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第一部【蠢く敵】
上がらないのは頭だけか
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【ファルス城・庭園】
…一夜があけた、森と湖の国ファルス。
昨日の一件に引きずりを残しながらも、ライム、リック、クレア、シグマの四人は、ファルス城の中庭にある、美しい庭園にいた。
その庭園には噴水があり、周囲にはとりどりの樹々や花が溢れんばかりに息づいている。
幼い頃から見慣れているそこで、視覚や精神を少なからず和ませていたリックに、ふと、背後から若い女性の声がかかった。
「こんな所に居られたのですか、フレデリック王子」
呼びかけられて、リックは声のした方を振り返った。
そこにはファルス王の側近にして、自分の教育係でもある、ミストがいた。
そのミストのすぐ側には、金髪の、すらりとした容姿の青年が立っている。
「ああ…何だ、ミストか。──あれ? それ誰だ、客か?」
リックの興味は自然、その金髪の青年に注がれる。
すると金髪の青年は、音もなくミストの前に回ると、そのままそれにも増して静かに、シグマの方へと歩を進めた。
…この時点でシグマは、ライムと他愛ない会話をしており、不覚にも、この青年の接近に気付かなかった。
青年は、今にも叱りそうな声でシグマに話しかける。
「シグマ皇子…」
「!うっ…、そ、その声は…サフィンか!?」
シグマがぎくりと硬直し、ほぼ反射的に振り返る。
…そこにはシグマの、予想していた通りの人物がいた。
「…サフィン?」
リック同様、その人物…
サフィンと呼ばれた青年と面識のないライムは、きょとんとしたまま名を反復する。
そのサフィンは、一瞬にして自らを取り巻く空気を鋭いものへと変えると、容赦なくシグマに詰め寄った。
「こんな事だろうと思いましたよ。誰がファルス城で油を売っていていいと言ったんですか!?」
「あ、ああ…けどなサフィン…」
シグマは珍しくも、既にしどろもどろだ。
しかしサフィンの口調は、有無を言わさぬどころか、更にシグマの頭から痛烈な説教を降らせた。
「分かっておられるのですか!? 貴方は現段階では、もはやウインダムズの皇帝も同然なのですよ!
皇帝に最も近い位置にあるはずの御方が、旅に出たまま戻らないなどと! 帝国民には、どう説明すればいいのです!
聞いておられるのですか!? 皇子っ!」
…その迫力といい、軍事帝国ウインダムズの皇子であるシグマに対する叱り具合といい、明らかに彼は只者ではない。
故に、当然というべきか、ライムはすっかり圧倒され、囁くようにシグマに尋ねた。
「…誰? この人」
それに、シグマも今だ威圧されつつも囁いてみせる。
「こいつは、サフィン=グウェント=ストラスクラウドと言ってな、俺の国の…、待てよ」
「? シグマ? …言葉と動きが止まってるわよ」
ライムの指摘は見たままだったのだが、それに反してシグマの瞳には、閃きにも近い光が浮かび上がった。
「…そうか…! サフィンが来たなら丁度いい」
「え?」
ライムが怪訝そうに尋ねると、シグマは一転して反省の色を顔に浮かべた。
「おいサフィン、今までの事は謝る。…悪かったな」
これにサフィンは軽く腕を組み、蒼の瞳でシグマを見やる。
「またそういう露骨な事を…今度は何をして欲しいんですか? 皇子」
「分かっているなら話は早いが…」
シグマがそう、何の気なしに本音を漏らした途端、
「やはり心からは反省していなかったようですね」
「…あ」
シグマが思わず声を落とすと、サフィンはこういったやり取りには慣れているらしく、組んでいた腕を解いた。
「まあ、皇子の口から、反省の意味の言葉が出ただけ上等です。
さて…今度は、何の問題なんですか」
「うん…それなんだが、実はな…」
