真珠を噛む竜

るりさん

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第十六章 ジャーマンアイリス

湖を渡る算段

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 一行は、ローマを発ち、たくさんの荷物を抱えて街道に出た。ここから北に行けば、また再びアルプスの聳え立つ寒い地域に入る。そこを抜けると、ここより少し寒いが豊かな土壌に恵まれた知らない土地に出る。
 北へ、北へと旅する中で、クロヴィスとエリクは料理を習い、アースとナリアは地図を広げて旅路を慎重に選んでいた。旅費は主に、ローマを発つ前にレナートから受け取ったお金と、アースが医師として旅先で稼ぐぶんとセリーヌの原稿代、ナリアとリゼットとジャンヌの大道芸で稼いでいた。
 一行がしばらく進むと、ずいぶん北の町の側に、アルプスを迂回する形で大きく穿たれた湖に出た。街に入ると多くの旅人が船を待っていた。
「どうやら、ここから北東に進むには、アルプスを越える他にこの湖を渡る方法があるようだな」
 街で情報を集めていたセベルが教えてくれたので、一行はこの街に何日か泊まって様子を見ることにした。
 そこで、一つの部屋にみんなで集まって、この街に滞在する算段を立てた。
 仕切るのは家長のクロヴィスだ。
「向こう岸に渡るためには、船を使う他ないか。アルプスは麓を超えるコースではないから前回よりきついだろうし、ここは船を使った方がいいな」
 クロヴィスが地図と睨めっこしていると、エリクが手を上げた。
「クロヴィス、僕がなんとかできるかもしれない」
「エリクが?」
 エリクのセリフに、そこにいたほとんどのメンバーがびっくりして息を呑んだ。エリクは少し緊張した面持ちで皆を一人一人見ていた。
 すると、セリーヌがそっと手を挙げた。
「いいんじゃないかしら? こういうことって初めてだけど、エリクを信じてみましょうよ」
 セリーヌがこういった意見を出すことは珍しかった。内気な彼女は少しずつ、ゼンテイカ一家の中にいて変わってきていたのだ。
「まだ、私やエリクが本当の自分を出せるのはみんなといるときだけだけれど、だからこそ、みんなの中でだけでもその能力を発揮できたらって思う」
 セリーヌがそう付け加えると、リゼットがセリーヌに抱きついた。
「あなたったら、最高よ!」
 その様子を見て、クロヴィスが少し笑って地図をまとめた。
「数日、ここに滞在しよう。エリクはじっくりとやってくれ」
 クロヴィスはそう言うと、皆を解散させた。エリクはいつものようにアースと同室で、今回もエリクの考えたことに対して彼の意見を聞くことにしようと思っていた。
 部屋で明日の準備をしつつ、寛いでいると、エリクが話しかける前にアースがこう言った。
「護衛はするが、手伝いはしない。いいな?」
 エリクは、自信に満ちた顔で頷いた。エリクはもうこれまでとは違い、他人と自分を照らし合わせて自分の持つ選択肢を選んでいく力を持っている。アースはそれが分かったから、あえてエリクの人生にこれ以上干渉しないようにしたのだ。
「ねえ、アースさん」
 エリクは、自分の心がいつになく落ち着いていることを感じた。アースがこちらを見ると、エリクは彼を見て笑った。
「これが転機になるんだよね、僕は頑張れると思う」
 それを聞いて、アースが少し笑って、自分が持っていた二つのカップのうちの一つをエリクに手渡してくれた。中にはハーブティーが入っていた。
「俺は医者だからな」
 アースはそう言って笑った。アースは最近、出会ったころと比べても明らかにたくさん笑うようになった。それが嬉しくて、エリクも笑った。
 翌日、エリクは一人でどこかへ出掛けて行った。家長であるクロヴィスにだけ行き先を告げた。クロヴィスにさえ話せばみんなが知ることができると言うことを理解していたからだ。
「湖のほとりを西に進んですぐ見えてくる大きな洞穴に行くって言ってたな。アースの護衛はいらないんだと言っていた」
