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†翼の回帰†
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★☆★☆★
「よいしょっ…と」
…あれから、疲労と出血のあまり、気を失ったらしい青年を、肩を支えながらもほぼ引きずるようにして、やっとのことで一室に運んだ玲奈は、最後のひと踏ん張りで、何とか備え付けのベッドに、青年を横たえることに成功した。
対して、今やすっかり髪が乱れた青年は、目を閉じたまま、もはやされるがままになっている。
…痛みに意識を失ったというよりは、まるで眠りに落ちているかのような、赤子のそれにも近い安らぎを浮かべたその表情に、玲奈はとりあえずの、安堵と安心の息をついた。
そしてはたと気付いたように、近くにあった、抗菌作用を伴った厚めのウエットティッシュで、そっと青年の傷を拭う。
通常の人間であれば、これだけの傷にじかに触れられるのだから、痛みのあまり覚醒しても良さそうなものだが、そんな玲奈のイメージに反して、青年は何の反応もなく目を閉じたままだった。
それが玲奈には不思議で仕方がなかったが、逆に考えれば、もしかしたら疲労度が痛覚のそれを上回っているのかも知れない。
…そう考えると妙に納得がいき、それから玲奈は黙々と、青年の体に付着した汚れや血を拭っていった。
そして、それら一連の行動を取りながら、ふと、
「…名前、何て言うのかな」
気になったことを思うままに、玲奈が呟いた。
眼前に横たわる青年の外見は、蒼髪蒼眼。
それも間近で見たところによると、染めたり、カラーコンタクトを入れたり等と、近年の日本人、ことに若い世代にありがちなように、外見に人工的に手を加えている訳ではない。
まさに生(キ)のままの──…
純粋な、天然の美しさ。
だとすればこの事実だけでも、彼は間違いなく日本人ではない。
透けるようなあの肌といい、彼を構成する蒼の色といい、確実にそれは日本人のものからは外れている。
…ならば彼の名前は、およそ日本名では…
と、玲奈がそこまで考えた時。
「──…レ…イ…」
青年が目を閉じたまま、微かな声で返答した。
それに玲奈の手は過剰に反応し、ぴたりと止まる。
「…“レイ”?」
玲奈が聞き返すも、青年はそのまま、すう…、と寝息を立て、答えを返さないままに眠りに落ちる。
「“レイ”…」
玲奈は何事か考えながら反復する。
そしてその考えが、脳内で、あるひとつの答えを導き出した時。
…玲奈の表情には珍しく、晴れ晴れとしたものが浮かんでいた。
★☆★☆★
──鳥の囀(サエズ)りが聞こえてくる。
それはとても耳に心地良く、鮮やかな目覚ましとなる…
「…?」
日常的には聞き慣れないものを聞いた気がして、レイヴァンはゆっくりと、その蒼の目を怪訝に見開いた。
…光に覆われた、見慣れない高い天井が、そこにはあった。
「…ここは…?」
疑問符を呟き、身を起こして周りを見回せば、そこは窓から眩い陽の光がいっぱいに差し込む部屋。
右隣にある、大きく開け放たれた窓からは、様々な野鳥の鳴き声が聞こえてくる。
そしてさわさわと木々をなぞり、揺らしながら、生の息吹にも似た緑の香りを室内に巡らせる、躍動的な風。
その全てがあまりにも精の黒瞑界からはかけ離れていて、一瞬、正確な状況が掴めないレイヴァンだったが、そんな彼の疑問は、何かが近くで落ちたような、かしゃん、という音に、すぐさま遮られた。
「!」
レイヴァンがその性質上か、瞬時にそちらに目を向けると、そこには喜びと驚きに満ちた、何とも言えぬ表情を見せる、ひとりの人間の少女がいた。
レイヴァンがその足元に目を移すと、そこには相応に割れたグラスが落ちている。
衝動のあまり、その破片に一瞥をくれることもなく足を踏み出そうとした少女に、レイヴァンはとっさに、鋭く言い放った。
「動くな!」
「!?」
瞬間、意味も分からぬまま、言葉に反応した少女が、びくっ、とその動きを止める。
それを見定めてから、レイヴァンは身を落ち着けていたベッドから体を動かし、その足を地につけて立ち上がった。
「!あ…」
呆然とする少女の側まで、あれ程の深手を負ったとは思えない程に、何の支障もなく移動したレイヴァンは、ふと、割れたグラスに目をやった。
…零れた水を戻そうとまでは思わない。
だが、グラス程度なら──
そう考えたレイヴァンは、右手を静かにグラスに翳した。
するとグラスが瞬く間に蒼の光に覆われ、先程の状態が幻であったかのように、元の形に還元する。
「!え…」
レイヴァンが、床からグラスを拾い上げて少女に手渡すと、今の現状にすっかり混乱した…というよりは、どこから突っ込んだらよいものか、測りあぐねたらしい少女は、しどろもどろになりながらも、まずはレイヴァンに礼を言った。
「…あ、ありがと… “玲(レイ)”」
