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最後の夜
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戴冠式前日。
心は空っぽだが、顔に笑顔を貼り付けて帝都内の救護院を慰問する。
此処は一度訪れている所だから、最初の時とは違い皆さんの表情は穏やかだった。
大怪我を負った人も、今は食事も摂れるようになりリハビリしつつ院内の雑用のお手伝いをしてくれているようだ。
この2週間、帝都を回った先々で皆、始めは皇室に対して懐疑的だった。
中には騙されたと露骨に怒りをみせる人もいた。
それでもジークさんの政策で街の再建が進み活気が少しずつ戻って来ると、険悪な雰囲気も和らいでいった。
今日も一日が終わってしまった。
明日の事を考えると憂鬱になる。
でも、もう諦めて次の事を考えよう。
収監部屋にひとり立ち室内を見回す。
この部屋で半年以上も長く過ごして来た。
色々あった。
最初は、睨みつけて直ぐ怒るジークさんにオドオドしたりムカついたりしていた。
でも、今は離れ難いほど大好きになった。
これから先の人生で、ジークさん以上に好きになれる人に出会えるだろうか?
失恋する時にいつも思う事だ。
前世で嫌と言うほど経験して来た筈のオバサンでも、また同じ事を繰り返している。
幾つになっても、女って変わらないな。
明日の戴冠式は、少し離れた場所からそっとジークさんを見る事が出来たらそれでいい。
ちょっとだけ見たら、ニクスさんにルシュカンの名が聞こえない何処か遠くに飛ばして貰おう。
今夜はきっと、ひとり悶々とする時間が長くなる。
話し相手になって貰おうと、私は始祖竜さんを心の中で呼び出した。
始祖竜さん、今何処にいますか?
お話しましょう。
身体の奥にある竜牙剣に触れようと、眼を閉じ竜の力を心に集めるイメージで全身に闇の魔力を募らせる。
閉じた瞼に虹色の光を感じて眼を開けると、目の前に虹色の竜の顔があった。
『ルナ、久しいな。あれからひと月以上経ったが、声がかからず我を忘れていたかと思ったぞ?』
軽く皮肉を言ってくる始祖竜さんに、ちょっと苦笑する。
「私の名前を覚えていてくれたんですね。始祖竜さんの気になる名前はありましたか?」
『特に無い。其方が好きに呼べば良い』
「では、ドンちゃんにしましょう。竜族の黎明期からいらした始祖竜さんに相応しい、朝焼けと言う意味です」
『あい、分かった』
本来の発音からはちょっと外れているけれど。
私にしてはよく考えたと思う、笑。
ドンちゃんは不平を言う事なく同意してくれた。
「ドンちゃんはこの1ヶ月の間、何処に居たのですか?」
『普段は時空を違えた時闇の中におる』
「時闇?」
『精神や魂だけが渡る事が叶う空間だ』
「そこでドンちゃんは何をしているんですか?」
『眠りについておる。だが、一度呼ばれたならば目覚め、呼び主の元へ飛ぶ事が出来る』
「でも、その空間に居たりせず、何処かにずっと留まっている事もあるのでしょう?」
皇太子が持っていた、あの竜牙剣の中とか?
『気が向いた時だけだ。この世界に精神体で長く留まる事は魔力を削る故、難しい。この世界の魔力を持つものであれば、仮初に宿る事が出来る』
「私にも入れると言う事?」
『不可能では無いがルナに負担がかかる』
「どうして?」
『竜の力は其方の魔力を圧倒する。故に其方の魔力を喰い尽くしてしまうやも知れぬ』
「そうなると死んでしまうと言う事ですか?」
『最悪の事態を招く事もある』
それは止めておこう。
聞いておいて良かった、汗。
「ドンちゃんはこれからやりたい事とかありますか?」
『やりたい事?』
「例えば、何処かに行きたいとか、何かに宿ってみたいとか?私、明日には帝国を出て遠くの国に行く予定なので、ドンちゃんのお勧めの国とかあれば、そこに行ってみたいです」
『何故、この国を出るのだ?』
うっ。
ドンちゃんも聞いてくるのか、汗。
「えっと、色々、諸事情がありまして・・・」
『黒竜の化身は納得しておるのか?』
「ジークさんです。覚えて下さい。彼の納得は、今は不要です。・・・そのうち納得してくれます」
何となく眉と共に頭が垂れてくる。
また明日の事を考えると胃の辺りが重くなってきた。
『ルナ、其方であれば、我が居る時闇の空間にも渡る事が出来る。我と共に来るか?』
「時闇に?そこへ行ってこの世界に戻ってこ、」
「俺の妻を拐かす気か?」
ハッとして振り返ると、ジークさんが険しい顔でドンちゃんを睨んでいた。
いつからそこに居たのだろう?
