真珠を噛む竜

るりさん

文字の大きさ
64 / 147
第十章 月下美人

母の手紙

しおりを挟む
 エリクは、ジャンヌに起こされて目を覚ました。目の前にいるジャンヌとクロヴィスはなぜか晴れ晴れとした顔をしていた。同時に、クロヴィスがアースを起こした。
「もうそんな時間か」
 そう言って、懐中時計を取り出した。それを見て、エリクがびっくりして声を上げた。
「ナリアさんと一緒の懐中時計!」
 すると、アースは立ち上がって、ジャンヌとクロヴィスを寝かせると、見張りをしに外に出て行った。エリクもそれについていくと、深夜の草原の風に少しだけ涼しいものが混じっているのを感じた。
「アースさんとナリアさんは似ているんですね」
 見張り場所に着くと、エリクがアースに話しかけた。あまり話したことのない相手との会話に、エリクは少し緊張した。稽古はつけてもらっているが、まだ距離を感じる。
「ところどころ、同じなんだ」
 アースはそう言って、エリクに笑いかけてくれた。自分に対してエリクが距離を置いているのは分かっている。そして、その距離を縮めたいと思っていることも。しかし、不器用なアースにそれをどうにかする手段は思い浮かばなかった。
 そんなアースに、エリクのほうから歩み寄ってきたのは、沈黙がしばらく続いた後だった。
「ねえ、アースさん」
 エリクが少し寂しそうにしているので、アースがそちらを見ると、小さな声でエリクはアースを呼んだ。
「なんだ?」
 応えてやると、エリクは少し不安そうな顔でアースを見た。
 エリクには、アースに聞きたいことがあった。賢者であり、聖女でもあるナリアに今まで聞くことができなかったことだ。
「母の手紙を読みました」
 すると、アースが少し驚いた顔をしたので、エリクはその先の言葉を呑んでしまった。ナリアだったら怒っただろう。彼女と最初に出会った森で会話をした、その時は何も教えてくれなかったからだ。
 だから、エリクはアースにも怒られる覚悟をしていた。だが、厳しいアースが今ここでエリクを怒る、そんな気がしなかったのも事実だ。
 そして、その覚悟は徒労に終わった。
「真珠を噛む竜」
 アースは、その一言だけをエリクに投げかけた。エリクは、ひとつ、頷くと、アースにすがるように視線を上げた。
「僕はどうしたらいいんでしょうか。手紙は、読まないほうが良かったのでしょうか」
 そんなエリクの頭の上に、アースの手が伸びてきた。ぐりぐりと頭を回されて、エリクは少しクラっと来てしまった。
「今がそのタイミングだったんだろう。その手紙はそう言ったものだ。もし、手紙を最後まで読んだのなら、お前のやることは定まったはずだ」
 エリクは、アースの手が頭に乗ったまま、下を向いた。
「分かってはいるんです。でも僕にそれができるかどうか」
 すると、頭に乗っていたアースの手がまたエリクの頭を回した。
「お前の母親、名は何という?」
 突然突拍子のないことを聞かれて、エリクは面食らった。母の名前を聞かれたことは今の今まで一回もなかったからだ。
「エルヴィールといいます」
 そこで、アースの手が止まった。すこし、真剣な顔をしてエリクを見る。
「エルヴィール。真珠を噛む竜、草原の町、そして、エリク」
 アースは、そこで何かを考えこんだ。何を考えているのか、エリクには皆目見当もつかなかったが、きっと、エリクのことを考えてくれているのだろう。そう思うと、少し嬉しくなった。
「エリク、お前が手紙の内容のことで悩み、定められた道を行くのをためらい、自分に自信が持てないのなら、俺がお前を支えて行こう。クロヴィスやリゼットたちにはまだ話せないんだろう?」
 エリクは、アースの言葉に、感激が湧き上がるのを感じた。これだ。エリクはこれが欲しかったのだ。誰かが自分を支えてくれる。その感覚。
 エリクは頷くと、自分の頭の上に載っているアースの手を握りしめた。
「みんなにはまだ話せないんです。家族だから心配をかけたくないんじゃなくて、危険な目に遭わせたくないってのも違って。みんなを信じているし、大好きだし、同じ秘密は分け合いたいとも思っています。でも、これは僕と母の問題だし、もし、母が僕ら家族の一員に迎えられることがあったら、その時に入っていきやすいようにしてやりたいんです。ゼンテイカのお家はまだその準備が整っていない、そう思ってしまって」
 エリクは、アースに自分の気持ちを吐露していた。知らないうちに出てしまっていた。
 そして、自分の頭の上からアースの手を下ろすと、自然とその手を握っていた。
「アースさん、お願いできますか? 母の手紙の内容を知ったうえで僕を支えてくれますか?」
 アースは、頷いた。
「誰かの力になれるのなら」
アースは、そう言うとエリクの握った手にぐっと力を込めた。
 次第に明るくなってくる空。陽は昇りかけていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...