開いて祭壇のジークさんを見る。
気付けば宝冠を戴いた彼が、こちらに身体を向けて私を見上げていた。

『誓った通りだ。俺はルナを裏切らない。俺の元で必ず幸せにする』

魔眼とは違う甘い痺れで動けなくなる。
懇願のような、それでいて真っ直ぐ私の心を射抜く真摯な言葉。

私は勇気を、力を振り絞って愛しい人の呪縛に抗い立ち上がった。

「ルナ」

それなのに、優しい声で名前を呼ばれただけで腰が砕けそうだ。
私に差し出されたその手に眩暈を覚える。

ダメだよ。
ジークさん、私にはその手を取る勇気が無いよ。

ジークさん、

ジークさん、

もう・・・

「ニクスさん!お願い!どうか・・・っ!」

柔らかい温かな緑の風が巻き起こる。
私に呼ばれた緑の貴婦人は私の頭の上を漂っているけれど、視線を固定されてジークさんから眼が離せない。

『さあ、ルナ、アンタはどうしたいの?』
「私は・・・」
『アンタの願いを叶えてあげる』

私を見つめるジークさんの深い黄金色の瞳が優しく笑った。


愛している


声も念話も聞こえない。
ただ、口だけが動いて私を釘付けにした。
私の眼から温かいものが頬を伝う。

「ジークさんの・・・」

私が言い終わる前に、にっこり微笑んだニクスさんが分かっているとばかりに緑の風で私を包んだ。

『ルナの行きたいところに飛ばしてあげる』

ニクスさんの笑うような声が聞こえ、足元から温かい風が湧き起こり身体がふわりと浮き上がった。
風の精霊がつくった優しい風に、私は瞼を閉じて身体を預けた。
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