真珠を噛む竜

るりさん

文字の大きさ
100 / 147
第十三章 ルッコラ

初恋のゆくえ

しおりを挟む
 エリクは、ティエラを見送ったその場所でしばらく放心状態になっていた。ティエラのことを思い出すだけで胸が痛い。その辺の屋台から香ってくるいい香りも、ティエラのつけていた、ほんのり香る香水の匂いにかき消されてしまっていた。
「エリク」
遠くから誰かの声が聞こえる。聞きなれた声だ。女の人の声、家族。
 その声は、エリクを何度か呼んだが、そのうち聞こえなくなってしまった。次に、誰かが体を揺さぶった。
 エリクは、我に返った。
 すると、目の前にはクロヴィスとセリーヌがいた。
「ようやく気が付いた。どうしたんだ?」
 クロヴィスはそう言うと、ほっとした顔をした。セリーヌが横で何かを考えている。
 エリクは、二人を見比べると、大きく長いため息をついた。
「エリク」
 セリーヌがエリクの肩に手を置いた。
「昼間に会ったという女性」
 セリーヌがそう言うと、エリクの体がビックリして跳ね上がった。
「違うんだ、セリーヌ! 僕はただその女の人がきれいで」
 焦りながら説明しようとエリクが頑張っていると、セリーヌはその肩を抱いて、一言、こう言った。
「恋をしたのね」
 そのセリーヌのぬくもりに、エリクは安心した。胸につかえていた重いものが流れて消えていく。安心すると、周りの屋台から香ってくるおいしそうな匂いに、お腹が反応した。先ほど食べたばかりなのに。
「エリクも空腹か。俺たちも何も食べていないんだ。一緒にどうだ?」
 エリクは、それに同意した。
 三人は、近くにあった石窯ピザの屋台で、焼き立てのピザを食べた。三人とも初めて食べる料理で、食べるときに食器を使わないので、戸惑いながら食べた。クロヴィスは、ほかの屋台からもらってきた赤いワインを飲んだ。
「そう言えば、アースさんとエーテリエは? セリーヌはコンテストに出ないの?」
 三枚目のピザを食べながら、エリクが尋ねると、セリーヌが答えた。
「私はエントリーしないことにしたの。出るだけでもお金がかかるから、三人も出たら必ず誰かの分が無駄になるでしょ? アースさんは、さっきから姿が見えないの。ナリアさんたちのところにもいなくて。それを探していたから、私たち、今まで何も食べていなかったのよ」
「え? いないの?」
 エリクが驚いているので、クロヴィスが、ピザをくわえながら答えた。
「おかしいんだよ。何も言わずに消える人じゃないだろ。ナリアさんに聞いても、不気味に笑うだけで。なに企んでいるのか、皆目見当がつかない」
 不気味に笑うナリア、すぐ消えるアース。疲れている顔でクロヴィスに助けを求め、今もここにはいない。
「おかしいな。何かあるのかな、このコンテスト」
 エリクが呟くと、クロヴィスとセリーヌはびっくりした顔をした。
「コンテストに何かあるの?」
 セリーヌの問いに、エリクは何も答えられなかった。根拠がないからだ。
 エリクが悩んでいると、クロヴィスが四枚目のピザを食べ終わって、服に着いた粉やカスを払っていた。
「まあ、なるようになるさ」
 クロヴィスは、そう言って二人に笑いかけた。
 するとその時、コンテストの始まる大きな音楽が流れてきた。このコンテストだけにそこら中から集められた楽器奏者が楽団を作って、急ごしらえの音楽を演奏する。ステージには、司会者の男性が上がっている。ステージの両脇にはたいまつが置かれていた。
「あれは、きっと錬術の火だね。明るいけど、熱が弱い」
 エリクには、温度が見えた。明らかに冷たい錬術の炎も、リゼットやナリアが使う熱い錬術の炎も、見分けることができた。
 それは、きっとエリクがランサーである証拠なのだろう。
 クロヴィスとセリーヌは、エリクの言葉を聞いていて、そう納得した。
 司会者の軽快な声に導かれて、コンテストにエントリーした女性が一人一人壇上に上がっていく。人数はエリクたちが思ったよりも多い。その中にはちゃんと、リゼットやジャンヌ、そして、ティエラもいた。
「ティエラは、優勝すると思う」
 エリクは、自分自身に言い聞かせるように、そっと呟いた。
「それくらい、彼女はきれいなんだ。でも、もう一人の僕は、彼女に優勝してほしくないんだ」
 エリクがそう言ってティエラから目を逸らすと、それを見ていたクロヴィスが、エリクの肩に手をやって、自分のほうに引き寄せた。
「大丈夫だ、エリク。あそこにナリアさんもいるぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。 ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。 そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。 始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め… ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。 誤字脱字お許しください。

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(りょうが)今年は7冊!
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

処理中です...