「…玲?」
今度は、唖然となるのはレイヴァンの方だった。
「よいしょっ…と」
…あれから、疲労と出血のあまり、気を失ったらしい青年を、肩を支えながらもほぼ引きずるようにして、やっとのことで一室に運んだ玲奈は、最後のひと踏ん張りで、何とか備え付けのベッドに、青年を横たえることに成功した。
対して、今やすっかり髪が乱れた青年は、目を閉じたまま、もはやされるがままになっている。
…痛みに意識を失ったというよりは、まるで眠りに落ちているかのような、赤子のそれにも近い安らぎを浮かべたその表情に、玲奈はとりあえずの、安堵と安心の息をついた。
そしてはたと気付いたように、近くにあった、抗菌作用を伴った厚めのウエットティッシュで、そっと青年の傷を拭う。
通常の人間であれば、これだけの傷にじかに触れられるのだから、痛みのあまり覚醒しても良さそうなものだが、そんな玲奈のイメージに反して、青年は何の反応もなく目を閉じたままだった。
それが玲奈には不思議で仕方がなかったが、逆に考えれば、もしかしたら疲労度が痛覚のそれを上回っているのかも知れない。
…そう考えると妙に納得がいき、それから玲奈は黙々と、青年の体に付着した汚れや血を拭っていった。
そして、それら一連の行動を取りながら、ふと、
「…名前、何て言うのかな」
気になったことを思うままに、玲奈が呟いた。
眼前に横たわる青年の外見は、蒼髪蒼眼。
それも間近で見たところによると、染めたり、カラーコンタクトを入れたり等と、近年の日本人、ことに若い世代にありがちなように、外見に人工的に手を加えている訳ではない。
まさに生(キ)のままの──…
純粋な、天然の美しさ。
だとすればこの事実だけでも、彼は間違いなく日本人ではない。
透けるようなあの肌といい、彼を構成する蒼の色といい、確実にそれは日本人のものからは外れている。
…ならば彼の名前は、およそ日本名では…
と、玲奈がそこまで考えた時。
「──…レ…イ…」
青年が目を閉じたまま、微かな声で返答した。
それに玲奈の手は過剰に反応し、ぴたりと止まる。
「…“レイ”?」
玲奈が聞き返すも、青年はそのまま、すう…、と寝息を立て、答えを返さないままに眠りに落ちる。
「“レイ”…」
玲奈は何事か考えながら反復する。
そしてその考えが、脳内で、あるひとつの答えを導き出した時。
…玲奈の表情には珍しく、晴れ晴れとしたものが浮かんでいた。
★☆★☆★
──鳥の囀(サエズ)りが聞こえてくる。
それはとても耳に心地良く、鮮やかな目覚ましとなる…
「…?」
日常的には聞き慣れないものを聞いた気がして、レイヴァンはゆっくりと、その蒼の目を怪訝に見開いた。
…光に覆われた、見慣れない高い天井が、そこにはあった。
「…ここは…?」
疑問符を呟き、身を起こして周りを見回せば、そこは窓から眩い陽の光がいっぱいに差し込む部屋。
右隣にある、大きく開け放たれた窓からは、様々な野鳥の鳴き声が聞こえてくる。
そしてさわさわと木々をなぞり、揺らしながら、生の息吹にも似た緑の香りを室内に巡らせる、躍動的な風。
その全てがあまりにも精の黒瞑界からはかけ離れていて、一瞬、正確な状況が掴めないレイヴァンだったが、そんな彼の疑問は、何かが近くで落ちたような、かしゃん、という音に、すぐさま遮られた。
「!」
レイヴァンがその性質上か、瞬時にそちらに目を向けると、そこには喜びと驚きに満ちた、何とも言えぬ表情を見せる、ひとりの人間の少女がいた。
レイヴァンがその足元に目を移すと、そこには相応に割れたグラスが落ちている。
衝動のあまり、その破片に一瞥をくれることもなく足を踏み出そうとした少女に、レイヴァンはとっさに、鋭く言い放った。
「動くな!」
「!?」
瞬間、意味も分からぬまま、言葉に反応した少女が、びくっ、とその動きを止める。
それを見定めてから、レイヴァンは身を落ち着けていたベッドから体を動かし、その足を地につけて立ち上がった。
「!あ…」
呆然とする少女の側まで、あれ程の深手を負ったとは思えない程に、何の支障もなく移動したレイヴァンは、ふと、割れたグラスに目をやった。
…零れた水を戻そうとまでは思わない。
だが、グラス程度なら──
そう考えたレイヴァンは、右手を静かにグラスに翳した。
するとグラスが瞬く間に蒼の光に覆われ、先程の状態が幻であったかのように、元の形に還元する。
「!え…」
レイヴァンが、床からグラスを拾い上げて少女に手渡すと、今の現状にすっかり混乱した…というよりは、どこから突っ込んだらよいものか、測りあぐねたらしい少女は、しどろもどろになりながらも、まずはレイヴァンに礼を言った。
「…あ、ありがと… “玲(レイ)”」
「…玲?」
今度は、唖然となるのはレイヴァンの方だった。
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