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老と白
しおりを挟む――――俺はただ、探し物があるだけだ。
迷いもなく荒れた草花を踏み、視界を遮る樹木をくぐり抜けて崖を駆け上がる。とてもじゃないが、ある程度鍛えた者でないと通れない道。
荒地を悠々と駆けていく男は、見る者を驚かす。何故なら、どう見ても60~70代ほどの爺だからだ。
顔や手の皺こそ老人の証のごとく深いが、眼光は鷹のように鋭く、長い白髪を適当な編み方でまとめている。古い着物の合わせ方も適当で、野性的な外見をしていた。
「……っ! そこの素早いおじいさん! お待ちください!」
誰も訪れない深い森の中で爺の姿を見つけ、嬉しそうに声をかけてきた中年がいた。
行き先を塞がれて、爺は不機嫌そうにため息をつく。
「ああ? なんだ、いきなり」
「おじいさん、こんな人が立ち入れない山奥でどうされましたか。人を埋めにきたとかじゃないなら、我が 生駒目村(いこまめ むら)にご招待しますよ!私はこう見えて、村長なんですよ」
「いや……俺は、」
村長を名乗る中年は、相手の意思に関係なく言葉を紡ぎ、爺の着物を力強く引っ張った。
「はいはい、分かっております分かっております! さあ、こちらにどうぞ!」
村長はまるで獲物を見つけたとばかりに、無理やり爺を連行していく。
爺は全く乗り気がしないが、本来の目的のために渋々ついていくことを決めた。
「……まあ、ちょうどいい。
――――俺は、探すだけだ」
ついた先は、今にも潰れてしまいそうな最果ての集落だった。
建物も道具も、眼に映る物全てが朽ち果てており、まともな屋根がない居住がほとんどだ。人の姿は見えないのに、どこからかひそひそと複数人の声がした。
村長の屋敷は集落の中で一番整っているが、独特のにおいが立ち込めている。
「……おい、村長サンよ。そこらじゅうに汚ねえ塵が落ちてるじゃねえか」
「え? あー、はは。色々と忙しくてあまり手が回ってないだけですよ。勘弁して下さい。
さ、どうぞ、こちらの茶室へお上がりください」
欠けた湯飲みに注いだ白湯と、乾菓子でもてなされる。
この村での精一杯の贅なんだろうか。
「……分かってますよ、おじいさん。身なりこそ風来坊ですが、この近辺をうろつくということは……あれ、でしょう」
「なんのことだ?」
「いやー…、懐にたくさん持ってきているんじゃないですか?」
と言いながら、村長は指で銭の形をつくる。
爺は更にため息をついた。
「旅をしてるからな、そりゃー、ある程度の金がないとやっていけねえだろ……」
爺がそれなりに銭を持っていると知ると、村長は途端に上機嫌となった。
「さ、お好きな方をお選び下さい」
村長が両手を叩くと、座敷の奥から女が二人、しずしずと歩いてきた。爺の前に座り込み、下を向く。
女達の爪先は平たく、手先は老人よりも皺だらけ。顔色は曇天よりも悪そうだ。顔周りだけは美しさを保っている。
爺は眉間の皺を深くして、酷く機嫌の悪い声で返した。
「……悪趣味だな」
「あれ、お気に召しません? 左の女は齢十六ですよ!」
「……」
この場で声高々に喋るのは村長だけだということに、何故気付くことができないのか。
「ああ! 分かりました。なるほど、なるほど。
ならば、少し歩きますが鳥居先へ参りましょう!」
村長はまたもや爺を無理やり引っ張って外へ向かい出した。爺はそこで帰ることもできたのだが、目的のために村を見回ることにする。
外へ行く途中で見えた別室に、村長の趣味であろう日本刀が何本も飾られていた。綺麗に手入れもされていて、いくらかけたのだか分からない。
先ほどの女達は、爺が手をつけなかったもてなしの菓子を奪い合って食べていた。
集落の奥へと、歩を進めた。
十本くらいの朽ちた真赤な鳥居が、重なりあうようにして地に伏せていた。
祠も当然手入れがされておらず、崩れ落ちていた。
"
――そこには、この忘れ去られてしまった場所に似つかわしくない子どもが一人、凛と佇んでいた。
「……あ、の……?
