真珠を噛む竜

るりさん

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第十章 月下美人

瓦礫の町

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第十章 月下美人



 一行は、セルディアたちの町を後にして、街道を南へと、国境に向かっていった。町で一か月滞在用のビザを取り、エリクたちのいた国の身分証明書も発行してもらったので、これで国境を抜けられるはずだ。もとより、ビザも身分証明も必要のない旅人のクロヴィスやナリアたちは取ることはなかった。持つべき国がないからだ。
 この土地では、大体の旅人がそうだった。旅人のことを彼らは根無し草として扱い、どの国家にも属さない中立の存在と位置付けていた。その代わり、紛争や戦争に巻き込まれても彼らは中立の立場を貫かなければならなかった。
「でも、これでどこかに定住したら、クロヴィスも中立じゃなくなっちゃうね」
 旅の途中、エリクがそんなことを言うものだから、クロヴィスは嬉しそうに、くわえていた木の枝を道端に放った。
「そのほうがいいんだよ。戦争に巻き込まれるのは御免だけどな」
 クロヴィスはそう言って、鼻歌を歌い始めた。今の彼は相当機嫌がいい。
 だが、機嫌がいいのは彼だけではなかった。この道を行く誰もがいい気持ちで旅をしていた。
「国境ってどんなところかしら。それに、外の国がどんなところか、早く知りたいわ」
 花小人は、そう言うとちらりとナリアを見た。ナリアは笑って返してくれた。
 きっと、戦後復興期とはいえ、いい国なのだろう。最近民主化したと言っていた。
 国境に着くと、皆の身分証明書と旅人の持つパス、そしてビザの確認をされた。すべて通ったので、国境はすぐに抜けることができた。
 国境には木の柵があるだけで、物々しい壁や鉄柵は張られていなかった。それだけ、旅人が行き来しやすい国になっているということなのだろう。
「緊張した」
 それでも心臓は高鳴るもので、ジャンヌはそう吐いて身の回りのチェックをした。
「ジャンヌ、何も誰も盗んでなんかいませんよ」
 ジャンヌの様子に笑いを浮かべながら、セリーヌは、他のことを考えていた。
 この間の、あのエリクの子守唄。
 あれが気になって仕方がなかったのだ。
 どこかで聞いたことのある言葉の羅列、懐かしいメロディー。おそらく誰もが経験する歌ではないだろう。歌詞はおそらく海や空を指している。
 そのような歌を、どうしてエリクの母親は知っていたのだろう。たしか、ずっと牢の中にいたはずでは? それとも、牢に入る前に見た景色なのだろうか。先祖代々受け継がれてきた歌の割にはメロディーもフレーズも新しすぎる。
 いままで、それをエリクに聞こうと思って、何度も喉の奥に呑み込んできた。いつ、どのタイミングで聞いたらいいのか分からなかったからだ。
 おそらく、あの場にいたアースと一緒なら、聞くことができるだろう。そう思って、今は尋ねるのをやめた。
 国境を抜けると長い平原が続いていた。その先にある町までは歩いて五日。この周辺にあった集落は戦争で焼け落ちてしまったのだと、クロヴィスは言っていた。
 旅の間に荷物も増えて、フレデリクの負担が増してきたので、ナリアの幌馬車に一部を預けて、馬を休ませながらゆっくり歩いていくことになった。
「ランサーの論文でしょ、それ」
 旅の途中、大学へ論文を送ろうとしていたセリーヌに話しかけてきたのは、リゼットだった。彼女は興味深そうにセリーヌの出した茶封筒を見た。
「まだまだ分からないことだらけで、論文のテーマにも困るんですが、分かったことがあると書かずにはいられなくて」
「どんなことが分かったの?」
「それは内緒です」
 セリーヌが口に人差し指を当ててにこりと笑うと、リゼットはつまらなそうに皆のもとに帰っていった。
 しばらく歩くと、焼けて廃墟となった村落が見えてきた。結構な数で、時にはその中を歩かなければならない時があった。
 そんな廃墟の中を進んでいくと、時々、その集落にいた人間が集まって再建の相談をしている風景に出会った。
「この国の人たちは、ずいぶんと強いんだね」
 エリクがそう言うと、リゼットが不思議そうにそちらを見た。
「でも、こんな場所にいても大丈夫なのかしら? 治安はあまり良くないんでしょ?」
 誰ともなく尋ねたリゼットの言葉に、アースが返した。
「安全とは言えない。だが、この国に関して言えば、安心はできる」
「安心?」
「そうだ」
 アースは、そう言って、辺りを見回すリゼットに笑いかけた。彼の笑顔はなぜか安心できる。ナリアのそれと似ていて、信じるに足る要素を投げかけてくれる。
「そうだ、今日はどこで泊まるの? 町までまだ何日もかかるんでしょ?」
 ジャンヌがクロヴィスに聞くと、彼は、自分を見るジャンヌの視線に照れて目を逸らした。そして、ひとつ咳払いをすると、それを不思議がるジャンヌを尻目に、今日の予定を話し出した。
「アースが言った通り、ここの国の人間は信用できる。夜中に何があってもいいように自治体ごとに見張りを立てているくらいだ。それぞれがそれぞれを支え合っている状態だから、大丈夫だ。ここは敢えて町の廃墟を借りて宿にすることにしよう。女性陣はそれでも心配だろうから、俺とアースが交代で見張りに立つ。だから、午前中に歩くだけ歩いて、午後は狩りをしながら野宿できる場所を探す。それでいいな?」
「まあ、それなら」
 ジャンヌが何故か不満そうに口を尖らせている。何か異論でもあるのだろうか。
 それに気が付いたのは、ナリアだった。くすくすと笑ってクロヴィスを見た。そして、こう言った。
「一回目はクロヴィスとジャンヌが二人で見張りに立ち、二回目は体力のあるエリクとアースが一緒に見張りに立つ。二人で二交代でよいのでは?」
 そのセリフに、皆は一斉にパン、と、手を叩いた。
「気付かなかった。ごめんね、ジャンヌ」
 エリクが謝ると、ジャンヌは真っ赤な顔をして笑った。
「いいのよ、皆。そんな気を使わないで」
 気を使われることになれていない、そんな様子のジャンヌの姿を見て、皆が笑った。フレデリクもなんだか嬉しそうだ。この馬はみんなと旅するようになってどこか垢抜けた雰囲気になっていた。
 そして、皆は午前中いっぱい、頑張って速足で歩いた。午後になると少し歩みを遅くして周りを見渡しながら進むことになった。
 そうやっているうちに、エリクが野宿にちょうどよさそうな廃墟を見つけた。道沿いにあった家らしく、一軒だけぽつんと建っていたものが、焼けて煉瓦の部分だけになっていた。季節が巡るうちにそれも大地と溶け込んで、草や苔がところどころ生えてきていた。
「いい感じね。今日はここで野宿かしら」
 リゼットの心はなぜか弾んでいた。嬉しそうに周りを見渡す。皆は荷物を下ろしたり、焚火の準備をしたりしだした。クロヴィスが、皆の中から出てきてリゼットを呼ぶ。
「リゼット、火をつけてくれ! もうできるんだろ?」
 すると、リゼットの心はさらに踊った。みんなのほうを向いて、得意げに胸を張る。
「もちろんよ!」
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