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第十章 月下美人
ムーンライトブーケ
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クマの肉は、森の中でとれたキノコとともに煮込むことになった。森にしか生えていないハーブや木の実も一緒に入れて、塩と胡椒で味を調えていく。
その料理法を知っていたのは、クロヴィスだった。アースやナリアはいろいろ知っているのに教えてくれなかった。あくまでエリクたちが自立できるようにしなければならないからだ。
「今回はクロヴィスの知識で助かったけど、これから同じようなことが起こった時が怖いわね」
リゼットが、煮込んでいるクマ肉を見ながら不安を口にした。
すると、ちらりとクロヴィスのほうを見たエリクが、皆に向き合った。
「でも、そうなったときは、皆でどうしたらいいか考えて行けばいいんじゃないかな」
エリクの提案にクロヴィスとジャンヌが頷いた。
「ごもっとも」
その姿を見て、クロヴィスとジャンヌ以外はみんな笑いだした。イェリンだけが訳の分からないといった顔をしていたので、そっとリゼットが耳打ちをした。すると、イェリンはパン、と手を叩いて嬉しそうにこう言った。
「おめでとうございます!」
すると、クロヴィスとジャンヌは二人して頭を抱えた。
「まだそこまでは行っていないよ、イェリン」
ジャンヌはそう言うと、ハッと何かに気が付いた。
「そう言えば、イェリン、あんたのお母さんの病気を治すハーブがここにあるって言ったよね。何て名前のハーブ?」
すると、イェリンは少し暗い顔をした。
「ムーンライトブーケといいます。地球にはなくて、核戦争後に何かのハーブが突然変異して効果効能までもが変わったものだと伺いました」
「ムーンライトブーケ」
アースとナリアは二人でそう呟きながら、目を合わせた。すると、アースからイェリンに質問があった。
「その話、誰から聞いた?」
すると、イェリンは少し困った顔をした。
「母を診てくれたお医者様です。ずいぶん若くて、アルビノでいらっしゃったと思います」
「アルビノのお医者さん」
ナリアが、そう言って顔を明るくした。何かが分かったという顔だ。
「大体の見当は付きました。アースのお弟子さんですよ。彼が言ったのなら納得がいきます。ムーンライトブーケはこのあたりでも当たり前にとれるハーブですし、確かに万病に効くと言われています。ただ、どの病気に効くかは試してみないと分からないのですが」
「この辺で当たり前にとれるんですか!」
イェリンはそう言うと、あんぐりと口を開けた。すると、他の皆は笑ってイェリンを祝福した。
「よかったね、イェリン」
エリクは、そう言ってイェリンをぎゅっと抱きしめた。イェリンはドキリとして顔を赤らめたが、そんなことにエリクは気づくはずもなかった。
イェリンから離れると、エリクは嬉しそうに、赤くなっている彼女の肩を抱いた。
「明日、皆でムーンライトブーケを探しに行こうよ。たくさん採って、イェリンのお母さんに、来年の月下美人を見せてあげるんだ」
「そうね」
少し、偉そうに咳払いをして、リゼットがイェリンを見る。
「私たちに相談したのは正解だったわ。後悔はさせないわよ」
リゼットがそう言ってウインクをしたので、心のどこかに安心感を覚えていたイェリンの心の中に、今度は希望がわき出してきた。
「みなさん、ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか」
すると、クロヴィスがそんなイェリンの肩を叩いた。
「礼を言うのはまだ早い。ムーンライトブーケが何の病気に効くかはまだ分かっていないし、第一まだ手にもしていないんだからな」
すると、クロヴィスの言いようを注意するかのように、ジャンヌがクロヴィスの足をつねった。
「痛い! 何をするんだよ!」
「馬鹿ね」
抗議するクロヴィスに、ジャンヌはひとつため息をついた。
「イェリンがありがとうって言っているんだから、受け止めてやらないでどうすんのよ。第一あんたは余計なことをはっきり言いすぎなんだから、その欠点は直してよね。前にもセリーヌを泣かせたんだし」
そう言われて、クロヴィスは何も言い返さずに黙ってしまった。少し恥ずかしそうに、イェリンを見ると、ひとつ、頭を下げた。
「すまなかった。俺は無神経なところがあるらしい」
そう言ったクロヴィスをフォローしたのは、セリーヌだった。
「でも、クロヴィスの言っていることに間違いはありません。それくらいの心構えでいないと生き残ることは困難なはずです。私も彼から多くを学びましたから」
「それでいいの、セリーヌ?」
ジャンヌが訊くと、セリーヌは笑って応えた。
「下手な気休めを言われてあとで絶望するより、いいですよ」
そう笑って言うセリーヌに、ジャンヌは肩をすくめた。
「ま、いっか。じゃあ、明日はムーンライトブーケを集めることに集中だね。乾かしたほうが効能は上がるのかな?」
その質問には、ナリアが答えた。
「ムーンライトブーケは乾かさないと効能を得られません。生のままだとただの花です。ハーブや肉を乾かすための錬術はすでにリゼットが習得していますし、問題はありません」
ナリアがそう言ってリゼットを見ると、彼女はドキリとして皆を見渡した。
「せ、成功率はそんなに高くないわよ」
すると、エリクが笑ってリゼットの背中を叩いた。
「何度やり直してもいいんだ。リゼット、頑張って!」