明日、帝国を出る事を聞かれた・・・汗?
いつもなら、ジークさんが現れる前に左眼が疼くのに、今は何も起こらなかった。
どうしてだろう?
眉間の皺を深くしてこちらに歩いて来ると、ジークさんは私の腰を強く抱き寄せてドンちゃんに低い声で言い放った。
『俺からルナを取り上げようとするものは、例え始祖竜であっても容赦はせん。失せろ』
「ジークさん、待って!」
まだドンちゃんに聞きたい事があるのに。
竜の声が重なった唸り声のような凄みを利かせ、ジークさんがドンちゃんを威嚇した。
『やれやれ、我に嫉妬を向けるとは余裕の無い事だ。ルナ、また我を呼ぶが良い。事の顛末を聞かせてくれ。楽しみにしておるぞ』
ドンちゃんは、何処か可笑しそうな声音でそう言うと、虹色の泡となって消えていった。
暗くなった部屋で、ジークさんに背後から腰を抱かれた状態の私は身動き出来ずにいた。
「ルナ、何が嫌なのか教えてくれ」
頭のてっぺんに溜息混じりの囁き声でジークさんが告げてくる。
うう。
どうしよう。
言いたいけれど、やっぱり言えない。
でも、言わないと離して貰えない気がする・・・涙。
「ルナ」
「あ、あの、明日!明日になったら、式が終わったら、ちゃんと言います!だから、」
もう、離して欲しい・・・涙。
勢い良く向き直り、眉間に皺が寄っているであろうジークさんの顔を見上げた。
けれども、そこには目尻を下げて心配そうに私を見つめる綺麗な金眼があった。
ダメだ。
ずっと見つめていられない・・・。
魅せられる前に、見透かされる前に、急いで視線を下げた。
ジークさんは柔らかく両腕で私を閉じ込めると、私の頭に頬擦りした。
「・・・分かった」
明日になったら、こうして触れる事も叶わない。
これが最後だ。
そう思って、私はジークさんを、想いの丈を込めて抱きしめた。
「ジークさん、大好き。今まで本当にありがとうございました」
聞こえないように、彼の胸に向かって囁く。
最後に一度、強く抱きしめると、頭を下げたままジークさんの胸に両手を当てて身体を離した。
顔を見ると泣いてしまいそう・・・。
「さあ、明日は朝から準備で忙しくなりますよ?早く休んで下さい」
俯いたままジークさんに告げると、大きな手が頭に降って来た。
優しく撫でてくれるこの仕草も大好きだ。
眼を閉じてジークさんの手の温かさを記憶する。
「ああ、そうだな」
「おやすみなさい、ジークさん」
少し後退って早口で告げると、ジークさんの手が私から離れた。
「おやすみ、ルナ」
視線を下げたままでいると、ジークさんの気配が消えた。
急いで顔を上げたが、もうそこには、ただの暗闇があるだけだった。
大好きな人が行ってしまった。
最後にどんな顔をしていたのだろう?
もう、二度と触れる事が叶わない。
この恐ろしい喪失感は何なのだろう。
息が苦しい。
身体を支えていられない。
気付けば両眼から止めど無く涙が溢れ、床に座り込んでいた。
このまま何処かに消えてしまいたい。
ドンちゃんの言っていた時闇の空間で眠りにつけば、この焦燥を味わう事無く過ごせるの?
