真珠を噛む竜

るりさん

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第九章 ひまわり亭

家族の形

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 ひまわり亭から少し歩くと、鶏の声が聞こえてきた。
 エリクたちは、それで、レイテナの兄がいる鶏小屋が近いことを知った。乾いた地面に乾いた空気。エリクたちはだいぶ南に来たのだろう。元いた場所とはだいぶ気候が変わっていた。
 そんな中、大きな土ぼこりをいくつも上げる鳥たちのなかで、卵を拾っている一人の男性が見えてきた。背は高く、大柄で、がっしりした体格の男性だった。長い三つ編みの赤毛を背中に垂らしていて、汗ばんだ額をその太い腕で拭っていた。
「あれ、レイテナさんのお兄さん?」
 ジャンヌがレイテナに尋ねると、レイテナはその男性をじっと見つめて、すこし唸った、顎に手を当てて考え込むしぐさをすると、ジャンヌをちらりと見た。
「あれを兄と呼んでいいかどうか、迷うな」
 すると、すかさず、夫のソルアがレイテナを小突いた。
「お兄さんにそんな失礼をしてはダメだよ、レイテナ」
 すると、レイテナは舌をちょっとだけ出して、おどけてみせた。
「だって、つい最近まで兄さん、ソルアの存在自体認めていなかったのよ。酷いと思わない?」
「お兄さんには、お兄さんの想いがあったんだよ。レイテナのことが誰よりも大事だったんだ。あの戦乱の中、僕のような貴族が君たちのように狩りで暮らしている人達の森を荒らせば、ああもなるよ」
 ソルアは、レイテナの兄のことをよく分かっていた。レイテナとの仲を反対していたわけは、おそらくそれだけではないはずだ。ソルアは育ちが良いだろうから、猟師で生計を立てているレイテナたちとは違う世界の人間だ。そのこともあったのだろう。
 ソルアの意見を受けて、レイテナは落ち着いた態度で、エリクたちに接した。
「森で獲物を狩って生活する、肉以外のものもすべて森から得る。果物も、野菜も、水も、土も。そうやって生きていた私たちだから、貴族だったソルアと私が恋に落ちた時は、まず兄がびっくりしたわ」
 レイテナはそう言って、鶏小屋の戸を開ける。一緒についてきたエリクたちだが、その中でもリゼットは、背が小さいために小さな鶏小屋の入り口をすんなり通り抜けていった。
「身分違いのロマンス! 私ならときめいちゃうわ!」
 リゼットは、他の人間が背をかがめて入る中、すんなりと通り抜けていった。
 鳥小屋に入ると、小屋は小さく、外にある放し飼いの庭はずいぶんと広かった。その庭にレイテナの兄はいた。
「セルディアさんとサニアさんは、身分違いでいらっしゃるの?」
 突然リゼットが話題を振ってきたので、二人はびっくりして顔を見合わせた。そして、二人して楽しそうに笑うと、鶏小屋の中で、リゼットにこう説明した。
「私はあの国の王女だったのよ。セルディアはその国の騎士。身分違いと思いきや、その国の民主派勢力の軍師に立っていただいたのがナリア様でね。民主化ってほら、王侯貴族も平民もなくなるわけでしょ。だから、軍師っていう立場は貴重だったのよ。だからもちろん、その兄であるセルディアも私たちより立場が上になってしまってね。あれはおかしかったわ。だって、セルディアったら、いつまでも私を、姫、姫って。もともと城にさえ寄り付かなかった私が姫ってのも変な話でね。どちらかっていうと妹のレシェスのほうが姫っぽかったわ」
 サニアの説明を聞きながら、皆はサニアの家族の顔をいちいち見ていた。誰が誰なのかまだ、顔と名前が一致していなかったからだ。
 サニアが話をしているうちに、先程の男性が額に汗をかいてこちらにやってきた。手にはたくさんの卵を持っている。その男性を呼び止め、レイテナが紹介する。
「私の兄で、名をダルトアと言います。昔は私が弓で得物を捕って、兄さんが斧で木を切って売っていたのよ」
 そう言って、レイテナは胸を張った。紹介されたダルトアは、妹からタオルを受け取って汗を拭いた。そして、そこにいる全員を見渡してにこりと笑った。
「ダルトアです。妹が何か言ってましたかね? ソルアのこととか」
 レイテナはそっぽを向いて口笛を吹いている。ごまかしているつもりだろうが、ごまかしにもなっていない。皆はそれを見て、少しおかしくなった。
「レイテナさんは、本当に皆さんのことがお好きなんですね」
 セリーヌがフォローすると、レイテナは口笛を吹くのをやめて、セリーヌをじっと見た。
