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第十章 月下美人
守るべきもの
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アースの猛特訓のおかげで、皆だいぶ強くなった。クロヴィスもジャンヌも、そして、怪力をより強化させたエリクも。セベルはもともと強かったが、さらに強くなっていた。おかげで、草原からほど近い森の中に入れば、すぐに獲物をしとめて帰ってくることができるようになった。
「今日食べる分以外は干し肉だな」
クロヴィスが、皆の狩ってきた得物を数えて苦笑いをした。
アースが、隣で少し難しい顔をしている。この国の事情をどこまで知っているのか、アースとナリアは不思議な存在だった。
「クロヴィス、この国では毛皮はあまり売れない。ジャムや香水もだ。金を稼ぐ方法は変えたほうがいい」
「毛皮が? なぜ?」
狩りをするよりほかに稼ぐ方法を知らなかったクロヴィスは、アースの言葉が不思議だった。毛皮や干し肉、ジャムや香水を売るよりほかに何かあるのだろうか。
アースは難しい顔を変えないまま、あたりを見渡した。そして、自分の言葉にじっと耳を傾けるエリクたちの視線を受けたまま、クロヴィスの質問に答えた。
「今まで売ってきたものはすべて贅沢品だからだ」
その言葉を受けて、瓶に絵を描いていたナリアの手が止まった。
「ジャムも贅沢品なのですね」
アースは、頷いた。
「復興途中のこの国の国民の生活水準は決して高いとは言えない。パンに塗るには、ジャムは高すぎるんだ。毛皮も干し肉も、高級品だ。香水などは不可欠なものじゃない。必要のないものは誰も買わない」
アースは、そう言ってエリクたちの狩ってきた動物を見た。ウサギとキツネを合わせて十匹はいる。これから毛皮を剥いで乾かそうといったところだった。
「まあ、今回はこれでいいだろう。明日の午後までに次の手を考えておけばいい」
アースは、そうやってみんなに笑いかけた。ジャンヌがホッとしたような顔をして肩をなでおろした。
「よかった。一時はどうなるかと思ったよ。アースさんがどこかの王様でよかった」
「とりあえず、この獲物の干し肉と毛皮は安価で売ろう。どこかに買い取ってくれる行商人はいるはずだ。今日はごちそうを食べて、明日の午後までに歩きながらみんなで次の手を考えることにしよう」
クロヴィスは、そうまとめると、皆の中に入っていって食事の準備を進めていった。
温かい食事がすむと、辺りはもう暗くなってきていた。皆は寝る準備をして、焚火を囲んで毛布をかぶった。夏も半ばとはいえ夜は冷える。油断をすると風邪をひいてしまう。
ジャンヌは、皆が寝てしまっているのを確認すると、一緒に見張りに立ったクロヴィスの肩に寄り掛かった。クロヴィスはそれを受け入れて、ジャンヌの頭を自分のほうに抱き寄せた。
「あの小さな町にいたころは、こんなふうにみんなで旅をするなんて、考えてもみなかった」
ジャンヌは、呟くようにクロヴィスに話しかけた。
「俺もだ。ずっと一人きりで生きていくものだと思っていた」
クロヴィスが返すと、ジャンヌは静かに笑った。
「人生分からないことだらけだね。あんたとこうしているのもさ、奇跡みたいだ」
「奇跡かもしれないな」
クロヴィスは、ジャンヌの頭を放して、額に額をくっつけた。
「ジャンヌ、俺たちには奇跡が起きたんだ。暗い家でずっと虐待されてきた俺が家を飛び出したのも、町の裏社会で生きてきたお前が町を飛び出したのも、奇跡に出会うためのものだったんだ。奇跡は起きたんだ。だから今、俺たちはこんなに幸せなんだろう?」
ジャンヌは、クロヴィスの額の温かさを感じながら頷いた。少し、目に涙がたまる。
「クロヴィス、ひとつだけ、あんたにお願いがあるんだ」
クロヴィスは、ふと、自分から離れて真剣な顔をするジャンヌを見た。彼女は真剣に何かを考えている。クロヴィスに伝えたいことがある。
「なんだ、ジャンヌ?」
そっと、聞き返す。すると、少し目を伏せてから、ジャンヌは自分より背の高いクロヴィスを真剣に見た。
「クロヴィス、あんたを私に守らせて」
尾の言葉に、クロヴィスは目を丸くした。どういうわけだろう。
「ジャンヌ、なんでそうなる? 普通に考えれば俺がお前を守って当然」
そこまで言って、クロヴィスはハッとした。
クロヴィスがジャンヌを守って当然? そんなことは誰が決めたのだろう。確かに今のところクロヴィスはジャンヌよりも強い。しかし、アースにつけてもらっている猛特訓でその差は縮まりかけていた。
「クロヴィス、お願い。あんたと、あんたの夢を、私に守らせて」
ジャンヌが、目に涙を溜めている。そうだ。彼女からすればクロヴィスも、クロヴィスの夢も、守って当然のものだったのだ。そうやって対等でいられるから、クロヴィスも、ジャンヌも互いを認め合い惹かれ合ったのだから。
そんなジャンヌの体を引き寄せ、クロヴィスは抱いた。
「ありがとう、ジャンヌ」
