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第十章 月下美人
母の手紙
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エリクは、ジャンヌに起こされて目を覚ました。目の前にいるジャンヌとクロヴィスはなぜか晴れ晴れとした顔をしていた。同時に、クロヴィスがアースを起こした。
「もうそんな時間か」
そう言って、懐中時計を取り出した。それを見て、エリクがびっくりして声を上げた。
「ナリアさんと一緒の懐中時計!」
すると、アースは立ち上がって、ジャンヌとクロヴィスを寝かせると、見張りをしに外に出て行った。エリクもそれについていくと、深夜の草原の風に少しだけ涼しいものが混じっているのを感じた。
「アースさんとナリアさんは似ているんですね」
見張り場所に着くと、エリクがアースに話しかけた。あまり話したことのない相手との会話に、エリクは少し緊張した。稽古はつけてもらっているが、まだ距離を感じる。
「ところどころ、同じなんだ」
アースはそう言って、エリクに笑いかけてくれた。自分に対してエリクが距離を置いているのは分かっている。そして、その距離を縮めたいと思っていることも。しかし、不器用なアースにそれをどうにかする手段は思い浮かばなかった。
そんなアースに、エリクのほうから歩み寄ってきたのは、沈黙がしばらく続いた後だった。
「ねえ、アースさん」
エリクが少し寂しそうにしているので、アースがそちらを見ると、小さな声でエリクはアースを呼んだ。
「なんだ?」
応えてやると、エリクは少し不安そうな顔でアースを見た。
エリクには、アースに聞きたいことがあった。賢者であり、聖女でもあるナリアに今まで聞くことができなかったことだ。
「母の手紙を読みました」
すると、アースが少し驚いた顔をしたので、エリクはその先の言葉を呑んでしまった。ナリアだったら怒っただろう。彼女と最初に出会った森で会話をした、その時は何も教えてくれなかったからだ。
だから、エリクはアースにも怒られる覚悟をしていた。だが、厳しいアースが今ここでエリクを怒る、そんな気がしなかったのも事実だ。
そして、その覚悟は徒労に終わった。
「真珠を噛む竜」
アースは、その一言だけをエリクに投げかけた。エリクは、ひとつ、頷くと、アースにすがるように視線を上げた。
「僕はどうしたらいいんでしょうか。手紙は、読まないほうが良かったのでしょうか」
そんなエリクの頭の上に、アースの手が伸びてきた。ぐりぐりと頭を回されて、エリクは少しクラっと来てしまった。
「今がそのタイミングだったんだろう。その手紙はそう言ったものだ。もし、手紙を最後まで読んだのなら、お前のやることは定まったはずだ」
エリクは、アースの手が頭に乗ったまま、下を向いた。
「分かってはいるんです。でも僕にそれができるかどうか」
すると、頭に乗っていたアースの手がまたエリクの頭を回した。
「お前の母親、名は何という?」
突然突拍子のないことを聞かれて、エリクは面食らった。母の名前を聞かれたことは今の今まで一回もなかったからだ。
「エルヴィールといいます」
そこで、アースの手が止まった。すこし、真剣な顔をしてエリクを見る。
「エルヴィール。真珠を噛む竜、草原の町、そして、エリク」
アースは、そこで何かを考えこんだ。何を考えているのか、エリクには皆目見当もつかなかったが、きっと、エリクのことを考えてくれているのだろう。そう思うと、少し嬉しくなった。
「エリク、お前が手紙の内容のことで悩み、定められた道を行くのをためらい、自分に自信が持てないのなら、俺がお前を支えて行こう。クロヴィスやリゼットたちにはまだ話せないんだろう?」
エリクは、アースの言葉に、感激が湧き上がるのを感じた。これだ。エリクはこれが欲しかったのだ。誰かが自分を支えてくれる。その感覚。
エリクは頷くと、自分の頭の上に載っているアースの手を握りしめた。
「みんなにはまだ話せないんです。家族だから心配をかけたくないんじゃなくて、危険な目に遭わせたくないってのも違って。みんなを信じているし、大好きだし、同じ秘密は分け合いたいとも思っています。でも、これは僕と母の問題だし、もし、母が僕ら家族の一員に迎えられることがあったら、その時に入っていきやすいようにしてやりたいんです。ゼンテイカのお家はまだその準備が整っていない、そう思ってしまって」
エリクは、アースに自分の気持ちを吐露していた。知らないうちに出てしまっていた。
そして、自分の頭の上からアースの手を下ろすと、自然とその手を握っていた。
「アースさん、お願いできますか? 母の手紙の内容を知ったうえで僕を支えてくれますか?」
アースは、頷いた。
