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『夢の果て -The Enemy of Worlds-』
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清人は、愚鈍だった。
清人は、番犬だった。
清人は、臆病だった。
清人は、偽善者だった。
彼は……
■2013年5月3日
私は事務所の机で仮眠をとっていた。
大きな身体で突っ伏して精神の回復中だ。
私は中堅芸能プロダクションの専務を任されている。肩書の聞こえはいいが、実際は降りかかる業務に忙殺される日々だ。部下のフォロー、所属タレントの機嫌取り。だがそんなものは苦じゃない。学生時代、アメフト部のキャプテンとしてチームメイトを応援してきた。社会人となった今も、仲間達を応援し支える姿勢に変わりはない。
そんな体力自慢の私の疲弊の原因、それはワンマン社長の尻拭いだ。
社長の仕事のセンスは超一流だ。そこは尊敬している。悪魔的発想で人間の才能を伸ばしていく。しかし、人格も女癖も悪魔的だった。そうしたトラブルの後始末が私に回ってくる。
指定された喫茶店に赴き、泣き喚く少女達をなだめ、封筒を差し出す“業務”。週刊誌に暴露するという脅しを揉み消すのも私の“業務”。こういった仕事だけは機械のように淡々と処理していく。共感してしまわないよう、心を鉄で覆い迅速に片付ける。社長はこの時の私をトラブル解決マシーンと喜ぶ。
機械に見えてもこれが疲れるのだ。終わると疲弊しこうして仮眠をとってしまう。
しかし人格が破綻していても、社長がいるから会社が大きくなった。だから私はこの先も会社と仲間達を守る為に奔走し続ける。
【挿入】
私は事務所の机でうなされていた。
いやにリアルな夢を見たのだ。男の子がおぞましいケダモノに陵辱される夢。
夢の中でこの子は私の「息子」という設定らしい。「息子」は縛られた両手を伸ばし、私をまっすぐに見つめてくる。
彼の名を叫び私は手を差し伸べる。しかし声も動きも発せられなかった。私の表面は鉄で覆われたように微塵も動かず、冷たく無表情に「息子」を見下ろすだけ。酸鼻を極める蹂躙にのたうち回る「息子」。
(誰か助けてくれ!身体が動かないんだ!誰でもいい!誰か助けてやってくれ!誰か!)私は救けを求めるしかない。だが誰にもどこにも届かない。
長い陵辱を経て「息子」が変容する。呼吸が弱まり肌から血の気が引いていく。脱力した四肢はケダモノの動きに合わせてガクガクと揺れるだけ。それでも彼の細い目は私の目を見据え、何かを訴え続けてくる。
想像を絶する悪夢だった。
猛烈な吐き気が私を現実に引き戻してくれた。私はトイレに駆け込み、狭い個室で胃の内容物を出し切る。
口をゆすいで自分の机に戻る。寝ていた机の上には大きな水溜りができていた。その液体が信じられない量の涙だと気付くと笑いがこみ上げてきた。
たかが夢でこんなに泣くのかよ?この私が?幻想の「息子」の為に?