……村長さんと、……どなた?」
透き通る、幼いけれど美しい声だった。
爺が何かを応える前に、村長が鬼の形相となり、子どもへ容赦なく怒鳴った。
「おいっ、なにを失礼な言い方をしてるんだ! お前はいつもっ……もう少しきちんとした対応はできないのかっ!!」
「……っ。
え、えとっ、あの……」
戸惑う子どもと怒りを抑えられない村長の間に割り込んだ爺が、子どもへ自己紹介をした。
「……。俺は淵野(ふちの)という」
「ふちの、さん? えと……“ゆしろ”ともうします」
子どもは丁寧にお辞儀をした。
(この餓鬼は……少女か)
大きな潤んだ瞳で爺――淵野を見上げてくる。
淵野も上から見下ろしているものの、少しだけ険しい表情を緩めた。
二人の間に流れる空気を感じ取って、村長は少女――ゆしろの肩を掴んで淵野の前へと差し出す。
「いいか。ゆしろ、こちらの客人をもてなしなさい。丁重にだ。
いよいよお前にも役目が回ってきたんだ。しっかりやるように」
「え……?」
何がなんだか分からず脅えたゆしろを目前にして、淵野が嫌悪感を丸出しにした。
「あ?そんな理由でこの餓鬼のところへ連れてきたのか。糞みてえなこと言ってんな、腐れ村長サンがよォ」
「ええっ……でも、それが目的で村近くにいらっしゃったのでは? 先ほどの色女はお気に召さないし、一体どういうのが好みですかね」
「俺はそもそも……探し物があるだけだ」
「はあ、探し物、ですか? こんな辺境の地に――」
こんな見るからに窮地に陥っている集落で、一体何を探すことができるのか。
村長はすぐに思い当たり、顔を歪めた。
「……ならば、噂をどこからか聞き付けていらっしゃったんですね?
この、不老不死の少女のことを――……」
「不老、……不死?」
淵野は目を見開いた。
「ゆしろは隣村の……と言っても、山半分向こうの「御無寺(おんむじ)村」の生き残りなんですよ」
当のゆしろは、村長の態度にまだ脅えていた。体を小さくして、大人の男二人のやりとりを伺っている。
「御無寺村は一年前、未知の疫病が流行り、村人は全滅したと言われてますが……。
このゆしろ、なんと村の秘酒“神遠酒(しんえんしゅ)”を飲んでおりましてね!
不老不死となり、一人生き延びたのです」
村長は息を荒くしながら言い放った。
(この少女・ゆしろが不老不死……? 嘘だろう)
淵野はゆしろをじっと見つめた。
薄い亜麻色のふわりとした髪を肩まで伸ばしており、翠玉色の大きな瞳が淵野を映していた。
「……そんなものは話半分程度にしておけ」
淵野は呆れたように脱力するのだが、反比例して村長の熱は高まっていく。
「いいえ、あの絶望的な流行り病の中で生き残り、ウチで引き取った一年間から全く外見が変わらないんですよ! 間違いなく不老不死者ですっ」
強い物言いに、ゆしろがビクリと肩を揺らした。
「不老不死になれる“神遠酒”が奉納された社は御無寺村にとって一番の観光名所でね、拝みに来る客で村の資金は潤っていたみたいですよ。
しかし、まあ、そんな村も予期せぬ疫病で……ええ」
そこから先は言葉を濁したが、村長の表情からは「いい気味だ」と読める。
「淵野さん、でしたか。“神遠酒”はこの周辺地域では有名ですよ。ご存知ないですか?」
「……」
淵野は何も答えなかった。
村長は全く気にしていなかったが、ゆしろは首を横に振っている。
「ゆしろは……、ゆしろは、……ええと」
どうしたらいいか分からず戸惑い続けるゆしろを尻目に、淵野は村長へと体を向けた。
「……おい、村長さんよぉ」
「はいはい、なんでしょう?」
「……気が変わった。金を払うから、この餓鬼、……いいな?」
「!!」
淵野がそれなりの金額を出して放ってやると、目の色を変えた村長が鼓舞しながら屋敷へと戻って行った。
その銭は、どうせ村長の趣味のためだけに消えるのだろうが。
「……っ!!」
二人きりになると、さすがに異変を感じとったのか、ゆしろは小刻みに震え出した。