「誰かの力になれるのなら」
アースは、そう言うとエリクの握った手にぐっと力を込めた。
次第に明るくなってくる空。陽は昇りかけていた。
「もうそんな時間か」
そう言って、懐中時計を取り出した。それを見て、エリクがびっくりして声を上げた。
「ナリアさんと一緒の懐中時計!」
すると、アースは立ち上がって、ジャンヌとクロヴィスを寝かせると、見張りをしに外に出て行った。エリクもそれについていくと、深夜の草原の風に少しだけ涼しいものが混じっているのを感じた。
「アースさんとナリアさんは似ているんですね」
見張り場所に着くと、エリクがアースに話しかけた。あまり話したことのない相手との会話に、エリクは少し緊張した。稽古はつけてもらっているが、まだ距離を感じる。
「ところどころ、同じなんだ」
アースはそう言って、エリクに笑いかけてくれた。自分に対してエリクが距離を置いているのは分かっている。そして、その距離を縮めたいと思っていることも。しかし、不器用なアースにそれをどうにかする手段は思い浮かばなかった。
そんなアースに、エリクのほうから歩み寄ってきたのは、沈黙がしばらく続いた後だった。
「ねえ、アースさん」
エリクが少し寂しそうにしているので、アースがそちらを見ると、小さな声でエリクはアースを呼んだ。
「なんだ?」
応えてやると、エリクは少し不安そうな顔でアースを見た。
エリクには、アースに聞きたいことがあった。賢者であり、聖女でもあるナリアに今まで聞くことができなかったことだ。
「母の手紙を読みました」
すると、アースが少し驚いた顔をしたので、エリクはその先の言葉を呑んでしまった。ナリアだったら怒っただろう。彼女と最初に出会った森で会話をした、その時は何も教えてくれなかったからだ。
だから、エリクはアースにも怒られる覚悟をしていた。だが、厳しいアースが今ここでエリクを怒る、そんな気がしなかったのも事実だ。
そして、その覚悟は徒労に終わった。
「真珠を噛む竜」
アースは、その一言だけをエリクに投げかけた。エリクは、ひとつ、頷くと、アースにすがるように視線を上げた。
「僕はどうしたらいいんでしょうか。手紙は、読まないほうが良かったのでしょうか」
そんなエリクの頭の上に、アースの手が伸びてきた。ぐりぐりと頭を回されて、エリクは少しクラっと来てしまった。
「今がそのタイミングだったんだろう。その手紙はそう言ったものだ。もし、手紙を最後まで読んだのなら、お前のやることは定まったはずだ」
エリクは、アースの手が頭に乗ったまま、下を向いた。
「分かってはいるんです。でも僕にそれができるかどうか」
すると、頭に乗っていたアースの手がまたエリクの頭を回した。
「お前の母親、名は何という?」
突然突拍子のないことを聞かれて、エリクは面食らった。母の名前を聞かれたことは今の今まで一回もなかったからだ。
「エルヴィールといいます」
そこで、アースの手が止まった。すこし、真剣な顔をしてエリクを見る。
「エルヴィール。真珠を噛む竜、草原の町、そして、エリク」
アースは、そこで何かを考えこんだ。何を考えているのか、エリクには皆目見当もつかなかったが、きっと、エリクのことを考えてくれているのだろう。そう思うと、少し嬉しくなった。
「エリク、お前が手紙の内容のことで悩み、定められた道を行くのをためらい、自分に自信が持てないのなら、俺がお前を支えて行こう。クロヴィスやリゼットたちにはまだ話せないんだろう?」
エリクは、アースの言葉に、感激が湧き上がるのを感じた。これだ。エリクはこれが欲しかったのだ。誰かが自分を支えてくれる。その感覚。
エリクは頷くと、自分の頭の上に載っているアースの手を握りしめた。
「みんなにはまだ話せないんです。家族だから心配をかけたくないんじゃなくて、危険な目に遭わせたくないってのも違って。みんなを信じているし、大好きだし、同じ秘密は分け合いたいとも思っています。でも、これは僕と母の問題だし、もし、母が僕ら家族の一員に迎えられることがあったら、その時に入っていきやすいようにしてやりたいんです。ゼンテイカのお家はまだその準備が整っていない、そう思ってしまって」
エリクは、アースに自分の気持ちを吐露していた。知らないうちに出てしまっていた。
そして、自分の頭の上からアースの手を下ろすと、自然とその手を握っていた。
「アースさん、お願いできますか? 母の手紙の内容を知ったうえで僕を支えてくれますか?」
アースは、頷いた。
「誰かの力になれるのなら」
アースは、そう言うとエリクの握った手にぐっと力を込めた。
次第に明るくなってくる空。陽は昇りかけていた。
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