そうだ、独り身の私に子供なんていない。ただの夢だ。馬鹿らしい。
だが、あの子の目。あの目は鮮烈に脳裏に焼き付いていた。
私はあの目を何度も見てきた。社長に傷付けられた少女達が自分に向けてくる目と同じだった。
私はあの目の意味を理解しないように努めていた。だから感情を殺した。その為に機械となった。
なのにあの悪夢は、見せ付けてきた。
そうだ。夢の中で鉄になった身体。あれは少女たちの叫びを無視する私そのものだ。彼女たちのあの目は、理外のケダモノに向けられたものじゃない。助けてくれない大人への絶望と、優しくない世界への憎悪だった。
夢の中の私は助けを求めた。誰かいないのかと。誰でもいいからと縋った。
だが、それが無駄だと私は知っている。世界が優しくないことを。その悲鳴をかき消す機能が私自身なのだから……
蛍光灯に照らされた室内。私はスマホを耳に当てている。
スピーカーでは虹野社長が私への“業務”要請をまくし立ててくる。社長は焦ると特徴的な語尾が出る。
──清人は愚鈍だった。仲間を守ることで精一杯だった。
──清人は番犬だった。会社に降りかかる火の粉を全て握り潰してきた。
──清人は臆病だった。“業務”の証拠は一人で管理していた。
電話先の話を遮り、私は感情を込めて飼い主に吐き捨てた。
「ヤンスじゃねぇよ、ロリコン野郎」
──淵井清人は偽善者だった。いつか我が子が救ってもらえるように、まずは自分が誰かのヒーローになると誓った。
────────
(異教ペディアより一部抜粋)
“株式会社ぷちプロダクション”は、日本の芸能事務所。
種類 株式会社
略称 ぷちプロ
旧社名 虹野プロダクション
代表者 淵井清人(代表取締役社長)
関係する人物 虹野安志
《不祥事》
2013年、虹野プロダクション専務・淵井清人が、同社社長・虹野安志の売春強要および未成年淫行の疑いを警察へ告発。捜査により、虹野プロダクションの組織的な管理体制の不備やコンプライアンス違反が明らかになり、虹野は逮捕・辞任した。
同年、淵井は虹野の後任として同社社長に就任し、社内監査の強化や倫理規定の改定を進め、組織再建に取り組んだ。また、イメージ刷新を図るため、社名を虹野プロダクションから株式会社ぷちプロダクションに変更した。
────
【ログ:コード_小さな救い_挿入完了】
【検索:世界の敵_該当なし】
【確認:2013年の修正により以降の事象が変更されます】
【ログ:コード_この世の全てに絆創膏_消滅確認】
【ログ:コード_Brave_New_World_消滅確認】
【ログ:コード_Kinder_World_消滅確認】
【ログ:ユーザー_淵井正樹_消滅確認】
【ログ:HERO_WISH_実行完了】
【起動:新たな世界線_記録_開始...】
清人は、番犬だった。
清人は、臆病だった。
清人は、偽善者だった。
彼は……
■2013年5月3日
私は事務所の机で仮眠をとっていた。
大きな身体で突っ伏して精神の回復中だ。
私は中堅芸能プロダクションの専務を任されている。肩書の聞こえはいいが、実際は降りかかる業務に忙殺される日々だ。部下のフォロー、所属タレントの機嫌取り。だがそんなものは苦じゃない。学生時代、アメフト部のキャプテンとしてチームメイトを応援してきた。社会人となった今も、仲間達を応援し支える姿勢に変わりはない。
そんな体力自慢の私の疲弊の原因、それはワンマン社長の尻拭いだ。
社長の仕事のセンスは超一流だ。そこは尊敬している。悪魔的発想で人間の才能を伸ばしていく。しかし、人格も女癖も悪魔的だった。そうしたトラブルの後始末が私に回ってくる。
指定された喫茶店に赴き、泣き喚く少女達をなだめ、封筒を差し出す“業務”。週刊誌に暴露するという脅しを揉み消すのも私の“業務”。こういった仕事だけは機械のように淡々と処理していく。共感してしまわないよう、心を鉄で覆い迅速に片付ける。社長はこの時の私をトラブル解決マシーンと喜ぶ。
機械に見えてもこれが疲れるのだ。終わると疲弊しこうして仮眠をとってしまう。
しかし人格が破綻していても、社長がいるから会社が大きくなった。だから私はこの先も会社と仲間達を守る為に奔走し続ける。
【挿入】
私は事務所の机でうなされていた。
いやにリアルな夢を見たのだ。男の子がおぞましいケダモノに陵辱される夢。
夢の中でこの子は私の「息子」という設定らしい。「息子」は縛られた両手を伸ばし、私をまっすぐに見つめてくる。
彼の名を叫び私は手を差し伸べる。しかし声も動きも発せられなかった。私の表面は鉄で覆われたように微塵も動かず、冷たく無表情に「息子」を見下ろすだけ。酸鼻を極める蹂躙にのたうち回る「息子」。
(誰か助けてくれ!身体が動かないんだ!誰でもいい!誰か助けてやってくれ!誰か!)私は救けを求めるしかない。だが誰にもどこにも届かない。
長い陵辱を経て「息子」が変容する。呼吸が弱まり肌から血の気が引いていく。脱力した四肢はケダモノの動きに合わせてガクガクと揺れるだけ。それでも彼の細い目は私の目を見据え、何かを訴え続けてくる。
想像を絶する悪夢だった。
猛烈な吐き気が私を現実に引き戻してくれた。私はトイレに駆け込み、狭い個室で胃の内容物を出し切る。
口をゆすいで自分の机に戻る。寝ていた机の上には大きな水溜りができていた。その液体が信じられない量の涙だと気付くと笑いがこみ上げてきた。
たかが夢でこんなに泣くのかよ?この私が?幻想の「息子」の為に?