立ち上がる事も出来ず、私はそのまま床に丸くなって泣き続けた。
心は空っぽだが、顔に笑顔を貼り付けて帝都内の救護院を慰問する。
此処は一度訪れている所だから、最初の時とは違い皆さんの表情は穏やかだった。
大怪我を負った人も、今は食事も摂れるようになりリハビリしつつ院内の雑用のお手伝いをしてくれているようだ。
この2週間、帝都を回った先々で皆、始めは皇室に対して懐疑的だった。
中には騙されたと露骨に怒りをみせる人もいた。
それでもジークさんの政策で街の再建が進み活気が少しずつ戻って来ると、険悪な雰囲気も和らいでいった。
今日も一日が終わってしまった。
明日の事を考えると憂鬱になる。
でも、もう諦めて次の事を考えよう。
収監部屋にひとり立ち室内を見回す。
この部屋で半年以上も長く過ごして来た。
色々あった。
最初は、睨みつけて直ぐ怒るジークさんにオドオドしたりムカついたりしていた。
でも、今は離れ難いほど大好きになった。
これから先の人生で、ジークさん以上に好きになれる人に出会えるだろうか?
失恋する時にいつも思う事だ。
前世で嫌と言うほど経験して来た筈のオバサンでも、また同じ事を繰り返している。
幾つになっても、女って変わらないな。
明日の戴冠式は、少し離れた場所からそっとジークさんを見る事が出来たらそれでいい。
ちょっとだけ見たら、ニクスさんにルシュカンの名が聞こえない何処か遠くに飛ばして貰おう。
今夜はきっと、ひとり悶々とする時間が長くなる。
話し相手になって貰おうと、私は始祖竜さんを心の中で呼び出した。
始祖竜さん、今何処にいますか?
お話しましょう。
身体の奥にある竜牙剣に触れようと、眼を閉じ竜の力を心に集めるイメージで全身に闇の魔力を募らせる。
閉じた瞼に虹色の光を感じて眼を開けると、目の前に虹色の竜の顔があった。
『ルナ、久しいな。あれからひと月以上経ったが、声がかからず我を忘れていたかと思ったぞ?』
軽く皮肉を言ってくる始祖竜さんに、ちょっと苦笑する。
「私の名前を覚えていてくれたんですね。始祖竜さんの気になる名前はありましたか?」
『特に無い。其方が好きに呼べば良い』
「では、ドンちゃんにしましょう。竜族の黎明期からいらした始祖竜さんに相応しい、朝焼けと言う意味です」
『あい、分かった』
本来の発音からはちょっと外れているけれど。
私にしてはよく考えたと思う、笑。
ドンちゃんは不平を言う事なく同意してくれた。
「ドンちゃんはこの1ヶ月の間、何処に居たのですか?」
『普段は時空を違えた時闇の中におる』
「時闇?」
『精神や魂だけが渡る事が叶う空間だ』
「そこでドンちゃんは何をしているんですか?」
『眠りについておる。だが、一度呼ばれたならば目覚め、呼び主の元へ飛ぶ事が出来る』
「でも、その空間に居たりせず、何処かにずっと留まっている事もあるのでしょう?」
皇太子が持っていた、あの竜牙剣の中とか?
