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第十四章 花椒
料理が美味しい理由
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エリクが来て、ジャンヌに笑いかけると、レストラン中で拍手が起こった。
このレストランが客の注文に忠実に動いてくれる、ある程度迷惑にならないことなら聞き入れてくれる。それが分かったからだ。それは外にいた客にも伝わって、レストランの中をのぞき見する人も出始めた。
「ああなると、アースみたいな照屋さんは出て行きづらくなりますね」
ナリアが、そう言ってくすくすと笑った。
「どうなるものか、見ものです」
レストランの中では、料理を待っている客も、終わった客も、全てが事の成り行きを見守っていた。クロヴィスもジャンヌも困っていたが、厨房を見るとエーテリエ以外は誰もいなくなっていた。
「あれ、誰もいないぞ」
クロヴィスが不思議そうな顔をしていると、客の歓声が聞こえたので、そこを見ると、エリクの隣にアースがいた。厨房から出てきたそのままの格好で老人の前に立っている。
「いつの間に、あんなところまで」
クロヴィスは、開いた口がふさがらなかった。
一方、老人の目の前で一礼して、アースは自分の名を名乗った。
「アース・フェマルコートと申します」
アースが、珍しく敬語を使っている。これは、レストランの看板である料理を背負っているためだろう。皆の前に姿を見せたのはおそらく、厨房で料理をしている場合ではなくなったからだ。
老人は、アースの姿を見て、あんぐりと口を開けた。
「なんと、お若い」
ほかの客もどよめいていた。ジャンヌもクロヴィスも、そして、会計の計算を終えたセリーヌも、みんなとても誇らしい気分になった。それに加えて、エリクはとても嬉しくなった。
「わしは、ここから海を渡って南にある大陸で、料理店を営んでいる者じゃ。少し料理をかじった人間でも、この料理の良さは分かる。しかし、相当熟練していてもこうはならない。どうやったらこんなものが作れるのかね?」
アースは、その質問に、少し考えてからこう答えた。
「好きだから、でしょうね」
「義務でやるのなら、ここまでの域には到達できぬとおっしゃるか」
老人は、そう言うと深く考え込んだ。レストランにいる誰もが、それを静かに見守っていた。すると、老人は一回、手を大きい音をさせて叩くと、陽気な声でレストラン中を沸かせた。
「いや、ありがとう、若いの! わしもこれで初心に帰れたようじゃ! 家に帰ったら、また料理を作り直してみるかの」
老人は、そう言ってジャンヌを呼び、会計を頼んだ。ジャンヌがセリーヌのところに行って金額を書いた紙を持ってくると、老人はにこにこと笑ってお金を払った。金額は、お釣りのいらない金額だった。
「この店のすべての方に、チップを渡してくださいな」
老人が連れていた女性はそう言うと、自分の前に差し出された老人の手を取った。二人は、テーブルの上に、とんでもない金額のチップを置いていった。そして、帰り際に女性は、レストランのほうを向いて会釈をした。
「シェフの方があまりに素敵で見入ってしまいましたわ。わたくしはこの町に住む料理研究家。この方とは友人の間柄。よろしかったらわたくしのキッチンにもいらしてくださいな」
そう言って、二人の年老いた友人同士は、去って行った。
そこにいたすべての人間が、拍手をして彼らを見送った。
「相当勇気を振り絞ったのですね、アースは」
彼らが去ってしまうと、ナリアはまたくすくすと笑った。
「あれは相当こたえたはずです」
それを見ていて、リゼットはなんだかおかしくなってしまった。フレデリクのお腹を撫でながら、満面の笑みをたたえているリゼットの肩を、誰かが叩く。
「花小人さん、出し物はもう終わりかい?」
この町の人間だった。
リゼットは慌てて用意をして、フルートを手に取った。しかし、フレデリクに乗ろうとしたときに滑り落ちてしまい、それを見た街の人が大笑いをしていた。だれかが、リゼットにコインを投げる。
「なんか、今日の私ったら、こんなことばっかりだわ」
リゼットは膨れて、もう一度フレデリクに乗り、フルートを掲げて吹いた。
このレストランが客の注文に忠実に動いてくれる、ある程度迷惑にならないことなら聞き入れてくれる。それが分かったからだ。それは外にいた客にも伝わって、レストランの中をのぞき見する人も出始めた。
「ああなると、アースみたいな照屋さんは出て行きづらくなりますね」
ナリアが、そう言ってくすくすと笑った。
「どうなるものか、見ものです」
レストランの中では、料理を待っている客も、終わった客も、全てが事の成り行きを見守っていた。クロヴィスもジャンヌも困っていたが、厨房を見るとエーテリエ以外は誰もいなくなっていた。
「あれ、誰もいないぞ」
クロヴィスが不思議そうな顔をしていると、客の歓声が聞こえたので、そこを見ると、エリクの隣にアースがいた。厨房から出てきたそのままの格好で老人の前に立っている。
「いつの間に、あんなところまで」
クロヴィスは、開いた口がふさがらなかった。
一方、老人の目の前で一礼して、アースは自分の名を名乗った。
「アース・フェマルコートと申します」
アースが、珍しく敬語を使っている。これは、レストランの看板である料理を背負っているためだろう。皆の前に姿を見せたのはおそらく、厨房で料理をしている場合ではなくなったからだ。
老人は、アースの姿を見て、あんぐりと口を開けた。
「なんと、お若い」
ほかの客もどよめいていた。ジャンヌもクロヴィスも、そして、会計の計算を終えたセリーヌも、みんなとても誇らしい気分になった。それに加えて、エリクはとても嬉しくなった。
「わしは、ここから海を渡って南にある大陸で、料理店を営んでいる者じゃ。少し料理をかじった人間でも、この料理の良さは分かる。しかし、相当熟練していてもこうはならない。どうやったらこんなものが作れるのかね?」
アースは、その質問に、少し考えてからこう答えた。
「好きだから、でしょうね」
「義務でやるのなら、ここまでの域には到達できぬとおっしゃるか」
老人は、そう言うと深く考え込んだ。レストランにいる誰もが、それを静かに見守っていた。すると、老人は一回、手を大きい音をさせて叩くと、陽気な声でレストラン中を沸かせた。
「いや、ありがとう、若いの! わしもこれで初心に帰れたようじゃ! 家に帰ったら、また料理を作り直してみるかの」
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「この店のすべての方に、チップを渡してくださいな」
老人が連れていた女性はそう言うと、自分の前に差し出された老人の手を取った。二人は、テーブルの上に、とんでもない金額のチップを置いていった。そして、帰り際に女性は、レストランのほうを向いて会釈をした。
「シェフの方があまりに素敵で見入ってしまいましたわ。わたくしはこの町に住む料理研究家。この方とは友人の間柄。よろしかったらわたくしのキッチンにもいらしてくださいな」
そう言って、二人の年老いた友人同士は、去って行った。
そこにいたすべての人間が、拍手をして彼らを見送った。
「相当勇気を振り絞ったのですね、アースは」
彼らが去ってしまうと、ナリアはまたくすくすと笑った。
「あれは相当こたえたはずです」
それを見ていて、リゼットはなんだかおかしくなってしまった。フレデリクのお腹を撫でながら、満面の笑みをたたえているリゼットの肩を、誰かが叩く。
「花小人さん、出し物はもう終わりかい?」
この町の人間だった。
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