エリクのその笑顔に、リゼットが顔を覆った。皆の中から笑いが起こる。
陽は暮れかけてきていた。皆は焚火にかかった鍋を囲みながら、クマ肉のスープの味を調えることにした。皆の中に入っていくイェリンは楽しそうで、最初に皆が見た悲しげな影は、なりをひそめていった。
その料理法を知っていたのは、クロヴィスだった。アースやナリアはいろいろ知っているのに教えてくれなかった。あくまでエリクたちが自立できるようにしなければならないからだ。
「今回はクロヴィスの知識で助かったけど、これから同じようなことが起こった時が怖いわね」
リゼットが、煮込んでいるクマ肉を見ながら不安を口にした。
すると、ちらりとクロヴィスのほうを見たエリクが、皆に向き合った。
「でも、そうなったときは、皆でどうしたらいいか考えて行けばいいんじゃないかな」
エリクの提案にクロヴィスとジャンヌが頷いた。
「ごもっとも」
その姿を見て、クロヴィスとジャンヌ以外はみんな笑いだした。イェリンだけが訳の分からないといった顔をしていたので、そっとリゼットが耳打ちをした。すると、イェリンはパン、と手を叩いて嬉しそうにこう言った。
「おめでとうございます!」
すると、クロヴィスとジャンヌは二人して頭を抱えた。
「まだそこまでは行っていないよ、イェリン」
ジャンヌはそう言うと、ハッと何かに気が付いた。
「そう言えば、イェリン、あんたのお母さんの病気を治すハーブがここにあるって言ったよね。何て名前のハーブ?」
すると、イェリンは少し暗い顔をした。
「ムーンライトブーケといいます。地球にはなくて、核戦争後に何かのハーブが突然変異して効果効能までもが変わったものだと伺いました」
「ムーンライトブーケ」
アースとナリアは二人でそう呟きながら、目を合わせた。すると、アースからイェリンに質問があった。
「その話、誰から聞いた?」
すると、イェリンは少し困った顔をした。
「母を診てくれたお医者様です。ずいぶん若くて、アルビノでいらっしゃったと思います」
「アルビノのお医者さん」
ナリアが、そう言って顔を明るくした。何かが分かったという顔だ。
「大体の見当は付きました。アースのお弟子さんですよ。彼が言ったのなら納得がいきます。ムーンライトブーケはこのあたりでも当たり前にとれるハーブですし、確かに万病に効くと言われています。ただ、どの病気に効くかは試してみないと分からないのですが」
「この辺で当たり前にとれるんですか!」
イェリンはそう言うと、あんぐりと口を開けた。すると、他の皆は笑ってイェリンを祝福した。
「よかったね、イェリン」
エリクは、そう言ってイェリンをぎゅっと抱きしめた。イェリンはドキリとして顔を赤らめたが、そんなことにエリクは気づくはずもなかった。
イェリンから離れると、エリクは嬉しそうに、赤くなっている彼女の肩を抱いた。
「明日、皆でムーンライトブーケを探しに行こうよ。たくさん採って、イェリンのお母さんに、来年の月下美人を見せてあげるんだ」
「そうね」
少し、偉そうに咳払いをして、リゼットがイェリンを見る。
「私たちに相談したのは正解だったわ。後悔はさせないわよ」
リゼットがそう言ってウインクをしたので、心のどこかに安心感を覚えていたイェリンの心の中に、今度は希望がわき出してきた。
「みなさん、ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか」
すると、クロヴィスがそんなイェリンの肩を叩いた。
「礼を言うのはまだ早い。ムーンライトブーケが何の病気に効くかはまだ分かっていないし、第一まだ手にもしていないんだからな」
すると、クロヴィスの言いようを注意するかのように、ジャンヌがクロヴィスの足をつねった。
「痛い! 何をするんだよ!」
「馬鹿ね」
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「イェリンがありがとうって言っているんだから、受け止めてやらないでどうすんのよ。第一あんたは余計なことをはっきり言いすぎなんだから、その欠点は直してよね。前にもセリーヌを泣かせたんだし」
そう言われて、クロヴィスは何も言い返さずに黙ってしまった。少し恥ずかしそうに、イェリンを見ると、ひとつ、頭を下げた。
「すまなかった。俺は無神経なところがあるらしい」
そう言ったクロヴィスをフォローしたのは、セリーヌだった。
「でも、クロヴィスの言っていることに間違いはありません。それくらいの心構えでいないと生き残ることは困難なはずです。私も彼から多くを学びましたから」
「それでいいの、セリーヌ?」
ジャンヌが訊くと、セリーヌは笑って応えた。
「下手な気休めを言われてあとで絶望するより、いいですよ」
そう笑って言うセリーヌに、ジャンヌは肩をすくめた。
「ま、いっか。じゃあ、明日はムーンライトブーケを集めることに集中だね。乾かしたほうが効能は上がるのかな?」
その質問には、ナリアが答えた。
「ムーンライトブーケは乾かさないと効能を得られません。生のままだとただの花です。ハーブや肉を乾かすための錬術はすでにリゼットが習得していますし、問題はありません」
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「せ、成功率はそんなに高くないわよ」
すると、エリクが笑ってリゼットの背中を叩いた。
「何度やり直してもいいんだ。リゼット、頑張って!」
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