真珠を噛む竜

るりさん

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第十一章 スノー・ドロップ

鹿肉ハンバーグ

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 ランサーが現れたその日、クロヴィスやジャンヌたちはそのことを知らされずに旅支度を始めた。エリクはその姿を見て少し、いけないことをしている気持になったが、すぐにナリアに窘められた。
「わたくしに黙ってアースに相談していた以上は、秘密は守るべきです。その時が来るまで、黙っていてください」
 ナリアは少し怒っているだろうか。エリクは相変わらず考えを悟らせないナリアに感心しながら、荷物の整理を手伝った。
 この一日でおそらく国境近くの村まで着くだろう。そこに民宿の一つでもあればよいのだが。でなければ、一行は何人かに分かれてどこかの家の納屋に泊まることになるだろう。それでもこの吹きさらしの平原でブリザードに怯えるよりは良い。
 一行は旅の準備を終え、山道をさらに南へと下った。昼頃には村に着けばいいのだと思っていたら、まだ着かない。結局、村に着いたのは日暮れ間近だった。
 クロヴィスはリゼットに頼んで宿を取りに行かせた。この村には一軒だけ、小さな民宿がある。この大所帯が泊まれば宿はいっぱいになってしまうだろうが、仕方がない。女性に優先的に回している毛皮のコートや帽子も濡れてきていた。乾かす場所が必要だ。
 リゼットが予約を取り付けてきた宿には、何とか全員入れそうだった。猫のジルとユーグは、ずっとナリアの肩に乗っていたが、宿に着くと解放されたように部屋中を走り回っていた。
 宿の部屋割りは二人ずつで、エリクとアース、ジャンヌとリゼット、セリーヌとナリア、クロヴィスとセベルの組み合わせで、エーテリエは一人部屋だった。一行は、食事の際に階下へ降り、この近くで取れる鹿肉のハンバーグをいただきながら、これからのことを話し合うことにした。
 リゼットは初めて食べる鹿肉が以外にも口に合うようで、幸せそうに口を動かしていた。ジャンヌは一緒に出たパンやサラダを頬張りながら、鹿肉に警戒をしていた。本当にこんなものがおいしいのだろうか。
「ジビエはいつも食べているでしょ。そんなに珍しいものじゃないわ。ウサギ肉のほうがずっと高いのよ」
 警戒するジャンヌの肩を押して、セリーヌが鹿肉を食べて、幸せそうに頬を押さえた。
 それに加勢して、エリクが自分の空いた皿をジャンヌに見せた。
「すごく味付けがおいしいんだ! ジャンヌも食べてみようよ!」
 ジャンヌはその言葉を聞いて、少し警戒を緩めた。そして、彼女が鹿肉に手を付ける決定打を打ったのは、ナリアだった。
「鹿肉は本来クセの強いものですが、料理の仕方によってどんな風にも化けます。スジを取って肉を柔らかくしてからミンチにかけ、タイムやローズマリーで臭みを消した後に、塩と胡椒をまぶし、セージを振りかける。そのあと、細かくなったところにパン粉、卵、みじん切りにした玉ねぎと隠し味のオレガノとナツメグを入れてこねます。十分に空気を抜いたら、フライパンで両面焼きにして、デミグラスソースに絡めて出来上がり。とても手間がかかっているんですよ」
 ナリアの説明が終わる前に、料理しているところをやすやすと想像したジャンヌは、すでによだれで口の中を一杯にしていた。
「そこまで徹底的に言われたら、食べなきゃいけなくなりますよ」
 なんだか嬉しそうに愚痴りながら、ジャンヌはすまし顔でハンバーグを口に放り込んだ。そんなジャンヌも、嬉しそうににやけながら、ハンバーグを食べ進めていった。
 こうして全員で出されたものを全て平らげると、次には食後のお茶を飲みながら話し合いが始まった。
「イェリンのお姉さんを探さなければ」
 その話題を切り出したのは、セリーヌだった。彼女は少し暗い顔をして、皆を見た。
「とにかく会ってみないことには何一つ分からないわ」
 セリーヌはそう言ってお茶をすすった。
 幸い村はそんなに広くはなかった。しかし、小さいわけでもないし、人口もそれなりにあるので、どこから探したらいいのか分からなかった。
 そこで引っかかって皆が黙ってしまうと、ふと、リゼットが全く違う話題を口にした。
「ねえ、私たちの夢って、何でしょうね」
 すると、クロヴィスが少し困った顔をした。
「そこでこの話題を出すのかよ。リゼット、これはまた後でもいいんじゃないか? 今はイェリンのお姉さんのことだろ」
 すると、リゼットは少し膨れて返した。皆は何が何だか分からないままこの二人のやり取りを見ていた。
「ここで詰まっちゃった以上は、他の話題を振るのもいいじゃない。ちょうどみんなに聞いてみたかったんだし」
 リゼットがそこまで話すと、クロヴィスは黙ってしまった。もっともな意見だったからだ。
 クロヴィスは降参して、皆のほうを真剣な顔で見た。
「俺とリゼットが火の番をしている時に話し合ったんだ。本当の家族って何なんだろうって。そこで俺がたどり着いたのが『夢』だった」
「夢?」
 エリクが、不思議そうに聞いてきた。クロヴィスは続ける。
「そう、夢だ。俺たちに必要なのはそれだと思う。一人一人が持っている夢と、俺たち全員の共通の夢。両方が共存している状態、それが家族なんだと思う」
 クロヴィスがその説明をすると、ふと、アースが外に向けていた目をクロヴィスに向けた。
「考えたな」
 そう一言言って、少し、笑ってくれた。
 クロヴィスはそのわずかな笑顔にたくさんの勇気をもらい、胸を張ってみんなの前で立ち上がった。
「この村にいる間でも、新しい土地に行くまでの間でもいい。それが見つかったら、みんなで話し合おう」
 すると、皆の中からすっと、白い手が上がった。
 真剣な顔をしている。セリーヌだ。
「みんなの夢はもう決まっているはず。クロヴィス、家長であるあなたが経営する花屋をみんなで盛り立てていくこと。どこかに定住して、誰一人欠けることなく暮らすこと」
 その意見には、リゼットやジャンヌ、エリクも同意した。
「花を育てるのは任せて!」
 リゼットが鼻息を荒くした。
「お金の管理はジャンヌ以外がいいわね。そこはクロヴィスがやるべきかしら?」
 セリーヌは、そう言いながら嬉しそうにお茶をすすった。ここのお茶は体の温まるハーブティーだった。外の寒さに当てられた皆が飲むと、安心のあまり眠くなってしまう。
「なんだか眠いね。夢を語り出したら安心しちゃった。イェリンのお姉さんの情報は明日集めようよ。急ぐ旅じゃないんだし、もう一泊したって」
 そこで、ジャンヌは言葉を切った。半分くらい、眠っている。そんなジャンヌを見て、同室であるリゼットがジャンヌを抱えようと手を伸ばした。しかし、小さな花小人にそんなことができるはずがない。少し待ってから、皆の視線を集めたクロヴィスが、ジャンヌを抱えて部屋に戻ることにした。
 そこで、ここの会議はお開きになった。
 ただ一人、アースだけが残って、ここの民宿の主人と何かを話していた。

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