 朝食を済ませた全員がロビーに集まると、クロヴィスはそう言って頭を抱えた。
「エリク一人では不安だね。でも、アースさんの護衛を敢えて断ったってことは、星の人について行ってもらってはまずいことでもあるのかな」
 ジャンヌはそう言ってチラリとリゼットを見た。彼女は小さい肩をすぼめて首を横に振った。
「エリクが一体何をしにいったか、そんなことさえわからないのよ。ただ、この湖を無事みんなで渡る算段を立てに行ったんでしょうから、何かがあるのは確かね」
 そう言って、今度はロビーの端っこで考え事をしているアースに目をやった。
「アースさま、何かご存知のことはありませんの?」
 すると、アースはリゼットをふと見た。
「この町で、おとといあたりから流行病のようなものが確認されているが、おそらくエリクの行動の原因はそこだろう」
「流行病?」
 クロヴィスが聞き返すと、アースは頷いた。
「気付くのが遅れた。おそらくは洞穴に何かが」
 そう言って、再び考え込んだ。それを受けたナリアがハッとした顔をして周りを見渡した。
「熱が出ている方はいませんか? もしいたらアースに申告を。クロヴィス、少し危険ではありますが、星の人である私とアースが動けない以上、あなた方にエリクを任せるしかありません。彼が、あなた方を巻き込まないように一人で行った可能性があります。後を追い、洞穴へ向かってください」
「それはどう言うことでしょうか? エリクの身に危険が?」
 ナリアは頷いた。そして、答えはアースが返してきた。
「相手はおそらく、イル・ランサー、毒をもった攻撃力の強い相手。連絡手段の貝殻を今渡すから、どうしても相手を説得できなかったら俺やナリアを呼べ。エリクの計画を無視してでもランサーを阻止する」
 そう言って、アースは巻貝の貝殻をクロヴィスに手渡した。
「これは?」
 巻貝を受け取ると、ナリアがそれをさし示して説明をした。
「巻貝の入り口に耳を当てて聞き、口を近づけて話してください。私たちから何かがある場合、その巻貝は輝きを放ち熱を持つでしょう。十分に注意して使ってください」
 ナリアはそう言い、クロヴィスに一つ、頷いて頼み事とした。
 まだ、心の準備ができていない。しかし、戦う手段を持たないエリクが危険に晒されている。だったら助けに行くしかない。
「ゆっくり準備していたら間に合いそうにないね」
 ジャンヌが、自分の荷物の中から何本かの投げナイフを取り出した。リゼットも、練術のステッキを取り出す。
「練術では戦えない。学者のセリーヌとリゼットは残ってくれ。俺とジャンヌで行ってくる」
 そう言って、クロヴィスが久々に自分の荷物の中から長剣を出した。毎日手入れはしている。だが、使う機会は今まで来なかった。
 刃物を持った二人は、軽く装備を整えると、リゼットたちが見送る中、宿を出て行った。
 そのとたん、ナリアの後ろでエーテリエが倒れた。ナリアが見ると高熱を出していたので、すぐに彼女の部屋へと運んだ。同室の人間はいなかったため、部屋の移動はなかったが、貸切状態になっている宿の主人に頼んでこの宿を閉鎖してもらうことになった。
 宿の従業員は全て、できるだけ多くの食料を残して家に帰って行った。
「これが全てあのランサーの仕業だとしたら、説得は無理かもしれません、エリク」
 アースが特効薬を作っている。エーテリエのことを一時的に任されたナリアは、熱に苦しむ彼女を見て、呟いた。そして、どこからか聞こえてくる、何かの鳴き声を聞いた。
 猫でも犬でもない。嘆いている。どこか、暗くて狭い場所に閉じ込められてお腹を空かせている。そんな気持ちが流れ込んでくる。
 ナリアは、そっと、立ち上がった。そして、険しい顔をしながら、手に持っていた巻貝の貝殻を手に取った。
 すると、エリクのいる洞穴に向かっている途中のクロヴィスが反応したので、こう告げた。
「エリクに会えたら、すぐに彼を連れて逃げなさい。今、あなた方三人はイル・ランサーの怒りを買った街の人の矢面に立たされているのですから」
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