淵野が一歩近付くと一歩後退りをするが、足がもつれてしまい、その場でぺたりと尻もちをつく。
「……お前、一年前に本当に“神遠酒”を飲んだのか?」
淵野が淡々と問うと、ゆしろはハッとした。
「……。ぜったい、のんでません」
強く首を振る。
「何故、言い切れる? 知らない内に飲まされてるかもしれねえぞ」
「……死んじゃったお父さんとお母さんが、お酒は大人になってからって言ってたもの。
ゆしろは、それを、かならず守ります」
「……」
(そんな、くだらねえ根拠……)
淵野は、思わず少し笑ってしまった。
小さくて大人しくて、控えめな少女。しかし、強い意志が確かにそこにある。
「ゆしろは、不老不死じゃない、です。ちゃんと……少しだけ背が伸びました。成長……しています……!」
「……そうだろうな」
こんな餓鬼が不老不死であってたまるか、と淵野は苦い顔をする。
ゆしろは淵野の表情を窺っていた。もう、あまり逃げようとする気力はないようだ。
「とって食やしねえから安心しろ」
何の約束にもなっていない言葉を鵜呑みにする純粋な少女は、一言だけで肩の力を抜いた。
ふと、複数の視線を受けた。
ここから離れた場所に立つ汚い小屋から感じる。何人かの薄汚れた男女が、ゆしろを遠巻きに見ていた。濁った声でゆしろに汚い言葉をかける。
「胡散臭い不老不死の餓鬼め……」
「ずるい…ずるいぞ……」
「――ああ?! よく聞こえねぇな! 何がズルイんだよ!?」
淵野が声を荒げると何人かの連中は顔を引っ込めたが、残った汚ならしい男女が見苦しく表情を歪める。
「その餓鬼、将来は見世物になるからって、村長から食いモンを与えられているんだぜ! 贔屓だ!!」
――ああ。そういうことか。
絶望的な疫病から“神遠酒”を飲んで生き残った不老不死の少女は、これからこの村の観光名物にさせられるのか。
もし客に不老不死を信じてもらえなくても、数年たてば先の女どものように「使える」から、村長はこの少女を引き取ったのだろう。
「何が不老不死だ……許さない……」
「若くて綺麗なまま、時を止めるなんて……」
「事故でも病気でも死なないなんて不公平だ……」
この村の民達は、ただ朽ちていくしかない今の状況を嘆くことしかできないのだろう。
こんな幼い少女へ侮蔑の言葉を投げても、何も変わらないというのに。
淵野はゆしろの視界から村人達を遮断するかのように、堂々と立った。ゆしろは大人しく、じっと淵野を見上げている。
「――おい」
「は、はいっ…」
「今日は村長から何の飯を与えられたんだ?」
ぱちりと大きな瞬きをして、ゆしろは本日の食糧を思い返す。
「え、えっと。……お芋ひとつと……お芋の、茎」
「……。ま、この塵貯めのような土地ではその程度だろうよ」
この村には枯れた畑しか見当たらない。何らかの原因で土地が死んでしまっているのか、はたまた、手入れを試みる者が誰もいないから土地が死んでしまったのか。
「お前、早くこの村から逃げないと、あの村長に金の成る木にされるぜ」
「……。さくせんは、あります」
「ほう? 聞いてやる。言ってみろ」
ゆしろから出た意外な言葉に、淵野は興味を惹かれた。
「これらを売ってお金を作って……ゆしろは生きていきます」
そう言って見せてくれた巾着の中には、小さな細工品、装飾品、塗料など、この村の塵貯めで必死にかき集めて磨いただろう売り物が詰まっていた。村人に盗まれないように、必死に懐へ隠してきたのだろう。
「それを他の町で売るにしても、だ。まずここから出ていく必要があるだろが。
ふもとに降りるには、餓鬼一人では無謀だぜ。道に難所が多い」
ゆしろは唇をかんで、ぐっとこらえた。小さな身で逃亡するのは困難を極めることを、本人も分かっているのだろう。
「……なんとか、行きます」
「なんとかなるモンじゃねえ」
「ゆしろが生き延びれたのは、お父さん、お母さんのおかげ……。不老不死だからじゃないです」