「そこなんだよね」
 レイテナの言葉に、皆がよく分からない、と言った顔をした。
 なにがどうしたのだろう。レイテナが皆のことを好き、それがいったいどうしたというのだろう。
 すると、黙りこくってしまった皆をいったん鶏小屋から出し、ダルトアは近くにある木陰を勧めてそこに円くなって皆で座った。
「レイテナから昨日聞いてな。もっとも、サニアさんから妹経由というわけなんだが」
 ダルトアが、皆を見回して話し始めた。
「そこにいるクロヴィスとジャンヌが恋仲であることで、皆が盛り上がっている。皆が二人のことを好きで、二人も互いのことが好き。それは、俺たちが置かれた状況とよく似ているんだ。そもそも俺たちはみんなでまとめて行商人のふりをしながら戦時下を生き抜いてきた。時に戦い、時に隠れた。その中でレイテナとソルア、サニアとセルディアが恋に落ちた。それを、俺たちは祝福した。だが、俺だけがソルアのことを認められなくてな。そんなとき、戦乱の前に恋人を事故で亡くしていたサニアの妹のレシェスに窘められたんだ。そんなことでは妹はいつまで経っても幸せになれないってな。確かに、俺は、あの時レイテナに恋をした男全てを追い払っていた。妹はそのたび泣いていたし、我慢もしていた。俺たちは戦乱が終わったらここに定住して家族になった。だが、君たちはもう既に家族になっている。もし、クロヴィスとジャンヌが仲たがいをしたら皆が両方を窘めるだろうし、仲直りしたら祝福できる。そンな力が君たちにあると、俺はそう思う」
 ダルトアの話が終わると、ずっと考えながら聞いていたクロヴィスがまず質問をした。
「なぜ、そう思うんだ? あんたは俺たちのことをそんなに知らないはずだ」
 ダルトアは、その質問に丁寧に答えていった。
「君がサニアたちにした相談の内容を聞いたんだ。君は本当に家族のことを心配している。また、自分のことで家族の今の在り方にひびが入るのではないかと心配している。考えていることが自分のことだけではない、それは家族みんなが同じはずだ」
 ダルトアの話を聞いて、リゼットが飛び上がった。
「クロヴィス、あなた、まさか自分とジャンヌのことで皆に迷惑がかかるとか、そんなこと考えていたんじゃないでしょうね!」
「考えていた。すまん」
「すまん、じゃ済まされないわよ!」
 花小人は、思わず立ち上がってクロヴィスを睨みつけた。
「私たちを何だと思っているの? あなたの家族でしょ?」
 そう窘められて、クロヴィスは少し、嬉しい気持ちになった。それも相まってか。ジャンヌとダルトアがリゼットを止めると、クロヴィスは目に涙を溜めた。
「すまん、俺は、泣き虫だな。こんな家族を持って嬉しいよ」
 クロヴィスはそう言って涙を拭った。
「しかし」 
 ダルトアが、クロヴィスが落ち着くのを待って、口を開いた。
「あなた方の名前は面白い。異国の名前だ。聞いたことがない」
「それは、こちらもですよ」
 セリーヌが、すかさず返す。にこにこと笑っている。ナリアの癖が移ったのだろうか。
「でも、ここでちゃんと定住してうまくやっているあなた方と、私たちの共通点が見つかって、よかった。これで安心して私たちも旅ができます」
「定住する地域や職はあとからでも十分探せますからね。いまは旅をする中で沢山仲良くなって、たくさん喧嘩して、たくさんお互いを知ってください」
 いままで黙っていたレシェスが、ようやくしゃべりだした。すこし、ためらいがちに前に出てくるので、サニアが苦笑して皆を見渡す。
「この子、人見知りなの。初めてあった人にこんなに喋るのは珍しいわ」
 サニアは人懐っこい。それは宿屋を経営している手腕を見れば分かる。だが、その妹は対照的な人見知り。それにはみんな驚いた。
「城ほっぽり出して城下町で遊んでいた私に比べて、この子は城の外に出ないで育ったからね。私の代わりに姫様やらされてね。だから、いざ、城を捨てて平民の中に紛れていこうとなったら、誰ともうまく話せなかったんだよ。そんな私たちは何度も衝突したし、人並みに仲良くもなった。おかげでこの子もだいぶ農民が板についてきたんだよ」
 サニアの話を皆は真剣に聞いていた。その中で、ジャンヌだけが何かが足りない、そんな顔をしていた。隣にいたリゼットがそれに気が付いてどうしたの、と問いかけると、ジャンヌは一言、こう言った。
「私たち、衝突したこと、あったっけ?」
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