シグマは、己が見知っているサフィンが現れた事で、多少なりとも安堵したのか、今までの経緯を詳細に語り始めた。
…ややあって、話を終えたシグマが息をつく。
「…という訳だ」
対して、シグマから話を聞いたサフィンは、眉をひそめ、口元に手を当てて考えをまとめていたが、やがてその手を下ろした。
「成程、あのルーファスの血液鑑定ですか…
分かりました。難しいかも知れませんが、やってみましょう。
…皇子、剣を貸していただけますか?」
シグマは頷くと、ルーファスを切りつけた例の剣をサフィンに渡した。
サフィンはその刃や、血が付着したが故に残る鈍色の曇りをあらためていたが、やがてその目を鋭く細めた。
…その、ただならぬ様子に、リックが我慢出来ずにシグマに問う。
「お…、おいシグマ、これから何をやろうってんだ?」
「言った通り、“魔法による血液鑑定”だ」
魔術に秀で、また軍事帝国ウインダムズの皇子でもあるシグマは、事もなげに答える。
「!ま…、魔法!? って事は、この人…!」
ライムが穴の開くほどサフィンを見つめる。
それを制して、シグマは頷いた。
「ああ。…このサフィンは、俺の国でも有数の、強力な魔力と能力を持った人物だ」
「それで思い出したぜ! 確か、サフィンって、ウインダムズの元帥の名前じゃねえか!?」
リックもこれまた驚愕し、己の意思とは無関係にサフィンを見やる。
この二人のいちいちの反応に、シグマは一時、苦虫を噛み潰したような表情を見せたが、やがて諦めたように軽く息をついた。
「まあな。…サフィン、どうだ、出来そうか?」
「そうですね…とにかく、やってみます」
サフィンが魔力の発動を試み、自らの前に左手をかざす。
そのまま、準備が整ったらしいサフィンは、呪文らしきものを低く、静かに唱え始めた。
「…我が記憶に収められし、赤き魂…我が呼び声に応えよ」
すると、眩い赤の光がその場を覆い…
…その中から、見た目も奇妙な生物が出現した。
…一夜があけた、森と湖の国ファルス。
昨日の一件に引きずりを残しながらも、ライム、リック、クレア、シグマの四人は、ファルス城の中庭にある、美しい庭園にいた。
その庭園には噴水があり、周囲にはとりどりの樹々や花が溢れんばかりに息づいている。
幼い頃から見慣れているそこで、視覚や精神を少なからず和ませていたリックに、ふと、背後から若い女性の声がかかった。
「こんな所に居られたのですか、フレデリック王子」
呼びかけられて、リックは声のした方を振り返った。
そこにはファルス王の側近にして、自分の教育係でもある、ミストがいた。
そのミストのすぐ側には、金髪の、すらりとした容姿の青年が立っている。
「ああ…何だ、ミストか。──あれ? それ誰だ、客か?」
リックの興味は自然、その金髪の青年に注がれる。
すると金髪の青年は、音もなくミストの前に回ると、そのままそれにも増して静かに、シグマの方へと歩を進めた。
…この時点でシグマは、ライムと他愛ない会話をしており、不覚にも、この青年の接近に気付かなかった。
青年は、今にも叱りそうな声でシグマに話しかける。
「シグマ皇子…」
「!うっ…、そ、その声は…サフィンか!?」
シグマがぎくりと硬直し、ほぼ反射的に振り返る。
…そこにはシグマの、予想していた通りの人物がいた。
「…サフィン?」
リック同様、その人物…
サフィンと呼ばれた青年と面識のないライムは、きょとんとしたまま名を反復する。
そのサフィンは、一瞬にして自らを取り巻く空気を鋭いものへと変えると、容赦なくシグマに詰め寄った。
「こんな事だろうと思いましたよ。誰がファルス城で油を売っていていいと言ったんですか!?」
「あ、ああ…けどなサフィン…」
シグマは珍しくも、既にしどろもどろだ。
しかしサフィンの口調は、有無を言わさぬどころか、更にシグマの頭から痛烈な説教を降らせた。
「分かっておられるのですか!? 貴方は現段階では、もはやウインダムズの皇帝も同然なのですよ!