亡くなった両親のことを想い出しているのか、ゆしろは大きな涙を目尻に貯めた。しかしそれを零さないように、いじらしくも必死にこらえている。唇を一文字に結んだ。
「お父さんとお母さんのために、ゆしろは一人でも背筋のばして、ちゃんと生きていきます……っ」
――幼子とは思えない、強い想い。光ある大きなまなこ。
……ゆしろを、こんな死んでいる村に置いておくのは勿体ない。淵野は深く感じた。
「……いいだろう。荒れ地は俺が抱えていってやる」
「……え?」
「ここから、連れ出してやる」
淵野ははっきり言い切ると、ゆしろの軽い体を担ぎ上げた。
「……!? 淵野さん……?」
「しばらく黙っているんだな」
それを遠くから見ていた野次馬の連中がざわついた。
「不老不死の餓鬼を連れてくだと? 正気か?」
「俺が正常か異常かは、勝手に決めてくれや」
困惑する連中に構わず足早に村の出口へ向かうと、そこには青ざめた村長が立ちはだかっていた。
怒りで震える手には、飾ってあった日本刀が握りこまれている。
「こ、困ります……! ゆしろは、村の中ではお好きにお使い下さい。ですが、持っていかれるのは勘弁下さい! これから年月を重ねてその娘は、村にとって貴重な、大事な存在になるので!」
淵野は、本日一番の盛大なため息をついた。
「馬鹿が。育つ前に死んじまう」
「不老不死は死なない!」
低く吐き捨てるように呟いた淵野へ、村長は被せるように叫んだ。
淵野は、抱き上げているゆしろを見下ろして目を合わせた。体重も異様に軽い。
「一年前と外見が変わらないように見えるなら、極端な栄養不足だ。……成長期が芋だけで足りるかよ」
「不死だから平気ですよ!!」
「不死なんて都合のよすぎるモンがあってたまるかよ。
どけや。俺達は行く」
「……。金の稼ぎ手を……持ってかれてたまるかっ!!」
言うや否や、村長は鞘を抜き、刀を振りかぶってきた。
冷静さを失った動きに、淵野が舌打ちをする。
「糞が」
淵野はゆしろを脇に抱え直し、彼女に当たらないように身体を反らす。
怒りで我を忘れた村長はゆしろの存在も気にせず、また斬りかかってきた。
――ゆしろの顔に刺さる……!
「……きゃっ!!」
「――チッ」
淵野は空けた右手で刃を強く掴み、村長の動きを封じた。
ぶしゅっ……と、切れた掌から赤い血が飛び散る。
鮮やかな血しぶきを目にしたゆしろは青ざめた。
「……いいか、よく聞け! 御無寺村で“神遠酒”を飲んだのは俺だ!」
辺りは一瞬で静まりかえった。
理解できなかったのか、口をあんぐりと開けた村長が呆然とする。
「俺は、御無寺村の社で秘酒を管理していた神主(かんぬし)だ。
あの疫病の最中、“神遠酒”を飲んだのは俺だ。嘘じゃねえ」
右手で刃を握ったまま、堂々と言い張る淵野。
正面から堂々と睨みつけてくる姿に、村長はたじろいだ。
「……では、貴方が……不老不死……? し、しかし……」
淵野の全身を下から上へと観察した。
確かに機敏で、その動きからあまり老いを感じさせない。だが、見目は翁そのものだ。
「皺くちゃのジジイじゃないか! その姿をいつまでも若く保ち、何があっても死なない……不老不死とはかけ離れた姿でしょう!!」
「不老不死なんてのは話半分にしとけっつったろが。てめぇ、聞いてなかったのかよ」
まだ頭の整理ができない村長や村人達へ分からせるため、淵野は声を張り上げた。
「――聖なる“神遠酒”は不老にはなれる。不死なんて効果はねえ!」
「……は!? 不老、だけ……?」
村長は間抜けな声を出し、遠巻きに見ている野次馬達もざわつき始めた。
「ああ。ご丁寧に、爺が飲んでも不老さ。ここから歳をとらないだけでよォ。
不老であって決して不死じゃねえ。そうだな……だから老衰だけはありえねえか?」
握った刃をそのまま村長へ返すように向けると、更に血がこぼれ落ちていく。当人はお構いなしだ。
「そ、そんなの、でたらめだろう? ゆしろこそが、不老不死だ……」
「じゃあ勝手にそう思っててくれや」
怪我の程度を解せず、刃を掴んだまま村長へ近寄る。ますます真赤に染まる光景に、村長はおののいた。