そう言いながら、ジャンヌの体のぬくもりを確かめる。ジャンヌは嬉しそうに涙を流して、クロヴィスの腕に体をうずめていった。
そして、エリクたちと交代するまでずっと、二人は星空を眺めながら、夢を語り合っていた。
「今日食べる分以外は干し肉だな」
クロヴィスが、皆の狩ってきた得物を数えて苦笑いをした。
アースが、隣で少し難しい顔をしている。この国の事情をどこまで知っているのか、アースとナリアは不思議な存在だった。
「クロヴィス、この国では毛皮はあまり売れない。ジャムや香水もだ。金を稼ぐ方法は変えたほうがいい」
「毛皮が? なぜ?」
狩りをするよりほかに稼ぐ方法を知らなかったクロヴィスは、アースの言葉が不思議だった。毛皮や干し肉、ジャムや香水を売るよりほかに何かあるのだろうか。
アースは難しい顔を変えないまま、あたりを見渡した。そして、自分の言葉にじっと耳を傾けるエリクたちの視線を受けたまま、クロヴィスの質問に答えた。
「今まで売ってきたものはすべて贅沢品だからだ」
その言葉を受けて、瓶に絵を描いていたナリアの手が止まった。
「ジャムも贅沢品なのですね」
アースは、頷いた。
「復興途中のこの国の国民の生活水準は決して高いとは言えない。パンに塗るには、ジャムは高すぎるんだ。毛皮も干し肉も、高級品だ。香水などは不可欠なものじゃない。必要のないものは誰も買わない」
アースは、そう言ってエリクたちの狩ってきた動物を見た。ウサギとキツネを合わせて十匹はいる。これから毛皮を剥いで乾かそうといったところだった。
「まあ、今回はこれでいいだろう。明日の午後までに次の手を考えておけばいい」
アースは、そうやってみんなに笑いかけた。ジャンヌがホッとしたような顔をして肩をなでおろした。
「よかった。一時はどうなるかと思ったよ。アースさんがどこかの王様でよかった」
「とりあえず、この獲物の干し肉と毛皮は安価で売ろう。どこかに買い取ってくれる行商人はいるはずだ。今日はごちそうを食べて、明日の午後までに歩きながらみんなで次の手を考えることにしよう」
クロヴィスは、そうまとめると、皆の中に入っていって食事の準備を進めていった。
温かい食事がすむと、辺りはもう暗くなってきていた。皆は寝る準備をして、焚火を囲んで毛布をかぶった。夏も半ばとはいえ夜は冷える。油断をすると風邪をひいてしまう。
ジャンヌは、皆が寝てしまっているのを確認すると、一緒に見張りに立ったクロヴィスの肩に寄り掛かった。クロヴィスはそれを受け入れて、ジャンヌの頭を自分のほうに抱き寄せた。
「あの小さな町にいたころは、こんなふうにみんなで旅をするなんて、考えてもみなかった」
ジャンヌは、呟くようにクロヴィスに話しかけた。
「俺もだ。ずっと一人きりで生きていくものだと思っていた」
クロヴィスが返すと、ジャンヌは静かに笑った。
「人生分からないことだらけだね。あんたとこうしているのもさ、奇跡みたいだ」
「奇跡かもしれないな」
クロヴィスは、ジャンヌの頭を放して、額に額をくっつけた。
「ジャンヌ、俺たちには奇跡が起きたんだ。暗い家でずっと虐待されてきた俺が家を飛び出したのも、町の裏社会で生きてきたお前が町を飛び出したのも、奇跡に出会うためのものだったんだ。奇跡は起きたんだ。だから今、俺たちはこんなに幸せなんだろう?」
ジャンヌは、クロヴィスの額の温かさを感じながら頷いた。少し、目に涙がたまる。
「クロヴィス、ひとつだけ、あんたにお願いがあるんだ」
クロヴィスは、ふと、自分から離れて真剣な顔をするジャンヌを見た。彼女は真剣に何かを考えている。クロヴィスに伝えたいことがある。
「なんだ、ジャンヌ?」
そっと、聞き返す。すると、少し目を伏せてから、ジャンヌは自分より背の高いクロヴィスを真剣に見た。
「クロヴィス、あんたを私に守らせて」
尾の言葉に、クロヴィスは目を丸くした。どういうわけだろう。
「ジャンヌ、なんでそうなる? 普通に考えれば俺がお前を守って当然」
そこまで言って、クロヴィスはハッとした。
クロヴィスがジャンヌを守って当然? そんなことは誰が決めたのだろう。確かに今のところクロヴィスはジャンヌよりも強い。しかし、アースにつけてもらっている猛特訓でその差は縮まりかけていた。
「クロヴィス、お願い。あんたと、あんたの夢を、私に守らせて」
ジャンヌが、目に涙を溜めている。そうだ。彼女からすればクロヴィスも、クロヴィスの夢も、守って当然のものだったのだ。そうやって対等でいられるから、クロヴィスも、ジャンヌも互いを認め合い惹かれ合ったのだから。
そんなジャンヌの体を引き寄せ、クロヴィスは抱いた。
「ありがとう、ジャンヌ」
そう言いながら、ジャンヌの体のぬくもりを確かめる。ジャンヌは嬉しそうに涙を流して、クロヴィスの腕に体をうずめていった。
そして、エリクたちと交代するまでずっと、二人は星空を眺めながら、夢を語り合っていた。
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