皇帝に最も近い位置にあるはずの御方が、旅に出たまま戻らないなどと! 帝国民には、どう説明すればいいのです!
聞いておられるのですか!? 皇子っ!」
…その迫力といい、軍事帝国ウインダムズの皇子であるシグマに対する叱り具合といい、明らかに彼は只者ではない。
故に、当然というべきか、ライムはすっかり圧倒され、囁くようにシグマに尋ねた。
「…誰? この人」
それに、シグマも今だ威圧されつつも囁いてみせる。
「こいつは、サフィン=グウェント=ストラスクラウドと言ってな、俺の国の…、待てよ」
「? シグマ? …言葉と動きが止まってるわよ」
ライムの指摘は見たままだったのだが、それに反してシグマの瞳には、閃きにも近い光が浮かび上がった。
「…そうか…! サフィンが来たなら丁度いい」
「え?」
ライムが怪訝そうに尋ねると、シグマは一転して反省の色を顔に浮かべた。
「おいサフィン、今までの事は謝る。…悪かったな」
これにサフィンは軽く腕を組み、蒼の瞳でシグマを見やる。
「またそういう露骨な事を…今度は何をして欲しいんですか? 皇子」
「分かっているなら話は早いが…」
シグマがそう、何の気なしに本音を漏らした途端、
「やはり心からは反省していなかったようですね」
「…あ」
シグマが思わず声を落とすと、サフィンはこういったやり取りには慣れているらしく、組んでいた腕を解いた。
「まあ、皇子の口から、反省の意味の言葉が出ただけ上等です。
さて…今度は、何の問題なんですか」
「うん…それなんだが、実はな…」
シグマは、己が見知っているサフィンが現れた事で、多少なりとも安堵したのか、今までの経緯を詳細に語り始めた。
…ややあって、話を終えたシグマが息をつく。
「…という訳だ」
対して、シグマから話を聞いたサフィンは、眉をひそめ、口元に手を当てて考えをまとめていたが、やがてその手を下ろした。
「成程、あのルーファスの血液鑑定ですか…
分かりました。難しいかも知れませんが、やってみましょう。
…皇子、剣を貸していただけますか?」
シグマは頷くと、ルーファスを切りつけた例の剣をサフィンに渡した。
サフィンはその刃や、血が付着したが故に残る鈍色の曇りをあらためていたが、やがてその目を鋭く細めた。
…その、ただならぬ様子に、リックが我慢出来ずにシグマに問う。
「お…、おいシグマ、これから何をやろうってんだ?」
「言った通り、“魔法による血液鑑定”だ」
魔術に秀で、また軍事帝国ウインダムズの皇子でもあるシグマは、事もなげに答える。
「!ま…、魔法!? って事は、この人…!」
ライムが穴の開くほどサフィンを見つめる。
それを制して、シグマは頷いた。
「ああ。…このサフィンは、俺の国でも有数の、強力な魔力と能力を持った人物だ」
「それで思い出したぜ! 確か、サフィンって、ウインダムズの元帥の名前じゃねえか!?」
リックもこれまた驚愕し、己の意思とは無関係にサフィンを見やる。
この二人のいちいちの反応に、シグマは一時、苦虫を噛み潰したような表情を見せたが、やがて諦めたように軽く息をついた。
「まあな。…サフィン、どうだ、出来そうか?」
「そうですね…とにかく、やってみます」
サフィンが魔力の発動を試み、自らの前に左手をかざす。
そのまま、準備が整ったらしいサフィンは、呪文らしきものを低く、静かに唱え始めた。
「…我が記憶に収められし、赤き魂…我が呼び声に応えよ」
すると、眩い赤の光がその場を覆い…
…その中から、見た目も奇妙な生物が出現した。
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