「……ヒッ!」
「早くどけ」
「……ゆ、ゆしろをさらってもらっちゃ……こ、困る……」
萎縮した村長は手の力が入らなくなり、地面へ刀を落とした。
淵野はそのまま刃を摘まみ、それを塵のように遠くへ放る。
「や、やめて……!!やめて淵野さん!」
抱えられたままのゆしろがジタバタと動き、淵野の腕から抜け出した。
落ちるように着地して、淵野の掌を両手で包んだ。
「淵野さん、たくさん血を流したら死んじゃう……っ」
大粒の涙を零しながら、ゆしろは自分の巾着から売り物にとっておいた綺麗な布を取り出し、手当てを始めた。
「このくらい、構うな」
「だめ、です! たとえ不老でも不死でも、傷は痛いんです……!」
「……」
応急処置が終わった後、ゆしろは固まったままだった村長に頭を下げた。
深々としたお辞儀に、少女の礼儀正しさと優しさを感じられる。
「今までお世話になりました……。ゆしろは淵野さんと一緒に出ていきますっ……」
頑張ったのだろう、少し大きめの声で言い放つ。
村長や村人達がまた詰め寄りそうだったが、淵野が睨むと早々に気力をなくしていた。
――――どうしようもない疫病で、皆おかしくなっていたんだ。
立ち入りが禁じられていた祠を踏み荒らし、“神遠酒”を奪いあい、神主の淵野が必死で止めても無駄だった。
疫病にかかった者達も、まだ未発症だった者達も、“神遠酒”を手に入れるために傷つけ合う。壮絶な地獄だった。
誰かが倒れこんだ際に、“神遠酒”が淵野の顔に少しかかってしまった。
残りの“神遠酒”は、無慈悲にも全部地面に流れて消えてしまった。
誰かの嘆きが空へ響いた。
“神遠酒”は一滴口にするだけで強烈な力を発揮する、と、代々守り役だった淵野家に言い伝えられてきた。
果たして、運があったのか、なかったのか。
淵野は村人にうつされた疫病を抱えたまま倒れこんだ。しかし、何とか命をとりとめたようだった。
――――不老、というオマケつきで。
「……私、同じ村にいたのに、淵野さんをしりませんでした」
「俺はずっと社にこもってたからな。俺の方はお前を知ってたぜ。お前の両親は優秀な薬師だ」
「……!」
親の実力を認められて、ゆしろはとても嬉しそうだ。
「そして冷静だった。あの混乱の中、病気に効く薬を諦めずに調合して……何度も何度も調合し直して……見事、幼子だったお前にだけは飲ませることができたんだろう」
疫病から自力で復活してから、淵野は村人の遺体を数えた。だが、村外れの薬師の間に生まれていた女児だけがいない。
「――探さねば。即座にそう思ったさ。
唯一となってしまった、同郷の人間を……」
一年の歳月を要したが、ようやく探し当てることができた。
淵野の鋭い眼光が、ほんの少しだけ和らいだように見える。
「見つけるのが遅くて悪かったな。
――さ、もうふもとの村につく。後はお前の好きにしろ」
抱き上げてたゆしろをそっと草原の上に降ろし、金を多めに持たせた。
これでしばらくは食べていけるし、安全な宿もとれる。
ゆしろにとっては必死に集めた売り物だったが、おそらく正価で売れても一食にすらならないだろう。
「……淵野さんは、本当に……不老になったんですか?」
消え入りそうな声でゆしろが尋ねた。
常に真剣な態度の少女に、淵野もありのままを伝えることにする。
「少なくとも俺は“神遠酒”を飲んだ感覚があったからな。なったんじゃねえか?
……ま、こんな干からびた爺が時を止めたところで、何にも特典はねえがな」
――じゃあな、と告げて去ろうとしたが、ゆしろが淵野の裾を掴んでいた。なかなか強い力で、離さない。
「不老なら……。……私が……大きくなるのを、待っていて下さい」
「……あ?」
「――私も、淵野さんの旅についていきますっ!」
今までで一番大きく叫んだ彼女の声が、雲一つない青空に強く響いた。
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