『気が向いた時だけだ。この世界に精神体で長く留まる事は魔力を削る故、難しい。この世界の魔力を持つものであれば、仮初に宿る事が出来る』
「私にも入れると言う事?」
『不可能では無いがルナに負担がかかる』
「どうして?」
『竜の力は其方の魔力を圧倒する。故に其方の魔力を喰い尽くしてしまうやも知れぬ』
「そうなると死んでしまうと言う事ですか?」
『最悪の事態を招く事もある』
それは止めておこう。
聞いておいて良かった、汗。
「ドンちゃんはこれからやりたい事とかありますか?」
『やりたい事?』
「例えば、何処かに行きたいとか、何かに宿ってみたいとか?私、明日には帝国を出て遠くの国に行く予定なので、ドンちゃんのお勧めの国とかあれば、そこに行ってみたいです」
『何故、この国を出るのだ?』
うっ。
ドンちゃんも聞いてくるのか、汗。
「えっと、色々、諸事情がありまして・・・」
『黒竜の化身は納得しておるのか?』
「ジークさんです。覚えて下さい。彼の納得は、今は不要です。・・・そのうち納得してくれます」
何となく眉と共に頭が垂れてくる。
また明日の事を考えると胃の辺りが重くなってきた。
『ルナ、其方であれば、我が居る時闇の空間にも渡る事が出来る。我と共に来るか?』
「時闇に?そこへ行ってこの世界に戻ってこ、」
「俺の妻を拐かす気か?」
ハッとして振り返ると、ジークさんが険しい顔でドンちゃんを睨んでいた。
いつからそこに居たのだろう?
明日、帝国を出る事を聞かれた・・・汗?
いつもなら、ジークさんが現れる前に左眼が疼くのに、今は何も起こらなかった。
どうしてだろう?
眉間の皺を深くしてこちらに歩いて来ると、ジークさんは私の腰を強く抱き寄せてドンちゃんに低い声で言い放った。
『俺からルナを取り上げようとするものは、例え始祖竜であっても容赦はせん。失せろ』
「ジークさん、待って!」
まだドンちゃんに聞きたい事があるのに。
竜の声が重なった唸り声のような凄みを利かせ、ジークさんがドンちゃんを威嚇した。
『やれやれ、我に嫉妬を向けるとは余裕の無い事だ。ルナ、また我を呼ぶが良い。事の顛末を聞かせてくれ。楽しみにしておるぞ』
ドンちゃんは、何処か可笑しそうな声音でそう言うと、虹色の泡となって消えていった。
暗くなった部屋で、ジークさんに背後から腰を抱かれた状態の私は身動き出来ずにいた。
「ルナ、何が嫌なのか教えてくれ」
頭のてっぺんに溜息混じりの囁き声でジークさんが告げてくる。
うう。
どうしよう。
言いたいけれど、やっぱり言えない。
でも、言わないと離して貰えない気がする・・・涙。
「ルナ」
「あ、あの、明日!明日になったら、式が終わったら、ちゃんと言います!だから、」
もう、離して欲しい・・・涙。
勢い良く向き直り、眉間に皺が寄っているであろうジークさんの顔を見上げた。
けれども、そこには目尻を下げて心配そうに私を見つめる綺麗な金眼があった。
ダメだ。
ずっと見つめていられない・・・。
魅せられる前に、見透かされる前に、急いで視線を下げた。
ジークさんは柔らかく両腕で私を閉じ込めると、私の頭に頬擦りした。
「・・・分かった」
明日になったら、こうして触れる事も叶わない。
これが最後だ。
そう思って、私はジークさんを、想いの丈を込めて抱きしめた。
「ジークさん、大好き。今まで本当にありがとうございました」
聞こえないように、彼の胸に向かって囁く。
最後に一度、強く抱きしめると、頭を下げたままジークさんの胸に両手を当てて身体を離した。
顔を見ると泣いてしまいそう・・・。
「さあ、明日は朝から準備で忙しくなりますよ?早く休んで下さい」
俯いたままジークさんに告げると、大きな手が頭に降って来た。
優しく撫でてくれるこの仕草も大好きだ。
眼を閉じてジークさんの手の温かさを記憶する。
「ああ、そうだな」
「おやすみなさい、ジークさん」
少し後退って早口で告げると、ジークさんの手が私から離れた。
「おやすみ、ルナ」
視線を下げたままでいると、ジークさんの気配が消えた。
急いで顔を上げたが、もうそこには、ただの暗闇があるだけだった。
大好きな人が行ってしまった。
最後にどんな顔をしていたのだろう?
もう、二度と触れる事が叶わない。
この恐ろしい喪失感は何なのだろう。
息が苦しい。
身体を支えていられない。
気付けば両眼から止めど無く涙が溢れ、床に座り込んでいた。
このまま何処かに消えてしまいたい。
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