そうだ、独り身の私に子供なんていない。ただの夢だ。馬鹿らしい。
だが、あの子の目。あの目は鮮烈に脳裏に焼き付いていた。
私はあの目を何度も見てきた。社長に傷付けられた少女達が自分に向けてくる目と同じだった。
私はあの目の意味を理解しないように努めていた。だから感情を殺した。その為に機械となった。
なのにあの悪夢は、見せ付けてきた。
そうだ。夢の中で鉄になった身体。あれは少女たちの叫びを無視する私そのものだ。彼女たちのあの目は、理外のケダモノに向けられたものじゃない。助けてくれない大人への絶望と、優しくない世界への憎悪だった。
夢の中の私は助けを求めた。誰かいないのかと。誰でもいいからと縋った。
だが、それが無駄だと私は知っている。世界が優しくないことを。その悲鳴をかき消す機能が私自身なのだから……
蛍光灯に照らされた室内。私はスマホを耳に当てている。
スピーカーでは虹野社長が私への“業務”要請をまくし立ててくる。社長は焦ると特徴的な語尾が出る。
──清人は愚鈍だった。仲間を守ることで精一杯だった。
──清人は番犬だった。会社に降りかかる火の粉を全て握り潰してきた。
──清人は臆病だった。“業務”の証拠は一人で管理していた。
電話先の話を遮り、私は感情を込めて飼い主に吐き捨てた。
「ヤンスじゃねぇよ、ロリコン野郎」
──淵井清人は偽善者だった。いつか我が子が救ってもらえるように、まずは自分が誰かのヒーローになると誓った。
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(異教ペディアより一部抜粋)
“株式会社ぷちプロダクション”は、日本の芸能事務所。
種類 株式会社
略称 ぷちプロ
旧社名 虹野プロダクション
代表者 淵井清人(代表取締役社長)
関係する人物 虹野安志
《不祥事》
2013年、虹野プロダクション専務・淵井清人が、同社社長・虹野安志の売春強要および未成年淫行の疑いを警察へ告発。捜査により、虹野プロダクションの組織的な管理体制の不備やコンプライアンス違反が明らかになり、虹野は逮捕・辞任した。
同年、淵井は虹野の後任として同社社長に就任し、社内監査の強化や倫理規定の改定を進め、組織再建に取り組んだ。また、イメージ刷新を図るため、社名を虹野プロダクションから株式会社ぷちプロダクションに変更した。
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【ログ:コード_小さな救い_挿入完了】
【検索:世界の敵_該当なし】
【確認:2013年の修正により以降の事象が変更されます】
【ログ:コード_この世の全てに絆創膏_消滅確認】
【ログ:コード_Brave_New_World_消滅確認】
【ログ:コード_Kinder_World_消滅確認】
【ログ:ユーザー_淵井正樹_消滅確認】
【ログ:HERO_WISH_実行完了】
【起動:新たな世界線_記録_開始...】
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