あの場所で

ゆき

文字の大きさ
上 下
1 / 1

授業

しおりを挟む
 僕は夜、外を歩いていた。昼の暑さは嘘みたいで夜は涼しかった。僕はある場所を目指して歩いていた。僕にとってはそこに行くまでの道は歩き慣れた道だった。前までは友達と笑いながら歩いてた道だけど、今では一人ぼっちになってしまった。僕は、僕らはあの日、あの場所を卒業した。思い出が詰まったあの場所を。
 気がつけば、あの場所にたどり着いていた。僕は閉まっている門を飛び越えて、運動場に向かった。昼間の賑やかさはなく、風の音しか聞こえなかった。僕は運動場に置いてある椅子に座った。風が気持ち良かった。ふと、空を見上げるとそこには多くの流れ星が流れていた。「綺麗だな」とつぶやいた。
「そうだな。」と後ろから声がした。
僕は慌てて後ろを振り返った。そこには、高校生の時お世話になった先生が立っていた。
「こんばんは。」
と先生は声をかけてきた。僕も
「こんばんは。」
とかえした。
「こんな時間にどうした?」 
先生は不思議そうな顔をして言った。
「少し疲れて。」僕は小さい声で言った。すると先生が
「そうか、疲れたか。椅子に座って久しぶりに授業をしようか。」
先生は椅子を指さしながら言った。僕は先生の言葉通り、椅子に座った。
「久しぶり。」
先生は言った。
「お久しぶりです。」
と僕も言った。先生は少し悩みながら声をかけてきた。
「今の生活は慣れたか?」
先生は空を見ながら言った。
「慣れました。」
とだけ答えた。
「慣れたのならよかった。」
先生は言った。会話が続かず、また静かな夜になった。ぼんやりと空を眺めていると
「疲れたか?」
と先生は質問してきた。僕は少し悩んで
「少しだけ。」
と言った。
「疲れた理由を聞いてもいいか?」
と先生は聞いてきた。
「いいですよ。そうですね、自分を僕という人間を演じてるのではないかと思ってて。みんなが思っている、求めてる人間を演じているような気がして。」
僕は、ゆっくりと答えた。
「この場所にいたときはそんなことを考えなかったのに、新しい場所では考えるようになってしまって。」
僕は答えた。すると、先生が
「別に演じても良いんじゃないか。先生はそう思うぞ。世の中の人間は誰もが演じている。この俺でもだ。」
先生は僕を見ながら、答えた。
「君もここに来たときは演じていたぞ。」
「えっ。」
僕は驚きを隠せなかった。
「演じてた記憶はありませんけど。」
僕は慌てて言った。
「その様子だと気付いてなかったのか。」
先生も驚いていた。僕は頭をフル回転させて思い出したが演じた記憶はなかった。僕が悩んでいると
「ここに来たときは作り笑顔をして過ごしていた。一時期、職員室で噂になってたぞ。」
「えっ。」
「ある日、周りを信頼し始めたぐらいから君は作り笑顔をしなくなった。心から笑顔で過ごしていた。」
先生は一呼吸置いて、
「まだ、初めての場所で周りを信頼出来ていないから演じているのだろ。俺はそう思う。」
先生は僕をじっと見ながら言った。
「先生の言うとおり、まだ周りを信頼出来ていません。いつかは見捨てられるような気がして。」
僕は、呟くように答えた。
「なぁ、よく考えてみろ。高校の友達は君を見捨てたか、君を裏切ったか。どうだった。」
「そんなことなかったです。困ったら助けてくれて、悩んでたら相談に乗ってくれました。」
「そうだろ。君が答えたような人をこれから見つければいい。そして、人を信頼すればいい。そしたら、君は見る世界が変わってくるだろう。君の人生はこれから長く続くのだから。」
僕はその言葉を聞いて、涙が出てきた。
「ありがとう、先生。」
先生は僕の背中を撫でながら、空を見上げた。
 いつしか涙が止まり、僕も空を見上げていた。
「疲れはとれたか。」
「とれました。」
「なら、君をまた新しい世界に送り出すとするか。」
「はい。」
僕と先生は、門へ向かった。僕は門の前に立ち、先生を見た。
「これが最後の言葉だ。しっかり聞けよ。」
「はい。」
「君の人生は君が決める。たとえ、演じようともそれでも君は君だ。だが、演じすぎて自分自身を忘れてはいけない。心の奥底で本当の君が泣いているかもしれない。泣くまで、演じるほど馬鹿なことはない。それを忘れてはいけない。君は君らしくこれからの人生を頑張れ。時には下を向いたり、するかもしれない。それでも、いつかは顔をあげて前を向いて、進め。君の人生に幸せがあることを願う。」
「先生、ありがとうございました。」
僕は先生に頭を下げてこの場所を去った。新しい場所で自分らしく頑張るために。


    
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...